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9 強面? イケボ隣人襲来!① ~三日目

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「うっそ……」


 テントの前でマリサは腰が引けてしまった。

 畑を作ったはずなのに、一晩寝て起きたら、目の前が、ジャングルのように生い茂っていたのだ。

 

「改めて見たらすごいな~。ここ、昨日まで、荒れ果てた土地だったよね? 枯れ草が、申し訳程度に生えてたくらいだったよね?」 


 走り出そうとしたら膝がカクッとなって転びそうになる。

 全身ひどい筋肉痛だった。

 マリサは声にならない悲鳴を上げる。

 生まれたての子ジカのように覚束ない足取りで、じわじわと歩いていく。


「う、畑のジャングル化、もしかして、呪文のせいかも……」


 マリサはあちゃーっと頭を抱え込んだ。



◇◇◆◇◇



 昨日は、ちゃっちゃとは行かなかったが、あれからマリサはふんばって、畝を何本か作ったのだった。

 日が沈む前に、ようやく種と苗を植え終わり、水をやったらやっと終わりだと喜んだのも束の間、マリサは青ざめた。


『わーっ、私のばかっ!』


 せっかくシロリンが目いっぱい耕してくれたのだ。せこせこ植えるのはもったいないと、野菜の種類ごとに、間を大きく離して植えてしまっていたのだ。

 一番遠い畑から井戸までは五十メートル以上ありそうだ。


『水やりのことを忘れてたわ……』


 ジョウロも柄杓も何もないのだ。


『ちまちまバケツでやるしかないか……とほほ』


 重い身体を引き摺って、井戸までとぼとぼ歩いていく。


(そうだ! 井戸から、まだ水が溢れてるし、畑まで水路を作ったらどうかな? その内、田んぼを作ってお米とか育てたいし♪ やだ私天才かも)


 いいアイデアだと自画自賛したものの、すぐさま、長い水路を普請するのは誰だと、己に突っ込みを入れる。


『ワホ、ワホ♪』


 シロリンがついてきて、ぐりぐりと頭を背中に擦り付けてくる。

 つんのめりながら、マリサは振り返ってシロリンの鼻の頭をぽんぽんする。


『ごめん、遊んであげる体力はゼロよ。そうだ、シロリン、水撒きを手伝ってくれない?……なーんてね』


 乾いた笑いを浮かべながら、井戸の前まで来ると、シロリンがその前にぐいっと割り込んできて、ザブッ! と水に身体を突っ込んだ。


『やだシロリン、また水びたしじゃない』


 さっきシロリンは、汚れた身体を洗い、ようやく乾き始めたところだった。


『ワフッ、ワフッ、ワフッ!』

『ぎゃー、もう水は被りたくないっ。勘弁して~!』


 まった、まった! と腕を振った瞬間、シロリンが駆け出した。


『へっ?』


 子犬だし、仕方ないかと笑って見送ると、シロリンは畑の真ん中まで行って、


 ブルンブルン、ブルルルルルルッ……。


と、高速で身体をブルブルやって、水を撒き散らしはじめたのだ。


『ワフッ、ワフッ』


 弾むように戻ってきて、ザブッと水を浴びると、再び畑に行ってブルブルブル……。

 マリサは、シロリンがただ遊んでいるのではないことに気がついて目を瞠った。

 シロリンは何度か往復して水を畑に撒き散らした後、流石に疲れたのだろう、おしまいとばかりに畑の脇に寝そべった。


『シロリンっー』


 マリサは目をうるうるさせながら、シロリンの下へ駆けていった。

 はしっ! と抱きついてシロリンの頭をわしゃわしゃなでくる。


『ありがとう、ありがとう、シロリン。助かったよぉ~!』


 さっきまでマリサは、疲れ過ぎて、お腹がすき過ぎてへこたれかけていたのに、無敵になったみたいに清々しい気分だった。


『休む前に畑の成長を見なくちゃ。そうだ、成長を促進させる「裏技の呪文」があるんだよね♪』


 マリサは検証サイトで拾った、裏技の呪文を使って、ゲームで野菜や果物の成長を早めていたのだ。

 その呪文を唱えれば、作物はやや大きく育つ上、肥料を与えなくても、なかなかおいしく出来るらしい。

 おいしいかどうかは、実際に食べられなかったため要検証となるが、アバターのマリーサは、ハニーベアダイコンに生のまま齧りついて、『甘~い、おいし~い!』と大絶賛だったのだ。

