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第26話「せっかくだし、どこかに食べに行くか」
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外は薄暗くなってきていた。僕はエミリアさんを探して周囲を歩き回る。僕はシュタインを倒したパーティの一人とはいえ、顔を知られているわけではない。変に絡まれること無くエミリアさんを捜索出来た。
大通りに出ると、背後から腕を掴まれる。
「お兄さんも、フィリップさんの仲間?」
先程フィリップ君に絡んでいた女性だった。
「あ、はい……」
二人の前ではキラキラした笑顔を浮かべていたのに、僕に対してはキツイ目をして横柄な態度を取る。こんな子だったのかと呆気に取られていた。
「そう。私はアリス。よろしくね」
彼女は胸の谷間を強調した服を着て、自信たっぷりに微笑んだ。
「お兄さんの連れの二人、なかなかいい感じじゃない。恋人はいるの?」
なるほど、それを聞きたくて僕を呼び止めたのか、と納得をする。今現在は居ないが、それを素直に言っていいものかと迷った。
「気になるなら、自分でお聞きしてみたらどうでしょうか?」
僕は一歩後ろに下がりながら返した。む、と彼女は唇を尖らせる。
「そのくらいいいでしょ? 減るもんじゃないし」
「……そう言われましても」
「恋人がいなかったとして、アンタが選ばれるとは限らないでしょ。ほら、さっさと行った」
ふいに、背後から僕の肩に手がかけられる。褐色の肌はエミリアさんのものだ。いきなりの美人登場にアリスさんは目を丸くする。
「何、アンタ……」
「この子の仲間。つまり、フィリップやレオンと同じパーティの一員。今から飲むんだから、絡まないでくれる?」
彼女は強気にアリスさんを睨む。アリスさんは憎らしそうにエミリアさんを一瞥し、踵を返した。諦めたのだろう。背中がどんどん小さくなっていく。
「あの、エミリアさん……、ありがとうございます」
助けてもらったお礼を告げると、エミリアさんはにっこりと笑った。
「いいってことよ」
「あの、どこに行かれていたんですか? フィリップ君が心配していましたよ」
フィリップ君の名前が出た瞬間に、エミリアさんは気まずそうな顔をした。
「一度宿に戻って、お金を取り出して送金してきた。母さんに治療費にしてって」
「そうなんですか? 村には戻らないんですか?」
彼女は僕の腕に手を絡める。恋人同士の距離感だったが、僕と彼女では彼女のほうが身長が高いので様にならない。どこへともなく彼女は歩き出した。
「考え中」
黙って僕は彼女に連れられるままに足を動かす。エミリアさんは露店で麦酒と串焼きを買うと広場の方へ向かい、空いていたベンチに腰をおろした。僕も彼女の隣に座る。
「……フィリップ、どうだった?」
それを聞きたくてここに連れてきたのかと納得をする。僕は彼女から麦酒と串焼きを一本受け取った。
「泣いていました」
「なっ……、泣いてたの?」
意外そうにエミリアさんは僕を見る。思っていた反応と違って首を傾げた。
「はい。エミリアさんにフラれたのが悲しかったようですね」
「そうなの?」
信じられないように彼女は眉間に皺を作る。
「エミリアさんは違う所感を抱いたんですか?」
彼女は頷き、麦酒を口に含む。
「なんか……、すっごく軽く言われたんだよね。仕方ないから結婚してやろうかって。ふざけんなって思った。フィリップにだけはそんな事言われたくなかったの」
悔しそうに彼女の瞳が細められる。フィリップ君の言い方は想像がつく。ごく、ごく、とエミリアさんは麦酒を豪快に飲み干し、大きなため息を付いた。
「私、フィリップのことずっと好きだったんだよね。それこそ、入学した時から。だからこそ、同情で結婚してやろうかだなんて言われたくなかった」
「えぇ!? そうなんですか!?」
心の底から驚いて、僕はつい大声を出してしまった。僕の狼狽っぷりに驚いたのか、エミリアさんはぽかんと口をあけて僕を凝視していた。
入学時からというのであれば、僕がループした頃にはすでに彼女の心にはフィリップ君への恋心が熟成されている状態だったはずだ。僕は口をパクパクと動かした。
「え? あの、あれ? でも、レオン君は……?」
