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第三章「京の夜の虎鶫捕物帳」

第84話 作戦会議1(後編)

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 「それじゃあ、そろそろ僕の方の話をしようか」

 利き手の右腕が使えないため、左腕で少し飲みにくそうしお茶を飲み干した剣兎はやとがテーブルに湯呑を置いた。

 部屋の中の全員の視線が剣兎に集まる。

 「例の殺人鬼の方……だな」

 重々しく言った双魔に剣兎も真剣な表情で頷いた。昨日の件で既に死者は十名を超えてしまっている。

 「端的に言えば、あの大男の正体は”怨霊”だ。だから、殺人鬼というよりは”怨霊鬼”と言った方がしっくりくるかな」
 「それで?その”怨霊鬼”言うんはどんなんなの?うちも双魔もあんはんに聞き言われて、まだ何も知らんよ?」
 「おっと、これは失礼。それじゃあ、まあ、昨日の経緯、順を追って見た目、闘ってみた所感、それと僕の考え。そんな感じでいいかな?」
 「ん、それでいい。さっさと話せよ」
 「双魔……いつも通り過ぎない?僕も部下を守っての名誉の負傷なんだからもう少し労わってくれてもいいと思うんだけどなあ……」

 剣兎が唇を尖らせて不満を漏らす。

 「……見舞いは後で用意するからさっさと話せって……もう暗くなりはじめる」
 「うん、それもそうだね」

 双魔の呆れた表情に何か満足したのか、剣兎は真剣な面持ちに戻った。

 「昨日は地図の赤印の場所を一人で回ってたんだ。暗くなってから幸徳井殿から黒印方が出現したと連絡を受けてね。そちらに向かう途中で奴を、怨霊鬼を見つけた。既に三人は殺害された後……一人が虫の息ってところだったんだけど……そう言えば、彼はどうなったんだい?」

 昨日は自身も緊急治療を施されて意識が戻ったのは今朝のことだ。その後の話を剣兎自身詳しくは聞いていなかった。

 「それならば大丈夫です。かなりの重症でしたが一命を取り留めて容態も安定しているようです……信田家のご息女が尽力を尽くしてくださったそうです」

 檀の説明を聞いて剣兎は安心したようにゆっくりと息を吐いた。

 「うん、それなら良かった。じゃあ、話をもとに戻そうか。怨霊鬼の見た目だね」
 「ん」
 「やっぱり、鬼みたいにけったいな見た目してたん?」
 「ああ、身長は三メートル弱ってところかな?筋骨隆々とした大男だったよ。ボロ布を纏って、髪は伸ばしきり。顔には木で出来た仮面、肌の色は死人のような土気色。獲物はそうだな……花房殿、ちょっと立ってもらってもいいかな?」
 「私ですか?……分かりました」

 剣兎に指示された紗枝がおずおずと立ち上がる。指示された本人も他の三人も剣兎の意図が分からないまま紗枝に視線を向ける。

 「うん、ありがとう。獲物は長剣。剣身の長さは丁度、花房殿と同じくらいだったと思うよ」

 紗枝の身長は目測で一六五センチメートルほどだろうか。怨霊鬼の巨躯に見合ったかなり長い剣だったのだろう。

 「それで?闘ってみてどうだったんだ?」
 「うん、膂力と瞬発力はかなりのものだったよ。僕も最初は手間取ったくらい。戦い方は相手をしっかりと見据えた無理のない堅実的なスタイルだった。なんていうのかな……あまり怨霊って感じじゃなかったね。怨念そのものは感じるけど、瘴気も強くはなかった」
 「それで?そこそこ追い詰めたって聞いたぞ?」
 「うん、そこはまあね。動きも読めるようになってきたから、攻勢に移って沈黙させるところまでは行ったんだけど……うちの一門の応援が着た瞬間に物凄く濃密な瘴気を噴き出して豹変。部下に襲い掛かろうとしたところに割って入ったら……ハハハ、このザマだよ。幸徳井殿には感謝してもしきれない」

