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第七章「決闘炎上」

第201話 ティルフィング、参上!

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 ”足喰み苔”による突進の封殺、炎の騎士ゴーレムたちの自壊、”溶鋼メルティ蛸樹パンタナス樹”による鋼のゴーレムの崩壊。

 これらの三つによりオーギュストの心を折ったと判断した双魔は昏倒させて決着をつけるために、青ざめた相手に狙いを定める。

 (…………これで終わりだな)

 しかし、意気消沈したように見えたオーギュストの様子が一変した。

 自信ありげな表情を浮かべて懐から何かを取り出し、頭上に掲げて見せた。

 その手に握られているのは金の短杖だった。注目すべきはその先端についた紅玉だ。

 それは、異様な存在感を放っていた。

 (あれは……なんだ?)

 ゾクリと背筋が冷たくなり強張った。嫌な予感がする。本能が警鐘を打ち鳴らす。

 「ハハハハハ!僕はまだ負けていない!目にものを見せてやる!我、神の御業を写しし者!汝、命を吹き込まれし者!我が魔力を糧に!その力を解放し我が敵を打倒さん!ハハハ……アッハッハッハ!エバの心臓は僕の物だ!誰にも渡さない!」

 乾いた高笑いを上げ、オーギュストが詠唱を叫んだ瞬間、紅玉が凄まじい光を放った。

 「きゃっ!?」

 離れて見ているイサベルの悲鳴が聞こえ、視線をそちらに送ったが、強烈な光に耐えられず、すぐに目を瞑ってしまう。

 「ッ!?熱っ!」

 視覚を封じられた直後、身体が感じ取ったのは、肌を焦がすような熱さだった。

 光に目をやられてすぐに視覚は回復しそうにない。咄嗟に後退しながら魔力を察知しようとする。

 「は!?」

 そして、すぐに巨大な魔力を感じ取る。しかもそれは徐々に大きく膨れ上がっていく。

 訳が分からず目を開く、幸い、想定より早く視覚が回復したようで、視界は鮮明だ。

 されど、その目に映った光景は常軌を逸していた。

 炎だ。巨大な炎熱の塊がそこにあった。その大きさは十メートルは下らない。

 炎塊はやがて、膨張を止めるとゆっくりと空へと上昇していった。

 その熱に当てられて公園の樹々が発火し、立っていた鉄柱が赤熱を帯びグニャリと曲がり、次の瞬間にはどろりと地面に溶け落ちた。

 「双魔君!!」
 「伏見くん!離れるんだ!すぐに!」

 イサベルとキリルの叫び声が聞こえた。視線をやると必死の面相でこちらを見ていた。

 何が起こっているのか理解が追いつかないが、あの炎塊から離れる判断は間違いではない。

 「……………………」

 双魔は今一度、炎塊を睨み、イサベルたちの方に逃げようとした。が、視界の端にペタンとその場に座り込み、ピクリとも動かないオーギュストの姿が入った。

 「…………」

 身に纏う服には既に火がつき、身体も焼けているにもかかわらず、オーギュストは炎塊を見上げるようにして一切動かない。

 「チッ!おい!」

 呼び掛けるが反応はない。

 「ったく、面倒な!」

 気に喰わないやからだが見捨てるわけにもいかない。双魔は手元に蔓を呼び出し、勢いのまま前方に伸ばしてオーギュストの身体に巻きつけると思いきり引っ張った。

 ティルフィングがいないため膂力は常人程度、軽々と大の大人の男を扱うには及ばない。そのため伸縮性のある蔦を呼び出した。

 オーギュストを絡めとり、伸び切った蔓はゴムのようにこちらに返ってくる。

 「伏見くん!そのままこちらへ!」

 振り返るとキリルの横に人型のゴーレムが構えていた。

 「っ!しっ!」

 双魔は迷わず蔓を引っ張る。炎の熱に耐えられなかったのか、蔓が焼き切れそのままオーギュストの身体は空中に投げ出されたが落下地点に滑らかな動きで滑り込んだゴーレムがしっかりと受け止めてくれたようだ。

 「”水よアクア”!」

 燃えている服を消火するためにイサベルが水の魔術を放ちゴーレムごと濡れ鼠になったわけだがオーギュストは目を覚まさない。

 「…………冗談だろ?」

 イサベルたちと合流した双魔が振り返るとさらに信じられない光景がそこにはあった。

 球体の炎塊、煌々と輝き、冬の空気を熱で蝕む小さな太陽のような存在。

 その球体から、ずるりと腕のような物が出てきた。右腕だ。続いて左腕が形作られ、右脚、左脚が地面につく。

 そして、胴、最後に頭が形成される。

 「「「…………」」」

 あまりに衝撃的な出来事に三人は絶句した。

 双魔の脳裏にはある言葉が蘇る。

 (…………『こわいこわい火』…………まさか、これのことなのか?)

