キスで戻る女体化魔法にかかったけど、恋人は記憶を失っている。

箱根ハコ

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第四章「ワンダとミリア」

「早く、記憶を取り戻したいなぁ」

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 取り調べを終え、俺とオリバーは警察署の食堂でぐったりと椅子にもたれかかっていた。
  あのあと、シシリアさんに保護される形でミリアさんとワンダさんは連れて行かれ、精神鑑定に回された。いつの間に何があったか理解できなかった。

「……やっぱり導き様の力ってやつなのかな」

  眼の前でほかほかと湯気を立てている茶に視線をやる。サービスとして出されている、無料で飲むことの出来る茶はあまり美味しくなかった。

「今だと、それが一番納得がいくね。あの暴漢も、何故自分があんなことをしてしまったのか理解が出来ないって語っていたらしいし」

  そうなのだ。取り調べの最中に教えてもらったことなのだが、暴漢は警察に連行されている途中から怯え始め、取調室ではすっかり善良な男になってしまっていたという。彼の身元も特定され、普段は暴漢なんてする男じゃないと証言も取れた。
  まるで何かに取り憑かれていたようだ、とは男の言葉だった。そうして、取り立てをしなきゃいけない、と意味も理解していないまま本能の導くままに主に女性に殴りかかっていたのだという。

「取り立てって……。彼女たちは借金でもしていたのかな」

  オリバーは難しい顔をして考え込んでいる。それから、ふと口を開いた。

「仮定の話だとして聞いて欲しい。前に図書館に行った時に、俺はあれを暗号かも知れないと言っていただろう? 導き様の魔法陣は、魔法陣じゃなくて、契約書かもしれないって」

  あ、と思い出す。

「だとしたら、取り立てという意味にも納得がいく。ウェンディがそうなったように、魂を代償に契約を行ったのだったら、魂を奪えない場合は取り立てを行わなくてはいけない。話を聞く限り、ミリアが主体になっておまじないをしていたようだけど、彼女にはずっとウィルがついていた。だから、ワンダとミリアに衝撃を与えた隙に半分ずつ魂を奪い取った」

「……そんなこと、出来るのか?」

「魂の定義によるだろうね。年齢を魂というのであれば、ほぼ半分だ。まぁ、彼女たちの申告によると五歳というらしいし、少し多く取り立ててはいるようだけど」

「……誰がそんな事を」

「さすがにそれはわからない。さっきも言ったけど、仮定の話だからね」

  自分でも納得がいっていないようにオリバーはカップに手を伸ばし茶を啜る。

「……結局、俺は守ることが出来なかったのかな」

  俺もカップを両手で持ち、俯く。シシリアさんから依頼を受けて、力になろうとした。話している間に二人に対する苦手意識はなくなっており、好ましくすら感じていた。
  ウェンディのようになってほしくないと、できる限り力になろうと思っていたのだ。

「……まだ死んだわけじゃないし、昏睡状態にもなっていない」

  オリバーの口調も重い。

「それは、二人でお願いしたからだろう? 一人分の魂を二人から取り立てた結果がアレのようだし……」

「……ああ、そうだよな」

  オリバーは再び懐から紙を取り出す。導き様にまじないをする時の魔法陣だった。

「だとしたら、この文字のどれかが一人分の魂という意味にあたるんだろうな。……表意文字だとしたら、だけど」

  けれど、この魔法陣を解読したところで彼女たちが元に戻るわけじゃないとは俺もオリバーもわかっている。向き合う気力がわかなかった。

「お疲れ様」

  立ち上がる気になれなくてただ時間を浪費していると、シシリアさんが入ってきた。手に持っている革袋を俺の前に置く。

「今日までよくがんばってくれた。少ないが、これは謝礼だ」

「……え」

  目を丸くして袋を開く。半月分の食費くらいにはなりそうだ。

「額は少ないが、規定による値段なんだ。もし不満があるようなら言ってくれ」

「いえ……。助かります」

  俺は革袋を懐にしまう。この四日分の給料が支払われるのかわからないのでありがたくもらっておこう。
  彼女は俺の前に座り、真摯な瞳で見つめてくる。この四日間、なんだかんだで能力をコピーするために毎日会っていたため、彼女が真面目な熱血警官であることはわかっていた。

