キスで戻る女体化魔法にかかったけど、恋人は記憶を失っている。

箱根ハコ

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第一章「記憶喪失」

「はい、ウィル。お肉切り分けておいたよ」

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 俺とオリバーが付き合い始めたのは、一ヶ月前の祭りでのことだった。
 俺達が普段住んでいるグリークという都市で祭りが催された。今から八年前に怪物シュタインが倒され、世界に安寧が戻った記念の祭りだった。

「はい、ウィル。お肉切り分けておいたよ。まだ熱いから気をつけて食べてね。あーん」

 レストランで俺達は運ばれた料理を前に舌鼓を打っていた。少し高級なここは肉料理の店で、何もかもが美味しかった。

「ん」

 オリバーが切り分けてくれたステーキ肉を俺の口元に運ぶ。俺は口を開けると肉を口内に入れてもらい、溢れ出る肉汁を味わった。

「さすがスパイスが有名なだけあるな。辛味がきいていてうまい」
「そうだね。あ、パンも食べる? ソースと一緒に食べると美味しいよ」

 幼馴染はパンにステーキソースをつけて再び俺の口元に運んできた。また俺はパカ、と口を開けると口内に放り込んでもらった。

「本当だ。パンの味が引き立つな」
「ね。あ、口の周りソースついちゃった」

 ナプキンを取り出し俺の頬を拭く。少しして満足気にとろける笑顔を浮かべた。

「いや、おい、待て待て待て……」

 ピオさんがうんざりした様子で俺達に向かって手を伸ばす。どうしたのだろうとそちらを見ると、彼は頬を引きつらせていた。

「子供じゃねぇんだぞ!? 料理くらい一人で食えよ!」
「いいじゃん! せっかくの祭りなんだし! 大体俺は竜人だから好きな子には尽くしたくなるんだよ!」

 オリバーは頬をふくらませる。テーブルを挟んで向かいに座ったピオさんは辟易した表情を浮かべていた。
 俺とオリバーが祭りにも関わらず終業後に帰ろうとしていたら、偶然出会ったピオさんとイリスさんに誘われ、こうしてレストランに食事に来たのだ。

「確かに、竜人が好きな相手に尽くしたくなるのはわかるよ。竜人は情が深いからね」

 自身も竜人であるイリスさんが同意を示す。

「その好きは何も恋人同士だけにとどまらない。友達同士や家族にも適応出来る。幼馴染だからかな、オリバー君はよほどウィル君の事が好きみたいだねぇ」

 おっとりと告げている。頬が赤くなっている事から酔っていることが察せられた。

「ウィルはそれでいいのかよ……」

 ピオさんが頬杖をつく。俺は苦笑を返した。

「まぁ、今日はお祭りですし……。オリバーも浮かれているんじゃないですかね。普段はもう少し大人しいんですよ?」
「……そんなもんか?」

 未だ納得がいっていないようだったが、これ以上深堀りをする気はなかったようで、ピオさんは酒のおかわりを注文した。

「にしても、アレからもう八年経ったんだなぁ」

 感慨深そうにピオさんがワインを飲み干して呟く。
 九年前、突如現れた怪物シュタインは一年の間に多くの魔物を生み出し、人間や獣人を食料としていった。おかげでこのグリークでも人口が三分の二になり、ほとほと困り果てていたのだ。
 シュタインはその後勇者御一行により倒されたのだったが、彼が生み出した魔物は残り続け、それを別の勇者達パーティが倒していき、やっとここ数年でグリーク近辺で魔物の姿を見なくなったのだった。

「早いものだねぇ……」

 イリスさんがしみじみと呟く。ほぼ同時にデザートが運ばれてきた。

「当時の私は奴隷として働いていたんだけど、ある日主人がいなくなって……。少ししてシュタインの生み出した魔物に食べられたって話が届いたんだ」

 当たり前のように出てきた奴隷という言葉にぎょっとしたけれど、この地方ではよくある話である。獣人自体、ほんの五年前までは公然と差別されてきて、奴隷として贖うのが当たり前となっていた。
 そこで設立されたのが我らの団体オリジンであり、たった五年でここまでの結果が残せたのはピオさんが元警官であり、警察の高官の人々と伝手があったからだ。
 ちなみに俺達はまだ十歳前後の子供だった上に人里離れた田舎にひっそりと暮らしていたので、そこまでの脅威は感じていなかった。むしろ人による狩りの方を恐れて暮らしていた。捕まれば知らないところに連れて行かれて一生こき使われるとまことしやかに噂されていたが、噂は本当だった。俺はその時一緒に居たオリバーや俺の家族と一緒の人間に捕まり、売られそうになったのだから。
 そこで助けてくれたのがピオさんたちで、前述の通り戸籍を与えられ魔術学校へ入学できたのだ。

「シュタインの生み出した魔物がこの近くに巣を作ってしまったからね。ほら、北の森にあるダンジョン。やっと最近閉鎖されたって話が出たところ。あそこに私の当時仕えていた主人の死体が転がっていたんだ」

