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11 公爵領のコムギ騒動① ~三日目

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 ロバジイはかなり小柄で、白雪姫にリアルに混ざっていそうな風体だが、ロバジイの荷車も、思ったよりも随分と小さいものだった。


(ゲームでは分からなかったけど、この荷車、軽トラックくらいかな?)


 ひょいと荷車から飛び降り、ロバにパチパチコーン(咀嚼する度に口の中で弾けるトウモロコシ)をやっているロバジイの元へと、マリサは駆け出した。


 パチバチバチッ、パチッ、パチン……


 ロバの口元から、なんとも楽しい音がしている。


(ゲームのマリーサとは顔見知りだけど、マリサ本人は始めましてなのよね)


 マリサはふふっと笑って、ロバジイに挨拶を始める。


「始めまして! お越しくださりありがとうご……」


 ありがとうを伝える途中で、目の前を大きな影に遮られてしまう。


「やあ、ロバジイ、折り入って話があるんだ」


 割り込んできたのはライアンである。

 唖然としてマリサが何も言えないでいると、ロバジイが呆れたように、ライアンとマリサを交互に見た。


「おい、コストスソリィス公爵の息子さんよ、かわいいお譲さんが、折角自己紹介してくれてるってのに、割り込みは禁止だ。それとも、威光を笠に着るつもりか?」

「えっ!」


 ムカついたり呆れたりする前に、「公爵」というパワーワードに衝撃を受けるマリサだった。


(やだ、私ったら、そんな大層な人に頭を下げさせた上に、結構砕けた感じに話しちゃってたよね。だ、大丈夫なのかしら……。まって、ゲームのマリーサは土地を借りていたんだった。で、地主さんに、生産物の何割かを現物や金貨で納めていたのよね……。ということは、もしかしてここも、借地? でもって、私が嫌だといっても、収穫した野菜、有無を言わさず持っていかれちゃうんじゃ……)


 マリサが青褪めていると、ライアンがいやいやと手を振った。


「ロバジイ、そういう訳ではないのだが、今回ばかりは国境を守る我が家の権威や爵位、資金力、人脈も、使えるものならなんでも使う覚悟だ。恥を捨てて、このとおりお願いする」


 公爵の息子だというのに、またもや頭を下げているのはどうなのかと思うマリサだが、話の内容はえげつないのがなんとも言えない。


「ハァ、わしらみたいな者に、未来の公爵様が簡単に頭の天辺を見せるもんじゃないぞ。で、何があったんだ?」


 それは私も聞きたいとマリサもこくこく頷く。


「ああ、これはすまない。あちこちで説明ばかりしていたせいだ。つい、周知されているつもりでいた」


 ライアンだって結構なうっかりさんじゃないかと思うが、公爵の息子と聞いた後だけにマリサは口を噤む。


「実は、収穫時期を迎えた南の領地一帯は、ポイズンバッタの大量発生により、土の上に生えたものがほぼ全滅になったのだ。主食のカミナリコムギがやられたのが、一番の問題だ。ハウスのものは難を逃れたが、土壌に浸潤した毒の汚染があるかもしれない。土壌の浄化にどれほどの期間が必要なのか未知数なため、その対策がこれからの課題になるのだ」


 それを聞いたロバジイの顔が一瞬で青褪め、眉間の皺が深くなる。


「そりゃあ一大事じゃないか! 分かった、わしに出来ることなら何でも言ってくれ。お嬢さんも、協力してくれるか?」


 無理ですなどと言える訳がない。

 と言うより、先にその話をしてくれていたら、喜んで、とまではいかないが、出来る限り協力をすると答えていただろう。

 マリサは顔を強張らせ、シャキンと背筋を伸ばした。


「あの、ライア……っと、公爵様、そんなに大変な状況だとは知らず、先ほどは大変失礼致しました。私も、僭越ながらご協力致します。なにぶん初めての収穫で、品質は分かりませんが、カミナリコムギなら少しございますし、他に、役に立てることがあればおっしゃってください」


 話しながら、マリサは、ぼんやりとなにかがおかしいような気がしてくるが、なんのことだかはっきりしないため、頭から考えを追い出してしまうのだった……。


「ありがとう、助かるよ。ああ、だが公爵様はやめてほしい。父は公爵だが私は公爵ではない。ライアンと呼んでくれていいし、その畏まった言葉遣いもいらない。さっきまでのように、気軽に話しかけてくれ」

「わ、分かったわ」


 大きなライアンが、頭を掻きながら困ったように話す姿に、マリサは思わずキュンとなってしまってうろたえる。


(し、仕方ないわね、マイナスだった高感度を上げてもいいわ。でも100じゃないから! これでプラマイ0よ!)


と自分に言い聞かせた。

 マリサが一人、百面相をやっている横でライアンとロバジイが話し合っていた。


「……それで、ポイズンバッタの被害はどうなった?」


 ロバジイと共に、マリサもライアンに顔を向ける。


「ああ、それは、我が精鋭の魔術部隊による殲滅作戦が功を奏した。各地の報告と初動が早かったのも原因だ」

「公爵領の皆様、とても優秀なのですね」


 マリサがほっとしたように言うと、ライアンの目がすっと優しくなった。


「ああ、そうなのだ。とても誇らしい者達だ」

「で、どこまで協力させて、どうやって運ぶんだ?」

「オレは収納魔法を持っている。この辺一帯の農場は遠隔地から順次周って、協力してもらった作物を収納している。あとは、ここと、あの森の向こうの農場へ行ったら一旦我が農場へ戻り、明日、仕分けをして幾つかの班に分け、南へ配達をする手はずになっている」

「分かった。早速出た方がいいな。わしの荷車も運べるか?」

「ああ、それくらいなら問題ない。ロバジイが来てくれたら、百人力だ」

「あの、やはり私もご一緒した方がいいでしょうか? その場合ですが、出発する前に、少しだけお時間をください。シロリンがお腹をすかせているので、食べさせてやりたいのです……」


 テントを半分潰して寝そべっていたシロリンが、名前を呼ばれて「ワフン」と立ち上がるやいなや……。


 ぐぅうう……。


 マリサのお腹の音が大きく響くのだった。


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