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第三章「京の夜の虎鶫捕物帳」

第82話 買い出しデート(後編?)

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 「……フフフフ!」

 買い物を済ませた鏡華は双魔と二人で陰陽寮への道を歩いていた。無論、手はしっかりと繋がれたままだ。

 あの後、しっかりと手を繋いでいたおかげで一度もはぐれることもなく無事に人の波を乗り切ることができ、鏡華の立てた無駄のない買い物順も功を奏し、時間に余裕を持って陰陽寮に向かっている。

 二人きりの買い物はとても楽しかった。もちろん、二人で歩いている今も楽しいがなんとなくそれ以上のものがあった気がする。

 双魔は自分に荷物を持たせることは一度もなく、気遣いが嬉しかった。

 ある店では「若奥様」だなんていわれてしまったのだ。

 今の鏡華は普段の澄ました彼女しか知らない人が見たら別人だと言い切るほどフニャフニャになっていた。

 昨日、久々に双魔に会ってからと言うもの、起きているときは胸がキュンキュンと高鳴ってしまいどうしようもないのだ。鏡華は完全に双魔に酔っている。

 「ん……どうした?」

 声を上げて笑い出した鏡華を見て前を見て歩いていた双魔がこちらに顔を向けた。

 「フフフフ……なんやろね?こうやって手繋いでると初めて会った時のこと思い出すなぁ、思って」

 それを聞いて双魔は真顔になった。数瞬、何かを思い出すように眉を寄せるがすぐに元通りになる。

 「ん……俺はよく覚えてないな」
 「フフフフ……そらそうや」

 鏡華の曼殊沙華を元通りにした後、双魔はすぐに気を失って倒れてしまったのだ。

 当時はまだ鏡華の方が身体が一回り大きかったこともあり、双魔を背負って必死で祖父のいる屋敷まで歩いたのをよく覚えている。

 「…………はあー……」

 一人楽しそうに笑う鏡華に、双魔は一つため息をつくと再び前を向いてしまった。

 「なぁに?拗ねてるの?」
 「違うからな」
 「ふふふっ、可愛い可愛い」

 ぶっきらぼうに答える双魔をからかって鏡華はころころと笑い、双魔はバツの悪そうな顔をする。それでも、二人は手を離さない。

 そうして二条城の横、双魔が昨日手錠を掛けられたまま歩いた場所を通って行く。角を曲がればもう陰陽寮だ。

 角を曲がる。曲がると遠目に陰陽寮の前に立っている檀と紗枝の姿が目に入った。こちらに気付いたのか二人が軽く頭を下げる仕草を見せる。

 「ねえ、旦那はん」
 「だから、”旦那はん”はやめてくれって言ってるだろ……」

 そう言いながら鏡華の顔を見る。すると白い頬が薄く朱に染まっている。

 「その……な?」

 何やらもじもじし始めた鏡華に足を止める。

 「ん?」
 「えと……その……手……なんやけど……」
 「ん、手がどうした?」
 「その……手、離したくないやけど……」
 「……別に離さなくてもいいぞ?」

 そんなことはあまり気にするものではないし、あの二人なら、紗枝が少しばかり心配だが檀がいればそう騒ぐこともないだろう。

 「うん……ありがと……でもな?」

 鏡華は顔を逸らす。首筋までほんのり赤くなっていた。

 「その……うち、恥ずかしい…………」
 「…………ああ」

 それを聞いて双魔は腑に落ちた。鏡華は昔から普段は澄ました雰囲気を纏って誤魔化しているが、本質的には恥ずかしがり屋だ。

 今も、自分の中の天秤で計った結果、結論を出せずに双魔を頼っているのだろう。

 双魔も少しばかり頬が熱くなるのを感じた。

 鏡華の前で下手に照れて、逆にからかわれるのが何となく癪で双魔はいつも仏頂面を顔に張り付けていたが、鏡華の照れは昔から伝染するのだ。

 しかし、この状態に恥ずかしさに飲まれた状態の鏡華は何もかもが煮え切らなくなってしまう。

 こうなってしまっては折衷案を出すのが双魔の仕事だ。が、良案など全く頭に浮かんでこない。

 「…………」
 「…………」

 沈黙が流れる。チラリと陰陽寮の方へ目を遣ると何かあったのかと二人が心配そうにこちらを見ていた。

 「ん、まあ……その……なんだ?手を繋ぐのは二人の時だけにすればいいだろ……な?」

 珍しく歯切れ悪くそう言った双魔の顔を見る。鏡華の瞳に映った双魔の顔も赤い。

 「でも……」
 「いいから……手なんていつでも好きな時に繋ぐから!」
 「ほんまに?」
 「ああ……本当だ」
 「うん……そしたら…………また後で繋ご?約束」
 「ん」

 一瞬お互いの指を絡め合う俗にいう”恋人繋ぎ”にした後、二人はほとんど同時に握っていた手を離した。

 手の平に感じていた温もりが消えていき、一抹の寂しさに胸の何処かが冷たくなった気がした。

 二人は着かず離れずの微妙な距離を保ちながら陰陽寮へと足を速めた。
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