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14 公爵領のコムギ騒動④ ~三日目
しおりを挟む「ワフッ、ワフッ、ワフッ!」
「ウォフ、ウォフ、ウォフ!」
広大な牧草地でオオカミ犬十頭とシロリンが、ものすごい勢いで追いかけっこ中だ。
「きゃーっ、かわいいがいっぱい。まざりたいっ。ここは天国だったのね?」
「ブハッ」
横にいるライアンが吹き出したが、マリサはまったく気にならない。
ブルーグレー、霜降り、チョコレート、ブラック、ホワイト……様々な色のオオカミ犬が、シロリンと爆走したり、わちゃわちゃと戯れたりしているのだ。
マリサの頭の中で、「公爵の農場=天国」と刻まれた。
シロリン達を眺めていて、マリサは、あれっ? と首をかしげる。
「ライアン様、あの子達は皆オオカミ犬でしたっけ?」
「ああ、そうだ。小さい三匹は生後半年くらいで、後は成犬だ。オオカミも二頭いるがちゃんと訓練されている」
「あの、シロリンは、皆より少し大きいですよね?」
ライアンがピィーっと笛を鳴らした。
「ワフッワフッ」
「ウォフ、ウォフ」
「バフ、バフ」
シロリンを先頭に、大きな毛玉たちがこちらへ駆けてくる。
(いやーん、かわいいが集まってきた。心臓がもたないっ!)
マリサが胸を押さえていると、ライアンが目を細めながら駆けて来るシロリンを見た。
「ああ、一緒にいると違いが分かるものだな。大きさ、脚力、瞬発力、走る速度も全て勝っているとは……。あれは、ただのオオカミ犬ではないだろう。フェンリルとオオカミ犬のミックスか、フェンリルそのものかもしれない。まだ子犬だというのに末恐ろしいな」
「えっ、フェンリル?」
興奮で暴れまくっていた心臓が、更にドクドクと強く打ちつける。
(フェンリルって北欧神話の? 凶暴で巨大なオオカミだっけ?)
「ワフッ♪」
「わっシロリン!」
シロリンが前から飛びついてきたが、見ていなかったマリサは後ろに倒れかかった。
「おっと!」
ライアンが、マリサの肩を両腕で受けとめてくれた。
「すっ、すみません」
「ワフゥ……」
シロリンがションボリした顔になり、尻尾を股の間にひっこめてしまったのを見て、マリサは「ぷっ」と吹き出した。
「シロリン、ぼんやりしててごめん。大丈夫よ~」
どう考えても、シロリンが凶暴で、恐ろしい魔犬には見えない。
例えフェンリルだとしても、シロリンはシロリンだと、マリサはシロリンの頭をぎゅっと抱きしめる。
「ううぅ、シロリン~。大好きよ~」
ライアンが生暖かい目で見ているのも気付かずに、マリサはシロリンを撫で続けるのだった。
「えっ、シロリンにもいいのですか?」
オオカミ犬達の食事時だったらしい。
オオカミ犬のトレーナーが、それぞれの状態に合わせたものを与えているのだとライアンが説明した。
出発前にワイルドボアの大きな塊肉をもらったシロリンの前にも、ひときわ大きな火炎山鳩フレイムダブの塊肉を乗せた皿と、水の入った深皿が置かれたのだ。
因みに、シロリンはワイルドボアの肉をしっかり食べて、残った太い骨を銜えたり齧ったりして満足すると、木の近くに穴を掘って埋めたのだった。
「君のオオカミ犬は、これまであまり食べていなかったようだからな。明日、南の領地に一緒に行くことになるかもしれない。しっかり食べておいた方がいいだろう」
「えっ?」
付いて行くのは公爵の農場までだと思っていたマリサは、動揺して目が泳いでしまっていた。
(ポイズンバッタ……魔術部隊さん達が殲滅したって言ってたけど、隠れ残っていたり、死骸が山になってたりとかしないわよね? それに、土壌に毒が残ってるって言ってなかった?)
