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10 強面? イケボ隣人襲来!② ~三日目

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 ライアンはひとしきり笑うと、すっきりしたような顔をマリサに向けた。


「いやあ、こんなに笑ったのはいつ以来だろう」

「そんなの、知りません!」


 ライアンに警戒していたことも忘れて、マリサはプイッと横を向く。


(うっかり畑とか、個性的な女性って、なによそれ。めっちゃ貶されてるよ、私……)


 いくらゴージャスなイケメンで、ドストライクの良い声だったとしても、こんなに笑われては好感度はマイナスにしかならない。


「いや、すまない。頼みごとをするために訪ねたというのに、隣人の君に、嫌われてしまったら大変だ」


 深々と頭を下げるライアンのきれいな頭の形や、逞しい肩を眺めて、マリサはつい見惚れてしまう。


(私ったら、イケメンに耐性がなさ過ぎる………)


 つい絆されてしまいそうになって、グーで己の頭をポカリと叩く。


「ライアンさん、頭を上げてください。こちらも、ついじっと見てしまいましたし。でも、音もなく現れて、背後から声をかけられたら、誰だってびっくりします」


 マリサは、恨みがましい目をライアンに向けた。


「ハハッ、音がしなかったのはオレの愛馬のグレイスが優秀なせいだろう。急ぎのため突然訪問してしまったが、次に訪ねる場合は先触れを出すし、もう少し離れた場所から声をかけよう」

「は、はあ」


 グレイスと呼ばれた馬の神獣? をマリサは見やる。

  ゴールドに輝く身体に、鬣はプラチナ色に波打っている。その神々しさに思わず溜め息が漏れていた。


「本当に、なんて美しいのかしら。神獣なんですか?」

「ああ、ボーブヴァルプニルという神獣だ。美しいレディだろう?」


(気品が漂ってるっていうか、全身から、完全に発光してるわ! 撫でてみたいな……)


 なんて、うっとりと見つめていたら知らぬ間に、シロリンがグレイスの側にいて、尻尾をわさわさやっていた。

 大型犬の二倍はあるシロリンが、小型犬に見えるほど、グレイスの体躯は大きい。


「わっ、シロリンったら」


 慌てるマリサの肩に、ライアンが大丈夫だというように手を置いた。


「グレイスは、君のオオカミ犬のことを気にいったようだよ」


 見ると、グレイスがシロリンに鼻面をよせていて、シロリンは嬉しそうにぐりぐりと頭を擦りつけていた。


「ほんとだわ、もう仲良しさんね」


 うらやましい……と眺めていたら、ライアンがマリサのもう片方の肩にも手を置いて、真剣な顔を向けた。


「いきなりですまないが、君が必要なんだ。オレと一緒に、うちの農場まで来てほしいのだ」


 まったくもっていきなりの話に、マリサの口がぽかんと開く。


「それから、この畑の収穫物を分けてはくれないだろうか。もちろん、対価は相場の倍払うつもりだ」

「はへ?」


 マリサは思わずふぬけた声を漏らした。


「それでだ、可能ならば、収穫物を全てとは言わないが、君達が必要な分以外、全ていただきたいのだが……、おい、君、マリサ嬢、聞こえているのか?」


 理解がどうにも追いつかず、マリサは一から話を反芻していた。


(このラ・イ・オ・ン・さんは、まず、私が必要だと言ったのよね? それから、農場へご招待してくださるとか。でもって、さっき確か、私のことを「燐人」って言ってたはず。ってことは、近くはないみたいだけど、一応お隣さんってことよね? それで、畑の収穫物を殆どよこせって。えー、なにそれ……)


「……マリサ嬢!」

「ひゃっ、はい!」

「ああ、やっとこっちを見てくれたか。少々急いた要求だったから驚かせてしまったようだが、少しは冷静になれただろうか?」


 ライアンが先程からずっとマリサの肩に手を置いたままなのに気付いて、マリサの顔は急速に熱が集まって蒸気が上がりそうになる。


「ええ、あ、はい。一つ野菜についてですが、今日、初めて収穫するため、人様にお分けできるようなものではないように思います。私もまだちゃんと確かめてはいませんので、なんとも言えませんが」

「ああ、そうか、初めての収穫なのだな。これを植えたのは?」

「昨日ですが」

「すばらしい! やはりそうか。いやすまない、今から収穫するなら、見ていてもいいだろうか?」

「ええ、かまいませんが」


 マリサはちょっと首を傾げてそう答えると、早速どこから収穫しようか算段をする。


(どこに何を植えたのか、よくわからなくなっちゃったし、端からいきましょう)