 現実で効果があるかないかは謎だが、「裏技の呪文」を使わない理由はないと試すことにした。


『豊穣の女神セレースさま、セレースさま、セレースさま。どうか、我が畑に祝福をお与えください』


 そう唱えながら、胸の前で手を組み祈りを捧げれば、透明なペパーミントグリーン色の光が畑全体を眩く包み込んだ。


『やった、こっちでも有効なのね。女神様ありがとうございますっ』


 ほくほく顔でマリサはシロリンに話しかける。


『これで数時間したら、野菜が育つと思うよ。楽しみだねぇ』


 そこまでは良かったが、寝そべるシロリンに、ついもたれかかってしまったのがまずかった。

 マリサは何分ともたずに、眠ってしまったのだった。



◇◇◆◇◇



 マリサは仁王立ちになり、腰に手をあててキリリと畑を眺めた。隣にはシロリンが良い姿勢で座っている。


「もじゃもじゃのもっさもさで、なにがなんだか分からなくなってるし、熟れすぎてだめになってるかもしれないけど、仕方ないわ。どこから収穫しようかしら」


 真剣に畑を観察していると、ふいに、背後から声をかけられた。

 マリサは心臓が飛び出すかと思うほど吃驚した。


「君は、畑をこんなになるまで放置して、なにがやりたかったのかな?」


 マリサはシロリンにしがみつきながら、降り返った。

 背がかなり高い黒ずくめの人? が、真後ろに立っていた。

 声からすると男性のようだが、帽子を被っている上、逆光で顔がはっきり見えない。


「ひ、人、人?」

「なにを言っている? オレを侮辱するのか?」

「ご、ごめんなさい、そういうわけでは! 見渡す限り建物も何もないし、森でも獣にさえ遭遇しないし、こ、ここに来て、三日も誰にも会わなかったので、や、やっと人に会えたので、びっくりしてしまったんです」

「フム、移動手段も持ち合わせてはいないようだが、どうやってここへ来たのだ? 近頃噂になっている、あれと関係あるのか? ん? 隣のそれは、オオカミ犬か? いやそれとも……。まあいい、そいつがいれば、粗方獣も近づかぬさ」


いくつか聞き捨てならないことを言われたようだったが、マリサの意識は別の所へ飛んでしまっていた。

 なんと良い声だろうと、ぼうっとなりかけていたのだ。

 マリサが驚いた訳の一つに、むちゃくちゃイケボだったのもあった。


(低音で、ちょっぴりハスキーですって? 私のどストライクだわ)


 はうっと妄想の世界に浸かりそうになる意識を、理性が羽交い絞めにする。

 知らぬ間に、木の脇に、馬が休んでいた。


(ちょっとまって、あれ、ただの馬じゃないわ。 翼が生えてるっ。キャメル色? じゃなくて、ゴールド? すごいなー、神獣とかかしら)


 逆光に少し目が慣れてきて、今度は目の前の男性の頭のてっぺんから爪先まで、じっくりと観察してしまう。


(ウェスタンハットを目深に被っていて目元はよく見えないけど、上等そうな、なんだろう? 黒っぽい爬虫類とかの革のロングコートに、つるっとした黒い革のパンツを履いてるけど、脚、長いなーこの人。靴もコートと同じ爬虫類の革のブーツ……おしゃれさんか。って、まてまてまて。この人、見渡す限り不毛な荒れ地のどこから出没したの? さっきの馬で飛んできたとか? でも、飛んできたとしても音はするよね? なんか怖い……。本当に『人間』なのかな。気配とかなかったよね。音が聞こえなくなるほど、集中しちゃってた? 私……)


「……おい、聞こえているのか?」

「……へっ、は、はいっ!」

「今、あらぬことを考えてはいなかったか?」


 マリサは、どうも、不審者を見咎めるような顔つきをしていたらしい。


「いえいえいえっ! お名前を聞いてなかったなーと思いまして……」


 マリサは手にじっとりと汗をかきながら引き攣った笑顔を作る。


(そりゃ、あらぬことくらい考えてましたよ。だってだって、あなた威圧が半端ないんだもの……)


「ああ、これは失礼した。オレの名は、ライアンだ。ところで君の名前は?」

「わ、私はマリサです」


 ライアンが帽子を脱いで、マリサの方に顔をぐいっと近付けてくる。

 マリサがたじろいだその時、薄雲が太陽を覆って行き、ライアンの顔がはっきりと浮かび上がった。

 赤銅色の長い髪は後ろで束ねられていて、日に焼けた肌に、中高の端正な顔立ち。

 ギロリと射るようにマリサを見る瞳は、ゴールドに輝いていた。


(ライオン!)


 マリサは、ライアンがライオンの化身に思えて、益々怖じ気づいてしまう。

 それなのに、シロリンがライアンにわしゃわしゃ撫でられて、尻尾を振ってなついていた。


「ワフッ、ワフッ♪」

「よーしよし、かわいいやつだな。なんて名前だ?」

「えっと、シロリンです」

「……このオオカミ犬は、ひょっとすると、化けるかもしれないぞ。しかし、その名前では、ちょっとばかりかわいすぎやしないか?」


 そう言って、シロリンに優しく笑いかける様子に、マリサは唖然とした。


(ライアンさん、酷いよ。私のことは、睨んでたくせに。いくらシロリンがかわいいからってさ。シロリンもシロリンよ、この裏切り者~。「ワフッ、ワフッ♪」じゃないわよっ)


 ライアンとシロリンを、ジトッと薄目で見ていると、ふいにライアンが顔を向けた。


「あーっと、うっかりしてしまったが、マリサ嬢」

「えっ、はっ、はい」


 慌てて顔を作り直すも遅かった。

 マリサのジト目顔に、ライアンはプッと吹き出す。


「し、失礼な」


 マリサは真っ赤な顔でむくれるが、ライアンはツボに入ったらしく、片手でお腹を押さえてクツクツ笑っている。


「い、いや、すまない。君は、くるくる変わる表情といい、この、うっかりした畑といい、随分個性的な女性なのだな」

「!」


 反論したくても言葉にならないマリサだった。

 ロバジイの前に、こんな失礼な隣人? が強襲してくるとは思いもよらなかったのだ。


(長身で、イケボで、強面かと思いきや、よく見ればゴージャスなハンサムだけど、呪う!)


と、涙目で誓うのだった。

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