「怖いか?」
ライアンに顔を覗かれて、マリサはびくっとなる。
「マリサ嬢のことは、オレが守ると約束する。それに、あのオオカミ犬は成犬ではなくともかなり強い。一緒にいれば大丈夫だろう」
そうは言われても動揺は治まらない。
シロリンに目をやれば、夢中になって塊肉にかぶりついている。
シロリンが強いと言われても、まだ幼いのだ。無理はさせたくないと思うマリサだった。
「でも、なぜですか?」
「ああ、まだ確定ではないが。その前に、畑に行こう。こっちだ」
そう言うとライアンはすたすたと畑の方へ歩き出した。マリサはその後を小走りに追っていった。
「疲れているのを承知でお願いする。ここからここまでの畝に、この、カミナリコムギの種を植えてくれないか?」
マリサはごくっと唾を飲み込む。
南の領地の畑はほぼ全滅で、農作物を育てる目処も立っていない状態なのだ。家畜の食料となる牧草地も、果たして使い物にはならないだろう。
たとえ、縁もゆかりもない、見ず知らずの人達でも、少しでも手助けがしたい、協力したいとマリサは心から思っていた。
それに、できる限りのことをすると言ったのだ。
これがどんな結果を招くのかは分からないが、あの、呪文も含めて、マリサは手の内を見せる覚悟を決めた。
畝に沿って植えていくが、一つ一つ種を埋めるのではなく、ぱっぱっと蒔けば、自然に土の中に定着していく。ゲーム「箱庭のロンド」で、一瞬で種も苗も植えられたように。
ライアンを見ると、腕を組み、なにか真剣に考えているようだったが、驚いた様子ではなかったので、一先ず安堵する。
ライアンの下へ行き、マリサは水遣りの方法を聞くと、それも、マリサのやり方でと注文される。
「実は、あの場所には水場がなくて、最初は森の川の水を何度も汲みに行って、その水で畑を耕しました。種や苗を植えた後は、シロリンが水を撒いて、というか、ぶるぶるっと身体を振って撒き散らしてくれたんです……」
マリサが、シロリンが井戸を掘ってくれたこと等を説明すると、シロリンを呼ぶ事となった。
「この井戸の水でも効果があるかどうかは分からないが、出来る限り同じ条件で試したいのだ」
マリサは、シロリンは水を撒いてくれるだろうかと心配しながら、ライアンの後から、納屋の脇にある井戸にシロリンと共に付いていく。
「シロリン、ここの畑にも水を撒いてくれないかな?」
「ワフッ!」
なにやら目をキラリとさせて、シロリンは、木の枠で囲まれた大きな井戸の中へ、ザボン! と潜ってしまったのだった。
「わっ、シロリン!」
ザバッ!
すぐさまシロリンが井戸から飛び出してきた。にっこり笑っているようないきいきした様子で、畑へと走っていく。
「わっ、まってー。畑の場所、どこか言ってないよ」
マリサの畑の何十倍、いや何百倍もあるような公爵家の広大な畑なのだ。
ライアンがシロリンの後を追いかけ、その後ろから、マリサも必死に付いていく。
ブルブルブルッ!
ライアンもマリサも追いつかないまま、シロリンは、マリサが種を蒔いた場所に向けて、水を撒き散らしはじめた。
しかも、マリサが種を蒔いた五本分の畝を正確に把握した上で水を撒いているのだ。
何度か往復して水を撒き散らしたシロリンは、おしまいとばかりに尻尾をゆさゆさ揺らして畑の脇に寝そべった。
「すごいよ、シロリン。ありがとう!」
マリサは、アイテムボックスからブロックイチゴを取り出して、シロリンに差し出した。
シロリンは尻尾を嬉しそうに振りながら、ブロックイチゴを一飲みで食べてしまったのだった。
「ご苦労だった。しかし、驚いたな。君のオオカミ犬は人の言葉がわかるのか? 意思疎通が出来ているようだったが……」
「はい、少しずつですが、気持ちが伝わっているような気がしています。それから、あと一つ、やることがあります」
さあ次はマリサの番だ。
マリサは畑に向き合うと、女神の呪文を唱え始めた。
「豊穣の女神セレースさま、セレースさま、セレースさま、どうか、この畑に祝福をお与えください!」
すると、五本の畝だけではなく、公爵家の広い農場全体を、透明なペパーミントグリーンの光が、眩く包み込んでいった――。
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