箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

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16 公爵領のコムギ騒動⑥ ~三日目

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   今夜は公爵邸に泊まるのかと、マリサはぼんやり考えていた。

  因みに、ライアンの言う「決定」というのは、南の領地への同行のことだろう。


(はぁ、私なんかでも、手伝えることがあるのかしら。畑のことなんて素人なのに……)


   ゲームでは、豊穣の女神セレースの呪文は、唱えさえすれば誰でも発動するはずだ。

   それを「光魔法」等と言われても、まるで意味が分からない。

 マリサは不安に飲み込まれそうになりながら、ライアンにエスコートされ、畑の脇に控えていた風格のある馬車に乗車した。



 馬車が動き出す。

   流石公爵家、スプリングが利いているのか揺れの少ない馬車は、よく手入れをされた道を滑らかに進んで行く。

   ぼんやりと車窓に目をやれば、広々とした農園を、起伏のある牧草地がコの字に取り囲んでいた。

   馬車に乗る前、シロリンはちらっとマリサを振り返ったものの、すぐに尻尾をわっさわさ振って、オオカミ犬達と共にトレーナーに連いていってしまったのだった。


(シロリン、平気かな……)


 シロリンの姿を探すが窓からは見えず、思わず溜め息を吐けば、向かい側に座るライアンから声がかかった。


「オオカミ犬は社会性のある生き物だから、行動を共にするのは、君のオオカミ犬のためになるはずだ」


 マリサも頭では分かっているのだ。

   まだ幼いシロリンにとって、同じような種族との触れ合いは社会勉強にもなるし、願ってもないありがたい経験だと理屈では理解していた。


「うちのオオカミ犬達とすっかり溶け込んでいただろう? 心配しなくても大丈夫だ」


 馬車に乗る前に、犬小屋などとはとても言えない立派な犬舎や厩舎等が牧場内に建つのを確認している。ライアンが、あの建物がそうだと、数百メートル離れた犬舎を指で示してくれたのだった。

   犬舎には専門のトレーナーがおり、ドッグランや訓練場がある。動物や魔獣専用ドクターと看護師も近くに常駐しているという。それぞれに区切った広いスペースがあり、シロリンはそこに泊まるため、今夜マリサは一人きりとなる。

   因みにロバのトニトはこれまたゆったりとした厩舎に預けられていて、ロバジイは厩舎すぐ側の宿舎に泊まるらしい。


「はい……」


   困ったような顔のライアンに、申し訳なくなるが、そうは言っても心配なものは心配でどうしようもなかった。


「君は……並外れた魔法の使い手で、強い意志を感じていたが、そのか細い身で、ただ懸命に生きているだけなのだろうな」


   魔法の使い手と言うのはさておき、ライアンの言葉が真をついていて、一瞬うるっときたが、マリサは自嘲気味に笑った。

   身一つでこの世界に放り込まれたのだ、懸命にならざるを得なかった。

   今日は、なんとも目まぐるしい一日だった。女神の呪文が光の魔法だと言われて動揺し、気持ちに余裕がなくなり、シロリンと少し離れただけで、弱気になってしまったようだ。

 だが、社畜だった頃のことを思えば、心の負担は遥かに軽い。


「そうです、懸命ですよ。だって、一人じゃありませんから。シロリンと私は一蓮托生なんです。うん、シロリンがいるから、なんとか頑張れるんです」

「杞憂だったか」


 ライアンが破顔する。

   シロリンと楽しく、幸せな毎日を送るために、今は出来ることをやっていくのだと、そう、自分で決めたことを改めて思い出す。

   マリサは今度はにっこりと笑ってみせた。



   暫く行くと川が流れており、川向こうの城門から跳ね橋が下りていた。 

   橋を渡り堅牢な城壁の門を潜れば、庭園の先に壮麗な城が現れた。


「わあ……!」


(お伽噺の世界だわ。そして目の前に座っているのは城主の息子なのよね……)


 さっきまでの心配と心細さが打って変わって、今度は緊張が襲ってきた。

 普段着の、それもアイロンもかけられないため寄れたシャツにカーディガンを羽織り、ジーパンは薄汚れ、土まみれのスニーカーという己の姿に改めて気付くマリサだった。


(いやだ、こんなゴージャス馬車に汚れたまま乗ってしまったんだわ。どうしよう……。着たきりだしこれしかないし……)


 絶望的な気持ちでライアンを見つめる。


「あの、今更なのですが、私、こんな汚れたなりで、お邪魔できません。すみませんが、ここでおろして下さい。シロリンのいる犬舎へ行きますので」


 できることなら、シロリンと一緒に帰りたい。それが無理なら、シロリンのいる犬舎に泊まれないものだろうかと、マリサは青ざめていた。


「なにを言っているのだ。その土は、尊い労働の証じゃないか。それに、無理に君を連れてきたのだ。きちんともてなしをさせてくれないか?」


 ライアンの、低音でちょっぴりハスキーなこの声と、憂いを帯びたこのゴールドに輝く瞳に、マリサは弱かった。


「は、はい……」


   久しぶりに、むくむくと真面目マリサが顔を出す。「彼に従うのよ。粗相のないようにしなきゃダメよ」

と言いながら、ソワソワワキワキ落ち着きがない。


「権力に阿るなんて、社畜時代と変わらないじゃない。人助けはいいけど、出来ることとできないことははっきり主張するべきよ」

 新マリサが呆れ声で訴えてきた。


   この先、どんな運命が待ち受けているのだろう。全く先が見えないという怖さがある。

   ライアンはただ領民を助けたいがために、マリサのようなどこの馬の骨とも分らぬ娘に対しても、積極的に係ろうとしているのだろう。

   そう、勘違いしてはだめだし、マリサ自身していないつもりだ。


   南の領地へ同行したとして、自ら収穫した野菜を手放すこと以外に、何ができるのかまるで分らないが、全ては被害状況をこの目で見てからになるだろう。


(考えてばかりじゃ沼るしね……)


   宮殿に続く道の左右に、従僕やメイド達が頭を低くし待ちかまえていた。その間を、馬車は緩やかに進んでゆっくりと止まった。


   外から従僕がドアを開けると、ライアンが先に下りて行き、マリサに手を差し伸べた。

   非現実的な世界に身をおきつつ、今はこれ以上深く考えないことにして、マリサはライアンに手を預けた。

    
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