「レオン? なんで今レオンの名前が出るのさ」
「だって、お二人は恋人同士なんじゃ……」
「違うよ。本当にただの幼馴染み。ってかルカスまでそういう事言うの? 確かに仲いいけど、それだけだって」
信じられなくて僕は目を白黒させる。では、あの結婚式やレオン君と抱きしめあっていたのは何だったのだ。そこまで考えて、仮説が脳内に思い浮かぶ。
フィリップ君という想い人が死んだ後だったのだ。いくらメンタルの強いエミリアさんといえど、幼馴染みに抱きついて号泣する事があってもおかしくない。結婚も、先程の話を聞くに村の人々を納得させるための偽装結婚を選んだという可能性がある。レオン君も、エミリアさんは自分相手なら偽装結婚の相手に選ぶ可能性があると示唆していた。
僕はパクパクと口を動かす。
確かに僕はコミュニケーションが下手で表情から他人の心の機微なんて感じ取れなかったが、こんな盛大な勘違いをしていただなんて。
心を落ち着け、これまでのループも加えて口に出して告げられた言葉だけを思い出す。フィリップ君はエミリアさんの事が好き。これは前回のループで知ったことだ。そして今回、エミリアさんはフィリップ君の事が好きだと聞いた。
「……両思いじゃないですか」
信じられない思いで僕はエミリアさんを見つめる。彼女はきょとんと首を傾げた。
「え? いやでも、フィリップは女相手にだったら誰にでもそういう事言いそうじゃん。それに、ルカスだってフィリップは金髪の可愛い子と結婚するって言ってたし」
僕は視線を泳がせる。前回のフィリップ君の心情はわからないが、レオン君とエミリアさんが付き合っていたというのなら諦めて他の子に手を出した結果とも考えられる。
今回、レオン君はどうなるのだろう。エミリアさんの事を好きだったとして、フラれてしまうのだろうか。しかし、よく考えてみればこれまでのループで一回もレオン君がエミリアさんのことを好きだと言った事はなかった。これも、状況からそう察していただけだ。今回のループでは二人の関係をほのめかした結果怒られてすらいる。
僕は一度レオン君がエミリアさんの事を好きだと思うのを止めてみることにした。
僕は改めて彼女に向き直る。
「占いは所詮占いです。実を言うと、今、僕の占いは大きく外れています。レオン君の指摘した通り、本当ならシュタインとの戦いで僕とフィリップ君は死ぬはずでした。なのに、レオン君と君が未来を変えてくれた」
「え……、そうなの?」
エミリアさんの瞳が見開かれる。
「はい。なので、僕が言った事は忘れてください。そして、僕の見る限りエミリアさんとフィリップ君は両思いです。フィリップ君は軽薄そうに見えて、実際は情に厚い人です。恥ずかしくてつい軽くしか言えなかったのでしょう」
いきなりの僕の剣幕に彼女はたじろいでいるようだった。
「その証拠に先程泣いていました。彼は結婚はどうでもよくて、ただ一緒にいられればそれでいいと言っていました」
ぼ、とエミリアさんの頬が染まる。彼女の視線が宙を泳ぎ、戸惑う様子は可愛らしい。
「……私、さっきまですっごく腹を立てていて」
「はい」
「そんな時、アンタが昔言っていた言葉を思い出して……。ほら、どうでもいい相手で消耗するなんて馬鹿らしいって言ってくれたでしょ? あれ、凄く嬉しかったんだよね。女なんだから愛想を振り撒いて、男の気分を害することはするなって言われる方が多いから。だから、いっそ他人に消耗しない人生にしようって思っていたの。私は村の風潮には縛られない。一人で生きていってやるって」
「……はい」
「でも、やっぱり子供の頃から叩き込まれた価値観に逆らうのが怖くて、ずっとグダグダ考えていたの。それこそ、卒業してずっと。で、ついにシュタインを倒しちゃって、自分を守る言い訳がなくなっちゃった、みたいに思ってた。シュタインを倒すんだから自分の結婚は考えられないって言えなくなっちゃったなって。そんな時にフィリップに結婚してやるって言われたのがやたらムカついたの」
「……そうだったんですね」
エミリアさんみたいな強く綺麗な女性でも生きづらさを感じているのだな、と僕は共感を覚える。僕は彼女の表層的なものしか見てこなかったのだと実感した。
彼女は赤く染まった頬を隠すように両手で顔を覆った。
「でも、結婚はどうでもいいから一緒にいられればいいなんて言われたら、そんなん嬉しすぎるじゃん……」
