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第二章「ウェンディ」
「何で彼女がオリバーに嘘をついたのかを軽く聞いただけかな」
しおりを挟む「どうだった?」
オリバーに尋ねる。彼の体から甘い匂いがしていた。卵と牛乳と、砂糖の焦げた匂い。
あの後俺は寮を出て、オリバーと合流し、オリジンへの道を一緒に歩いていた。
「彼女のオススメのプリンの店で紅茶とミルクプリンを奢ってきた。シャリー、可愛いんだけど、やたら体くっつけてきてちょっと困っちゃったな」
この男は……。
当たり前のようにこうしてモテエピソードを語ってくるのは昔から変わらない。本人からすると自慢にもならないいつもの出来事なのだろう。オリバーは悠然と続ける。
「ミッシャーをしている俺がどれだけ素敵かを語られただけだったよ。ウィルこそどうだった? 何か情報は聞き出せた?」
「うーん……」
どこまで言っていいのかわからず、俺は頭をひねる。
「まぁ……、何で彼女がオリバーに嘘をついたのかを軽く聞いただけかな」
「え? 何それ? どうしてだった?」
オリバーが身を乗り出す。そりゃ、短い間といはいえ元カノの情報なんだし気になるよな、とやさぐれた気持ちになった。
「シャリーさんにけしかけられたんだって。で、駄目で元々で二人で告白して撃沈しようとしたんだけど、シャリーさんと違ってウェンディさんの名前がWから始まるってことで、恋人候補になっちゃって後に引けなくなったんだって」
告げると、オリバーの顔が固まる。
どうしたのだろうと彼の瞳を覗き込んだ。
「なにそれ……。じゃあ、最初からシャリーに踊らされていたってこと? ウェンディが俺を落とせるかって賭けをしてるって、俺はシャリーから聞いたんだよ」
彼の言葉に俺は眉間にシワを作る。それなのに、ウェンディをコキつかい、オリバーの眼の前で猫をかぶっていたのか。
オリバーも同様だったのだろう、口を手で隠し、何かを考え込んでいる。
「終業後、また彼女たちのところに行ってみるか?」
「うん……、でも、あそこの学校は夜六時以降は部外者立ち入り禁止なんだよ。だから、また明日行ってみようと思う」
「わかった。俺もついていく」
乗りかかった船だし、何よりウェンディが心配だった。
彼女の気持ちは共感が出来なくても理解はできる。きっと今頃、彼女の周囲は厳しいものだろうし、彼女の心情を考えると可哀想だと思ってしまう。
どうにか自殺させるのは避けたかった。
「うわぁ、ウィル君、その服着てくれたんだね。かわいいなぁ」
昼になり、近所の食堂でオリバーと一緒に昼食を取っていると、イリスさんとピオさんが現れた。この食堂はオリジンから程近く、よく団員と顔を合わせる。彼らは俺達と一緒に座りたそうにしていたので端に寄った。元々四人がけのテーブルを二人で使っていたのだ。
イリスさんは俺の隣に座ってくる。嬉しそうにニコニコと細められた瞳を向けられ、俺は気恥ずかしくなってしまった。
「あの……、はい。ありがとうございます」
頬を染めてうつむく。ピオさんも目を細めた。
「ああ、あの日買ってたやつか。似合うじゃねぇか」
当日のイリスさんの服をコーディネートし、入れ知恵をしたのはピオさんなので知っているのだろう。彼はオリバーの隣で伺うように金の竜人に視線をやる。
オリバーは真顔で定食のサラダを黙々と食べていた。先ほどまで笑っていたのに、表情がなくなっており少し怖かった。
そういえば、デートした日にイリスさんの匂いを臭いと言っていたし、同じ竜人だから縄張り意識が芽生えているのだろうか。とはいえ、人狼ならままあることだが、竜人で縄張り争いはあまり聞いたことがない。
「あれ? そのブレスレット、どうしたんだい?」
イリスさんが目ざとく俺の腕に視線をやる。袖の隙間でキラキラと輝いていた。
「あ……、これは、オリバーに」
「俺があげたの。似合ってるでしょ」
オリバーは人形のような、笑っているのに感情を感じさせない笑顔で食い気味に答える。イリスさんは数度瞬きをすると、にぃ、と口角をあげる。
「ふぅん、そうなんだ。うん、かわいいね」
