キスで戻る女体化魔法にかかったけど、恋人は記憶を失っている。

箱根ハコ

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第六章「犯人」

「なら、ウチに来るかい?」

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「……なるほどな」

 事の顛末を聞き終えたシシリアさんは頭を抱えた。
 今日も当直で残っていた彼女を掴まえ、ピオさんが一通り説明を終えたところだった。場所は警察署の取調室。俺達の表情から深刻さを察したシシリアさんが真剣に応対してくれたのだった。

「……オリバー君はウィル君が守ってくれるだろうからいいとして、シャリアさん、アナタをどうするかだな……」

 彼女はぐしゃぐしゃと前髪をかき混ぜる。

「正直、今民間人に人一人つけられる状態じゃないんだ……」

「……〝彼女〟の調査の方に人を回しているのか?」

 元警官が尋ねる。

「……そうだな。おかげで警察はそちらの方にかかりきりだ」

 はぁ、と女性警官が返す。シャリアはシシリアさんにも興味があるようで、じっと彼女の胸元あたりを凝視していた。
 そんな視線を無視して警官は続ける。

「いっそウィル君に二人を守ってもらいたいところだが、手は回らないだろうな……」

「なら、ウチに来るかい?」

 相変わらずののんびりした口調に、場の注目が集まる。

「私の家なら広いし、あと二部屋なら貸し出せるよ。ウィル君とオリバー君も一緒に私の部屋に避難しなよ。私の家なら、古代魔術で魂が抜け出ないように結界を張ることが出来る」

「は?」

 明確に嫌そうな声を出したのはピオさんだった。

「あと二部屋って、どの部屋だよ。空いてるのは地下室と屋根裏だろ? 地下室は地下室でお前が作った薬品が大量にあるし、屋根裏だったらお前の部屋と繋がっているから違う意味で危険だろ?」

「大量とはいっても、ベッド二つくらいなら入るだろう? 地下室はウィル君とオリバー君に使ってもらって、屋根裏にシャリア君を泊めるつもりだけど……」

 イリスさんは現在の同居人であるピオさんの抗議に平然と返す。いつの間にか俺とオリバーも彼の家に行くことになっていた。とはいえ、今の状態で二人きりよりはイリスさんやピオさんが近くに居てくれたほうが心が休まる。俺もオリバーも口を挟まなかった。

「屋根裏はお前の部屋から続いてて、鍵がないだろ?」

「……それが?」

 きょとん、とイリスさんは首を傾げる。先程口説かれたというのに、鍵のかからない場所にシャリアが寝泊まりすることに対して抵抗がないようだった。
 ピオさんは数度口をパクパクと動かし、苦虫を数十匹は噛み潰したような顔になった。

「……じゃあ、俺がお前の部屋の床で寝る」

「……え?」

 薄紅色の竜人は数度目を瞬かせた。

「その分俺の部屋が空くから、オリバーとウィルはそっちに泊まれ。いいな?」

 ぎ、とイリスさんの幼馴染が俺達を睨んでくる。有無を言わさぬ気迫に思わず頷いていた。

「とりあえず、誰がどこに泊まるかについてはそちらで決着をつけてもらうとして、シャリアさんも、ウィル君とオリバー君もイリスさんとピオに一時保護してもらうので大丈夫か? 警察の管轄じゃなくて申し訳ないが、ピオは私が最も信頼している人間の一人だ。彼ならきっと大丈夫だろう」

 シシリアさんがまとめる。シャリアもこのままでは魂を奪われるかも知れないという脅しが効いたのだろう、イリスさんの部屋に行くことを了承した。




 俺とオリバーは一度家に戻り、イリスさんの屋敷でお世話になるにあたって必要な物を取ってくることにした。

「……彼女って、誰のことだろうね」

  帰り道、二人の間に会話はなかった。沈黙に耐えきれず、選んだ話題はオリバーが知るはずがないもので、もっとうまい話題を選べなかったのかと後悔する。

「さぁ? ……そういえばピオはここのところシャリーとたまに会うって言っていたけど……」

 ミリアさんを守っていた間、ピオさんの動向はあまり聞いていなかった。彼は情報提供者としてシャリーと連絡をとりあっているのだろう。

「……ピオさんって、イリスさんのこと好きなのかな」

 ふいに、先程の二人のやり取りを思い出す。幼馴染の部屋に部外者が立ち入ることをやたら嫌がっている口調だった。
 けれどオリバーは違う感想を抱いたらしい。

「どうかな……。むしろ、何か別のことを警戒しているような気がしたけど」

「別のこと?」

 俺から見たらピオさんが嫉妬していたように見えていた。オリバーは頭をかく。

「イリスが何かをするんじゃないかと思ったんじゃない? だって、ピオはイリスの事を疑ってるだろう? 黒幕じゃないかって」

「ああ……」

 そういえばそうだった。自分がイリスさんに対して全幅の信頼を寄せていたから半ば忘れていた。

「……逆にウィルは何も思わなかった? 妹の魂を木人形の中に閉じ込めている男だよ?」

 理性を失っていてもアリスの姿は認識していたのだろう。俺はゆっくりと首を横に振った。

「いや……、なんとなく、あの日は全てが非日常で、そんなものかと思っていたんだ」

「……そう」

 呟くと、オリバーはじっと地面を見つめて立ち止まった。

「あのさ……、記憶を無くす前の俺が好きだった相手って……」

 そこまで告げて彼は唇を引き結び、頭を上げた。すがるような視線を俺に向けた。

「…………うん」

 心臓がどくどくと波打っていく。もし、俺かと尋ねられたらどう答えたらいいのだろう。
 本心では認めてしまいたい。
 自分だと告げて、もう他の相手とデートするなと訴えたい。
 けれど、そうするとオリバーの願いが叶ってしまう。願いが叶う、ということは、導き様に魂を奪われる事と同義だ。
 数秒か、数分か。俺達は見つめ合い、先に視線をそらしたのはオリバーだった。

「……なんでもない。早く荷物を取ってイリスのところに行こう」

 彼もそこのところに気がついているのだろう。あえて確定をせずに早足で歩き出す。
 その背中が随分と小さく見えて、思わず抱きしめたくなった。


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