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第一章「帰郷」
第66話 行きつけの店
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「そろそろいい時間だし昼にするか」
陰陽寮を出て三十分ほど歩いた。双魔とティルフィングは四条大橋を渡り祇園四条についていた。
八坂神社に続く道とあって店もたくさんあり、参拝客で賑わっている。
「うむ、ソーマが腹が減ったのならしかたないな!何を食べる!?」
ティルフィングの目が輝いた。次はどんなものが食べられるのかを楽しみにしている顔だ。
「ん、そこの蕎麦屋にしよう」
予定より大分時間が過ぎているが空腹には勝てない。目的地まであと二十分というところだが、双魔は常連の蕎麦屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ……あら、ご無沙汰してます」
「どうも」
店に入ると顔見知りの女性店員がレジ前に立っていた。
「あら?今日のお連れ様はいつもの違う方なんですか?……お客さん、美人の知り合いが多いですねぇ…………しかも、今度は随分小さい子ですこと……」
後ろからついて入ってきたティルフィングを見て目を丸くしている。
「ん、まあ、気にすることじゃない。そう言うのじゃないからな」
「ま!それもそうですね!オホホ!失礼いたしました!お二階が空いてますのでそちらへどうぞ」
「ティルフィング、行くぞ」
「うむ!」
階段を上がって二階に上がると先客は上下ベージュのスーツを崩して身に纏った白髪混じりの男一人だった。
「…………」
蕎麦を啜って顔を上げた男と視線が合ったので何となく頭を下げる。
「…………」
それを見た男もニヘラっと破顔して頭を下げ返した。手入れをせずに伸びたままになっている無精髭には刻み葱が引っかかっている。
「…………」
そのまま放っておくのも可哀想なのでちょんちょんと自分の顎を指でつついて教えてやった。
「……?……!?」
それに気づいたのか無精髭の男は葱を取ると頭を掻きながらまたニヘラっと笑って頭を下げた。
「お好きな席にどうぞー」
そんなやり取りをしている間に奥からお盆に湯呑茶碗を二つ載せた若い女性店員が出てきた。
双魔はコートを脱ぐと窓際の四人席に腰掛ける。ティルフィングもコートを脱いでその隣に腰掛ける。
「お決まりになったら呼んでくださいね」
テーブルにお茶とおしぼりを置くと店員は下がっていった。
「さて、と」
机の端に置いてあるメニュー表を手元に引き寄せてテーブルの上に置いたまま開く。
「ティルフィング、好きなものを頼んでいいぞ」
「本当か!?」
「ああ、ゆっくり選びな」
「うむ、わかった」
そう言うとティルフィングは目を輝かせて熱心にメニュー表を見はじめた。
「……ズズズッ」
それを横目に双魔は窓の外を見る。大きな窓からは下の通りと賀茂川の川辺が見える。
川辺では寒いにも関わらず男女二人組が何組も一定間隔で座り込んで睦み合っている。
(…………他にやることはないのかね)
「ソーマ!決めたぞ!我はこの……にしん?そば?とやらにする!」
冷めた目で窓の外を眺めているとティルフィングが腕を掴んでくる。
「ん、そうか。じゃあ、注文するか」
「ソーマはもう決まっているのか?」
メニュー表を見ないことが不思議だったのかティルフィングが首を傾げる。
「ん、俺はいつも同じものしか食べないからいいんだ」
双魔は立ったまま待機している店員にむけて軽く手を振る。それに気づいた店員が注文票とペンを持ってやってくる。
「お決まりですか?」
「にしんそばとにしんなす定食を一つずつ」
「にしんそばとにしんなす定食ですね、かしこまりましたー、それでは少々お待ちください」
注文を確認すると店員はまた下がっていく。
「にしんとにしんなす入りましたー」
料理を発注する声がすると暫しの静けさがやってきた。
「むう……」
ティルフィングはまたメニュー表を眺めはじめた。双魔も外のお茶を飲みながら外の景色をぼんやりと眺める。
外は慌ただしく人が行き交っている。時期のせいか観光客より地元の人間が多い気がする。バス停の客の乗り降りもそこまで激しいようには見えない。
「お待たせしましたー!」
店員の声が聞こえたので視線を店内に戻す。両手にお盆を持った店員がテーブルの横に立っていた。
「手前のお客さんがにしんそば、で、奥のお客さんがにしんなす定食ですねー」
ティルフィングと双魔の前に料理が置かれる。
「それではごゆっくりお召し上がりくださいね!」
店員は笑顔で奥に下がっていった。
「んじゃ、食べるか」
「うむ!いただきますだ!」
ティルフィングが手を合わせる。双魔も一緒に手を合わせて箸を手に取った。
「熱いから気をつけろよ?」
「うむ!そばは初めて食べるぞ!……この魚がにしんか?」
ティルフィングの頼んだ「にしんそば」は温かい掛けそばにニシンの甘露煮が半身のっているものだ。出汁の香りと甘露煮の甘く香ばしい匂いが食欲をそそる。
「ん、そうだ」
「はむっ……むぐむぐ……っ!」
ティルフィングはニシンを箸で摘まみ上げるとかぶりついた。気に入ったのかすぐに食べきってしまう。
「おお!美味だぞ!」
ニコニコと笑顔を浮かべて実に嬉しそうだ。
ティルフィングの明るい声を聞いて立っていた店員も手を口元に当てて笑っている。
双魔は自分のニシンを一切れティルフィングのそばの上に載せてやる。
「ソーマ、よいのか?」
「ああ、慌てないでゆっくり食べろよ」
「おお!かたじけない!」
今度はチュルチュルと音をたててそばを啜る。これも気に入ったようでティルフィングは黙々と箸を進める。
(さて、俺も食べるかな……)
双魔の頼んだ”にしんなす定食”は茄子とニシンの甘露煮をメインにごはん、ミニサイズの掛けそば、出汁巻き卵二切れ、ニシンのからし和えと漬物にデザートが付いた定食だ。
(…………やっぱりまずは茄子からだな)
この定食は京都に帰ってくると必ず食べる双魔の好物だ。特に甘辛く煮られた茄子は双魔のお気に入りだ。
箸で茄子を摘まんで口に入れる。噛むとジュワッと茄子の風味と食感、甘辛い味が口いっぱいに広がる。
(……ん……これこれ)
次にご飯を口に入れる。これがまたご飯に合う。
(うんうん……次はニシンだな)
ニシンの甘露煮も口にする。最初は固い食感も噛むと身がホロホロと崩れる。これも絶妙な甘さ加減と香ばしさがたまらない。
お茶で一度口を漱いでから今度はそばの椀に口をつけて出汁を飲む。
(…………美味い)
薄味のため出汁の風味が最大限に生かされている。続けて麺も啜る。程よいコシとアクセントの刻み葱がこれまたいい味を出している。
そばの椀をおいてからし和えに手を伸ばそうとした時、視線を感じて横を見るとティルフィングが興味深そうに双魔の盆に載った出汁巻き卵を見ていた。
「ソーマ、その卵焼きは左文の作るものとは少し違うな」
「ん、ああ、左文が作るやつは甘いからな……ほれ」
箸で出汁巻き卵を二つに割って片方を摘まんでティルフィングの口元に持って行ってやる。
「はむ……むぐむぐ……おお、甘くない!これも美味だな!」
どうやらこちらも気に入ったようだ。左文に作ってもらおうと一生懸命説明している姿が目に浮かぶ。
かなり気に入ったようなので出汁巻き卵を皿ごと渡すとそこからは二人でそれぞれの前にある料理を黙々と食べた。
「うむ!実に美味だった!」
「ん、そうだな」
ティルフィングは量は食べるが口は小さいので食べる速さはそこまで速くない。二人はほとんど同時に食べ終わった。
久々に食べた行きつけの店の味に双魔は心地良い満足感を得たのだった。
陰陽寮を出て三十分ほど歩いた。双魔とティルフィングは四条大橋を渡り祇園四条についていた。
八坂神社に続く道とあって店もたくさんあり、参拝客で賑わっている。
「うむ、ソーマが腹が減ったのならしかたないな!何を食べる!?」
ティルフィングの目が輝いた。次はどんなものが食べられるのかを楽しみにしている顔だ。
「ん、そこの蕎麦屋にしよう」
予定より大分時間が過ぎているが空腹には勝てない。目的地まであと二十分というところだが、双魔は常連の蕎麦屋の暖簾をくぐった。
「いらっしゃいませ……あら、ご無沙汰してます」
「どうも」
店に入ると顔見知りの女性店員がレジ前に立っていた。
「あら?今日のお連れ様はいつもの違う方なんですか?……お客さん、美人の知り合いが多いですねぇ…………しかも、今度は随分小さい子ですこと……」
後ろからついて入ってきたティルフィングを見て目を丸くしている。
「ん、まあ、気にすることじゃない。そう言うのじゃないからな」
「ま!それもそうですね!オホホ!失礼いたしました!お二階が空いてますのでそちらへどうぞ」
「ティルフィング、行くぞ」
「うむ!」
階段を上がって二階に上がると先客は上下ベージュのスーツを崩して身に纏った白髪混じりの男一人だった。
「…………」
蕎麦を啜って顔を上げた男と視線が合ったので何となく頭を下げる。
「…………」
それを見た男もニヘラっと破顔して頭を下げ返した。手入れをせずに伸びたままになっている無精髭には刻み葱が引っかかっている。
「…………」
そのまま放っておくのも可哀想なのでちょんちょんと自分の顎を指でつついて教えてやった。
「……?……!?」
それに気づいたのか無精髭の男は葱を取ると頭を掻きながらまたニヘラっと笑って頭を下げた。
「お好きな席にどうぞー」
そんなやり取りをしている間に奥からお盆に湯呑茶碗を二つ載せた若い女性店員が出てきた。
双魔はコートを脱ぐと窓際の四人席に腰掛ける。ティルフィングもコートを脱いでその隣に腰掛ける。
「お決まりになったら呼んでくださいね」
テーブルにお茶とおしぼりを置くと店員は下がっていった。
「さて、と」
机の端に置いてあるメニュー表を手元に引き寄せてテーブルの上に置いたまま開く。
「ティルフィング、好きなものを頼んでいいぞ」
「本当か!?」
「ああ、ゆっくり選びな」
「うむ、わかった」
そう言うとティルフィングは目を輝かせて熱心にメニュー表を見はじめた。
「……ズズズッ」
それを横目に双魔は窓の外を見る。大きな窓からは下の通りと賀茂川の川辺が見える。
川辺では寒いにも関わらず男女二人組が何組も一定間隔で座り込んで睦み合っている。
(…………他にやることはないのかね)
「ソーマ!決めたぞ!我はこの……にしん?そば?とやらにする!」
冷めた目で窓の外を眺めているとティルフィングが腕を掴んでくる。
「ん、そうか。じゃあ、注文するか」
「ソーマはもう決まっているのか?」
メニュー表を見ないことが不思議だったのかティルフィングが首を傾げる。
「ん、俺はいつも同じものしか食べないからいいんだ」
双魔は立ったまま待機している店員にむけて軽く手を振る。それに気づいた店員が注文票とペンを持ってやってくる。
「お決まりですか?」
「にしんそばとにしんなす定食を一つずつ」
「にしんそばとにしんなす定食ですね、かしこまりましたー、それでは少々お待ちください」
注文を確認すると店員はまた下がっていく。
「にしんとにしんなす入りましたー」
料理を発注する声がすると暫しの静けさがやってきた。
「むう……」
ティルフィングはまたメニュー表を眺めはじめた。双魔も外のお茶を飲みながら外の景色をぼんやりと眺める。
外は慌ただしく人が行き交っている。時期のせいか観光客より地元の人間が多い気がする。バス停の客の乗り降りもそこまで激しいようには見えない。
「お待たせしましたー!」
店員の声が聞こえたので視線を店内に戻す。両手にお盆を持った店員がテーブルの横に立っていた。
「手前のお客さんがにしんそば、で、奥のお客さんがにしんなす定食ですねー」
ティルフィングと双魔の前に料理が置かれる。
「それではごゆっくりお召し上がりくださいね!」
店員は笑顔で奥に下がっていった。
「んじゃ、食べるか」
「うむ!いただきますだ!」
ティルフィングが手を合わせる。双魔も一緒に手を合わせて箸を手に取った。
「熱いから気をつけろよ?」
「うむ!そばは初めて食べるぞ!……この魚がにしんか?」
ティルフィングの頼んだ「にしんそば」は温かい掛けそばにニシンの甘露煮が半身のっているものだ。出汁の香りと甘露煮の甘く香ばしい匂いが食欲をそそる。
「ん、そうだ」
「はむっ……むぐむぐ……っ!」
ティルフィングはニシンを箸で摘まみ上げるとかぶりついた。気に入ったのかすぐに食べきってしまう。
「おお!美味だぞ!」
ニコニコと笑顔を浮かべて実に嬉しそうだ。
ティルフィングの明るい声を聞いて立っていた店員も手を口元に当てて笑っている。
双魔は自分のニシンを一切れティルフィングのそばの上に載せてやる。
「ソーマ、よいのか?」
「ああ、慌てないでゆっくり食べろよ」
「おお!かたじけない!」
今度はチュルチュルと音をたててそばを啜る。これも気に入ったようでティルフィングは黙々と箸を進める。
(さて、俺も食べるかな……)
双魔の頼んだ”にしんなす定食”は茄子とニシンの甘露煮をメインにごはん、ミニサイズの掛けそば、出汁巻き卵二切れ、ニシンのからし和えと漬物にデザートが付いた定食だ。
(…………やっぱりまずは茄子からだな)
この定食は京都に帰ってくると必ず食べる双魔の好物だ。特に甘辛く煮られた茄子は双魔のお気に入りだ。
箸で茄子を摘まんで口に入れる。噛むとジュワッと茄子の風味と食感、甘辛い味が口いっぱいに広がる。
(……ん……これこれ)
次にご飯を口に入れる。これがまたご飯に合う。
(うんうん……次はニシンだな)
ニシンの甘露煮も口にする。最初は固い食感も噛むと身がホロホロと崩れる。これも絶妙な甘さ加減と香ばしさがたまらない。
お茶で一度口を漱いでから今度はそばの椀に口をつけて出汁を飲む。
(…………美味い)
薄味のため出汁の風味が最大限に生かされている。続けて麺も啜る。程よいコシとアクセントの刻み葱がこれまたいい味を出している。
そばの椀をおいてからし和えに手を伸ばそうとした時、視線を感じて横を見るとティルフィングが興味深そうに双魔の盆に載った出汁巻き卵を見ていた。
「ソーマ、その卵焼きは左文の作るものとは少し違うな」
「ん、ああ、左文が作るやつは甘いからな……ほれ」
箸で出汁巻き卵を二つに割って片方を摘まんでティルフィングの口元に持って行ってやる。
「はむ……むぐむぐ……おお、甘くない!これも美味だな!」
どうやらこちらも気に入ったようだ。左文に作ってもらおうと一生懸命説明している姿が目に浮かぶ。
かなり気に入ったようなので出汁巻き卵を皿ごと渡すとそこからは二人でそれぞれの前にある料理を黙々と食べた。
「うむ!実に美味だった!」
「ん、そうだな」
ティルフィングは量は食べるが口は小さいので食べる速さはそこまで速くない。二人はほとんど同時に食べ終わった。
久々に食べた行きつけの店の味に双魔は心地良い満足感を得たのだった。
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