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第19話「まるで私の将来の恋人を知っているような口ぶりだね」
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無事に目的を果たしたので、僕たちは学園に戻る。旅の途中、お互いに口数は少なくなっていた。元々僕もレオン君もそんなに喋るほうではない。それでも、満月の夜の前はたまに雑談くらいならばしていたような気がする。
今はというと、必要最低限の事くらいしか喋らなくなっていた。原因は僕にある。どうしてもレオン君の事を意識してしまい、顔を見られないしうまく口が回らない。レオン君が気を使って話しかけてくれているのに、僕の方は「はい」とか「ええ」とかいったつまらない返答しか出来なくなってしまっていた。
それでも彼は戦闘になると一番に僕のことを守ろうとしてくれるし、食事は僕の好みを優先して作ってくれる。申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
そんな日々を過ごしながらも旅を続け、ついに明日学園に到着するという夜だった。僕たちは月明かりの下で焚き火を囲んで夕食を取っていた。今晩の食事は干し肉とチーズをパンの上に置いて炙ったオープンサンドと干し野菜のスープである。
黙々と食事を取っていた僕にレオン君が尋ねる。
「ルカスの好きな奴は、学園の生徒なのか?」
僕はかたまり、レオン君の方を見た。頬が熱い。
「えっと……、まぁ、はい」
「なら、学園に戻ればそいつがいるんだな」
レオン君は口の端を吊り上げる。自嘲しているような、何とも言えない顔をしていた。
「はぁ……」
僕の好きな人はまさに今隣りにいる。当然そんな事は言えず曖昧に頷いた。
「どんな奴なんだ? クラスは?」
「……何故ですか?」
いきなり問われ、僕は首を傾げる。レオン君は僕の方を見ずに答えた。
「別に……、答えたくないならいい」
「いえ、そういうわけじゃ……」
彼の声はどこか拗ねたような色を帯びていた。僕は視線を宙に彷徨わせる。
「えっと……、とにかく優しい人です。勇気があって、力強くて、かっこよくて。いつも周囲がキラキラ輝いていて、何度も僕のことを守ってくれたんです」
レオン君のことを考えながら言う。ここまで言ったらバレるのではないだろうかと口にした後に焦った。あの学校で条件に当てはまるのはレオン君しかいないと思っている。けれど、レオン君は眉間に皺を寄せているだけだった。
「……やっぱり、気持ち悪いですか?」
恐る恐る尋ねる。ここ、アルティア王国で同性愛者であるということは後ろ指を刺される原因となる。異性愛者であるレオン君からしたら嫌悪の対象になっていてもおかしくない。
レオン君はようやく僕の方を見て首を横に振った。
「そうは思わない。ただ……、ルカスはよほどその人の事が好きなんだなって」
「え」
顔中が熱くなる。気持ち悪いと言われなかったのは嬉しいが、バレてしまっているのではないだろうかと気が気じゃない。僕は顔をそらした。
「まぁ……、はい。ずっと片思いしていますから」
唇を尖らせて呟く。レオン君は空を見上げた。欠けた月が天空で優しく照らしてくれている。
「……いつから片思いしていたんだ?」
「大体三年生の頃からです……」
あの頃のレオン君はまだ筋肉が発達していなくて可愛かったな、と思い出す。今のレオン君もかっこ良くて好きだが、当時は当時であどけなくて心がときめいてしまう。
「……そうか」
呟くと彼はばくばくと食事を平らげ、自分のテントに戻ってしまった。何だったのだろうと首を傾げる。恋バナをしたかったのだろうかと思うが、彼のイメージとかけ離れている気がする。
単純な好奇心だろうか。今まで彼を含め彼の周囲に同性愛者なんていなかったから、どういう思考か気になるというのだろうか。
だとしたら嫌だな、と僕は胸に手を当てる。じくじくと痛む心をなだめ、後片付けを始めた。
結局、僕とレオン君が学園から離れていた期間は三週間だった。寮に戻り、玄関でフィリップ君やエミリアさんといった多くの友達に取り囲まれている彼を尻目に僕は自分の部屋に戻る。存在感の薄い僕のことを気にかける人はおらず、あっさりと帰ることが出来た。
