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第六章「東方の英雄」

第114話 凶針

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 結界の内部、屋敷の荒れ果てた庭は膠着状態、否、戦いがはじまろうともしていなかった。

 双魔の前に立つ怨霊鬼は一瞬、構えた長剣を下ろし、それから微動だにしない。

 一方、鏡華の静かな瞳に見据えられた山縣は未だに楽しそうに笑っていた。

 「へっへっへ……それにしてもアンタたちも大変ですな。あっしみたいなのを追いかけ回さくちゃならんとは…………そうだ!せっかくですからあっしが作り出した遺物の話でも聞いていきますかい?」
 「…………」

 意外なことに山縣は謎の遺物について自ら話す気があるようだ。双魔は何か企んでいるのではないかと訝しんだが、声だけで顔が見えないので判断するのが難しい。

 しかし、鏡華はそうではなかった。

 「あらぁ、聞かしてくれはるの?ほんなら、聞かして欲しいわぁ」

 躊躇なく、山縣の流れに乗った。双魔には千子山縣という人間が全く分からない。

 どこかちぐはぐで嚙み合っていないということは感じるが、それ以外は正体を現さない枯れ尾花のような印象がふらふらと宙を漂っている印象だ。

 それでも、鏡華は何かを感じ取っているのかもしれない。

 鏡華の返答を聞いた山縣はさらに楽しそうな笑みを浮かべた。

 「いやいや、お嬢さん!アンタは話が分かる!年寄りの話を聞くのは若人の務めってもんでさぁ!それじゃあ、まあ、いきなり本命といきましょうかね!」

 山縣はスーツの胸内ポケットから裁縫箱を取り出す。

 双魔とティルフィングが見た物と同じものだろう。

 「ふぅん…………やっぱり針なんやね」

 山縣は鏡華の反応を見て意外そうな表情を浮かべた。

 「おや、ご存じで?」
 「ほほほ、うちらかて阿呆やないもの。遺体の調査くらいしとるよ」
 「へっへ!確かにそうでしょうな!それなら話が早い!」

 裁縫箱を開けると山縣は二本の針を取り出した。長さは普通の縫い針ほどで、見にくいが色は一本が赤、もう一本が青色をしている。

 「それが?」
 「ええ、ところで、お嬢さんは”生き針死に針”ってのを聞いたことがありやすかね?」
 「” 生き針死に針”?ううん、聞いたことあらへんなぁ…………双魔は?聞いたことある?」
 「いや……ないな」

 お互い、目の前の相手から視線を逸らさずに言葉を交わす。

 今、答えた通り、双魔は” 生き針死に針”などという名の御伽噺級遺物は聞いたこともない。しかし、その単純とも思える名からは途轍もなく嫌な予感がした。

 「おや、ご存知ありやせんか?”生き針死に針”ってのはみちのく伝わる話の一つに登場するの遺物でさぁ……その名の通り、死んだ者に生き針を刺せば生き返る、生きた者に死に針を刺せば死に至らしめる……………こんな風に…………プッ!」
 「ッ!?」

 話の途中で、山縣は何の予備動作もなく口から何かを噴き出した。

 噴き出された何かは、音もなく飛翔し、そして、鏡華の首元に突き刺さった。

 針だ、一本の青い針が鏡華の白い肌、鎖骨の辺りに突き立っている。

 鏡華の注意はほとんどが山縣が手に持つ針と、話に割かれていたせいで回避できなかった。

 それに、もし、避けることが出来たとしても鏡華は避けることはなかっただろう。なぜなら、自分の後ろには大切な人の背中があったのだから。

 「ッ!鏡華!?」

 鏡華の魔力が突然乱れた。双魔はその異変を感じて思わずその身を翻した。

 次の瞬間、鏡華の身体はまるで、ピクリとも動かなくなってしまった。言葉も発しない。只々、項垂れた状態で立っているだけだ。

 そして、ぐらりと後ろに傾き、倒れる。

 「鏡華!」

 その華奢な、力の抜けた身体を抱きとめる。

 動かなくなってしまった鏡華、僅かにも動揺を見せた双魔を両の眼に映した山縣の口元はニヤリと半月のように歪んだ。

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