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第二章「さらに7回追加されました」
第二章第29話「以上で『ヒジリ様の出すフェロモンと魔獣の関係について』の発表を終わります~」
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「それでは、以上で『ヒジリ様の出すフェロモンと魔獣の関係について』の発表を終わります~。質問がありましたら挙手をお願いします~」
ペコリ、とお辞儀をした発表者の後、ホールのいたるところで人の手があがっていく。登壇者が指名をすると、次々と鋭い質問、指摘が飛んできた。
「……なんだか、怖いところだね」
自分があの場所に居たらと思うと落ち着かない。僕は隣に座っているレオン君にひっそりと話しかけた。
今は遥か東の国からの研究者の発表で、馴染みのない文化の話を楽しく聞いていたが、その後の質疑応答の時間は毎回肝が冷える。
「質問をしているのは基本的にはスポンサー側の人間だな。自分たちが金を出すにふさわしい研究か見極めているんだろう。それに、出版社側の人間もいる」
「ああ、たしかにさっきから出版社の人たちが質問をしていたね。そっか、それでスポンサーがつかなくても論文を本として発表するんだ」
壇上にあがった登壇者はニコニコとした笑顔を絶やさないまま、そつなく返答をし、無事質疑応答の時間が終わった。
「次がオロスさんの発表だね」
登壇者が入れ替わり、オロスさんが姿を表す。彼は緊張した様子なく、持ってきたポスターを黒板に貼り始めた。
発表の内容は主に竜人の体の構造についてではあったが、僕は彼の話を聞いて不快に思った。彼の発表は竜人を人間ではなく素材としてみなしているのだ。竜人の逆鱗の力はヒドラの逆鱗よりも数倍力が強いとか、血液には若返りの効果があるとか。
研究自体主観が多く、よくこの研究がこの場で発表できたな、と半ば怒り混じりに考えていると、彼の発表が終わった。約束通りパウル君が手を挙げ、質問時間を食いつぶしている。
ここからメウトの研究者の発表が続くが、やはりどれも獣人関連の発表で、人間との差異を強調するものだった。中には獣人の品位を下げるものもあり、僕は大変気分が悪くなったのだった。
「少なくとも、これでメウト研究機関のスタンスははっきりしたな。反獣人団体だ。オリジンとは折り合いが悪いだろうな」
発表が終わり、ホールから出てレオン君は呟く。人狼の彼からすると聞き苦しい場面が何度もあっただろう。
「そうだね……。でも、だとしたらなんで獣人との結婚斡旋所に出資しているんだろう? 普通だったら、むしろ禁止して潰すほうに回るんじゃないのかな?」
「斡旋所がやっていることはほぼ奴隷売買だろう? だったら、人間にとって獣人との間に価値観の溝があるほうが助かるからな」
そう言われてみれば、あの斡旋所がやっていることは人間相手にすれば警察に捕まることだろう。警察がまともに機能していれば、の話だが。
頬を膨らませていると、ピオさんとオリバー君が合流した。
彼らはある程度調査を済ませたようで、手には屋台の食べ物を持っていた。
「よぉ、おつかれさん」
貝のタレ焼き串を片手に、もう片手に麦酒を持ってピオさんは笑う。すっかりくつろいでいるようだった。
「お疲れ様です。どうでした?」
「まぁ、斡旋所と警官の癒着はしっかり見てきたな。前回追い返してきた警官が猫娘にでれっでれになって口説いてやがんの」
ピオさんは肩をすくめる。僕は頬を引きつらせた。オリバー君は元気がないようで、唇を引き結んだままそんなピオさんをぼんやりと眺めている。
「オリバー君?」
彼の顔を覗き込むと、彼はハっとして僕を見た。
「大丈夫?」
「あー、うん。でも、ごめん。俺もあんまりいい情報は引き出せなかったんだ。っていうのも、ほとんどの占い師が獣人お断りってスタンスでさ。だから仕方ないから適当に女の子を口説いて、その子の付き添いって体で探ってきたの」
「またそんな……」
僕は半眼になり彼を見る。
「しょうがないだろ? てか、このオンガルは獣人フレンドリーじゃなかったのか? 至るところで獣人お断りって書いてあったんだけど」
オリバー君は唇を尖らせる。確かに、結婚を認めているおかげで移住する人が増えているのに、獣人お断りというのはおかしい。
「一応俺も擬態の術で人間に化けはしたんだけど、一番人気のオーラを見るとかいう占い師に速攻バレちゃってさ。彼女が実行委員長だったみたいで、それからはずっと出禁。仕方がないから他のブースにでも、って思ったけど、獣人でも入れるブースが大道芸と食事ブースしかなくて、結局女の子数人とデートしただけで終わっちゃったよ」
不満をあらわにしているものの、最後の一言でどうしても可哀想に思えない。
