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第二部『京の乙女と年の瀬捜査網』エピローグ

第128話 過去からの文

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 帝、京、ひいては大日本皇国の守護する陰陽師たちの本拠地、陰陽寮には余人の知らない施設がいくつも存在する。

 そして、その中の一つに特殊な事情を孕んだ魔導犯罪者が収監される獄舎が存在する。

 厳重に警備が行われ、担当する者は皆、熟練の陰陽師だ。

 夕暮れ時、そこに、ふらりと一人の男が訪れた。

 白の狩衣と袴を身に纏った背の高い狐のような顔をした男だ。

 その男の顔を見ると、警備にあたっていた者たちは揃って頭を垂れた。

 「ご苦労様。中、入っていいかな?」

 そう言って暗闇の覗く獄舎の奥を指差す。

 狐顔の男に問われた者たちは何も言わずに頭を下に向けたままだ。

 「ありがとう、お邪魔するよ」

 男は軽い足取りで獄舎の中に入っていった。

 獄舎の中は闇で満たされていた。が、一ヶ所だけ、蝋燭の灯がともっている場所がある。つい最近収監された、現在、唯一の囚人の牢である。

 コツコツと足音を立てながら近づいていく。

 「千子山縣かな?お初にお目にかかる」

 牢の中の老人、千子山縣は筵の上に正座をして俯いており、狐顔の男の声が聞こえているのかいないのか、じっと動かない。

 「私は土御門晴久という者なんだけど…………ご存知かな?」

 そう、この狐顔の男こそ、大日本皇国の魔導の元締めであり、世界で五指に入る魔術師、”叡智ワイズマン”の称号を持つ、陰陽師の長、陰陽頭、土御門宗家現当主、土御門晴久その人であった。

 しかし、牢の中の山縣はそんな大物が現れたのにもかかわらず一向に反応しない。

 まるで、自然物に話し掛けているようだ。

 「ううん、反応なしか。仕方ない、用件だけ伝えよう」

 そう言うと晴久は懐から書状を取り出すと、屈んで牢に差し入れた。

 「野相公からお預かりした、貴方の奥方からの文だ」

 その言葉に、それまで抜け殻のように動かなかった山縣がはじめて反応した。

 「貴方の処遇は今、各所で話し合っているところだ。もう、しばらくここにいることになるだろうから、それを読んで色々と考えればいい。それでは、私はこれで」

 それだけ言い残すと晴久は来た時と同じようにコツコツと足音を立てながら獄舎を後にした。

 晴久が去った後、山縣はゆっくりと、四つん這いで晴久の置いていった封筒に近づき。手に取った。

 「…………」

 無言のままガサガサと音を立てて封筒の中身を取り出し、紙を広げると蝋燭のあかりに照らし、便箋の右上から視線を巡らしはじめる。

 『近頃、貴方の様子が普段と違うことに気付きながらも、どうしてか私は貴方にそのことを訊ねることが出来ません。どこか苦しそうな貴方に何もしてあげられない自分を不甲斐なく思います…………』

 懐かしく、二度と見ることのないと思っていた在りし日の妻の書いた字がそこには記されていた。

 暫くすると獄舎の中からは老人がすすり泣く声が漏れ響いた。

 京の大通りには姿を消していた化け物たちがどこからともなく姿を現して珍妙な行列を作って楽し気に通りを練り歩いきはじめる。

 琵琶やら箏やらに手足が生えたモノ、ボロボロの御幣を振る烏帽子を被った小鬼、首なしの馬に乗った一つ目の鬼等々、実に愉快なパレードだ。

 それらの行列は、神の呪縛から解放された一人の男を祝福しているように見えなくもなかった。

 京の夜は平穏を取り戻し、いつも通りの日常が人々の目に映っていた。

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