 テントを背に畑の右端へ歩いていくと、マリサは畝に沿って手を翳して歩き出した。


「収穫!」


 そう唱えながら進んで行くと、


 プチプチプチッ♪

 プチプチプチッ♪


と、軽やかな音と共に、棘を纏ったトゲニンジンが次々に土から顔を出して収穫されて行く。

 トゲニンジンは、どれも中型の大根くらいの大きさだった。

 一つ本体の棘を避けて手にとってみると、ずっしりと重くて、いかにもおいしそうに見え、問題はなさそうだ。

 畑の向こうでシロリンが、嬉しそうにワホワホ吠えている。


「シロリン、嬉しいね! 記念すべき最初の収穫よ!」

「おおー、これはなかなかだな」


 ライアンも感心しているようだ。

 次々に、根が角の形をしているホーンレンソウ、ハチミツ色の丸いハニーベアダイコンに、黒いバクダンポテト、四角いブロックイチゴ等々を収穫して行った。

畑の脇は収穫物の山ができており、これまでの苦労が消し飛ぶほどの眺めだった。

 試しに、ブロックイチゴの中でも一番小さそうな……と言っても手の平サイズのそれを一つつまみ、齧ってみる。


「わあ、甘い! ジュースみたいに果汁が溢れてくるわ」


 鼻をクンクンひくつかせるシロリンに、残りのブロックイチゴを差し出すやいなや、パクッと一口で飲み込んでしまった。


「ワフッ!」


 シロリンは、尻尾をわっさわっさと振って、もっと欲しいとすりよってくる。


「ふふふっ、おいしいね、シロリン。もうちょっと待ってね」


 これからロバジイがやってくるはずなのだ。

 まずは形の良いものから、なるべく良い値で売り、一部はロバジイが持ってくる品物と物々交換するつもりだ。


「ジャングルだったのが、嘘みたいに普通の畑に戻ったわ」


 畑を見ると、すっかり草も何もない土の状態に戻っている。

 箱庭ゲームと思しき世界のため、畑は収穫すると、その都度リセットされるらしい。

 ライアンに背を向けてスマホのゲーム画面を確かめると、アイテムボックスに倍になった種と苗が入っていた。

 その時、遠くからロバの嘶きが聞こえてきた。

 ロバジイがやってくるのだ。

 期待を胸にマリサが振り向くと、ライアンが切実な顔をしてやってきた。


「ロバジイと取り引きをするよりも、高い値で支払うから、どうか譲ってくれないか」


 マリサはうーんと答えに詰まる。

 様々な商品をランダムに持ってきてくれるロバジイとは、直接取引をしたいと思っていた。


(ゲームの一部っていうか、ロバジイは言わばアンドロイドみたいに感情がない存在なのかもしれない。でも、せっかく来てくれるのに売るものがないなんて悲しいし、やっぱり最初の出会いって大切!)


 ロバジイとの取引はお金でもいいが、少々割高になってしまう。

 初めて出会ったライアンを「信じちゃダメじゃない?」と、もう一人の自分こと、新マリサが何故か疑っているのだ。

それに対し、真面目なマリサが、「気の毒だし、お隣さんのよしみだわ」と同情しているのが不思議だった。


「わるいけれど、安易にお譲りすることはできません。ここへ来たばかりで、衣食住、生活するのに、何もかも不十分なのです。ロバジイが持ってきてくれるものを見て、必要なものを揃えてからなら、交渉を考えないこともないですが」


 ここは、真面目というか生真面目マリサの意見に賛同して、同情してしまいたいところだったが、マリサの方も、シロリンとの生活がかかっているため、そういうわけにも行かないのだ。

 心底困っている……というような顔をするライアンを見るのは辛いものがあるのだが。


「それなら、これではどうだろうか。どの道、マリサ嬢を、オレの農場へ招待するつもりだったのだ。うちには、畑で使う道具も、食器や調理道具も、コンロも予備があるから、それらをプレゼントすることで、なんとかならないだろうか?」

「!」


 マリサは目を瞠り絶句する。

 真面目マリサが、「そんなに素敵な申し出なら、すぐさま受けるべきよ」と訴えている。

 それに対し、「なーんか裏がありそうだわ」と、新マリサが呟く。


 マリサは大いに迷っていた。

 悩んでいる間にシロリンは、ライアンにすっかり懐いて尻尾を振りまくっていて、気付けば、ロバジイの荷車がガラガラと到着したところだった。


(わあ、本物のロバジイ来たよ! でも、迷うな~。わーん、どうしよう?)

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