久しぶりの自分のベッドの感触に心が安らぐ。片付けは明日にしてさっさと眠ってしまおうと思った。
こうして僕の学園生活での日常が戻ってきた。
レオン君と僕が一緒に休んでいたことに対しては、驚くほど話題にされなかった。レオン君が居なかった事が寂しかったという声はあっても、僕が居なかった事には気付かれてもいない。スクールカースト底辺の陰キャの扱いなんてこんなものだ、と僕は安心して授業に顔を出していた。
多くはこれまでと変わらない生活だったが、唯一変化した事がある。これまでのようにレオン君と僕が絡まなくなった。必然的にフィリップ君とエミリアさんとも話すことは少なくなる。そうは言っても僕からレオン君達に話しかける事なんて恐れ多くて出来ない。狼の姿でも会うことがなくなり、僕は悲しく思っていた。
「レオンと喧嘩したの?」
そんな日々を過ごして早一週間。僕が一人で食堂の隅で夕食を食べていると、隣にエミリアさんが座ってきた。彼女はお茶の入ったカップを机に置く。食事はすでに食べ終えてしまっていたようである。
「え、あ、何でですか?」
「何でって、見ていれば察するよ。一緒に旅に出て帰ってきてからレオンがアンタに近寄らなくなったし」
そうなのか。僕は俯く。
遅い時間だったので食堂に人はまばらで、僕たちに注目したり話を聞いたりする人はいなかった。
「レオンってば、旅に出る前はアンタを見たら近寄っていたのに、最近はわかりやすく避けているじゃない。なのに、ちらちらアンタの方見ているし、これは何かあったってエミリアさんは推測したわけ」
エミリアさんは紫色の瞳を細め、ふふん、と得意げな顔をする。
相変わらず猫のような可愛らしい仕草だったが、僕は何と返していいかわからずアワアワと身を引いた。
「いえ、そんな、別に、何も……」
「レオンに聞いても同じことを言うんだよね」
もどかしいったらありゃしない。エミリアさんはそう言って唇を尖らせた。
「でも、目に見えて元気がないし、これでも心配してんの」
彼女の表情を見て、もしかして、と思う。
彼女は牽制をしに来たのだろうか。レオン君と必要以上に仲良くなるなとか、自分のものだからとか……。
考えて、僕は頭を横にふる。どう考えても彼女のキャラじゃない。さっぱりとして姉御肌。後に引きずらず言いたいことはその時に言って納得するまで話し合う。そんな彼女がつまらない牽制なんてするわけがない。
きっと本当にレオン君の事を心配していて、何か力になれないかと僕に聞きに来ているのだ。なんていい人なんだ。さすがレオン君の将来のお嫁さんである。しかし。
「きっと、僕が上手く話せなくてつまらないんだと思います。気の利いた事も言えませんし……」
肩を落とす。エミリアさんは眉を上げた。
「アンタがあまり話すタイプじゃないってのは、レオンだって知っているでしょ? それでもアイツはアンタに近寄っていたんだから、それは関係ないんじゃない?」
あっさりと答える彼女に僕は目を丸くして彼女を凝視した。どうやら彼女は僕が喋るのは苦手なことも個性の一部として受け入れてくれているようだった。
だとしたら、原因として思い当たる事は一つしかない。レオン君が僕を襲って、僕が気にするなと言った朝からだ。あの日僕がしたカミングアウトから、彼の口数が少なくなった。
「……僕が、男の人を好きだと言ってしまったからでしょうか」
口をついて出た不安は、エミリアさんの顔を強張らせた。言った後に唇を引き結ぶ。
「あ、いえ、その! そうじゃなくて……」
「あー、うん、気にしないで。大丈夫」
何が大丈夫なのかわからなかったが、エミリアさんはにっこりと笑う。この国において同性愛者は差別される存在だ。彼女の中に差別意識がないのか、興味がないのか。僕は周囲を見回す。幸い、誰も聞いていないようだった。
「でも、それくらいで人を避けるような奴じゃないよ、レオンは」
エミリアさんは納得行っていない様子で眉間に皺を作る。僕は更に続けた。
「その後、さらに僕は気持ち悪いことを言ってしまったのです。レオン君が僕の好きな人に似ている、って……」
「え、アンタ、好きな人いるの?」
エミリアさんは身を乗り出した。そちらに食いつくのか、と僕は上半身を引いた。
「どんな人? この学園? 同い年?」
