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第六章「東方の英雄」

第117話 追憶の紫丁香花

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 「グガァアァァアアアアアァアアアアアァアァアア!」

 阿弖流為が凄まじい雄叫びを上げた。同時に身体に纏う瘴気がさらに濃くなる。が、驚くべき点はそこではない。

 身体中に突き刺さったティルフィングの剣気によって生み出された剣たちが紅から黒へと徐々に変色していくのだ。

 「ッ!?まさか!?」

 双魔はすぐに、剣気を霧散させて剣を消し去ろうとしたが、それは出来なかった。

 ティルフィングの剣気が、神話級遺物の剣気が怨念に喰われているのだ。

 黒く染まりきった剣は阿弖流為の肉体に溶け込むように飲み込まれて消えていく。

 「ガアァァァァア!」

 阿弖流為が鋭く叫ぶ、すると、左肩の切断面が膨らみ、腕が生えてきた。

 漆黒に染まった氷の剛腕だ。阿弖流為は、あろうことかティルフィングの剣気を吸収して我が物としたのだ。

 「…………不味いな」

 双魔はその目で見た光景を信じたくはなかったが信じる他ない。

 今のような芸当が可能ということは想定していた悪い方の説、「怨念が本体」であることはほぼ間違いない。

 これで、双魔は迂闊に剣気による攻撃が出来なくなってしまった。

 ティルフィングの剣気を身に纏って身体能力をあげたまま魔術で攻撃する手段が残されていると一瞬思ったが、剣気が吸収された事実と身体能力の彼我の差を考えるとそれも期待できない。

 「改めて…………不味いな」

 双魔は阿弖流為に対して打つ手が全くなくなってしまった。一つもだ。

 身体にはまだ一切傷がなく、魔力も十全であるのに窮地に立たされてしまったのだ。

 (ソーマ!来るぞ!どうする!?)

 ティルフィングも慌てた声を出す。

 阿弖流為は長剣を右手で拾い上げ、確かめるように数回素振りをする。それが終わると今度はティルフィングの剣気を吸収して再生させた左腕を動かす。

 「もう、怨念を浄化するほかないな…………浄化?…………そうか!」

 自分に怨霊を浄化する術はないと思っていたが、双魔はついこの間グレンデルを浄化せしめた不思議な力のことをすっかり忘れていた。余りに現実離れしていたので、あの力が思考から切り離されていたのだ。

 「アレを発動できれば…………ティルフィング、いけるか!?」
 (アレとはなんだ?ソーマ!)
 「ん?…………そうか…………」

 ティルフィングはあの不思議な力については全く記憶を持っていなかったのだ。

 つまり、双魔はあの力をどうにかして自分だけで引き出さなくてはならない。

 (…………思い出せ)

 不思議な場所で出会った女の言葉を必死に思い出す。が、そんな時間は与えてもらえない。

 「グルァアアアアアアアアアアアアア!」
 「ッ!?」

 阿弖流為が雄叫びを上げる。冷たい空気が振動する。

 「ッ!?こうなったら一か八か…………これで足止めをするしかない!配置(セット)!」

 阿弖流為がこちらを見据える前に、双魔は左手をかざす。すると、阿弖流為を囲むように小さな緑色の魔法円が無数に地面に浮き上がる。

 「其は遥か遠き記憶を甦らせるもの!”追憶のレコレクティブ紫丁香花・ライラック”!」

魔法円から薄紫色の小さな花が集まった房をもつ草が出現して、阿弖流為の足元に小規模な花畑が出来上がる。

 ”追憶の紫丁香花”はその香りに含まれる魔力で過去の記憶を強制的に蘇らせる効果を持ち、精神に作用する花だ。

 川原で遭遇した時、阿弖流為には活性化した怨念に付随して理性が残っていた。

 それを刺激し表出させることが出来れば、いくらか動きを封じ、時間を稼ぐことが出来るはずだ。

 「グガアァ!……………………」

 甘く優しい香りが漂う。それに反応したのか猛っていた阿弖流為は沈黙し、その場に立ち尽くして一歩も動かなくなった。

 「よし!」

 目論見は成功したようだ。沈黙した異形の偉丈夫から決して目を離さずに、双魔は状況打破のために必死に思考を巡らせるのだった。

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