 話によるとその直後に駆けつけた檀が召喚した式神によって怨霊鬼は退散したらしい。

 笑みを浮かべてはいるものの己の力の足りなさを痛感しているように見えるその姿を嗤う者が、その場に存在するはずがない。

 剣兎以外、全員が仇を討たんとする激情に微かにその身を震わせた。

 「で?何か気付いたのか?」
 「そうだね……気になる点は二つくらいかな?一つ目はという点」
 「先ほどもそうおっしゃっていましたが……?どういうことですか?」
 「みんなも分かると思うけど”怨霊”と言う存在は怨念が構成材料の全てというわけじゃない」
 「ん、それはそうだ。この世に人の魂が彷徨い、強力過ぎる恨みによって変化するのが”怨霊”だ。普通の霊と同じようにこの世への未練やその他諸々が怨霊にも含まれて然りだ……それがどうかしたのか?」
 「うん、僕が遭遇した怨霊鬼。彼の中身は……恐らく怨念のみで占められている。これは中身の推測でさっきも言った通り、猛威を振るわないという行動も、怨霊っぽくはないんだけどね」
 「そんなことが……あるんですか?」

 震える声でそう言った紗枝の顔は真っ青になっている。それもそのはずだ。

 純度一〇〇%の怨念、しかも現世に置いて実体を持つことの出来るレベルの力を有した怨念など人の形をした台風のようなものだ。扱いを間違えれば一つの町など紙屑の様に吹き飛んでしまうだろう。

 「なるほど……それで”怨霊鬼”ですか」

 檀が納得して頷く。眉に深く刻まれた皺が事の厄介さを示していた。そのような特異な怨霊ということは何かの術や儀式によって意図的に生み出されたと考えるのが当然であるからだ。

 黒幕という解決すべき事象が一つ、明確に増えたことになる。

 「次にもう一点。奴が口にしたある言葉」
 「ある言葉?な、なんですか?」
 「キノ、トモノ、フジワラ、ユルスベカラズ」
 「キノ、トモノ、フジワラ、ユルスベカラズ……ですか」
 「終始言葉を発さなかった奴が唯一発した言葉だよ。それを切っ掛けに瘴気が増幅したと考えるのが妥当だ。それに……」
 「それに、なんだ?」
 「僕に駆け寄ろうとした三人は風歌一門だけれど……僕の記憶が確かならそれぞれ、紀氏、大伴氏、藤原氏の血を引いているはずだ」

 紀氏、大伴氏、藤原氏とは言わずと知れた古来より続く高家だ。

 「……つまり、怨霊鬼の正体は紀氏、大伴氏、藤原氏に恨みをもつ何者かということですか……いくら探してもキリがないですね」

 古くから権勢を誇ってきた家柄だ。謀術で陥れられたものなどごまんといるに違いない。

 「まあ、そっちの件は調べておいてくれ。俺と鏡華はそろそろ出発するよ」

 そう言って双魔は立ち上がった。窓の外を見れば日が山際に沈み始めていた。
 「場所はどちらに?」
 「そうだな……五条橋辺りの川原にしよう。俺と鏡華の二人で行くから少し離れたところで精鋭部隊を待機させておいて欲しい。それと一般人が入り込まないように規制を」
 「分かりました。それではこれを持って行ってください。連絡はそれでお願いします」

 檀に渡されたのは小型端末だ。背面には土御門宗家の家紋である揚羽蝶が描かれている。

 「了解した。鏡華、行こう」
 「うん、分かった」
 「お任せしてしまって申し訳ないです……お気をつけて。バックアップは万全にしておきますので」
 「お二人とも……気をつけてくださいね!」

 檀と紗枝の二人が立ち上がって見送ってくれる。

 「双魔、頼んだよ」

 剣兎も左手をひらひらと振って送り出してくれる。その姿を見て、双魔はあることを思い出した。

 「剣兎、晴久さんからお前に伝言があった」
 「……晴久様から……晴久様は何と?」

 晴久の名が出た瞬間、剣兎の顔がサッと青くなった。いくら政府内で高い位置にいたとしてもやはり宗家の当主は怖いのだろうか。

 「あとで、お仕置きだってよ」
 「……ハ、ハハハ……お仕置き……お仕置きかぁ……」

 ニヤリと悪戯っぽく笑う双魔。一方、剣兎は珍しく余裕なさげに口元をヒクヒクと痙攣させる。それを見た檀と紗枝が苦笑いを浮かべる。

 そんないまいち締まらない雰囲気に見送られて、双魔と鏡華は逢魔が時の京に繰り出すのだった。
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