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第六章「東方の英雄」
第113話 結界班
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双魔の前に怨霊鬼が姿を現す少し前、山縣がコップを傾けていた頃、外では剣兎と檀が結界を張る準備を終えたところだった。
「さてさて、こちらの準備は大丈夫。幸徳井殿はどうかな?」
「はい、こちらも大丈夫です!」
「うん、それじゃあ、はじめようか。天空!」
「わん!」
剣兎のそばで座ってジッとしていた天空が立ち上がる。
「天空!其は陽なる者、霧を司る者!陽霧戌神円陣!」
「ワオォォォォォン!!」
剣兎が呪文を唱えるとそれに呼応し天空が遠吠えを上げる。
風が起こる。屋敷を取り囲む木々がさわさわと音を立てて揺れた。
そして、空は晴れ渡っているにもかかわらず、どこからか濃い霧が風に乗って流れてくる。
霧を乗せた風は屋敷の周りを取り囲むように吹き、螺旋状に、徐々に円の直径を縮めながら屋敷を覆っていく。
やがて、屋敷はドーム状に形作られた濃霧の結界に包まれた。
「太裳!」
霧が屋敷を包み込んだことを確かめると、檀は手を掲げて虚空に五芒星を描きながら己の式神の名を鋭い声で呼んだ。
空が光り、五芒星の内より、漢服に冠を戴き、長い髭を蓄えた式神が竹簡と筆を手にその姿を現した。
「太裳!其は陰なる者、天の理を記す者!尚書縛門陣!」
呪文を詠唱し、柏手を打つ。それを合図に太裳は手にした竹簡を開き呪文を唱えはじめる。
屋敷の八方位の空中にそれぞれ一本の太い光の柱が出現し、地面に突き立てられる。
それを起点に光の鎖が柱と柱を繋いでいき、術が完成する。
濃霧と光の鎖による二重結界。
ここに、山縣と怨霊鬼、そして双魔と鏡華は剣兎と檀が結界を解かない限り結界の内側から外に出ることは不可能になったのだ。
「さてさて、後は双魔とお嬢さんにお任せだね……うーん、これでいいのかな?」
「いいのかなって…………剣兎さんが主だって今回の作戦を立てたんじゃ…………」
「そうだったかな?まあ、頃合いをみて結界を解けば、もう山縣はお縄になっているはずさ」
剣兎が惚けた笑顔を浮かべて見せる。檀はそれに少し引き気味だ。
その時、檀の端末から受信を知らせる電子音が上がった。
「はい、こちら幸徳井です!どうしましたか?」
『檀さんですか?こちら感知班です』
端末から聞こえてきたのは春日の少し疲れた声だった。
「春日さんですか。辺りの様子はどうですか?」
『そのことについての連絡です。浄玻璃鏡さんが結界内に入ったことで土地の悪霊に対する抑止力が少し弱まったようです。先程まで完全に消え失せていた悪霊が少しずつ出現しています』
「…………分かりました、強さはどの程度ですか?」
『はい、今のところは防備班で十分対処できるかと。私はこのまま感知を続けますのでお二人もお気をつけて』
「了解です。引き続きよろしくお願いします」
通信が切れる。剣兎の方に顔を向けると丁度、剣兎もこちらを向いていた。
「賀茂殿かな?大方、悪霊が少しずつ出てきたことについてかな?」
「お気づきでしたか」
檀は結界に神経を集中していたのでほとんど気づかなかったが剣兎はしっかりと把握していたようだ。
歳が近くとも一門の当主と跡目にはかなりの実力差があることを檀は改めて実感した。
「どうやら、こっちにも来ちゃったみたいだね…………」
剣兎の言う通り視界の端に黒い靄の塊が目に入る。実体化した怨念、思考無き念、すなわち悪霊だ。
首を回して確認するとそこそこの数が発生している。
防備班は一応結界を発動している間、剣兎と檀の護衛も兼ねていたのだが悪霊の数が多く、手が回らなくなってしまったようだ。
「……どうしましょうか?」
「うん、幸徳井殿は結界に集中していてくれればいいよ。こっちは僕がやるから」
「しかし!剣兎さんは右腕が…………」
利き手が使えない剣兎を案じる檀に、剣兎は浮かべた笑顔を崩すことはなかった。
「大丈夫、大丈夫!ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
剣兎は不動明王の滅魔の真言を唱える。
左手に梵字が浮かび上がり、それを中心にして全身に炎のような赤い気を纏う。
「天空、結界の制御は任せた!」
「わん!」
天空の頼もしい返事を背に剣兎は向かってくる悪霊に手をかざす。
「破ッ!」
裂帛の声と共に赤い気を靄にぶつける。
「う…………うばぁぁぁぁあ…………」
身の毛もよだつ、聞くに堪えない醜い断末魔を上げて悪霊は滅された。
そのまま、剣兎は次々と悪霊を滅していく。
(双魔さん、鏡華さん……外は何とかなりそうです、結界内のことはと願いします)
