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第一章「記憶喪失」
「人間関係がまるっと記憶から消えてしまっているようだね」
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「どうやら、人間関係がまるっと記憶から消えてしまっているようだね」
イリスさんはオリバーの症状についてそう結論をつけた。
「普段の仕事や、生活は出来ている。軽微なもの、と言ってしまえるんだろうけど、彼の場合はなかなか面倒くさそうだね」
イリスさんは手元の書類を見ながら呟く。診断結果が几帳面な文字で記入されていた。
「症状が発見された時刻は昨日の夜九時頃。ピオ、君がハプニングバーに連れて行って、少し目を離した隙にいなくなっていて、見つけた時には記憶がなくなっていた、とそういうことで大丈夫かい?」
ピオさんが苦々しそうな顔で頷く。
「って、ピオさん、ハプニングバーに行くんですか?」
ハプニングバーとはいわゆる夜の出会いを求めに男女が行くところで、その場でセックスをしてもいいという、非日常を売りにしたバーである。運が良ければ好みのタイプの人とワンナイトできるらしい。俺は存在は知っていたが自分には向いていないところだと思っていた。
人間はツガイなんてないし、まぁ、ピオさんも若い男なんだし、と心なし冷たい瞳で見ていると、俺の視線の意味を察したピオさんが半眼になった。
「おい、その目はやめろ……。こっちにも事情があるんだよ」
「事情……?」
「潜入捜査の一貫だよ。まぁ、オリジンの仕事じゃなくて、警察からだけどな。ほら、俺、元警官だろ? その伝手で手伝ってほしいって言われてたんだよ」
ふん、とピオさんは胸をそらす。
イリスさんが驚いた顔をして目を瞬かせた。
「あれ? そうなのかい? ……てっきり、ピオは好きでわざわざグリークに留まってまで通っているのかと思っていたよ」
ピオさんは普段はここから半日ほど歩いた場所にあるオッドリーという港町に住んでいる。けれど、ここのところグリークによく顔を出すから何事かと思っていた。そういう事情だったのか。
「……まぁ、そう見られても仕方がないと思うけどよ」
はたから見たらハプバー通いのアラサー男性である。そうとしか見られないだろう。
イリスさんは指を顎に当ててつぶやいた。
「それにしても、不思議だね。どうして十八人もの人がオリバー君の恋人だなんて嘘をついたんだろう」
更には夜の九時から今の朝八時までの間である。たった十時間でオリバーの記憶が消えていると知って告白しに来る人が十八人もいるのはおかしい、と思いつつ、明日になったらもっと増えているかもしれないという懸念も抱いてしまう。何せ彼は顔はいいし、人懐こい性格で、関わった女性の九割近くから好意を寄せられてしまうのだ。
彼の言葉にピオさんはそんなこともわからないのかと眉をひそめる。
「そりゃそうだろ。何せこのオリバーだぜ? つきあいたいって思ってる子からしたら千載一遇のチャンスだろ? 実際、ハプバーで話題になってから、あっという間に情報が拡散されていったし」
イリスさんはオリバーの顔を横目で見る。大概の人は色めきだったり、目を見張るほど容貌の整った顔だったが、彼の好みではなかったようで未だに腑に落ちない顔をしていた。
「うーん……。でも、記憶が戻ったらバレるだろう? だったら最初から嘘をつかないほうがいいし、オリバー君を手に入れたいんだったら、本当の恋人を殺したほうが長い目で見たらいいんじゃないのかな」
イリスさんの言葉に周囲が静まる。きれいな顔で怖いことを言う人だ。
「……いや、殺すよりも嘘を付く方が手軽だろ?」
ピオさんが口元を引きつらせながら告げた言葉に、不思議そうな顔をしつつも黙った。
真顔に戻り、ピオさんが再び口を開く。
「話を戻すけど、俺がハプバーに通っているのは潜入捜査のためなんだけど、少しでも人手が欲しくて、昨日コイツがハプバーに行ってみたいって言っていたから連れて行ったんだよ。で、色んな人に話を聞いている間に記憶喪失になって倒れ込んでいたんだよ」
「え、オリバーが?」
