キスで戻る女体化魔法にかかったけど、恋人は記憶を失っている。

箱根ハコ

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第六章「犯人」

「おばあちゃん、腰を痛めたのかい?」

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 本日は三件訪問をすることになっている。既に二件終わり、最後の一件はケットシーのおばあさんの家だった。
 扉を開き、出てきた彼女を見て俺は眉尻を下げた。いつも快活で元気だった老女は、今は腰が曲がり辛そうに立っていた。

「おや、ウィルにオリバーじゃないか。よく来たね。それに、誰だい? 後ろの男前は?」

 しわがれた声で尋ねてくる。声にもいつもの張りがなかった。

「彼のことは気にしないでください。それよりも、ひどいことになっているじゃないですか」

 俺は彼女を促し、リビングの椅子に座らせた。彼女はしょげかえって肩を落としていた。夫に先立たれた彼女は縫い物をして生計を立てている。いつもならリビングに併設されている作業台は整理整頓されていて綺麗だったのに、今は布が何着もそのままに放ってあった。
 シャリアが鼻を鳴らす。

「俺はシャリアって言うんだ。おばあちゃん、腰を痛めたのかい?」

 彼は一歩前に出て、二人用のソファに座った彼女の隣に移動する。

「そうだよ……。もう歳だからね。重い荷物を運ぼうとしてグギっといっちゃったよ」

「ふぅん。医者はなんて?」

「医者になんて行けるものか。この腰で一人暮らしなんだからね」

 では、食事もまともに取っていないのではないだろうかと台所を見る。こちらも荒れていた。
 シャリアはソファから降り、猫の老婆をうつ伏せにして横たわらせる。

「痛いのはどのあたりだ?」

 遠慮がちに彼は背中を触っていく。一定のポイントに来たところで彼女は頷いた。

「ここか。このあたりは尻の肉と繋がってんだよな。だから、腰から尻にかけてほぐすといいんだ。ちょっと触るよ」

 ぐ、ぐ、と彼は力を加えて彼女の腰をほぐしていく。同時に何らかの力を使っているのか、彼の指先がほんのりと輝いていた。
 そうして暫くの間シャリアが老婆の背中にマッサージを施した後、彼女は驚いた顔をして立ち上がった。

「へぇ、なんだい? アンタ、マッサージがうまいねぇ。あんなに辛かったのに、痛みがかなり軽くなったよ」

 立ち上がり、上半身を回す。ケットシー特有の柔らかい動きが戻っていた。

「そうだろ! 俺は元々マッサージの仕事をしていたんだよ。東の国の指圧やハリまで勉強していたんだからな!」

 彼は得意そうに胸をそらした。意外な特技だ。

「そうなんだねぇ! オリジンは強力な新人を手に入れたじゃないか! 待っていて。今お茶を入れてくるから」

 彼女はすたすたと台所へ歩いていく。まだ少し腰は曲がっていたが、痛みは緩和されているようだった。

「じゃあ、美容品販売の仕事は転職をしてそうなったのか?」

 老婆を見送り、再びシャリアに向き直り尋ねると、彼は苦そうな顔をした。

「まぁ……、そうだよ。昔からの憧れだったんだ。だが、それまでと客層がガラリと変わったおかげでな……、全然結果が出せなくなっちまった」

 はぁ、とシャリアはため息をつく。

「どんなに努力しても俺に客はつかなかった。なのに、顔を変えた途端に成分表示も見ずに買う女や、化粧品そっちのけで口説いてくる女ばかりだ。こんなんじゃ真実の愛なんて存在しないと思っても仕方ねぇだろ」

 どこか拗ねているような口調だった。そうやって腐っていた時に天然美形のオリバーがいたから絡んだのだろう。

「手から何か出てたよな? それは何だったんだ?」

 近寄り、彼の手を取る。やたらゴツゴツとしていたが、よく手入れされていて綺麗だった。ここだけでも彼が本当に美容が好きなのだとわかる。

「さぁ? 何か出ていたか?」

「……なるほど」

 本人は気がついていないのだろう。きっと彼の才能は癒し能力だ。きちんと学べばいい治療術師になりそうだ。

「どんな努力をしたかはわからないが、マッサージと美容の接客じゃアプローチの方法は違うだろうな。マッサージは身体に不調を感じた人のほうから来てくれる。でも、美容販売は違う。自分から売り込みに行かなくちゃ売れない」

「あ?」

 不快そうにシャリアは手を振り払う。

「確かに顔がいいと、最初の段階はうまくいくと思う。でも、ずっとは続かない。成分表示を見ずに買うってことは、お前も成分表示そっちのけで買わせていたんだろう? だったら、結果は出ない。恋愛商法なんて、相手に他に好きな人ができたらそれで終わりだ」

「……知ったような口をきくんじゃねぇよ」

 声が低くなる。構わず続けた。

「お前は、結果だけを求めてしまったんだ。普通、道の途中で試行錯誤して、自分の行き先を調整して生きつ戻りつしてやっとたどり着くものなんだ。でも、魔法に頼った結果望んでいなかった場所に到着してしまった。……それで、拗ねているんだろう」

「……うっせぇな」

 男は一歩後ろに下がる。確かに余計なお世話かも知れない。けれど俺は再び彼の手を取った。

「さっき、この手は彼女の辛さを癒やしただろう? それは、シャリア、お前が元々持っている才能に加えて、努力をしたからだ。きちんと学んだから、どうすれば痛みを取り除けるか知っていた。……接客も、畑は違えど同じだったと思うよ。きちんと、必要なことを学んで、実践して、失敗して、修正して、地道に積み重ねれば君だけのゴールにたどり着けるんじゃないかな」

「………………」

 シャリアの唇が引き結ばれ、眉間にシワが刻まれている。これ以上は言い過ぎだな、と思い俺は彼から手を離した。
 ちょうどケットシーのおばあさんが台所から四人分のお茶を入れて戻ってきた。ソファに囲まれたローテーブルに置くと、買い置きのクッキーまで出してくれる。

「どうですか? 病院には行けそうですか? 獣人も看てくれるところは少し距離があるので、難しそうでしたら送りますよ」

 彼女に向き直ると、老女はケラケラと笑った。

「大丈夫、大丈夫! もうすっかり歩けるからね。いやぁ、そこのお兄さんのおかげだよ! またお願いできるかい?」

「あー、どうかな……。機会があればな」

 シャリアは視線を泳がせている。魂を抜かれるかも知れないとわかっていると下手な約束はできないのだろう。
 そうして色々と話して、明日病院に行くことを約束して彼女の家から帰ったのだった。
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