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番外編第五話

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 それから一週間の間に、子どもたちは初級魔法についてはほぼマスターしてしまっていた。オリバー君は魔法全般に対して卒なくこなすことの出来るオールラウンダーのようで、どの属性魔法も遜色なく使えるようになっていた。ウィル君はヒーラーとしての適性があったようで、ちょっとした怪我くらいならたちまち治してしまえるようだ。

「ねぇねぇ、ルカス! これなら俺たち特待生として魔術学校に入れるかな」

 オリバー君は目をキラキラと輝かせている。僕は諦めて最初から普通試験枠で入っていたが、この子たちなら出来るかも知れない、と僕は空いている時間に算数や国語といった基礎教養も教えていた。二人はすっかり僕に懐いてくれたようで、今もリビングのソファに座った僕の両脇に座り、僕が開いている教科書を覗き込んできてくれていた。
 身体接触に最初は抵抗を示していたウィル君も、オリバー君が気兼ねなく僕に触れてくるものだから、最近では自分から僕にもたれかかってくれるようになっていて、とても可愛らしい。
 オリバー君曰く、恩返しと言っていたが、たしかに僕の心は可愛らしい天使たちにより大いに潤っていた。
 何より、彼らが家に来てからというもの、レオン君が夜遅くに帰った際に僕を抱きしめてくれるようになったのだ。それまでは起こさないようにと気を使ってくれていたのに、寝ている時ですら彼の体温を感じて心がこそばゆく歓喜で満たされていた。
 こうしてさらに五日程が過ぎ去った。






「特待生制度を使った編入試験が受けられる事になった。試験まではあと一週間しか無いが、いけそうか?」

 その日、珍しく早く帰ってきたレオン君により告げられた言葉にオリバー君とウィル君はぽかんと口を開けた。夕食時で、パンとスープの質素な食事を取っていた時にレオン君が帰宅し、挨拶もそこそこに彼は切り出したのだ。

「え? 急に、一体どうしたの?」

 僕も呆然としていたがすぐに正気に戻り聞く。もっと先の話だと思っていた。レオン君は子どもたちに向けていた視線を僕に移して答える。

「裏で糸を引いていた政治家たちを捕まえられたんだが、その際に色々と取引をしてな……。養子縁組をして兄弟として戸籍を手に入れられそうなんだ」

 森で暮らしていたオリバー君とウィル君には戸籍がない。そこで、レオン君や彼らの両親が結託して戸籍を手に入れ、人間の世界に馴染めるように魔術学校へ編入させようとしているのだ。

「出来ることならそもそも人間しか入れないという仕組みを変えられればいいんだろうが……、いつになるかわからないから……」

 レオン君は肩を落とす。生まれながらに差別されてきて、人狼であることを隠して生きてきた彼からすると歯がゆいのだろう。

「ううん! チャンスを与えてくれてありがとう! 俺もウィルもいっぱい勉強したから大丈夫だよ!」

 オリバー君が大きな声で返す。彼の瞳はキラキラと輝いていた。

「僕も……、多分大丈夫だと思います。あと一週間頑張って勉強します」

 ウィル君も立ち上がりレオン君の近くに寄っていく。人狼の先輩として彼はレオン君を尊敬しているようだった。レオン君の手のひらがウィルのふわふわの髪の毛を撫でる。

「そうか……。ありがとう。もし特待生制度が受けられなくても資金援助は続けるから」

 レオン君も僕と同様にシュタインを倒した際の報奨金がかなりの額残っている。もしそうなったら僕も支援しようと心に誓った。






 特待生制度の試験は国の役所で受ける規則になっている。行きたい学校を選び、二日間に渡って本人の資質が試される。一日目は基礎教養、魔術についてのペーパーテストを受け、二日目は実技試験である。その間、子どもたちは親との接触を避け、寮暮らしが出来るかどうかも見られるらしい。
 二人は僕たちの母校であるアルティア王国国立魔術学校を希望した。国立というだけあって親の年収に関わらず受け入れられる制度の整った学校は、学力があるか、集団生活を続けられるかという点をシビアに審査する。

「行ってきます」

「合格して帰ってくるから!」

 ウィル君は不安そうに、オリバー君は快活に笑って言うと試験会場へと向かっていく。何度も試験票と筆記具を忘れていないことを確認したカバンには、レオン君特製のサンドイッチも入れられていた。
 付き添いとしてオッドリーの試験会場まで来ていた僕とレオン君は彼らが役所の中に入っていき、係員に案内されるところまで見守っていた。

「二人共十分頑張ったんだ。きっと大丈夫だろう」

 レオン君は踵を返す。この後、僕とレオン君は明日の夕方に彼らが帰ってくるまでオッドリー観光をしようという計画になっていた。

「…………」

 何かを言いたげにちらちらとレオン君が僕を見る。不思議に思い、僕は首を傾げた。

「どうしたの?」

「いや……、先にチェックインするか」

 告げるとレオン君は早足に歩き出す。不思議に思いながらも僕は彼の後ろについていった。






 宿につき、部屋に通され二人きりになった瞬間に、背後からレオン君に抱きしめられた。

「え!? えぇ!? レオン君!?」

 いきなりの情熱的な抱擁に僕は驚いて彼の方を見ようとする。なのに彼は僕の肩口に顔を埋め、ぺろりと肌を舐めてきた。

「……んっ」

 びくりと体を震わせる。

「あの……、その、する? でも、舞台の時間が……」

 今日は新作の舞台を見に行こうと約束をしていた。あわあわと尋ねると、レオン君は僕の頭の付け根から項、肩まで舌を這わせた後、ぱっと僕の体から手を離した。

「そうだな。荷物を置いたら食事にして出かけるか。市場の方も見たいと言っていたもんな」

 彼の瞳が満足そうに細められる。僕はきっと耳も頬も首も真っ赤になっているだろう。そんな僕の手を取り、レオン君は上機嫌で再び外へ出ていった。

 僕とレオン君が二人きりになるのは久しぶりである。あの子ども達が来てから二週間と少し。その前もレオン君は三日家を開け、早朝出勤深夜帰宅が続いていた。だから、久しぶりのデートだと楽しみにしていたのだ。

 まずはオッドリーでも有名なチェリータルトを食べに行く。次に市場をぶらつき、いい時間になったから舞台を見に行った。

 絵に描いたようなデートコースに僕はずっと心臓が落ち着かなかった。隣でレオン君は優しく微笑んで熱のこもった瞳で僕を見ていてくれる。相変わらず彼はかっこいい。歩いている間も女性の憧憬の視線を感じていたが意にも返さず、僕に仕事のことやオッドリーでの出来事を話してくれている姿は溶けてしまいそうになるほど素敵だった。劇場へ足を運び、客席に座り照明が落とされた瞬間に、僕の手の上に手を重ねてきてくれた瞬間には照れと萌えで蒸発してしまうかと思った。
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