つい反応してオリバーを見つめてしまう。そこのところは記憶がないからか、オリバーは唇を尖らせただけだった。
「浮気目的じゃねぇからな? なんか、知りたいことがあるから詳しそうな人がたくさんいるところに行きたいとか言っててな……」
「知りたいこと?」
「そこのところについてはあんまり教えてくれなかったんだよな……。今思えば聞いておけばよかった」
もしかしたら、男同士でのうまいやり方とか、そういうことかもしれない。ピン、と来た俺は口をつぐむことにした。そういう事情をこの場で言えるわけがない。
ふむ、とイリスさんは腕を組み直す。
「なるほどねぇ。頭を含めて外傷がないから、魔法でも使われたのかな?」
診察の際にイリスさんはオリバーの頭を撫でて確認をしていた。
「だとしたら、どの魔法かな。私でもわかるものだといいのだけれど。ねぇ、オリバー君。君、本当にそのあたりのことを全く覚えていないの?」
オリバーは頷く。
「うん。正直今の状態でも何が信じられるかわからないんだよね……。そこのピオって人も本当のことを言ってるかどうかわからないし」
「そ……、そうなのか?」
驚いて黄金の竜人を見る。俺もオリバーもピオさんには十分お世話になったというのに。
「だってこの人、俺が記憶なくしてるって言ったら開口一番に『俺がお金貸してるの覚えてる?』って言ってきたんだよ?」
「………………」
俺とイリスさんの冷たい視線がピオさんに突き刺さる。ピオさんはそっぽを向いて苦笑を返していた。
「冗談だって! 冗談のつもりだったんだって!」
「それで、一応とばかりにポケットを漁ってみたら団員証が出てきて。俺の身分と名前を言い当てたからついてきたんだけどさ」
オリバーは唇を尖らせつつも、ポケットから小包を取り出した。
「昨日から俺の恋人だって言ってくる人が十八人も居て、本当に何を信じていいかわからない状態なんだ。でも、その中で君を含めた五人に絞れそうなんだ。このおかげでね」
受け取り、中を見る。指輪だった。銀色で飾り気がないながら、オリバーの瞳と同じ色の小さなエメラルドが取り付けられている。
「多分、自分で買ったんだろうね。でも、俺の指にははめられていなかった。ってことは、外装からしてもプレゼントなんだとわかる。何より、ほら」
オリバーは指輪の中を示す。
「OtoWって書かれている。OはオリバーのOだとして、これはWで始まる誰かに俺が送ろうとしたものなんだなって思ったんだ。だから頭文字がWの人だけを残した結果、五人に絞られたってこと」
再びポケットから紙切れを取り出した。広げてみると、彼の恋人候補だという人間のリストが書かれていた。
一人目、ウェンディ・マルセル。オリバーが参加しているスポーツであるミッシャークラブのマネージャーだ。
ミッシャーとは魔法で浮いたボールを奪い合い、ゴールにいれる玉入れ遊びである。
ボールは縦横無尽に動き回るのでテクニックが要求されるが、ボール自体は安価で買えるので大人から子供まで大人気のスポーツだった。
ウェンディもミッシャーが好きらしいが、基本的に男のスポーツであるため、マネージャーをして仲間に加わりたいと話していたと昔聞いたことがある。
二人目はウェノラ・ガーゴート。ここ、オリジンの支援者の孫娘で、オリバーに一目惚れをして支援金を増やすように親にねだったという。
三人目はワンダ・シスリア。俺とオリバー行きつけの定食屋の看板娘で、おおらかで親しみやすい性格は常連さんに人気があった。紫色の髪に薄桃色の瞳を持った兎人である。
四人目はホワイトニー・ミゲラ。彼女もオリバーに一目惚れをした中の一人らしい。ここのところ、ピオさんがよく行くハプニング・バーで知り合ったようだ。街の美容品店で働いている奇抜な外見の女性らしい。
そして最後の五人目が俺のようだった。
指輪は十中八九俺に向けて送るはずだったのだろう。こんな時なのに嬉しくて胸が高鳴る。
オリバーは肩を竦める。
「指輪はフリーサイズになっていてね……、少し大きめに作られているようなんだ。相手の指にはめて、一緒に魔力を送ることでちょうどいい大きさになる。おかげで、指のサイズから相手を特定することもできやしない」