「君には本当に助けられたよ。もし、君の複製魔術がなければ、ミリアさんは死んでいたかもしれない。ありがとう。また、何かあれば声をかけさせてくれ」

  彼女はふ、と微笑む。目の下にはクマが出来ていた。ムリもない。連日こんな騒動ばかりなのだ。

「そんな……。……お役に立てず申し訳ありません」

  ぺこりと頭を下げる。

「そんなことはない。君のおかげで二人の命があるといってもいいようなものだ。これからの調査でもとに戻る方法も必ず見つけ出すと約束しよう。それに、最初に言っただろう? 何があっても君に責任は一切ない。それどころか、今回君は人の命を救ったんだ。胸を張って帰ってくれ」

  彼女の優しい手が俺の頭を撫でる。きっと、気休め半分なのだろう。俺は曖昧な笑みを返し、警察を後にした。





  家に帰るまで、暫くの間無言が続く。オリバーが月を見上げているものだから、俺もつられて空を仰いだ。
  ふいに金の竜人は立ち止まる。

「早く、記憶を取り戻したいなぁ」

  彼の言葉に数度瞬きをして視線を移した。

「もう三週間は経つんだ。俺の記憶が消えたことで、願いがかなったと判定されていればその人はもう生きていない可能性が高い。もし俺のことを好きでそうなったんなら、居た堪れないどころじゃないよ」

  苛立っている様子だった。ずっと蓄積していたものが溢れ出しているようで、口調が荒い。

「それに何より、ずっと調子が悪いんだ。頭の中に霧がかかっていて、大切な何かが思い出せないんだ。俺は知っているはずなのに、わからない」

「それは……」

  俺と付き合っていたことか? と聞こうとして口をつぐむ。以前の断ろうとしていたオリバーの顔が頭に浮かんだ。

「どこかで、この記号を見たんだ。それも、つい最近。俺は見たはずなのに覚えていない。記憶を失っていたから、というよりは、記憶を失う直前に見たような気がするんだ」

  俺は目を瞬かせた。考えていたことと全く違うようだ。

「なのに思い出せない。俺の事を知ってるって……、恋人だったって近寄ってくるのは嘘つきばかりだ。……すごくもどかしいよ」

  ぐったりとオリバーが肩を丸める。俺は唇を噛んだ。

「……ごめん」

  自分も冗談だということにしてしまった。ハっとしたように記憶をなくした同居人が振り返る。

「いや、ウィルの事は今は信用しているよ! 最初はまたか……って思ったけど」

「思ってたのか……」

  俯くと、オリバーは慌てて俺の肩を掴んできた。

「……だって、目を覚ましてからずっと男女関わらず自分が恋人だったって言ってくるんだよ。ピオは初手でボケをかましてくるし……。今は彼のことも一応信じているけど、あの時は近寄ってくる人皆が不気味で仕方なかったんだ」

  はぁ、とため息をつく。

「……今も、恋人だと言ってきた人たち皆と会って話をするたびに、相手のボロを見つけて、残念な気持ちになる。……他人が信じられなくなるよ」

「…………」

  寂しそうな顔に胸が締め付けられる心地がした。毎日誰かとデートしていると聞いた時は嫉妬してしまっていたが、彼なりに必死だったのだ。本音はもう続けたくないのかもしれない。それでも、記憶の手がかりを探してもがいているのだ。

「……辛くなったら、いつでも話を聞くから」

  髪をかきあげ、右耳を見せる。離れていた四日の間、業務連絡しか送られてこなかった。

「俺だって、早くお前に思い出してもらいたい。だから、出来ることなら協力するし、今回も何か手がかりになることがないかとミリアさんの護衛をかって出たんだ」

「……ウィル」

  そっとオリバーが自身の右耳に触れる。俺と同じ色の石がつけられていた。

「そうだね。早く、記憶を取り戻して、ついでに導き様も倒さなくちゃね!」

  やっといつもの美しい笑みを見せてくれた。俺も頬をほころばせる。

「導き様って倒せるものなのか?」

「わからないよ! でも、実態のあるものだったら、殴りたいね!」

  再び歩き出す。夜空に浮かんだ月は、明日には満月になるような、そんな大きなものだった。
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