箱庭?のロンド ―マリサはもふ犬とのしあわせスローライフを守るべく頑張ります―

彩結満

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15 公爵領のコムギ騒動⑤ ~三日目

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 公爵家の広大な農場を包み込んだ、透明なペパーミントグリーンの光のヴェールは一瞬の後に消え去った。


 その光のヴェールは農園(畑)のみならず、農園を囲むように広がる牧草地にまで及んでいた。


「決定だ!」


 カッと目を見開いてライアンが大きくうなずいた。

 女神の呪文――その祝福の光景を目撃した公爵家の騎士、魔術師、農地に従事している使用人等も含めた者達の驚きようは、マリサの想像を遥かに超えたものだった。


 第一にライアンだ。

 顎でも外れたのかと思うほど、口をぽかんと開けたまま数分間動かなかった。

 そして、声を発したかと思えば、少年のように目を煌めかせて、マリサに詰め寄った。


「君は、光の魔法が使えるのか? 今のは植物の成長に働きかけるものだろう? あんなに強い光魔法を見たことはないぞ。ほら、もう芽が出始めている。いったい、どうなっているんだ? それに、どうやって種を植えたんだ。あれも、魔法だろう? そうだろう?」


(う、ライアン様のイメージが崩壊していく……)


 今、カミナリコムギの種を蒔いたばかりの場所から、芽がうずうずと顔を出し、じわじわと伸び始めている。


「うわぁあ!」

「おおおっ!」

「ひゃーっ!」

「ヒヒヒィーン!」

「ウォフ、ウォフ、ウォフ!」

「クゥオォォーン!」

「ブモォー!」

「メェへへへへー!」


 どよめきがさざ波のように広がって行く。それは、農作業中の人々や牧場にいる家畜等の声だった。

 農地を見渡せば、先程眺めた時よりも、一段、二段、明らかに緑が深くなっていた。


(えっ、えっ? どういうこと?)


 そう言えばと思い出し、マリサはライアンから離れて畝の真ん中辺りまで歩いていく。シロリンが尻尾をゆさゆささせて一緒についてくる。

 足元でじわじわと伸びてくる苗の一つに手を翳した。


(オープン!)


と、念じてステータスを見ると、


『-S(品質)・カミナリコムギ イネ科・幼苗 サイズ・一割増し 光魔法(成長促進)により十二時間で収穫可能』


   半透明の四角い画面が目の前に現れ、文字が浮かび上がった。


「Sマイナスの品質で一割大きいのね。でも、おかしいな。カミナリコムギなら通常十二時間で収穫できて、女神様の呪文で二割ほど短縮されるはずなのに……。あ、そうか、私のレベルがまだ低いせいかも。レベル、確認してなかったから、後でスマホ見なきゃ。それに、広範囲に呪文が広がったからかな? でもなんで?」


 小声でぶつぶつ呟くマリサだが、数メートル離れているライアンに聞かれているとは思っていない上、ライアンが近付いて来るのも気付かないでいた。

 

   作物の生育時間が短縮されるのは、ゲーム、箱庭のロンドの世界の法則であり決まり事となっている。

   少し前から違和感を覚えていたものの正体に、マリサは気付きはじめていた。


『収穫時期を迎えた南の領地一帯は、ポイズンバッタの大量発生により、土の上に生えたものがほぼ全滅になったのだ』


 ライアンは確かにそう言っていた。


 ほぼ毎日収穫できるものを、『収穫時期を迎えた』等と、わざわざ言うわけはないのだ。


「おかしい。おかしいよ、どういうことなの?」


 マリサ自身、自分が種を蒔いた場所だけではなく、畑全体と牧草地にまで女神セレースの祝福が広がった理由がまるで分からなかった。

   自分が何をやってしまったのか理解できなくて、縋るようにシロリンを見る。

 眠たそうに足元に寝そべるシロリンを見て溜息をつき、目を彷徨わせる。

   すると、すぐ隣にライアンがいて心臓が跳ね上がった。

 少年のような、というより、お主は子ライオンかと突っ込みたくなるほど、ライアンの無邪気が全開になっていた。


(目、キラッキラしてる。やだ、かわいいかも……って、私、かわいいとか思ってる場合?)


 シロリンへ向けるような母性が出そうになり、ぶんぶんと首を振ると、マリサはくらりと意識が途切れそうになり、足元から崩れるように倒れこんだ。


「ワフッ!」


 シロリンが背中で受け止めてくれたが、どうにも身体に力が入らず、マリサはくてっとシロリンにその身を預けた。



「……リサ……、マリサ嬢、おい!」


 意識が飛んでいたらしい。

   今日二度目だわ、などと思いながら目を開けるが、マリサの視界はぼやけたままだった。


「ごめんなさい……、なんだか、身体がとっても重たい……です。シロリン、ごめんね……」

「ワフゥ……」


 熱中症になったような気持ちの悪さと酷い頭痛が襲い、顔を顰めてしまう。


「そのままでいなさい。魔力切れの状態かもしれない」


(魔力?……えっ、どういうこと? 祈っただけなのに……?)


「これを飲みなさい」


 ライアンはシロリンにもたれかかっているマリサの肩を抱え上げ、緑色の小瓶を口元へ持ってくる。

 素直にマリサは小瓶の液体を口に含んだ。


(に、にがい……)


 頬も舌もきゅっと縮こまりそうな苦さだった。

   もうひと口とライアンが小瓶を傾けるが、喉の奥が意識を持ったように拒絶している。


「うう……」

「魔力回復薬の苦さは尋常じゃないが、もうひと口飲んだら、頭痛や吐き気から解放されるぞ」


 気持ち悪い方がマシだし、なんなら薬の方がキツイと思うが、迷惑をかけるわけにはいかない。決心して、ごくっと一思いに飲み干した。


「うーっ」


 苦味で鳥肌を立てたが、身体の方はすうっと楽になった。


「あ、ありがとう、ございます。楽になりました(口の中はオカルトですけど)」

「よし。だが、移動、移動で疲れているだろうに、なぜあれだけ広範囲へ魔法を放ったのだ? ディナーまでは時間があるから屋敷で暫く休むといい……」


   なぜと聞かれてもわからない。こっちが聞きたいくらいだった。

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