そうして、成長したり体型が変わったりするたびにサイズを変えられるので、このタイプのものは一生物の指輪として重宝されているのだ。
そういえば、と今気がついたようにピオさんは俺を見る。
「お前、ウィルだよな? なんで女の姿に……、って、まぁ、聞くまでもないか」
ピオさんは呆れた視線をイリスさんに向ける。彼は小首を傾げた。
「驚かないのかい?」
「ウィルが女になっているという事象については驚いているが、まぁお前だろうなという感想しかねぇよ」
「わぁ、私のことをよくわかっているんだね。さすが幼馴染だ」
どこか嬉しそうに手を叩く。そうなのか、と二人を見た。だん、とピオさんは近くの机を叩く。
「そりゃそうだろ! 小さい頃からお前は『うっかりしちゃった』とか『つい試したくなったんだ』で俺にカエルになる魔法やら人形になる魔法やらをかけてきただろう!? その度にどれだけ苦労してきたか……」
「あは……、あはは……」
イリスさんはそっぽを向いて頬を掻く。どうやら昔から実験台にされてきたようだ。なまじイリスさんが頭が良く、古代文字を習得し、古代魔法に親和性のある魔力を持っているだけに、防ぎようがなかったのだろう。
現代の魔法は研究がなされ、洗練され、術者が望めば魔法をかけている状態を取り消すことができるが、昔は違ったらしく、一度かけた魔法はどれだけ術者が望んでも、対抗魔法を使わなければ元に戻らない。
「えっと、つまり、君の主張では今は女だけど、少し前までは男で俺と付き合っていたって話だよね? また荒唐無稽な……」
オリバーは呆れたような顔になる。確かにそう纏められると疑ってしまうだろう。何より、記憶を失ってからこっち、近寄ってくる相手は皆異性のようだったので、変わり種と言われてしまえばそのとおりである。
「てか、周りの奴らこぞってお前らが付き合ってるって知らなかったんだけど、どうなってんだ?」
ピオさんが首を傾げる。
「俺が言わないようにお願いしていたんです。昔から、オリバーが俺についてまわっているってだけで、女の子や男の子からの嫉妬をかいやすくて」
「ああ……、なるほど」
納得いったようにピオさんが頷く。
「でも、どうするんだい? 好きな人とキスしたら元に戻れる魔法なんだけど……」
眉尻を下げ、イリスさんはオリバーに問いかける。オリバーは困ったような顔をした。
「それはそもそも信じられる情報? 今まで聞いた中で一番作り話めいてるし、何よりウィルが俺のことを好きってだけで俺が好きじゃないからキスは出来ないよ」
「へ」
ぽかん、と俺は口を開ける。以前の彼からは到底出ないような言葉だった。黄金の竜人は頬を染めて続ける。
「だって……、キスとか、大切な人とじゃないとしちゃだめじゃないか。だから、そんな、ホイホイすることはいけない気がするっていうか……」
乙女か。
そうツッコミをいれたくなるが、だからこそオリバーは俺の意志を大切にしてくれ、無理やり事に及んでこなかったんだよなと考えると可愛らしいと思ってしまう。
「だから、俺、五人のWがつく人とそれぞれデートしていって、一番しっくり来た人にこの指輪を渡して恋人になってもらおうと思うんだ!」
むん、とオリバーに告げられ、俺は二の句が告げられなかった。
「いや、お前……、本当にそれでいいのか?」
「記憶はいつ戻るかわからないし、だとしたら今後どうすれば建設的か考えるとこうなるんじゃないかな。それに、ツガイだとしたらいつまでも悲しい思いはさせられないし……。一度二人きりで会ってみたら愛の力でなんとかなると思う」
「あいのちから……」
口を開けて彼の言葉を反芻するしか出来ない。とはいえ、自分がオリバーの立場だったとして、誰が本当のことを言っているかわからない以上他に手の取りようがない気もする。
「うーん……、とはいえ、気をつけてね。誰かが魔法を使って君から記憶を奪った事自体は考えられる話なんだ」
「……それって、恋人以外の十七人の中に犯人がいるかも知れないってこと?」
イリスさんの言葉に、オリバーが不安そうな顔をする。
「いるかもしれないし、いないかもしれない。十分注意して過ごすといいよ」