「占いの実行委員長? ということは、その人がウィルの義理の母か」
レオン君が呟く。目に見えてオリバー君は嫌そうな顔をした。
「へぇ……、そうなんだ。あんなお義母さんがいるなんて、ウィルも大変だね」
どこか突き放したような言い方だった。いまだに拗ねているのだろう。ピオさんもレオン君も困ったような顔をした。僕もあえて触れず、自分たちの得た情報を共有する。
「……そんなわけで、やっぱりというか何というか、メウトは獣人差別をしようとしている団体だってわかっただけだよ」
「ここのところ、各地で獣人の権利が拡大してきたからな。こういう反発もあるだろう」
どこか他人事のように告げるレオン君は、けれどやはり疲労が見える。
「……まぁ、とりあえず今日のところはこれまでにして、少しでも祭りを楽しもうぜ。ほら、もうすぐ花火の時間だ」
ピオさんが口を開くと同時に、夜空にパァン、と花火があがる。キラキラと舞う光の花はとても綺麗だった。
「うわぁ! 綺麗だね……! 僕、花火を見るのは何年ぶりだろう……」
ここのところ、人混みが嫌でオッドリーの祭りですら滅多に行かなくなっていたので、久しぶりに見る花火にテンションがあがってしまった。
「前に見たのは当時預かっていた子にねだられて行った三年前だったな」
レオン君が回答をくれる。そういえば、当時五歳の兎人を預かっていた。元気のいい子で、床に寝転がって手足をバタつかせて花火に行きたいとねだられたんだっけ、と当時を思い出して頬をほころばせた。
「オッドリーの花火も綺麗だが、こっちもいいもんだな」
ピオさんが麦酒を飲み干しながら悦に浸っている。オリバー君は真顔で花火を見つめていた。てっきり彼ならば目を輝かせるものだと思っていたので意外な気がした。
「……オリバー君は、嫌な思い出でもあるのかい?」
尋ねると、彼は弾かれたように僕を見た。思考の波に沈んでいたようだ。
「あー、うん。嫌な思い出ってわけじゃないけど、昔、ウィルと一緒にベルタール地方の花火大会に行ったのを思い出した。絶対また二人で見ようって約束したなぁって……」
再び夜空に咲き乱れる花火に視線を移す彼の横顔は迷子の子供のようだった。
パウル君と手を繋ぎ、微笑んでいたウィル君を思い出す。ちくちくと心臓が痛んだ。
「あの頃は、ウィルが何を考えているかは手に取るようにわかった。……でも、今は全然わかんないや。……わっ」
眉尻を下げ、肩を丸めたオリバー君をレオン君が無言で頭をわしわしと撫でてあげていた。唇を尖らせるがあえて払い除ける気はないようで、オリバー君は顔を伏せた。
ペコリ、とお辞儀をした発表者の後、ホールのいたるところで人の手があがっていく。登壇者が指名をすると、次々と鋭い質問、指摘が飛んできた。
「……なんだか、怖いところだね」
自分があの場所に居たらと思うと落ち着かない。僕は隣に座っているレオン君にひっそりと話しかけた。
今は遥か東の国からの研究者の発表で、馴染みのない文化の話を楽しく聞いていたが、その後の質疑応答の時間は毎回肝が冷える。
「質問をしているのは基本的にはスポンサー側の人間だな。自分たちが金を出すにふさわしい研究か見極めているんだろう。それに、出版社側の人間もいる」
「ああ、たしかにさっきから出版社の人たちが質問をしていたね。そっか、それでスポンサーがつかなくても論文を本として発表するんだ」
壇上にあがった登壇者はニコニコとした笑顔を絶やさないまま、そつなく返答をし、無事質疑応答の時間が終わった。
「次がオロスさんの発表だね」
登壇者が入れ替わり、オロスさんが姿を表す。彼は緊張した様子なく、持ってきたポスターを黒板に貼り始めた。
発表の内容は主に竜人の体の構造についてではあったが、僕は彼の話を聞いて不快に思った。彼の発表は竜人を人間ではなく素材としてみなしているのだ。竜人の逆鱗の力はヒドラの逆鱗よりも数倍力が強いとか、血液には若返りの効果があるとか。
研究自体主観が多く、よくこの研究がこの場で発表できたな、と半ば怒り混じりに考えていると、彼の発表が終わった。約束通りパウル君が手を挙げ、質問時間を食いつぶしている。
ここからメウトの研究者の発表が続くが、やはりどれも獣人関連の発表で、人間との差異を強調するものだった。中には獣人の品位を下げるものもあり、僕は大変気分が悪くなったのだった。
「少なくとも、これでメウト研究機関のスタンスははっきりしたな。反獣人団体だ。オリジンとは折り合いが悪いだろうな」
発表が終わり、ホールから出てレオン君は呟く。人狼の彼からすると聞き苦しい場面が何度もあっただろう。
「そうだね……。でも、だとしたらなんで獣人との結婚斡旋所に出資しているんだろう? 普通だったら、むしろ禁止して潰すほうに回るんじゃないのかな?」