 話の割りに心底楽しそうにケラケラと笑い、イリスさんはワインを口に含んだ。

「ダンジョンそのものはシュタイン誕生よりもずっと前からあったけどな」

 北のダンジョンは俺達が生まれる百年以上は前には存在していて、中では独自の生き物も確認されているらしい。

「そこで妹と一緒に逃げ出した所をピオに会ったんだよね」

 ピオさんに視線を向けると、彼はつまらなさそうに頷いた。

「じゃあ、そこがお二人の出会いだったんですか?」
「いや、その前から知ってたよ。そいつの屋敷の隣に住んでたんだ。こいつの雇い主だったやつの庭は大きくてな。近所の子供が勝手に入って遊んでいたんだ」
「私は君たちを排除するように命令されていたんだけど、ピオ達遊ぶ子どもたちが楽しそうでね。一緒になって遊んでしまっていたんだ」

 そうしてピオに匿われ、それまで独自に勉強していた古代魔術を堂々と勉強出来るようになり、今に至るのだという。



「……あれ? オリバー君はどこにいったんだい?」

 一通り話し終わったあと、イリスさんがきょろきょろと周囲を見渡す。

「そういえばいませんね。また女の子に絡まれているのかな」

 料理に夢中になっていて気が付かなかった。彼はその美しい容姿のせいでよく女の子に絡まれてしまうのだ。

「ウィル」

 不意に後ろから声をかけられた。振り返るとオリバーが立っている。ひどく真剣な顔をしていた。

「ちょっと来てくれる?」

 俺の腕を引く。何事だろうかと思いながら立ち上がった。

「どうしたんだ? オリバー」

「ごめん、ピオにイリス。俺達今日はこれで帰るね」

 オリバーは断りなく告げると俺を引きずって外に出る。不審な行動にも関わらず、二人は笑って送り出してくれた。
 オリバーは街の外に出るとドラゴンに形状を変え、俺に背中に乗るように促してくる。

「……本当に一体どうしたんだ?」

 一応彼の言う通りに跨ると、ふわりと彼は宙に浮く。そのまま高度をあげて空高く舞い上がった。

「楽しい時間を中断させてごめんね。でも、どうしても一緒に見たかったんだ」

 彼が言い終わるとほぼ同時に花火があがる。空から見る光の花は何度見ても美しくて見入ってしまった。

「わぁ……。そうか、今日も花火が見られるんだな」

「うん。ウィル、好きだっただろ?」

 音が大きく、光が眩しいので近くには寄れないが、遠くから見る分には美しくて好きだ。暫くの間互いに口を聞かず、夜空に咲く大輪の炎の花に見とれていた。
 どれくらい経っただろうか、最後に光の滝が出来、花火が終了する。風上だったので気にはならなかったが、大量の煙のおかげで空は火薬臭い。オリバーは旋回してどこかへ向かう。
 少しして、金色に輝く丘が姿を表した。なんだろうと目を凝らし、よく見ると夜光花の群生地だった。

「普段はもっと淡く月の光を吸って光るらしいんだけど、花火大会の日だけは、花火の光を吸って金色に輝くんだって」

 ふわりとオリバーは地面に着地する。促されて俺も背中から降りて彼に服を渡した。ドラゴンから人間の形態に戻り先ほど変身した時に脱げた服を受け取り着る。見慣れた裸だったが、場所のせいだろうか、やたらドキドキとしてしまった。
 彼に背中を向け、夜に光る花畑を堪能していると、後ろから抱きしめられる。

「あのさ、ウィル」

 声が緊張している。柄にもなく自分の体にも力が入った。

「俺、今後もずっとウィルと一緒にいたい。だから、お願い。俺のツガイになって?」

 腕が絡みつき身動きが取れない。顔に熱が集まるのを感じた。
 ツガイの概念は種族事に違う。
 オリバー達竜人のいうツガイは『今』好きな人という感覚だが、俺達人狼のツガイは一生一緒にいる無二の恋人という意味だ。たとえ相手に先立たれたとしても、別の恋人は作らず、相手の思い出だけを胸に抱いて生きて行く。それほど重いものだった。
 オリバーもそれは知っている。人狼のツガイになることがどういうことかわかった上での告白なのだ。

「……俺、めちゃくちゃ重いけど本当にいいんだな?」

 一応、確認を取る。周囲から見ると、オリバーから俺への感情の重さがすごいと思うだろうが、俺だって表に出さないだけで負けてはいない。オリバーから別の人間の匂いがしただけで腸が煮えくり返るし、たとえ街中であってもどこかの路地裏に連れ込んで自分の匂いで上書きしたくなる。人狼は自分のツガイから別個体の匂いがするのを嫌がるのだ。