一応心配をしているのだろうが、イリスさんの口調はかなり軽い。とはいえ、この状況で言いにくいことをはっきりと言うという一点で信用を得たのだろう。オリバーは素直に頷いたのだった。
イリスさんはオリバーの症状についてそう結論をつけた。
「普段の仕事や、生活は出来ている。軽微なもの、と言ってしまえるんだろうけど、彼の場合はなかなか面倒くさそうだね」
イリスさんは手元の書類を見ながら呟く。診断結果が几帳面な文字で記入されていた。
「症状が発見された時刻は昨日の夜九時頃。ピオ、君がハプニングバーに連れて行って、少し目を離した隙にいなくなっていて、見つけた時には記憶がなくなっていた、とそういうことで大丈夫かい?」
ピオさんが苦々しそうな顔で頷く。
「って、ピオさん、ハプニングバーに行くんですか?」
ハプニングバーとはいわゆる夜の出会いを求めに男女が行くところで、その場でセックスをしてもいいという、非日常を売りにしたバーである。運が良ければ好みのタイプの人とワンナイトできるらしい。俺は存在は知っていたが自分には向いていないところだと思っていた。
人間はツガイなんてないし、まぁ、ピオさんも若い男なんだし、と心なし冷たい瞳で見ていると、俺の視線の意味を察したピオさんが半眼になった。
「おい、その目はやめろ……。こっちにも事情があるんだよ」
「事情……?」
「潜入捜査の一貫だよ。まぁ、オリジンの仕事じゃなくて、警察からだけどな。ほら、俺、元警官だろ? その伝手で手伝ってほしいって言われてたんだよ」
ふん、とピオさんは胸をそらす。
イリスさんが驚いた顔をして目を瞬かせた。
「あれ? そうなのかい? ……てっきり、ピオは好きでわざわざグリークに留まってまで通っているのかと思っていたよ」
ピオさんは普段はここから半日ほど歩いた場所にあるオッドリーという港町に住んでいる。けれど、ここのところグリークによく顔を出すから何事かと思っていた。そういう事情だったのか。
「……まぁ、そう見られても仕方がないと思うけどよ」
はたから見たらハプバー通いのアラサー男性である。そうとしか見られないだろう。
イリスさんは指を顎に当ててつぶやいた。
「それにしても、不思議だね。どうして十八人もの人がオリバー君の恋人だなんて嘘をついたんだろう」
更には夜の九時から今の朝八時までの間である。たった十時間でオリバーの記憶が消えていると知って告白しに来る人が十八人もいるのはおかしい、と思いつつ、明日になったらもっと増えているかもしれないという懸念も抱いてしまう。何せ彼は顔はいいし、人懐こい性格で、関わった女性の九割近くから好意を寄せられてしまうのだ。
彼の言葉にピオさんはそんなこともわからないのかと眉をひそめる。
「そりゃそうだろ。何せこのオリバーだぜ? つきあいたいって思ってる子からしたら千載一遇のチャンスだろ? 実際、ハプバーで話題になってから、あっという間に情報が拡散されていったし」
イリスさんはオリバーの顔を横目で見る。大概の人は色めきだったり、目を見張るほど容貌の整った顔だったが、彼の好みではなかったようで未だに腑に落ちない顔をしていた。
「うーん……。でも、記憶が戻ったらバレるだろう? だったら最初から嘘をつかないほうがいいし、オリバー君を手に入れたいんだったら、本当の恋人を殺したほうが長い目で見たらいいんじゃないのかな」
イリスさんの言葉に周囲が静まる。きれいな顔で怖いことを言う人だ。
「……いや、殺すよりも嘘を付く方が手軽だろ?」
ピオさんが口元を引きつらせながら告げた言葉に、不思議そうな顔をしつつも黙った。
真顔に戻り、ピオさんが再び口を開く。
「話を戻すけど、俺がハプバーに通っているのは潜入捜査のためなんだけど、少しでも人手が欲しくて、昨日コイツがハプバーに行ってみたいって言っていたから連れて行ったんだよ。で、色んな人に話を聞いている間に記憶喪失になって倒れ込んでいたんだよ」
「え、オリバーが?」
つい反応してオリバーを見つめてしまう。そこのところは記憶がないからか、オリバーは唇を尖らせただけだった。
「浮気目的じゃねぇからな? なんか、知りたいことがあるから詳しそうな人がたくさんいるところに行きたいとか言っててな……」