彼女の声に水が混じっている。心臓がぎゅうと締め付けられた。いじらしくて可愛らしくて、羨ましい。
僕は彼女の肩に手を置いた。
「すぐにフィリップ君の所に行きましょう! そして、話し合いましょう!」
彼女はコクリと頷く。串焼きを食べ終え、僕たちはレストランに戻った。
レストランではすっかりフィリップ君が潰れてしまっていた。エミリアさんは仕方ないというように肩をすくめる。
「ちょっと、フィリップ。寝ちゃったの?」
エミリアさんはフィリップ君の隣に座る。僕は空いているレオン君の隣に腰掛けた。彼は呆れた表情をしてフィリップ君を見つめている。どうやら飲み物は水のようで。潰れたフィリップ君を連れて帰るためにセーブしておいてくれたのだろう。
「う~……、エミリア?」
フィリップ君が目を開ける。思ったより声がしっかりしていた。
彼はエミリアさんの手の甲を人差し指で撫でる。
「同情とか、そういんじゃないんだよ……。俺はただ、本当にエミリアの事が好きで……」
「あっ……、うん、その……」
触り方がいやらしくて、手慣れていると感じさせた。そういうところだ、と僕は半眼になる。エミリアさんは耳まで赤くしていた。とん、と背中に手があたり、レオン君の方を見る。彼が出ていこうと視線で示していた。このレストランは高級なぶん客層がいい。潰れた男と女性が二人きりでも大丈夫だろう。
僕もレオン君の案に乗ることにしてそっとレストランを出る。レオン君は金貨を二枚テーブルの端に置いていた。飲食代と言うには多すぎるのだが、祝い金のつもりなのだろう。
すっかり外は暗くなっていたが、祭りはこれからが本番とばかりに喧騒は激しくなっていた。
「食事はもう取ったか?」
レオン君が隣に並んだ僕の方を見て尋ねる。串焼き一本分しか食べていないことを素直に告げると、彼はふむ、と頷いた。
「せっかくだし、どこかに食べに行くか。何か食べたいものはあるか?」
「え、あの……、でも、レオン君はもう食べたんじゃ」
「お前たちを待っていたのと、フィリップが喧しくてそれどころじゃなかった」
たしかにあのフィリップ君の泥酔っぷりを見るに、レオン君は付き合って食事はそんなに取らなかったのだろう。
「……そうですね。では、ご一緒します」
オッドリーは海鮮料理が有名である。こうして僕たちはオッドリーでも名の知れた魚料理の店に向かった。
大通りに出ると、背後から腕を掴まれる。
「お兄さんも、フィリップさんの仲間?」
先程フィリップ君に絡んでいた女性だった。
「あ、はい……」
二人の前ではキラキラした笑顔を浮かべていたのに、僕に対してはキツイ目をして横柄な態度を取る。こんな子だったのかと呆気に取られていた。
「そう。私はアリス。よろしくね」
彼女は胸の谷間を強調した服を着て、自信たっぷりに微笑んだ。
「お兄さんの連れの二人、なかなかいい感じじゃない。恋人はいるの?」
なるほど、それを聞きたくて僕を呼び止めたのか、と納得をする。今現在は居ないが、それを素直に言っていいものかと迷った。
「気になるなら、自分でお聞きしてみたらどうでしょうか?」
僕は一歩後ろに下がりながら返した。む、と彼女は唇を尖らせる。
「そのくらいいいでしょ? 減るもんじゃないし」
「……そう言われましても」
「恋人がいなかったとして、アンタが選ばれるとは限らないでしょ。ほら、さっさと行った」
ふいに、背後から僕の肩に手がかけられる。褐色の肌はエミリアさんのものだ。いきなりの美人登場にアリスさんは目を丸くする。
「何、アンタ……」
「この子の仲間。つまり、フィリップやレオンと同じパーティの一員。今から飲むんだから、絡まないでくれる?」
彼女は強気にアリスさんを睨む。アリスさんは憎らしそうにエミリアさんを一瞥し、踵を返した。諦めたのだろう。背中がどんどん小さくなっていく。
「あの、エミリアさん……、ありがとうございます」
助けてもらったお礼を告げると、エミリアさんはにっこりと笑った。
「いいってことよ」
「あの、どこに行かれていたんですか? フィリップ君が心配していましたよ」
フィリップ君の名前が出た瞬間に、エミリアさんは気まずそうな顔をした。
「一度宿に戻って、お金を取り出して送金してきた。母さんに治療費にしてって」
