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第二章「さらに7回追加されました」
第二章第17話「レオン君、僕の名前を知っていたのかい!?」
しおりを挟む「……よし、競馬場に行こう」
朝、起きたオリバーの顔は真っ青だった。
レオンは口を引き結び、彼を見つめる。クマが出来ており、顔色が白くなっている。心なしか頬もこけ、ボロボロの姿だった。
「……夜中、コイツ何度も吐いてたんだよ。それで、魘されながら夢を見てメモしてたんだ」
同じ部屋から出てきたピオが付け足す。彼も目の下にクマができており、眠そうにあくびをしていた。
本当に大丈夫なのかと訝しみながらもレオンは二人の後についていく。
正直、レオンはルカスを買い戻すだけの金ならあった。しかし、ここで無理に彼を連れ戻したら、後々何を言われるかわかったものじゃない。だったら、オリバーにウィルを身請けしてもらったほうが角が立たないんじゃないかと思ったのだった。
オリジンの郊外にある競馬場は、まだ開幕前だというのに人でごったがえしていた。
オリバーはメモしていた通りの馬券を買いに行こうとする。十人の上半身が人間で、下半身が馬の体を持つ人馬がトラックを走り、三位までの着順を予想する賭け事だった。ピタリと当たればそれだけ配当金が増える。
レオンはそんな彼らを見ながら出店の方に行き、パンとスープを購入した。まだ朝食を食べていないので、ピオとオリバーの分も買ってやる。
「ぅわっ」
ふいに、背中に衝撃が走り、スープが半分溢れてしまった。
「うわっ、あぁっ、あ、あ! も、申し訳ありません!」
振り向くと、寝癖がついたままの頭で分厚いメガネをかけた、ひょろりとした身長の男が立っていた。見覚えがあり、頭の中を検索する。ほぼ同時に、男の甲高い声がした。
「あ、あれ? もしかして、レオン君?」
知っているのか、と彼を見る。男はぱちぱちと目を瞬かせていた。メガネの奥の鳶色の瞳には見覚えがある。
「パウルか?」
名前を告げると、男はぽかんと口を開けた。
「え!? レオン君、僕の名前を知っていたのかい!?」
パウルの言葉に苦笑する。
「当たり前だろう? 六年間同じ学校で学んだんだから」
男の名前はパウル・ナハトネーベル。魔術よりも錬金術の方で輝かしい成績を収めた同窓生だった。ルカスとも仲がよく、多くの同じ授業を履修していた。
「う、嬉しいよ! 僕みたいな陰キャがレオン君に名前を覚えていてもらえたなんて!」
パウルは目を輝かせる。ルカスも言っていたが、何故彼らみたいな、本を読んで過ごす事が多い生徒は自分のことを陰キャといい、自分と一線を引くのかレオンはいまだに理解ができないでいた。
「……パウルはなんでここにいるんだ? 競馬が好きなのか?」
見たところ、彼は馬券を持っていないようだった。
「うん。人馬が走っているのを見るのが好きなんだ。力強い走りで、勇気をもらえるから」
瞳を優しく細めて、パウルはトラックの方を見る。つられてレオンもトラックを見る。まだ開演前なので中には誰も居なかった。代わりにトラックの周りを囲むように作られた観客席が賑わっている。
「そうか。今、ここで働いているのか?」
「ううん。今は独自に薬を開発しているんだ。ほら、狂犬病とか、獣人しかならない病気があるだろう? その特効薬を作る研究さ」
誇らしげに胸を張る彼に、レオンは目を細めた。獣人のために研究をしてくれていると考えると、そんな同窓生が居ることが嬉しくなった。
「レオン君は、今獣人保護のために活動をしているんだろう? この街まで君の名声が聞こえてくるよ」
パウルもレオンと同じ気持ちだったのか、くしゃりと笑う。
「名声というほどでもないがな」
「そんな! 君のお陰で獣人の奴隷売買が法律で禁止されたんだよ! もっと自慢に思ってもいいことだよ!」
力説され、面映ゆくなる。
「シュタインも君達が倒したんだろう? 本当にすごいなぁ。俺はシュタイン討伐には加わらず、ずっと研究をしていたから余計そう思うよ」
「そんなことはない。君のおかげで未来の獣人が救われるんだろうから」
パウルの笑顔が急に力ないものになった。
「あはは……、だったらいいなぁ」
彼は肩を落とす。どうしたのだろうと見つめていると、彼は重い声で続けた。
「……ごめん。今、僕の人生はあまりうまくいっていないんだ。本音を言うと、僕はずっと研究をしていたい。でも、将来と世間体の為にパートナーを作れって母が言っていて……。僕の研究の出資者は母なんだ。だから、逆らえなくて……。でも、母さんが持ってくる見合いの相手は僕が苦手なタイプの人達ばかりだから、これから結婚相談所に行くところなんだ」
パウルの顔からは笑みが消えていた。
「研究を続けるためにお飾りの相手になってなんて、相手にも失礼だし、俺も相手を大切に出来る自信がなくて……。それに俺は六番目の子だから、子供も作らなくていいって言われていて。本当に母さんの見栄のためだけに結婚するようなものなんだ」
よほどメンタルに来ているのだろう。普通、お飾りとは言えパートナーが出来るのであれば喜ぶものだろうに、真剣に悩んでいる様子から彼の人となりが伺える。
「好きな人はいないのか?」
尋ねてみると、パウルは緩く首を振った。
「もうずっといない。……いるにはいたんだけど、結局告白出来ないまま卒業しちゃったんだ」
「学生の頃か?」
「あー、うん」
ぽりぽりと頬をかく。誰だろうと脳内で可能性のある人物を探していると、彼は気まずそうに口を開いた。
「もう時効だと思うから言うんだけど、僕、実はずっと同級生のルカス・シュミットのことが好きだったんだよ」
「……………………………………」
告げられた名前にレオンは暫くの間沈黙をする。確かに彼らは仲が良かった。あまりにも無言が続くものだから、パウルは困ったような顔をする。
「あ……、もしかして、レオン君は男同士の恋愛とか、苦手な人だったりする? 君は確かエミリアさんと恋人同士だったんだっけ?」
「いや。偏見はない」
偏見はないどころか、ルカスは自分の恋人である。しかし、今のパウルにそんな事は言えなかった。
「エミリアとはつきあっていない。ずっとただの幼馴染で、一番近しい友人だった。彼女は今フィリップと結婚して子供も居る」
「えぇ!? そうなんだ!」
パウルは目を丸くする。
「僕はてっきり、君はエミリアさんとつきあっているものだと思っていたよ……」
ルカスも昔そんなことを言っていたな、と思い出す。しかし、生まれてからずっと、レオンは彼女を恋愛対象としては認識していなかった。姉のようなもので、彼女は女性差別を、自分は人狼として差別を受けてきた。いわばともに戦う仲間のような存在だった。
「……何事も、外から見たことと実情は違うということだな。……パウルも、お飾りの結婚と言わずに、好きになれる相手を探してみたらどうだ? 他人からは母の見栄を満たすためのお飾りでも、その実好きな相手だったら、お互いに幸せだろう?」
告げると、パウルはパチパチと目を瞬かせてから、ふにゃりと笑った。
「そうだね。ありがとう、レオン君。僕、頑張ってみるよ」
パウルは手を振ってその場を後にする。
きっとこれから相談所に行くのだろう。レオンは冷めてしまったパンとスープを持って二人のところに行く。観客席に到着するとほぼ同時に人馬がレース場へと入ってきた。
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