矢継ぎ早の質問に、僕は冷や汗が背中を伝うのがわかる。僕の顔色が悪くなったのを見てエミリアさんは身を引いて両手をあげた。
「ごめん……。軽率だった。でも、アンタの恋バナ気になっちゃって」
彼女は舌を出す。エミリアさんに同性愛者に対する差別意識がないようで安心した。とはいえ、僕の好きな人はレオン君で、エミリアさんの将来の夫だ。居心地が悪くて僕はもぞもぞと体を動かした。
「えっと……、それは、あまり言いたくありません」
「そっか、わかった。ごめん、忘れて」
あっさりと返され、胸を撫で下ろす。彼女のこういうサラっとした所は一回目のループの頃から好ましかった。僕は眉尻を下げる。
「僕は何度もその人にはフラれていて、今更どうこうなろうとは思っていないんです。だから、レオン君も警戒しないでいてくれると……」
「そうなの? アンタ、見た目によらずガッツあるじゃん」
僕の言葉を途中で遮り、エミリアさんは目を細めた。
「え?」
「だって、そうじゃん。一回フラれるだけでもしんどいのに、何度も告白したんでしょ? すごいよ」
「いえ、そんなことは!」
ループするたびにフラレてきたとはいえ、僕はどうせ次の時には忘れるのだから、と楽観視していた。一回目の僕は告白する勇気なんて持ち合わせておらず、八回目になってようやく出来た。
「……私は一回も出来ていないから、本当にかっこいいと思うよ」
どこか寂しそうにエミリアさんは目を伏せ、視線をそらす。僕はつい目を見開いた。
「私もさ、好きな人がいるんだ。でも、相手は私のこと女として意識してくれてないし、アイツの好きなタイプじゃないしで、諦めてんの」
だから、片思い同士だね、とエミリアさんは白い歯を見せる。
なるほど、この頃の彼女はまだレオン君に好きだと言えていない状態なのか。あと一年後には彼と付き合い始める彼女と片思い同士と言われても何と返せばいいのか困る。
「あの、でも、エミリアさんはきっと大丈夫ですよ」
フォローをすると、彼女は目を丸くした。
「そう? 何でそう思うの?」
「ほら、エミリアさんは綺麗ですし、話しやすいですし」
この国は結婚して子供を産んで初めて一人前とされる文化がある。だから、社交的で協調性があり、家庭を持つことに積極的な人間が好まれる。その上女性の場合、いつもニコニコしていて主張をせず、男をたてられるタイプが理想の女性像とされていた。
そうしたタイプはレオン君やフィリップ君といった、スクールカースト上位の男性に対しては甲高い声と笑顔で接するが、僕みたいな陰キャを存在しないものとして扱う。だから、僕みたいな人間に優しく話しかけてきてくれて、下に見ず接してくれるエミリアさんは素晴らしい女性だと思っていた。
けれど、エミリアさんの顔が曇る。
「そう……? でも私、他の女の子みたいに大人しく出来ない。楽しくもないのに笑えないし、男が嬉しがる言葉も言えないよ」
「エミリアさんの事を好きになる人は、そういうの気にしない人ですよ」
「んー、でも、私に寄ってくる人、大体すぐにヤらせろって言ってくるからなぁ……。そんなのにモテても嬉しくないかな」
「ヤ……!」
頬に熱が集まる。エミリアさんは困った顔でカラカラと笑った。僕は両手で拳を作る。
「あの、でも、そんな人たちなんて相手にしなくていいと思います! エミリアさんの将来の恋人は、今のエミリアさんを好きになってくれる人で、そんな素敵な人がいるのにどうでもいい相手で消耗するなんて馬鹿みたいじゃないですか!」
レオン君に対するエミリアさんの態度は幼馴染みというだけではなく、まるで姉と弟のように仲が良かった。それは今もだし、ループ十六回目に結婚した後も二人の関係は変わらなかった。まるで友達のようにお互いが言いたいことを言い合える対等なものだった。
エミリアさんは何度もまばたきをする。
「まるで私の将来の恋人を知っているような口ぶりだね」
「あっ……」
僕は体を強張らせる。視線を泳がせた。エミリアさんの方を見られない。
「……う、占いもするので」
「そうなの?」
苦しい言い訳に、エミリアさんはくすくすと笑った。
「じゃあ、ルカス占い師さんを信じることにしようかな。勇気が湧いてきちゃった」
「それはよかったです」
「とりあえず、ルカスには心当たりがそれだけしかなくて、レオンが勝手に避けている状況なんだね。ありがとう。聞き出せてよかったよ」