「俺のほうが絶対重いよ」

 オリバーが即答する。彼の感情の重さはこの十八年で嫌と言うほど味わってきた。
 振り返る。彼は顔を真っ赤にして真剣な瞳で俺を見つめていた。その唇に口付ける。

「わかった。……俺を、お前のツガイにしてくれ」

 至近距離で、それこそオリバーの息が感じられるほどの近さで返す。オリバーは俺の唇に唇をつけると、顔を離してニッコリと笑った。

「嬉しい。これでウィルは俺のツガイなんだね」

 目が潤んでいる。彼の彫刻のような顔が歓喜により緩んでいる様は心臓がくすぐられた。
 再び抱きしめられ、その振動で地面に倒れ落ちる。
 周囲を照らす夜光花のおかげでお互いの顔がよく見えた。彼は翼で俺を覆い、尻尾と両手足で俺の体を拘束する。

「これで、ずっと、ずぅっと一緒だね」

 彼の胸に耳が当たる。いつもより早い鼓動を刻んでいた。きっと俺も同じだろう。ひどく嬉しくて、目頭が熱くなった。





 そうして付き合い始めた俺達だったが、未だに体はつなげていない。
 男同士の場合、後ろの孔を使うのだが、俺の孔は硬く慎ましやかに閉じていて、オリバーの硬く大きなモノを受け入れられないのだ。

「っ……」

 あまりの痛さに息を呑む。
 あの後、再びオリバーの背中に乗ってグリークで同居している二人の家に帰り着き、俺の部屋で体をつなげようとした。
 けれど、やはりというかなんというか、初めてで失敗してしまった。その日はお互いのモノをしごきあって終わり、翌日買ってきたローションで潤してコトに臨もうとしたのだったが。
 ぽたり。
 シーツを赤い液体が汚す。血だった。俺の尻の孔が裂け、流血してしまったのだ。

「っ、ウィル……」

 オリバーの先端が引き抜かれる。彼の亀頭にも少し血液がついてしまっていた。みるみるうちに萎えてしまい、彼は慌てて治癒魔法をかける。すぐに元に戻ったが、心理的恐怖は消えてくれない。

「……今日はもうやめておこうか」

 すっかりしょげかえったオリバーに俺は内心でホッとする。正直怖くて仕方がなかった。先程の痛みで俺のものも萎えてしまっている。
 オリバーは無理やりするのは好きでなはいと以前語っていた。自分も相手も気持ちよくて、とろとろになる甘々いちゃいちゃなセックスをしたいのだ、と。

「……口、使う?」

 一応尋ねてみる。けれど彼はゆるく首を横に振った。

「いいよ。てか、萎えちゃったし……」

「……だよね」

 俺は肩を落とす。男同士のセックスがまさかこんなに大変だとは思わなかった。

「……俺がいれる方に回るとか」

「……やだ。俺の下でとろとろになるウィルを見たい」

 オリバーは唇を尖らせる。俺のほうはどちらでもよかったので、こう言われてしまえば恋人の願いを聞き入れたくなる。
 その日以降、オリバーは体に触れてきても、抱こうとはしなくなった。
 このままではダメだ、と一念発起をし、大人の玩具屋さんでローションや拡張のための張り型、アナルビーズを買ってくる。
 指1本分くらいの細い玩具くらいなら受け入れられるが、アナルビーズとなると小さいものを二つ入れただけで痛くてギブアップしてしまっていた。

「こんなんでツガイだなんて言えるんだろうか……」

 落ち込み、俺は自室のベッドの上で膝を抱えてうずくまっていた。
 オリバーと一緒に借りた長屋の一室で共同生活を営んでいたが、それぞれの部屋は存在する。
 今日、オリバーはピオさんに連れて行かれて帰りが遅くなると言っていた。だから、自室にこもり後ろの開発を進めていたが一向にうまくいかない。

「もういっそ……、一生このままでも」

 半分本気でつぶやく。けれどすぐに思考をもとに戻した。
 俺だってオリバーのことを好きなのだ。彼の希望はできる限り叶えてあげたい。
 ただでさえ、俺とオリバーの性格はあわない。
 友人に囲まれ、休日はスポーツを楽しむ圧倒的な陽キャである彼に対し、一人の時間を大切にして本を読んで過ごすことの多い俺は、幼馴染というアドバンテージを失えば見向きもされなくなる存在だと自覚している。
 なにせ彼の周りには魅力的な人間がいっぱいいる。学園に通っていた頃も、生徒会長をしていた彼にはまるでバラに群がる蝶のように綺麗な女生徒が押し寄せ、彼の恋人の座を狙っていた。
 今だってそうだ。
 受付嬢からパン屋の娘まで、彼と話した人間が次々に虜になっていく。
 負けたくない。
 ぐ、と唇を引き結ぶ。なんとか拡張をがんばろう、と俺は買ってきた張り型にオイルをこぼした。
 
 
 そんな涙ぐましい努力をした次の日である。
 彼の記憶が消えてしまったのは。


 
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