 箱庭の巨樹の精が言っていたのはこれのことなのか。

 「……炎の……巨人…………」

 ポツリとイサベルが漏らす。

 そう、目の前の高さ三十メートルはあろう炎はまさに炎の巨人であった。

 足がついている場所を中心に円状に炎の輪が広がり公園を焼き尽していく。

 「不味い!ともかくここを離れよう!」
 「分かりました!ガビロール!」
 「あっ、えっ?きゃっ!?」

 キリルとオーギュストを抱えたゴーレムが走り出すのを見て、双魔もイサベルの手を取って走り出す。

 幸い、決闘のために人払いをしていたので周囲に人はいない、が突如現れた巨大な異形に市民が気づかないはずもなく、離れたあちらこちらから悲鳴が聞こえてくる。

 「もしもし、キリル=イブン=ガビロールだ!緊急事態だ!応援を頼む!」

 走りながらキリルは何処かに電話を掛けている。それを見て双魔もスマートフォンを取り出し、画面を見ずに操作して電話を掛ける。

 『もしもし!双魔!?』

 ワンコールなり終わる前に繋がる。双魔が電話を掛けて相手はアッシュだった。

 「アッシュ!今どこにいる!?」
 『今、宮殿の庭だよ!もしかして炎の巨人のこと!?』

 どうやらアッシュからも見えているらしい。声からも切羽詰まった様子が分かる

 「見えてるなら早い!宮廷騎士団と魔術団に連絡を!それとアイギスさんと町の人たちを守ってくれ!」

 『分かった!任せて!双魔は何処にいるの!?って…………あの巨人、こっちに向かって歩きはじめてない!?』

 「何っ!?」

 振り返ってみれば、確かに炎の巨人は双魔たちが走っている逆方向、すなわちブリタニア王国の王宮の方に足を向けて踏み出していた。

 『双魔!どうするの!?』
 「ちっ!とりあえずさっき言った通りにしてくれ!俺もティルフィングとそっちに向かう!」

 双魔は返事を聞く前に通話を切った。

 「キリルさん!」
 「なんだい!?伏見くん!」
 「どうやらアレは王宮に向かいそうです!自分はティルフィング、契約遺物と討伐に向かいます!キリルさんとイサベルは市民の避難誘導と消火活動に向かってもらえませんか?」

 双魔の話を聞いてキリルは足を止めた。

 真剣な表情でこちらを見てくる。

 「……分かった!宮廷と魔術協会、それとヴォーダン=ケントリス殿への連絡は済ませてある…………くれぐれも気をつけて欲しい!」

 双魔はその言葉に力強く頷く。そして、振り返ってイサベルを見た。

 「……双魔君」

 そこには、覚悟を決め凛然としたイサベルが立っていた。しかし、その紫紺の瞳は不安げに揺れていた。

 事態に気が昂っていたのか双魔はキリルの前にもかかわらず、握っていたイサベルの手を引いて、その華奢な身体を強く抱きしめた。

 「あっ…………」
 「大丈夫だ……アレはきっとどうにかする……ガビロール……いや、イサベルはキリルさんと街の被害を食い止めてくれ……」

 耳元で優しく語りかけ、背中に回した手を上下に動かしてイサベルが安心感を得られるようにする。

 「……任せてください……その代わり、無事に帰ってきてくださいね?」
 「ああ、勿論だ!」

 約束を交わすと二人は離れる。もう一度みた、イサベルの綺麗な瞳に不安は一切残っていなかった。

 「お願いします!」
 「……ああ、任せなさい!行くよ、ベル!川で水のゴーレムを作って消火にあてる!」
 「はい!お父様!」

 愛娘が目の前で男と抱き合っていることに複雑な念を覚えたのか、キリルは一瞬微妙な表情を浮かべていたがすぐに切り替え、イサベルと共にテムズ川の方へと走っていった。

 残った双魔はその場で立ち止まり、右手の聖呪印、ティルフィングとの契約の証へと魔力を集中させる。

 まだ一度もやったことはないが、遺物使いは聖呪印で常時、契約遺物と繋がっており、離れた場所にいても強く念じれば空間を超越して遺物は召喚に応じてくれるらしい。

 今は急を要する。アパートに帰っている余裕はない。

 「ティルフィングが契約者、伏見双魔の名において願い奉る!盟約に従い、我が傍らに馳せ参じたし!」

 高らかに叫ぶ。すると、右手の甲に刻まれた紅雪の聖呪印エンゲージが強く輝いた。

 先ほどの巨人とは違い優しい凍気を伴った輝きだ。

 「…………」

 双魔は紅の輝きから一切眼を逸らさず、瞑ることもなく目を見開いていた。

 そして、輝きが徐々に収まり、弾けて消えた。

 誰もいなかったはずの目の前には、一人の少女が立っていた。

 長く、夜闇を織ったように美しい黒髪の少女だ。閉じていた瞳をゆっくりと開く。

 左眼は紅、髪に隠れた右眼が一瞬、黄金の輝きを放つ。

 「…………我を呼んだか?ソーマ!」

 本当に現れた。目の前に立っているのは紛れもなく双魔の契約遺物、ティルフィングだった。

 にぱっとあどけない笑みを浮かべて双魔の顔を見上げている。そして、なぜかいつもの黒のワンピースの上からピンク色のフリルが可愛らしいエプロンをつけていた。髪は後ろで一本にまとめてある。

 が、今はそんなことを気にしている暇はない。

 「ああ……わざわざ、呼び出して悪いな……」
 「何を言う、我とソーマの仲ではないか?」

 ティルフィングは一歩前に出て双魔に抱き着くとすりすりと猫のように顔をこすりつけてきた。

 「…………」

 双魔は黙って、ティルフィングの頭を撫でてやる。

 そうしながら、ゆっくりとだが確実に前進する厄災へと目を向けた。

 「ティルフィング……行くぞ」
 「む?よくわからんが……我に任せておけ!」

 ティルフィングは再び双魔の顔を見上げると力強く頷くのだった。
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