11 / 30
11 公爵領のコムギ騒動① ~三日目
しおりを挟むロバジイはかなり小柄で、白雪姫にリアルに混ざっていそうな風体だが、ロバジイの荷車も、思ったよりも随分と小さいものだった。
(ゲームでは分からなかったけど、この荷車、軽トラックくらいかな?)
ひょいと荷車から飛び降り、ロバにパチパチコーン(咀嚼する度に口の中で弾けるトウモロコシ)をやっているロバジイの元へと、マリサは駆け出した。
パチバチバチッ、パチッ、パチン……
ロバの口元から、なんとも楽しい音がしている。
(ゲームのマリーサとは顔見知りだけど、マリサ本人は始めましてなのよね)
マリサはふふっと笑って、ロバジイに挨拶を始める。
「始めまして! お越しくださりありがとうご……」
ありがとうを伝える途中で、目の前を大きな影に遮られてしまう。
「やあ、ロバジイ、折り入って話があるんだ」
割り込んできたのはライアンである。
唖然としてマリサが何も言えないでいると、ロバジイが呆れたように、ライアンとマリサを交互に見た。
「おい、コストスソリィス公爵の息子さんよ、かわいいお譲さんが、折角自己紹介してくれてるってのに、割り込みは禁止だ。それとも、威光を笠に着るつもりか?」
「えっ!」
ムカついたり呆れたりする前に、「公爵」というパワーワードに衝撃を受けるマリサだった。
(やだ、私ったら、そんな大層な人に頭を下げさせた上に、結構砕けた感じに話しちゃってたよね。だ、大丈夫なのかしら……。まって、ゲームのマリーサは土地を借りていたんだった。で、地主さんに、生産物の何割かを現物や金貨で納めていたのよね……。ということは、もしかしてここも、借地? でもって、私が嫌だといっても、収穫した野菜、有無を言わさず持っていかれちゃうんじゃ……)
マリサが青褪めていると、ライアンがいやいやと手を振った。
「ロバジイ、そういう訳ではないのだが、今回ばかりは国境を守る我が家の権威や爵位、資金力、人脈も、使えるものならなんでも使う覚悟だ。恥を捨てて、このとおりお願いする」
公爵の息子だというのに、またもや頭を下げているのはどうなのかと思うマリサだが、話の内容はえげつないのがなんとも言えない。
「ハァ、わしらみたいな者に、未来の公爵様が簡単に頭の天辺を見せるもんじゃないぞ。で、何があったんだ?」
それは私も聞きたいとマリサもこくこく頷く。
「ああ、これはすまない。あちこちで説明ばかりしていたせいだ。つい、周知されているつもりでいた」
ライアンだって結構なうっかりさんじゃないかと思うが、公爵の息子と聞いた後だけにマリサは口を噤む。
「実は、収穫時期を迎えた南の領地一帯は、ポイズンバッタの大量発生により、土の上に生えたものがほぼ全滅になったのだ。主食のカミナリコムギがやられたのが、一番の問題だ。ハウスのものは難を逃れたが、土壌に浸潤した毒の汚染があるかもしれない。土壌の浄化にどれほどの期間が必要なのか未知数なため、その対策がこれからの課題になるのだ」
それを聞いたロバジイの顔が一瞬で青褪め、眉間の皺が深くなる。
「そりゃあ一大事じゃないか! 分かった、わしに出来ることなら何でも言ってくれ。お嬢さんも、協力してくれるか?」
無理ですなどと言える訳がない。
と言うより、先にその話をしてくれていたら、喜んで、とまではいかないが、出来る限り協力をすると答えていただろう。
マリサは顔を強張らせ、シャキンと背筋を伸ばした。
「あの、ライア……っと、公爵様、そんなに大変な状況だとは知らず、先ほどは大変失礼致しました。私も、僭越ながらご協力致します。なにぶん初めての収穫で、品質は分かりませんが、カミナリコムギなら少しございますし、他に、役に立てることがあればおっしゃってください」
話しながら、マリサは、ぼんやりとなにかがおかしいような気がしてくるが、なんのことだかはっきりしないため、頭から考えを追い出してしまうのだった……。
「ありがとう、助かるよ。ああ、だが公爵様はやめてほしい。父は公爵だが私は公爵ではない。ライアンと呼んでくれていいし、その畏まった言葉遣いもいらない。さっきまでのように、気軽に話しかけてくれ」
「わ、分かったわ」
大きなライアンが、頭を掻きながら困ったように話す姿に、マリサは思わずキュンとなってしまってうろたえる。
(し、仕方ないわね、マイナスだった高感度を上げてもいいわ。でも100じゃないから! これでプラマイ0よ!)