「そうなんですか? 村には戻らないんですか?」
彼女は僕の腕に手を絡める。恋人同士の距離感だったが、僕と彼女では彼女のほうが身長が高いので様にならない。どこへともなく彼女は歩き出した。
「考え中」
黙って僕は彼女に連れられるままに足を動かす。エミリアさんは露店で麦酒と串焼きを買うと広場の方へ向かい、空いていたベンチに腰をおろした。僕も彼女の隣に座る。
「……フィリップ、どうだった?」
それを聞きたくてここに連れてきたのかと納得をする。僕は彼女から麦酒と串焼きを一本受け取った。
「泣いていました」
「なっ……、泣いてたの?」
意外そうにエミリアさんは僕を見る。思っていた反応と違って首を傾げた。
「はい。エミリアさんにフラれたのが悲しかったようですね」
「そうなの?」
信じられないように彼女は眉間に皺を作る。
「エミリアさんは違う所感を抱いたんですか?」
彼女は頷き、麦酒を口に含む。
「なんか……、すっごく軽く言われたんだよね。仕方ないから結婚してやろうかって。ふざけんなって思った。フィリップにだけはそんな事言われたくなかったの」
悔しそうに彼女の瞳が細められる。フィリップ君の言い方は想像がつく。ごく、ごく、とエミリアさんは麦酒を豪快に飲み干し、大きなため息を付いた。
「私、フィリップのことずっと好きだったんだよね。それこそ、入学した時から。だからこそ、同情で結婚してやろうかだなんて言われたくなかった」
「えぇ!? そうなんですか!?」
心の底から驚いて、僕はつい大声を出してしまった。僕の狼狽っぷりに驚いたのか、エミリアさんはぽかんと口をあけて僕を凝視していた。
入学時からというのであれば、僕がループした頃にはすでに彼女の心にはフィリップ君への恋心が熟成されている状態だったはずだ。僕は口をパクパクと動かした。
「え? あの、あれ? でも、レオン君は……?」
「レオン? なんで今レオンの名前が出るのさ」
「だって、お二人は恋人同士なんじゃ……」
「違うよ。本当にただの幼馴染み。ってかルカスまでそういう事言うの? 確かに仲いいけど、それだけだって」
信じられなくて僕は目を白黒させる。では、あの結婚式やレオン君と抱きしめあっていたのは何だったのだ。そこまで考えて、仮説が脳内に思い浮かぶ。
フィリップ君という想い人が死んだ後だったのだ。いくらメンタルの強いエミリアさんといえど、幼馴染みに抱きついて号泣する事があってもおかしくない。結婚も、先程の話を聞くに村の人々を納得させるための偽装結婚を選んだという可能性がある。レオン君も、エミリアさんは自分相手なら偽装結婚の相手に選ぶ可能性があると示唆していた。
僕はパクパクと口を動かす。
確かに僕はコミュニケーションが下手で表情から他人の心の機微なんて感じ取れなかったが、こんな盛大な勘違いをしていただなんて。
心を落ち着け、これまでのループも加えて口に出して告げられた言葉だけを思い出す。フィリップ君はエミリアさんの事が好き。これは前回のループで知ったことだ。そして今回、エミリアさんはフィリップ君の事が好きだと聞いた。
「……両思いじゃないですか」
信じられない思いで僕はエミリアさんを見つめる。彼女はきょとんと首を傾げた。
「え? いやでも、フィリップは女相手にだったら誰にでもそういう事言いそうじゃん。それに、ルカスだってフィリップは金髪の可愛い子と結婚するって言ってたし」
僕は視線を泳がせる。前回のフィリップ君の心情はわからないが、レオン君とエミリアさんが付き合っていたというのなら諦めて他の子に手を出した結果とも考えられる。
今回、レオン君はどうなるのだろう。エミリアさんの事を好きだったとして、フラれてしまうのだろうか。しかし、よく考えてみればこれまでのループで一回もレオン君がエミリアさんのことを好きだと言った事はなかった。これも、状況からそう察していただけだ。今回のループでは二人の関係をほのめかした結果怒られてすらいる。
僕は一度レオン君がエミリアさんの事を好きだと思うのを止めてみることにした。
僕は改めて彼女に向き直る。
「占いは所詮占いです。実を言うと、今、僕の占いは大きく外れています。レオン君の指摘した通り、本当ならシュタインとの戦いで僕とフィリップ君は死ぬはずでした。なのに、レオン君と君が未来を変えてくれた」