あっさりと流すと、イリスさんはピオさんからメニューを受け取り、たっぷりとハチミツの乗ったパンケーキを注文する。対するピオさんはローストビーフのホットサンドを頼んでいた。
「何? ここバチバチやってんのか?」
ピオさんはイリスさんとオリバーを交互に見ながら頬を引きつらせる。
「バチバチ? そんなことないよ?」
イリスさんは首を傾げる。俺の目から見ても、オリバーが一方的につっかかっているように見えていた。イリスさんはさして気にもしていないのだろう。
「そうだよ。別にいつも通りだけど」
オリバーも返すが、彼の口調は硬い。ピオさんは乾いた笑みを浮かべた。主にオリバーの空気が重々しくて、俺は話題を探す。
「そ、そういえば、ピオさんは何でここにいるんですか? いつもはオッドリーの方にいますよね?」
「本格的に移動してきたんだよ。今は休みを取ってるけど、来週から俺はグリーク支部所属になる」
「え! そうなんですか!?」
俺は目を丸くする。ピオさんは大仰に頷いた。
「毎週休みの前日の夜からいくらイリスに運んでもらってるとは言え往復三時間は疲れるからな。イリスだって大変だろうし」
歩いたら半日はかかるので、きっとイリスさんにドラゴンの形態になってもらって運んでもらっているのだろう。ドラゴンを飼うという手段もあるが、食費や場所を考えると、イリスさんに頼るのが一番いい。
「私は別に構わないけど……」
「俺が構うんだよ。んで、警察づてに頼まれた仕事のほうも気になるし、三ヶ月ほど休みを取ってこっちで本格的に調査に乗り出そうってわけ」
ピオさんはそう言って胸を張る。その間無給になるので今はイリスさんの家に泊めてもらっているらしい。
イリスさんはというと、古代魔法の研究を論文として発表をし、それが本になっているおかげで印税が入っているらしく、更には特許もいくつか持っているのでお金に困っていないようで、街のハズレにニ階建ての家を持っていると話していた。
真顔になり、ピオさんは隣に座っていたオリバーの顔を覗き込んできた。
「それよりさ、オリバー。お前、ミッシャークラブに入ってんだろ? そこってさ、下は十四歳、上は七十歳まで幅広く所属している、街運営のクラブなんだよな?」
オリバーは首肯する。
「うん。それが?」
ピオさんは真面目な顔になる。
「セントジョーンズ女子学園って知っているか?」
「君、以前はハプニングバーに通っていたり、今度は女子学園に興味持ったりと、ずいぶんと女の子が好きなんだねぇ」
「違う!」
イリスさんの真剣なのか冗談なのかわからない口調にピオさんが吠える。こほん、と咳払いをして再び俺達に向き直った。
「それで、知っているのか?」
「知ってるよ。今日の朝、そこに行ってきたし、俺の恋人候補の中の一人が通っている学校だ」
オリバーが答える。ピオさんは俺が未だに女性の格好だったことでまだ彼が記憶を取り戻していない事を察していたのだろう、大仰に頷いた。
「そうか……。そこで、何か変わったことは聞かなかったか?」
「変わったこと?」
「変なまじないが流行っているとか……」
俺達は顔を見合わせる。
「少なくとも、今日の朝の感じだとそういうのはなかったけど……」
それどころか女性同士のドロドロとした場面に遭遇してしまい大変居心地が悪かった。
丁度その時に食事が運ばれてきて、一時的に会話を中断する。イリスさんはたっぷりとハチミツがかかったパンケーキを前に幸せそうに顔をほころばせていた。それを横目で見て、ピオさんは辟易とした顔をしつつも俺達の方に視線を戻す。
「今、彼女たちの間で『導き様』ってまじないが流行っているらしいんだよ。導き様は魔法が使えない一般人でも使えてな、紙に書いた魔法陣の中心に血を一滴捧げるだけで、何でも願いを叶えてくれるらしいんだ」
ピオさんはウエストポーチから一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置く。丸の周辺に簡単な文字が並べられている、何の変哲もない悪戯書きだった。
「これが、導き様を呼び出すための魔法陣らしい。昨日、ハプバーで追いかけていた女の一人に貸してもらったんだ」
三人の視線が紙に集まる。オリバーが顔をしかめた。
「ただのまじないなら俺だって見逃していた。でも、願いを叶えられた後、皆揃いも揃って人が変わったようになるらしい……。その状態が問題なんだ」