彼女は話を戻すと、お茶を飲み干し立ち上がった。
小さく手を振り帰っていく。嵐のような一時だったな、と僕は冷えた定食を口に入れたのだった。
この日以来、レオン君の代わりに彼女が話しかけて来てくれるようになり、合同授業の際に彼女が僕の隣に座ろうとするものだから、またレオン君やフィリップ君も近くに腰を下ろすようになっていた。
僕とレオン君の間にはまだ少しぎこちなさが残っていたが、彼も普通に話しかけてくれるようになり、僕はエミリアさんに心の中で大いに感謝を捧げたのだった。
今はというと、必要最低限の事くらいしか喋らなくなっていた。原因は僕にある。どうしてもレオン君の事を意識してしまい、顔を見られないしうまく口が回らない。レオン君が気を使って話しかけてくれているのに、僕の方は「はい」とか「ええ」とかいったつまらない返答しか出来なくなってしまっていた。
それでも彼は戦闘になると一番に僕のことを守ろうとしてくれるし、食事は僕の好みを優先して作ってくれる。申し訳ない気持ちでいっぱいになっていた。
そんな日々を過ごしながらも旅を続け、ついに明日学園に到着するという夜だった。僕たちは月明かりの下で焚き火を囲んで夕食を取っていた。今晩の食事は干し肉とチーズをパンの上に置いて炙ったオープンサンドと干し野菜のスープである。
黙々と食事を取っていた僕にレオン君が尋ねる。
「ルカスの好きな奴は、学園の生徒なのか?」
僕はかたまり、レオン君の方を見た。頬が熱い。
「えっと……、まぁ、はい」
「なら、学園に戻ればそいつがいるんだな」
レオン君は口の端を吊り上げる。自嘲しているような、何とも言えない顔をしていた。
「はぁ……」
僕の好きな人はまさに今隣りにいる。当然そんな事は言えず曖昧に頷いた。
「どんな奴なんだ? クラスは?」
「……何故ですか?」
いきなり問われ、僕は首を傾げる。レオン君は僕の方を見ずに答えた。
「別に……、答えたくないならいい」
「いえ、そういうわけじゃ……」
彼の声はどこか拗ねたような色を帯びていた。僕は視線を宙に彷徨わせる。
「えっと……、とにかく優しい人です。勇気があって、力強くて、かっこよくて。いつも周囲がキラキラ輝いていて、何度も僕のことを守ってくれたんです」
レオン君のことを考えながら言う。ここまで言ったらバレるのではないだろうかと口にした後に焦った。あの学校で条件に当てはまるのはレオン君しかいないと思っている。けれど、レオン君は眉間に皺を寄せているだけだった。
「……やっぱり、気持ち悪いですか?」
恐る恐る尋ねる。ここ、アルティア王国で同性愛者であるということは後ろ指を刺される原因となる。異性愛者であるレオン君からしたら嫌悪の対象になっていてもおかしくない。
レオン君はようやく僕の方を見て首を横に振った。
「そうは思わない。ただ……、ルカスはよほどその人の事が好きなんだなって」
「え」
顔中が熱くなる。気持ち悪いと言われなかったのは嬉しいが、バレてしまっているのではないだろうかと気が気じゃない。僕は顔をそらした。
「まぁ……、はい。ずっと片思いしていますから」
唇を尖らせて呟く。レオン君は空を見上げた。欠けた月が天空で優しく照らしてくれている。
「……いつから片思いしていたんだ?」
「大体三年生の頃からです……」
あの頃のレオン君はまだ筋肉が発達していなくて可愛かったな、と思い出す。今のレオン君もかっこ良くて好きだが、当時は当時であどけなくて心がときめいてしまう。
「……そうか」
呟くと彼はばくばくと食事を平らげ、自分のテントに戻ってしまった。何だったのだろうと首を傾げる。恋バナをしたかったのだろうかと思うが、彼のイメージとかけ離れている気がする。
単純な好奇心だろうか。今まで彼を含め彼の周囲に同性愛者なんていなかったから、どういう思考か気になるというのだろうか。
だとしたら嫌だな、と僕は胸に手を当てる。じくじくと痛む心をなだめ、後片付けを始めた。
結局、僕とレオン君が学園から離れていた期間は三週間だった。寮に戻り、玄関でフィリップ君やエミリアさんといった多くの友達に取り囲まれている彼を尻目に僕は自分の部屋に戻る。存在感の薄い僕のことを気にかける人はおらず、あっさりと帰ることが出来た。