と自分に言い聞かせた。
マリサが一人、百面相をやっている横でライアンとロバジイが話し合っていた。
「……それで、ポイズンバッタの被害はどうなった?」
ロバジイと共に、マリサもライアンに顔を向ける。
「ああ、それは、我が精鋭の魔術部隊による殲滅作戦が功を奏した。各地の報告と初動が早かったのも原因だ」
「公爵領の皆様、とても優秀なのですね」
マリサがほっとしたように言うと、ライアンの目がすっと優しくなった。
「ああ、そうなのだ。とても誇らしい者達だ」
「で、どこまで協力させて、どうやって運ぶんだ?」
「オレは収納魔法を持っている。この辺一帯の農場は遠隔地から順次周って、協力してもらった作物を収納している。あとは、ここと、あの森の向こうの農場へ行ったら一旦我が農場へ戻り、明日、仕分けをして幾つかの班に分け、南へ配達をする手はずになっている」
「分かった。早速出た方がいいな。わしの荷車も運べるか?」
「ああ、それくらいなら問題ない。ロバジイが来てくれたら、百人力だ」
「あの、やはり私もご一緒した方がいいでしょうか? その場合ですが、出発する前に、少しだけお時間をください。シロリンがお腹をすかせているので、食べさせてやりたいのです……」
テントを半分潰して寝そべっていたシロリンが、名前を呼ばれて「ワフン」と立ち上がるやいなや……。
ぐぅうう……。
マリサのお腹の音が大きく響くのだった。
7
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説
裏の林にダンジョンが出来ました。~異世界からの転生幼女、もふもふペットと共に~
あかる
ファンタジー
私、異世界から転生してきたみたい?
とある田舎町にダンジョンが出来、そこに入った美優は、かつて魔法学校で教師をしていた自分を思い出した。
犬と猫、それと鶏のペットと一緒にダンジョンと、世界の謎に挑みます!
成り上がり令嬢暴走日記!
笹乃笹世
恋愛
異世界転生キタコレー!
と、テンションアゲアゲのリアーヌだったが、なんとその世界は乙女ゲームの舞台となった世界だった⁉︎
えっあの『ギフト』⁉︎
えっ物語のスタートは来年⁉︎
……ってことはつまり、攻略対象たちと同じ学園ライフを送れる……⁉︎
これも全て、ある日突然、貴族になってくれた両親のおかげねっ!
ーー……でもあのゲームに『リアーヌ・ボスハウト』なんてキャラが出てた記憶ないから……きっとキャラデザも無いようなモブ令嬢なんだろうな……
これは、ある日突然、貴族の仲間入りを果たしてしまった元日本人が、大好きなゲームの世界で元日本人かつ庶民ムーブをぶちかまし、知らず知らずのうちに周りの人間も巻き込んで騒動を起こしていく物語であるーー
果たしてリアーヌはこの世界で幸せになれるのか?
周りの人間たちは無事でいられるのかーー⁉︎
150年後の敵国に転生した大将軍
mio
ファンタジー
「大将軍は150年後の世界に再び生まれる」から少しタイトルを変更しました。
ツーラルク皇国大将軍『ラルヘ』。
彼は隣国アルフェスラン王国との戦いにおいて、その圧倒的な強さで多くの功績を残した。仲間を失い、部下を失い、家族を失っていくなか、それでも彼は主であり親友である皇帝のために戦い続けた。しかし、最後は皇帝の元を去ったのち、自宅にてその命を落とす。
それから約150年後。彼は何者かの意思により『アラミレーテ』として、自分が攻め入った国の辺境伯次男として新たに生まれ変わった。
『アラミレーテ』として生きていくこととなった彼には『ラルヘ』にあった剣の才は皆無だった。しかし、その代わりに与えられていたのはまた別の才能で……。
他サイトでも公開しています。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
冤罪で山に追放された令嬢ですが、逞しく生きてます
里見知美
ファンタジー
王太子に呪いをかけたと断罪され、神の山と恐れられるセントポリオンに追放された公爵令嬢エリザベス。その姿は老婆のように皺だらけで、魔女のように醜い顔をしているという。
だが実は、誰にも言えない理由があり…。
※もともとなろう様でも投稿していた作品ですが、手を加えちょっと長めの話になりました。作者としては抑えた内容になってるつもりですが、流血ありなので、ちょっとエグいかも。恋愛かファンタジーか迷ったんですがひとまず、ファンタジーにしてあります。
全28話で完結。
陰キャラモブ(?)男子は異世界に行ったら最強でした
日向
ファンタジー
これは現代社会に埋もれ、普通の高校生男子をしていた少年が、異世界に行って親友二人とゆかいな仲間たちと共に無双する話。
俺最強!と思っていたら、それよりも更に上がいた現実に打ちのめされるおバカで可哀想な勇者さん達の話もちょくちょく入れます。
※初投稿なので拙い文章ではありますが温かい目で見守って下さい。面白いと思って頂いたら幸いです。
誤字や脱字などがありましたら、遠慮なく感想欄で指摘して下さい。
よろしくお願いします。
Sランク冒険者の受付嬢
おすし
ファンタジー
王都の中心街にある冒険者ギルド《ラウト・ハーヴ》は、王国最大のギルドで登録冒険者数も依頼数もNo.1と実績のあるギルドだ。
だがそんなギルドには1つの噂があった。それは、『あのギルドにはとてつもなく強い受付嬢』がいる、と。
そんな噂を耳にしてギルドに行けば、受付には1人の綺麗な銀髪をもつ受付嬢がいてー。
「こんにちは、ご用件は何でしょうか?」
その受付嬢は、今日もギルドで静かに仕事をこなしているようです。
これは、最強冒険者でもあるギルドの受付嬢の物語。
※ほのぼので、日常:バトル=2:1くらいにするつもりです。
※前のやつの改訂版です
※一章あたり約10話です。文字数は1話につき1500〜2500くらい。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる