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第一部『紅と黒の少女』エピローグ
第58話 見舞いに来た韋駄天兎
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「おっと、お取込み中だったかな?」
アッシュと入れ替わるように、またまた知った顔が入ってきた。
灰色の中折れ帽に孔雀柄のネクタイ、細い目。
「なんだ、お前まで来たのか」
口元に笑みを病室を訪れたのは剣兎だった。
「あら、風歌さま。わざわざありがとうございます!」
「いえいえ、友人が倒れたらお見舞いに来るのは当然ですよ」
「む、ハヤトではないか!」
「おや、ティルフィング殿。今日もたまたま持っているので差し上げます」
剣兎はスーツのポケットから山吹色の小箱を取り出すとティルフィングに手渡した。
「おおー!キャラメルではないか!礼を言うぞ!」
「喜んでくれたみたいで良かった」
ティルフィングは早速一粒取り出すと口に放り込んで甘さを味わっている。
「左文」
双魔は左文に呼び掛けた。それで察してくれたのか左文は立ち上がった。
「承知しました。ティルフィングさん、少しお外に出ましょう」
「む、わかった!」
ティルフィングはキャラメルに夢中なのか嫌がることもなく左文に連れられて部屋を出ていった。
病室には双魔と剣兎の二人だけになる。
剣兎は両手で印を結ぶと小声で呪文を唱えた。
一瞬、部屋の中の空気が張り詰める。が、すぐに緩んだ。
「さて、音漏れ防止の結界も張ったし、話をしようか」
「ん……そうだな」
「まずは双魔が無事で本当によかったよ。復活したグレンデルを倒すなんてね…………流石と言いたいところだけど…………ティルフィング殿の真装を発動したのかい?」
剣兎の表情からは純粋な安堵と疑問しか感じられなかったが、先ほどアッシュに答えたように中々難しい質問だ。
「…………真装……なのかは分からん…………俺自身も理解が追い付かないんだ…………もう少しティルフィングとの付き合いが長くなれば色々と分かると思うんだが……」
困惑を露にする双魔に剣兎は肩をすくめて見せた。
「分からないことは仕方ないさ。今は分かっていることについて話そう」
剣兎の言葉に双魔も思考を切り替えることにする。ティルフィングの謎は多いが今考えなくとも時間は他にあるだろう。
「俺が今分かってるのはベーオウルフが反魂香らしきものを使った結果、フルンティングを触媒、ベーオウルフの身体を依り代にグレンデルが復活したってことぐらいだが……」
「うん、その認識で間違いないよ。サリヴェン=ベーオウルフの体内からは反魂香の成分が発見された」
「そうか…………それで?犯人は捕まえたんだろう?」
「もちろんさ。犯人はベルナール=アルマニャック。フランス宮廷魔術団所属の芳香魔術の使い手だった」
「芳香魔術か…………」
双魔が路地裏で遭遇した魔術師はベルナールで間違いないだろう。香りを使った魔術の使い手は珍しい。妙な甘い香りはベルナールの魔術だったのだ。
「アルマニャックはどさくさに紛れてベーオウルフに自分で手を加えた反魂香を渡したんだ。まあ、普通そんな怪しい代物は使わないと思うんだけど…………」
剣兎が聞いた話によると、先代のベーオウルフ家当主には娘しか生まれず、現当主は入り婿だということだ。
それが原因なのかは定かではないが、ベーオウルフ一族の者はサリヴェンの力が歴代当主より明らかに低いことをサリヴェンの父母のせいと決めつけ、特に母とサリヴェン自身に強く当たったらしい。
「ん…………あいつも色々と苦労したんだな…………」
時折、サリヴェンが垣間見せた強さへの執着を思い出し、双魔は居たたまれない気分になった。
「で?今、そのアルマニャックはどうしてるんだ?」
「うん、本人は今、うちの大使館に軟禁してるよ。フランスも彼に思うところがあったのか。それとも要らないと判断したのか、国への責任は問わないって言ったら、あっさり身柄をこちらに渡してくれたよ。僕の帰国に合わせて明後日には日本に移送するよ」
「部下は?何人かいただろ?」
「それが困ったことに予想より多くてね…………一度ブリタニアで預かってもらって後から移送になるかな…………二十人くらいいたかな?」
「結構な大所帯だったんだな…………」
剣兎は少し疲れを滲ませた笑顔を浮かべた。
「ハハハ…………うん、観光気分で来たのに帰ってからの余計な仕事を増やしただけだったよ…………後ろで糸を引いてる者がいるかどうかも探らなきゃだし…………反魂香を盗んだ件でも追及しなきゃ…………」
「まあ…………その、なんだ。頑張れよ」
「うん、やることはやらなきゃね。何か分かったら連絡するよ。それじゃあ、僕もお暇するよ。また会おう」
「ああ、またそのうちな」
剣兎は立ち上がると帽子を被りなおし、手をひらひらと振りながら部屋を後にした。
「黒幕……ね…………」
確かに今回の一件は、一人の魔術師が計画したにしては大事だ。末期とは言え神代の怪物が蘇ったのだから。
そそのかし、力を貸した存在がいると考えるのが妥当だ。
(…………)
「坊ちゃま、入ってもよろしいですか?」
思考の海に飛び込もうとした寸前、部屋の外から左文に名前を呼ばれた。
「ん、いいぞ」
「失礼します、診察だそうです。これで大丈夫なら家に帰ってもいいと」
左文の後ろには錬金技術科の制服を着た生徒が控えていた。
「分かった」
「お立ちになれますか?」
「ん……大……丈夫だ」
上半身を起こした状態から両足をベッドから下ろし、身体に力を込めて立ち上がる。五日も寝たきりだったため、少しふらついたが何とか歩けそうだ。
左文とティルフィングに付き添われて診察室に向かう。
その後、担当医に大丈夫だろうと言われた双魔は、覚束ない足取りでティルフィングと左文に支えられながら寮へと帰宅したのだった。
アッシュと入れ替わるように、またまた知った顔が入ってきた。
灰色の中折れ帽に孔雀柄のネクタイ、細い目。
「なんだ、お前まで来たのか」
口元に笑みを病室を訪れたのは剣兎だった。
「あら、風歌さま。わざわざありがとうございます!」
「いえいえ、友人が倒れたらお見舞いに来るのは当然ですよ」
「む、ハヤトではないか!」
「おや、ティルフィング殿。今日もたまたま持っているので差し上げます」
剣兎はスーツのポケットから山吹色の小箱を取り出すとティルフィングに手渡した。
「おおー!キャラメルではないか!礼を言うぞ!」
「喜んでくれたみたいで良かった」
ティルフィングは早速一粒取り出すと口に放り込んで甘さを味わっている。
「左文」
双魔は左文に呼び掛けた。それで察してくれたのか左文は立ち上がった。
「承知しました。ティルフィングさん、少しお外に出ましょう」
「む、わかった!」
ティルフィングはキャラメルに夢中なのか嫌がることもなく左文に連れられて部屋を出ていった。
病室には双魔と剣兎の二人だけになる。
剣兎は両手で印を結ぶと小声で呪文を唱えた。
一瞬、部屋の中の空気が張り詰める。が、すぐに緩んだ。
「さて、音漏れ防止の結界も張ったし、話をしようか」
「ん……そうだな」
「まずは双魔が無事で本当によかったよ。復活したグレンデルを倒すなんてね…………流石と言いたいところだけど…………ティルフィング殿の真装を発動したのかい?」
剣兎の表情からは純粋な安堵と疑問しか感じられなかったが、先ほどアッシュに答えたように中々難しい質問だ。
「…………真装……なのかは分からん…………俺自身も理解が追い付かないんだ…………もう少しティルフィングとの付き合いが長くなれば色々と分かると思うんだが……」