久しぶりの自分のベッドの感触に心が安らぐ。片付けは明日にしてさっさと眠ってしまおうと思った。
こうして僕の学園生活での日常が戻ってきた。
レオン君と僕が一緒に休んでいたことに対しては、驚くほど話題にされなかった。レオン君が居なかった事が寂しかったという声はあっても、僕が居なかった事には気付かれてもいない。スクールカースト底辺の陰キャの扱いなんてこんなものだ、と僕は安心して授業に顔を出していた。
多くはこれまでと変わらない生活だったが、唯一変化した事がある。これまでのようにレオン君と僕が絡まなくなった。必然的にフィリップ君とエミリアさんとも話すことは少なくなる。そうは言っても僕からレオン君達に話しかける事なんて恐れ多くて出来ない。狼の姿でも会うことがなくなり、僕は悲しく思っていた。
「レオンと喧嘩したの?」
そんな日々を過ごして早一週間。僕が一人で食堂の隅で夕食を食べていると、隣にエミリアさんが座ってきた。彼女はお茶の入ったカップを机に置く。食事はすでに食べ終えてしまっていたようである。
「え、あ、何でですか?」
「何でって、見ていれば察するよ。一緒に旅に出て帰ってきてからレオンがアンタに近寄らなくなったし」
そうなのか。僕は俯く。
遅い時間だったので食堂に人はまばらで、僕たちに注目したり話を聞いたりする人はいなかった。
「レオンってば、旅に出る前はアンタを見たら近寄っていたのに、最近はわかりやすく避けているじゃない。なのに、ちらちらアンタの方見ているし、これは何かあったってエミリアさんは推測したわけ」
エミリアさんは紫色の瞳を細め、ふふん、と得意げな顔をする。
相変わらず猫のような可愛らしい仕草だったが、僕は何と返していいかわからずアワアワと身を引いた。
「いえ、そんな、別に、何も……」
「レオンに聞いても同じことを言うんだよね」
もどかしいったらありゃしない。エミリアさんはそう言って唇を尖らせた。
「でも、目に見えて元気がないし、これでも心配してんの」
彼女の表情を見て、もしかして、と思う。
彼女は牽制をしに来たのだろうか。レオン君と必要以上に仲良くなるなとか、自分のものだからとか……。
考えて、僕は頭を横にふる。どう考えても彼女のキャラじゃない。さっぱりとして姉御肌。後に引きずらず言いたいことはその時に言って納得するまで話し合う。そんな彼女がつまらない牽制なんてするわけがない。
きっと本当にレオン君の事を心配していて、何か力になれないかと僕に聞きに来ているのだ。なんていい人なんだ。さすがレオン君の将来のお嫁さんである。しかし。
「きっと、僕が上手く話せなくてつまらないんだと思います。気の利いた事も言えませんし……」
肩を落とす。エミリアさんは眉を上げた。
「アンタがあまり話すタイプじゃないってのは、レオンだって知っているでしょ? それでもアイツはアンタに近寄っていたんだから、それは関係ないんじゃない?」
あっさりと答える彼女に僕は目を丸くして彼女を凝視した。どうやら彼女は僕が喋るのは苦手なことも個性の一部として受け入れてくれているようだった。
だとしたら、原因として思い当たる事は一つしかない。レオン君が僕を襲って、僕が気にするなと言った朝からだ。あの日僕がしたカミングアウトから、彼の口数が少なくなった。
「……僕が、男の人を好きだと言ってしまったからでしょうか」
口をついて出た不安は、エミリアさんの顔を強張らせた。言った後に唇を引き結ぶ。
「あ、いえ、その! そうじゃなくて……」
「あー、うん、気にしないで。大丈夫」
何が大丈夫なのかわからなかったが、エミリアさんはにっこりと笑う。この国において同性愛者は差別される存在だ。彼女の中に差別意識がないのか、興味がないのか。僕は周囲を見回す。幸い、誰も聞いていないようだった。
「でも、それくらいで人を避けるような奴じゃないよ、レオンは」
エミリアさんは納得行っていない様子で眉間に皺を作る。僕は更に続けた。
「その後、さらに僕は気持ち悪いことを言ってしまったのです。レオン君が僕の好きな人に似ている、って……」
「え、アンタ、好きな人いるの?」
エミリアさんは身を乗り出した。そちらに食いつくのか、と僕は上半身を引いた。
「どんな人? この学園? 同い年?」