檀は眼を閉じて集中しながら、確認できない結界の内部で奮戦しているだろう二人に心中で鼓舞の念を送った。
「さてさて、こちらの準備は大丈夫。幸徳井殿はどうかな?」
「はい、こちらも大丈夫です!」
「うん、それじゃあ、はじめようか。天空!」
「わん!」
剣兎のそばで座ってジッとしていた天空が立ち上がる。
「天空!其は陽なる者、霧を司る者!陽霧戌神円陣!」
「ワオォォォォォン!!」
剣兎が呪文を唱えるとそれに呼応し天空が遠吠えを上げる。
風が起こる。屋敷を取り囲む木々がさわさわと音を立てて揺れた。
そして、空は晴れ渡っているにもかかわらず、どこからか濃い霧が風に乗って流れてくる。
霧を乗せた風は屋敷の周りを取り囲むように吹き、螺旋状に、徐々に円の直径を縮めながら屋敷を覆っていく。
やがて、屋敷はドーム状に形作られた濃霧の結界に包まれた。
「太裳!」
霧が屋敷を包み込んだことを確かめると、檀は手を掲げて虚空に五芒星を描きながら己の式神の名を鋭い声で呼んだ。
空が光り、五芒星の内より、漢服に冠を戴き、長い髭を蓄えた式神が竹簡と筆を手にその姿を現した。
「太裳!其は陰なる者、天の理を記す者!尚書縛門陣!」
呪文を詠唱し、柏手を打つ。それを合図に太裳は手にした竹簡を開き呪文を唱えはじめる。
屋敷の八方位の空中にそれぞれ一本の太い光の柱が出現し、地面に突き立てられる。
それを起点に光の鎖が柱と柱を繋いでいき、術が完成する。
濃霧と光の鎖による二重結界。
ここに、山縣と怨霊鬼、そして双魔と鏡華は剣兎と檀が結界を解かない限り結界の内側から外に出ることは不可能になったのだ。
「さてさて、後は双魔とお嬢さんにお任せだね……うーん、これでいいのかな?」
「いいのかなって…………剣兎さんが主だって今回の作戦を立てたんじゃ…………」
「そうだったかな?まあ、頃合いをみて結界を解けば、もう山縣はお縄になっているはずさ」
剣兎が惚けた笑顔を浮かべて見せる。檀はそれに少し引き気味だ。
その時、檀の端末から受信を知らせる電子音が上がった。
「はい、こちら幸徳井です!どうしましたか?」
『檀さんですか?こちら感知班です』
端末から聞こえてきたのは春日の少し疲れた声だった。
「春日さんですか。辺りの様子はどうですか?」
『そのことについての連絡です。浄玻璃鏡さんが結界内に入ったことで土地の悪霊に対する抑止力が少し弱まったようです。先程まで完全に消え失せていた悪霊が少しずつ出現しています』
「…………分かりました、強さはどの程度ですか?」
『はい、今のところは防備班で十分対処できるかと。私はこのまま感知を続けますのでお二人もお気をつけて』
「了解です。引き続きよろしくお願いします」
通信が切れる。剣兎の方に顔を向けると丁度、剣兎もこちらを向いていた。
「賀茂殿かな?大方、悪霊が少しずつ出てきたことについてかな?」
「お気づきでしたか」
檀は結界に神経を集中していたのでほとんど気づかなかったが剣兎はしっかりと把握していたようだ。
歳が近くとも一門の当主と跡目にはかなりの実力差があることを檀は改めて実感した。
「どうやら、こっちにも来ちゃったみたいだね…………」
剣兎の言う通り視界の端に黒い靄の塊が目に入る。実体化した怨念、思考無き念、すなわち悪霊だ。
首を回して確認するとそこそこの数が発生している。
防備班は一応結界を発動している間、剣兎と檀の護衛も兼ねていたのだが悪霊の数が多く、手が回らなくなってしまったようだ。
「……どうしましょうか?」
「うん、幸徳井殿は結界に集中していてくれればいいよ。こっちは僕がやるから」
「しかし!剣兎さんは右腕が…………」
利き手が使えない剣兎を案じる檀に、剣兎は浮かべた笑顔を崩すことはなかった。
「大丈夫、大丈夫!ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン!」
剣兎は不動明王の滅魔の真言を唱える。
左手に梵字が浮かび上がり、それを中心にして全身に炎のような赤い気を纏う。
「天空、結界の制御は任せた!」
「わん!」
天空の頼もしい返事を背に剣兎は向かってくる悪霊に手をかざす。
「破ッ!」
裂帛の声と共に赤い気を靄にぶつける。
「う…………うばぁぁぁぁあ…………」
身の毛もよだつ、聞くに堪えない醜い断末魔を上げて悪霊は滅された。
そのまま、剣兎は次々と悪霊を滅していく。
(双魔さん、鏡華さん……外は何とかなりそうです、結界内のことはと願いします)
檀は眼を閉じて集中しながら、確認できない結界の内部で奮戦しているだろう二人に心中で鼓舞の念を送った。
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