困惑を露にする双魔に剣兎は肩をすくめて見せた。
「分からないことは仕方ないさ。今は分かっていることについて話そう」
剣兎の言葉に双魔も思考を切り替えることにする。ティルフィングの謎は多いが今考えなくとも時間は他にあるだろう。
「俺が今分かってるのはベーオウルフが反魂香らしきものを使った結果、フルンティングを触媒、ベーオウルフの身体を依り代にグレンデルが復活したってことぐらいだが……」
「うん、その認識で間違いないよ。サリヴェン=ベーオウルフの体内からは反魂香の成分が発見された」
「そうか…………それで?犯人は捕まえたんだろう?」
「もちろんさ。犯人はベルナール=アルマニャック。フランス宮廷魔術団所属の芳香魔術の使い手だった」
「芳香魔術か…………」
双魔が路地裏で遭遇した魔術師はベルナールで間違いないだろう。香りを使った魔術の使い手は珍しい。妙な甘い香りはベルナールの魔術だったのだ。
「アルマニャックはどさくさに紛れてベーオウルフに自分で手を加えた反魂香を渡したんだ。まあ、普通そんな怪しい代物は使わないと思うんだけど…………」
剣兎が聞いた話によると、先代のベーオウルフ家当主には娘しか生まれず、現当主は入り婿だということだ。
それが原因なのかは定かではないが、ベーオウルフ一族の者はサリヴェンの力が歴代当主より明らかに低いことをサリヴェンの父母のせいと決めつけ、特に母とサリヴェン自身に強く当たったらしい。
「ん…………あいつも色々と苦労したんだな…………」
時折、サリヴェンが垣間見せた強さへの執着を思い出し、双魔は居たたまれない気分になった。
「で?今、そのアルマニャックはどうしてるんだ?」
「うん、本人は今、うちの大使館に軟禁してるよ。フランスも彼に思うところがあったのか。それとも要らないと判断したのか、国への責任は問わないって言ったら、あっさり身柄をこちらに渡してくれたよ。僕の帰国に合わせて明後日には日本に移送するよ」
「部下は?何人かいただろ?」
「それが困ったことに予想より多くてね…………一度ブリタニアで預かってもらって後から移送になるかな…………二十人くらいいたかな?」
「結構な大所帯だったんだな…………」
剣兎は少し疲れを滲ませた笑顔を浮かべた。
「ハハハ…………うん、観光気分で来たのに帰ってからの余計な仕事を増やしただけだったよ…………後ろで糸を引いてる者がいるかどうかも探らなきゃだし…………反魂香を盗んだ件でも追及しなきゃ…………」
「まあ…………その、なんだ。頑張れよ」
「うん、やることはやらなきゃね。何か分かったら連絡するよ。それじゃあ、僕もお暇するよ。また会おう」
「ああ、またそのうちな」
剣兎は立ち上がると帽子を被りなおし、手をひらひらと振りながら部屋を後にした。
「黒幕……ね…………」
確かに今回の一件は、一人の魔術師が計画したにしては大事だ。末期とは言え神代の怪物が蘇ったのだから。
そそのかし、力を貸した存在がいると考えるのが妥当だ。
(…………)
「坊ちゃま、入ってもよろしいですか?」
思考の海に飛び込もうとした寸前、部屋の外から左文に名前を呼ばれた。
「ん、いいぞ」
「失礼します、診察だそうです。これで大丈夫なら家に帰ってもいいと」
左文の後ろには錬金技術科の制服を着た生徒が控えていた。
「分かった」
「お立ちになれますか?」
「ん……大……丈夫だ」
上半身を起こした状態から両足をベッドから下ろし、身体に力を込めて立ち上がる。五日も寝たきりだったため、少しふらついたが何とか歩けそうだ。
左文とティルフィングに付き添われて診察室に向かう。
その後、担当医に大丈夫だろうと言われた双魔は、覚束ない足取りでティルフィングと左文に支えられながら寮へと帰宅したのだった。
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