「知りたいこと?」
「そこのところについてはあんまり教えてくれなかったんだよな……。今思えば聞いておけばよかった」
もしかしたら、男同士でのうまいやり方とか、そういうことかもしれない。ピン、と来た俺は口をつぐむことにした。そういう事情をこの場で言えるわけがない。
ふむ、とイリスさんは腕を組み直す。
「なるほどねぇ。頭を含めて外傷がないから、魔法でも使われたのかな?」
診察の際にイリスさんはオリバーの頭を撫でて確認をしていた。
「だとしたら、どの魔法かな。私でもわかるものだといいのだけれど。ねぇ、オリバー君。君、本当にそのあたりのことを全く覚えていないの?」
オリバーは頷く。
「うん。正直今の状態でも何が信じられるかわからないんだよね……。そこのピオって人も本当のことを言ってるかどうかわからないし」
「そ……、そうなのか?」
驚いて黄金の竜人を見る。俺もオリバーもピオさんには十分お世話になったというのに。
「だってこの人、俺が記憶なくしてるって言ったら開口一番に『俺がお金貸してるの覚えてる?』って言ってきたんだよ?」
「………………」
俺とイリスさんの冷たい視線がピオさんに突き刺さる。ピオさんはそっぽを向いて苦笑を返していた。
「冗談だって! 冗談のつもりだったんだって!」
「それで、一応とばかりにポケットを漁ってみたら団員証が出てきて。俺の身分と名前を言い当てたからついてきたんだけどさ」
オリバーは唇を尖らせつつも、ポケットから小包を取り出した。
「昨日から俺の恋人だって言ってくる人が十八人も居て、本当に何を信じていいかわからない状態なんだ。でも、その中で君を含めた五人に絞れそうなんだ。このおかげでね」
受け取り、中を見る。指輪だった。銀色で飾り気がないながら、オリバーの瞳と同じ色の小さなエメラルドが取り付けられている。
「多分、自分で買ったんだろうね。でも、俺の指にははめられていなかった。ってことは、外装からしてもプレゼントなんだとわかる。何より、ほら」
オリバーは指輪の中を示す。
「OtoWって書かれている。OはオリバーのOだとして、これはWで始まる誰かに俺が送ろうとしたものなんだなって思ったんだ。だから頭文字がWの人だけを残した結果、五人に絞られたってこと」
再びポケットから紙切れを取り出した。広げてみると、彼の恋人候補だという人間のリストが書かれていた。
一人目、ウェンディ・マルセル。オリバーが参加しているスポーツであるミッシャークラブのマネージャーだ。
ミッシャーとは魔法で浮いたボールを奪い合い、ゴールにいれる玉入れ遊びである。
ボールは縦横無尽に動き回るのでテクニックが要求されるが、ボール自体は安価で買えるので大人から子供まで大人気のスポーツだった。
ウェンディもミッシャーが好きらしいが、基本的に男のスポーツであるため、マネージャーをして仲間に加わりたいと話していたと昔聞いたことがある。
二人目はウェノラ・ガーゴート。ここ、オリジンの支援者の孫娘で、オリバーに一目惚れをして支援金を増やすように親にねだったという。
三人目はワンダ・シスリア。俺とオリバー行きつけの定食屋の看板娘で、おおらかで親しみやすい性格は常連さんに人気があった。紫色の髪に薄桃色の瞳を持った兎人である。
四人目はホワイトニー・ミゲラ。彼女もオリバーに一目惚れをした中の一人らしい。ここのところ、ピオさんがよく行くハプニング・バーで知り合ったようだ。街の美容品店で働いている奇抜な外見の女性らしい。
そして最後の五人目が俺のようだった。
指輪は十中八九俺に向けて送るはずだったのだろう。こんな時なのに嬉しくて胸が高鳴る。
オリバーは肩を竦める。
「指輪はフリーサイズになっていてね……、少し大きめに作られているようなんだ。相手の指にはめて、一緒に魔力を送ることでちょうどいい大きさになる。おかげで、指のサイズから相手を特定することもできやしない」
そうして、成長したり体型が変わったりするたびにサイズを変えられるので、このタイプのものは一生物の指輪として重宝されているのだ。
そういえば、と今気がついたようにピオさんは俺を見る。
「お前、ウィルだよな? なんで女の姿に……、って、まぁ、聞くまでもないか」