「どんな状態だい?」
イリスさんが真顔で紙を見つめている。ピオさんはそんな幼馴染の表情を観察しているようだった。
「すごく、幸せそうにするらしいんだ」
オリバーが鼻白んだ顔をする。
「……は? ナニソレ? 別に悪くないんじゃないの? だって、願いがかなったんでしょ? そりゃ幸せにもなるよ」
ピオさんはニコリともせずに続けた。
「そうなんだが、幸せになった後が問題なんだよ。二週間位そうして過ごして、廃人同様になってしまうんだ」
「……え」
オリバーは顔をしかめる。
「で、廃人になった後、自殺をするんだ。一人、また一人と死んでいき、怪しんだ警察が動き出した。当たり前だろう? こんな小さな街だ。短期間で次々に人が自殺するのはおかしい。で、この街の警察が俺の元同僚で、話が来たんだ」
彼の話に集中し始めたが、またもイリスさんが口を挟む。
「……守秘義務は大丈夫なの?」
ピオさんはもちろん、と首肯する。
「捜査の一環だ。それに、個人情報は出してない」
「ここのところ、やたら私に古代魔法について聞いていたのはそういうことだったんだね」
納得したように頷くと、イリスさんは魔法陣を指さした。
「これは私の知る限り、どの古代魔法にも当てはまらないね。それでさっき言ったみたいな力が使えるんだから、よほどの天才が作り出した魔法陣なんだろうねぇ。シンプルで、誰にでも覚えられて、模写しやすい」
確かに、この簡単な記号の組み合わせなら俺でも記憶を頼りに作れそうな気がした。
「でも、どの系譜にも当てはまらないかといえば、そうでもない。この記号はオッドリー近辺で過去に発達し、滅亡した古代のイリニシア魔法だね。今ではそのあたりの文献はほぼ消失しているから、不確定ではあるけれど……」
イリスさんはぽちぽちと周囲に書いてある、俺から見たら◎や♯にしか見えない文字をなぞる。
「とはいえ、今から千年近く昔に滅びた魔法だ。それが今蘇るなんて自然発生的にはありえないだろうね」
「誰かが、蘇らせた可能性があるのか?」
「もしくは、魔族やエルフといった長命な種族によって復活させられたかだけど、そんな話は聞かないよね?」
俺達三人は黙って頷く。ピオさんが返した。
「少なくとも、警察もオリジンのほうも把握はしてねぇよ」
「だよねぇ。私も聞いてない。これを考えられるほどの人物が生き返ったならもっとなにか他に話が届いている気がする」
うぅん、とイリスさんが腕を組む。
「ねぇ、だったら俺の記憶がなくなっているのはこの導き様のせいだって可能性もあるの?」
オリバーが訝しげに隣に並んだピオさんを見つめている。これにはイリスさんが答えた。
「その可能性はあるね。……つまり、君に恋をする誰かに記憶を消されたというよりは、誰かの願いの副産物として、君の記憶が消えたという可能性だ」
オリバーは頷く。
「そうだよね……。もし俺を手に入れたいというなら、記憶を消すという方法はあまりにも非効率的だと思う。だって、一言俺と付き合いたいって願えばいいんだから」
うん、と俺も頷く。
そう願わなかったおかげでオリバーは5人のWがつく人と少なくとも一度はデートをしなければならなくなっている。犯人からしてもそれはきっと望んでいないだろう。
「ところで、その導き様の話はいつごろ出始めたんだい?」
イリスさんはピオさんに向き直る。その間に彼の口の端にソースがついていたのを見つけて、ピンクの竜人は備え付けのナプキンを手に取り拭いてあげていた。
「今から大体三ヶ月前かな」
ピオさんは眉をしかめ、イリスさんから距離を取る。ふむ、とオリバーが顎に手を当てた。
「ってことは、半年前くらいから存在していたと考えればいいな。そして、警察が怪しいと思ったんだから、火元となったセントジョーンズ女子学園の人たちはもう少し何か思っていてもおかしくないよね」
そうして、彼は俺に向き直った。
「ウィル、放課後、ちょっと付き合ってくれないか? やっぱり、ウェンディ達の事が気になるよ」
もちろん異論はない。俺も了承を返したのだった。
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