「斡旋所がやっていることはほぼ奴隷売買だろう? だったら、人間にとって獣人との間に価値観の溝があるほうが助かるからな」
そう言われてみれば、あの斡旋所がやっていることは人間相手にすれば警察に捕まることだろう。警察がまともに機能していれば、の話だが。
頬を膨らませていると、ピオさんとオリバー君が合流した。
彼らはある程度調査を済ませたようで、手には屋台の食べ物を持っていた。
「よぉ、おつかれさん」
貝のタレ焼き串を片手に、もう片手に麦酒を持ってピオさんは笑う。すっかりくつろいでいるようだった。
「お疲れ様です。どうでした?」
「まぁ、斡旋所と警官の癒着はしっかり見てきたな。前回追い返してきた警官が猫娘にでれっでれになって口説いてやがんの」
ピオさんは肩をすくめる。僕は頬を引きつらせた。オリバー君は元気がないようで、唇を引き結んだままそんなピオさんをぼんやりと眺めている。
「オリバー君?」
彼の顔を覗き込むと、彼はハっとして僕を見た。
「大丈夫?」
「あー、うん。でも、ごめん。俺もあんまりいい情報は引き出せなかったんだ。っていうのも、ほとんどの占い師が獣人お断りってスタンスでさ。だから仕方ないから適当に女の子を口説いて、その子の付き添いって体で探ってきたの」
「またそんな……」
僕は半眼になり彼を見る。
「しょうがないだろ? てか、このオンガルは獣人フレンドリーじゃなかったのか? 至るところで獣人お断りって書いてあったんだけど」
オリバー君は唇を尖らせる。確かに、結婚を認めているおかげで移住する人が増えているのに、獣人お断りというのはおかしい。
「一応俺も擬態の術で人間に化けはしたんだけど、一番人気のオーラを見るとかいう占い師に速攻バレちゃってさ。彼女が実行委員長だったみたいで、それからはずっと出禁。仕方がないから他のブースにでも、って思ったけど、獣人でも入れるブースが大道芸と食事ブースしかなくて、結局女の子数人とデートしただけで終わっちゃったよ」
不満をあらわにしているものの、最後の一言でどうしても可哀想に思えない。
「占いの実行委員長? ということは、その人がウィルの義理の母か」
レオン君が呟く。目に見えてオリバー君は嫌そうな顔をした。
「へぇ……、そうなんだ。あんなお義母さんがいるなんて、ウィルも大変だね」
どこか突き放したような言い方だった。いまだに拗ねているのだろう。ピオさんもレオン君も困ったような顔をした。僕もあえて触れず、自分たちの得た情報を共有する。
「……そんなわけで、やっぱりというか何というか、メウトは獣人差別をしようとしている団体だってわかっただけだよ」
「ここのところ、各地で獣人の権利が拡大してきたからな。こういう反発もあるだろう」
どこか他人事のように告げるレオン君は、けれどやはり疲労が見える。
「……まぁ、とりあえず今日のところはこれまでにして、少しでも祭りを楽しもうぜ。ほら、もうすぐ花火の時間だ」
ピオさんが口を開くと同時に、夜空にパァン、と花火があがる。キラキラと舞う光の花はとても綺麗だった。
「うわぁ! 綺麗だね……! 僕、花火を見るのは何年ぶりだろう……」
ここのところ、人混みが嫌でオッドリーの祭りですら滅多に行かなくなっていたので、久しぶりに見る花火にテンションがあがってしまった。
「前に見たのは当時預かっていた子にねだられて行った三年前だったな」
レオン君が回答をくれる。そういえば、当時五歳の兎人を預かっていた。元気のいい子で、床に寝転がって手足をバタつかせて花火に行きたいとねだられたんだっけ、と当時を思い出して頬をほころばせた。
「オッドリーの花火も綺麗だが、こっちもいいもんだな」
ピオさんが麦酒を飲み干しながら悦に浸っている。オリバー君は真顔で花火を見つめていた。てっきり彼ならば目を輝かせるものだと思っていたので意外な気がした。
「……オリバー君は、嫌な思い出でもあるのかい?」
尋ねると、彼は弾かれたように僕を見た。思考の波に沈んでいたようだ。
「あー、うん。嫌な思い出ってわけじゃないけど、昔、ウィルと一緒にベルタール地方の花火大会に行ったのを思い出した。絶対また二人で見ようって約束したなぁって……」
再び夜空に咲き乱れる花火に視線を移す彼の横顔は迷子の子供のようだった。
パウル君と手を繋ぎ、微笑んでいたウィル君を思い出す。ちくちくと心臓が痛んだ。
「あの頃は、ウィルが何を考えているかは手に取るようにわかった。……でも、今は全然わかんないや。……わっ」
眉尻を下げ、肩を丸めたオリバー君をレオン君が無言で頭をわしわしと撫でてあげていた。唇を尖らせるがあえて払い除ける気はないようで、オリバー君は顔を伏せた。
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