ピオさんは呆れた視線をイリスさんに向ける。彼は小首を傾げた。
「驚かないのかい?」
「ウィルが女になっているという事象については驚いているが、まぁお前だろうなという感想しかねぇよ」
「わぁ、私のことをよくわかっているんだね。さすが幼馴染だ」
どこか嬉しそうに手を叩く。そうなのか、と二人を見た。だん、とピオさんは近くの机を叩く。
「そりゃそうだろ! 小さい頃からお前は『うっかりしちゃった』とか『つい試したくなったんだ』で俺にカエルになる魔法やら人形になる魔法やらをかけてきただろう!? その度にどれだけ苦労してきたか……」
「あは……、あはは……」
イリスさんはそっぽを向いて頬を掻く。どうやら昔から実験台にされてきたようだ。なまじイリスさんが頭が良く、古代文字を習得し、古代魔法に親和性のある魔力を持っているだけに、防ぎようがなかったのだろう。
現代の魔法は研究がなされ、洗練され、術者が望めば魔法をかけている状態を取り消すことができるが、昔は違ったらしく、一度かけた魔法はどれだけ術者が望んでも、対抗魔法を使わなければ元に戻らない。
「えっと、つまり、君の主張では今は女だけど、少し前までは男で俺と付き合っていたって話だよね? また荒唐無稽な……」
オリバーは呆れたような顔になる。確かにそう纏められると疑ってしまうだろう。何より、記憶を失ってからこっち、近寄ってくる相手は皆異性のようだったので、変わり種と言われてしまえばそのとおりである。
「てか、周りの奴らこぞってお前らが付き合ってるって知らなかったんだけど、どうなってんだ?」
ピオさんが首を傾げる。
「俺が言わないようにお願いしていたんです。昔から、オリバーが俺についてまわっているってだけで、女の子や男の子からの嫉妬をかいやすくて」
「ああ……、なるほど」
納得いったようにピオさんが頷く。
「でも、どうするんだい? 好きな人とキスしたら元に戻れる魔法なんだけど……」
眉尻を下げ、イリスさんはオリバーに問いかける。オリバーは困ったような顔をした。
「それはそもそも信じられる情報? 今まで聞いた中で一番作り話めいてるし、何よりウィルが俺のことを好きってだけで俺が好きじゃないからキスは出来ないよ」
「へ」
ぽかん、と俺は口を開ける。以前の彼からは到底出ないような言葉だった。黄金の竜人は頬を染めて続ける。
「だって……、キスとか、大切な人とじゃないとしちゃだめじゃないか。だから、そんな、ホイホイすることはいけない気がするっていうか……」
乙女か。
そうツッコミをいれたくなるが、だからこそオリバーは俺の意志を大切にしてくれ、無理やり事に及んでこなかったんだよなと考えると可愛らしいと思ってしまう。
「だから、俺、五人のWがつく人とそれぞれデートしていって、一番しっくり来た人にこの指輪を渡して恋人になってもらおうと思うんだ!」
むん、とオリバーに告げられ、俺は二の句が告げられなかった。
「いや、お前……、本当にそれでいいのか?」
「記憶はいつ戻るかわからないし、だとしたら今後どうすれば建設的か考えるとこうなるんじゃないかな。それに、ツガイだとしたらいつまでも悲しい思いはさせられないし……。一度二人きりで会ってみたら愛の力でなんとかなると思う」
「あいのちから……」
口を開けて彼の言葉を反芻するしか出来ない。とはいえ、自分がオリバーの立場だったとして、誰が本当のことを言っているかわからない以上他に手の取りようがない気もする。
「うーん……、とはいえ、気をつけてね。誰かが魔法を使って君から記憶を奪った事自体は考えられる話なんだ」
「……それって、恋人以外の十七人の中に犯人がいるかも知れないってこと?」
イリスさんの言葉に、オリバーが不安そうな顔をする。
「いるかもしれないし、いないかもしれない。十分注意して過ごすといいよ」
一応心配をしているのだろうが、イリスさんの口調はかなり軽い。とはいえ、この状況で言いにくいことをはっきりと言うという一点で信用を得たのだろう。オリバーは素直に頷いたのだった。
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