「え……、そうなの?」
エミリアさんの瞳が見開かれる。
「はい。なので、僕が言った事は忘れてください。そして、僕の見る限りエミリアさんとフィリップ君は両思いです。フィリップ君は軽薄そうに見えて、実際は情に厚い人です。恥ずかしくてつい軽くしか言えなかったのでしょう」
いきなりの僕の剣幕に彼女はたじろいでいるようだった。
「その証拠に先程泣いていました。彼は結婚はどうでもよくて、ただ一緒にいられればそれでいいと言っていました」
ぼ、とエミリアさんの頬が染まる。彼女の視線が宙を泳ぎ、戸惑う様子は可愛らしい。
「……私、さっきまですっごく腹を立てていて」
「はい」
「そんな時、アンタが昔言っていた言葉を思い出して……。ほら、どうでもいい相手で消耗するなんて馬鹿らしいって言ってくれたでしょ? あれ、凄く嬉しかったんだよね。女なんだから愛想を振り撒いて、男の気分を害することはするなって言われる方が多いから。だから、いっそ他人に消耗しない人生にしようって思っていたの。私は村の風潮には縛られない。一人で生きていってやるって」
「……はい」
「でも、やっぱり子供の頃から叩き込まれた価値観に逆らうのが怖くて、ずっとグダグダ考えていたの。それこそ、卒業してずっと。で、ついにシュタインを倒しちゃって、自分を守る言い訳がなくなっちゃった、みたいに思ってた。シュタインを倒すんだから自分の結婚は考えられないって言えなくなっちゃったなって。そんな時にフィリップに結婚してやるって言われたのがやたらムカついたの」
「……そうだったんですね」
エミリアさんみたいな強く綺麗な女性でも生きづらさを感じているのだな、と僕は共感を覚える。僕は彼女の表層的なものしか見てこなかったのだと実感した。
彼女は赤く染まった頬を隠すように両手で顔を覆った。
「でも、結婚はどうでもいいから一緒にいられればいいなんて言われたら、そんなん嬉しすぎるじゃん……」
彼女の声に水が混じっている。心臓がぎゅうと締め付けられた。いじらしくて可愛らしくて、羨ましい。
僕は彼女の肩に手を置いた。
「すぐにフィリップ君の所に行きましょう! そして、話し合いましょう!」
彼女はコクリと頷く。串焼きを食べ終え、僕たちはレストランに戻った。
レストランではすっかりフィリップ君が潰れてしまっていた。エミリアさんは仕方ないというように肩をすくめる。
「ちょっと、フィリップ。寝ちゃったの?」
エミリアさんはフィリップ君の隣に座る。僕は空いているレオン君の隣に腰掛けた。彼は呆れた表情をしてフィリップ君を見つめている。どうやら飲み物は水のようで。潰れたフィリップ君を連れて帰るためにセーブしておいてくれたのだろう。
「う~……、エミリア?」
フィリップ君が目を開ける。思ったより声がしっかりしていた。
彼はエミリアさんの手の甲を人差し指で撫でる。
「同情とか、そういんじゃないんだよ……。俺はただ、本当にエミリアの事が好きで……」
「あっ……、うん、その……」
触り方がいやらしくて、手慣れていると感じさせた。そういうところだ、と僕は半眼になる。エミリアさんは耳まで赤くしていた。とん、と背中に手があたり、レオン君の方を見る。彼が出ていこうと視線で示していた。このレストランは高級なぶん客層がいい。潰れた男と女性が二人きりでも大丈夫だろう。
僕もレオン君の案に乗ることにしてそっとレストランを出る。レオン君は金貨を二枚テーブルの端に置いていた。飲食代と言うには多すぎるのだが、祝い金のつもりなのだろう。
すっかり外は暗くなっていたが、祭りはこれからが本番とばかりに喧騒は激しくなっていた。
「食事はもう取ったか?」
レオン君が隣に並んだ僕の方を見て尋ねる。串焼き一本分しか食べていないことを素直に告げると、彼はふむ、と頷いた。
「せっかくだし、どこかに食べに行くか。何か食べたいものはあるか?」
「え、あの……、でも、レオン君はもう食べたんじゃ」
「お前たちを待っていたのと、フィリップが喧しくてそれどころじゃなかった」
たしかにあのフィリップ君の泥酔っぷりを見るに、レオン君は付き合って食事はそんなに取らなかったのだろう。
「……そうですね。では、ご一緒します」
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