矢継ぎ早の質問に、僕は冷や汗が背中を伝うのがわかる。僕の顔色が悪くなったのを見てエミリアさんは身を引いて両手をあげた。
「ごめん……。軽率だった。でも、アンタの恋バナ気になっちゃって」
彼女は舌を出す。エミリアさんに同性愛者に対する差別意識がないようで安心した。とはいえ、僕の好きな人はレオン君で、エミリアさんの将来の夫だ。居心地が悪くて僕はもぞもぞと体を動かした。
「えっと……、それは、あまり言いたくありません」
「そっか、わかった。ごめん、忘れて」
あっさりと返され、胸を撫で下ろす。彼女のこういうサラっとした所は一回目のループの頃から好ましかった。僕は眉尻を下げる。
「僕は何度もその人にはフラれていて、今更どうこうなろうとは思っていないんです。だから、レオン君も警戒しないでいてくれると……」
「そうなの? アンタ、見た目によらずガッツあるじゃん」
僕の言葉を途中で遮り、エミリアさんは目を細めた。
「え?」
「だって、そうじゃん。一回フラれるだけでもしんどいのに、何度も告白したんでしょ? すごいよ」
「いえ、そんなことは!」
ループするたびにフラレてきたとはいえ、僕はどうせ次の時には忘れるのだから、と楽観視していた。一回目の僕は告白する勇気なんて持ち合わせておらず、八回目になってようやく出来た。
「……私は一回も出来ていないから、本当にかっこいいと思うよ」
どこか寂しそうにエミリアさんは目を伏せ、視線をそらす。僕はつい目を見開いた。
「私もさ、好きな人がいるんだ。でも、相手は私のこと女として意識してくれてないし、アイツの好きなタイプじゃないしで、諦めてんの」
だから、片思い同士だね、とエミリアさんは白い歯を見せる。
なるほど、この頃の彼女はまだレオン君に好きだと言えていない状態なのか。あと一年後には彼と付き合い始める彼女と片思い同士と言われても何と返せばいいのか困る。
「あの、でも、エミリアさんはきっと大丈夫ですよ」
フォローをすると、彼女は目を丸くした。
「そう? 何でそう思うの?」
「ほら、エミリアさんは綺麗ですし、話しやすいですし」
この国は結婚して子供を産んで初めて一人前とされる文化がある。だから、社交的で協調性があり、家庭を持つことに積極的な人間が好まれる。その上女性の場合、いつもニコニコしていて主張をせず、男をたてられるタイプが理想の女性像とされていた。
そうしたタイプはレオン君やフィリップ君といった、スクールカースト上位の男性に対しては甲高い声と笑顔で接するが、僕みたいな陰キャを存在しないものとして扱う。だから、僕みたいな人間に優しく話しかけてきてくれて、下に見ず接してくれるエミリアさんは素晴らしい女性だと思っていた。
けれど、エミリアさんの顔が曇る。
「そう……? でも私、他の女の子みたいに大人しく出来ない。楽しくもないのに笑えないし、男が嬉しがる言葉も言えないよ」
「エミリアさんの事を好きになる人は、そういうの気にしない人ですよ」
「んー、でも、私に寄ってくる人、大体すぐにヤらせろって言ってくるからなぁ……。そんなのにモテても嬉しくないかな」
「ヤ……!」
頬に熱が集まる。エミリアさんは困った顔でカラカラと笑った。僕は両手で拳を作る。
「あの、でも、そんな人たちなんて相手にしなくていいと思います! エミリアさんの将来の恋人は、今のエミリアさんを好きになってくれる人で、そんな素敵な人がいるのにどうでもいい相手で消耗するなんて馬鹿みたいじゃないですか!」
レオン君に対するエミリアさんの態度は幼馴染みというだけではなく、まるで姉と弟のように仲が良かった。それは今もだし、ループ十六回目に結婚した後も二人の関係は変わらなかった。まるで友達のようにお互いが言いたいことを言い合える対等なものだった。
エミリアさんは何度もまばたきをする。
「まるで私の将来の恋人を知っているような口ぶりだね」
「あっ……」
僕は体を強張らせる。視線を泳がせた。エミリアさんの方を見られない。
「……う、占いもするので」
「そうなの?」
苦しい言い訳に、エミリアさんはくすくすと笑った。
「じゃあ、ルカス占い師さんを信じることにしようかな。勇気が湧いてきちゃった」
「それはよかったです」
「とりあえず、ルカスには心当たりがそれだけしかなくて、レオンが勝手に避けている状況なんだね。ありがとう。聞き出せてよかったよ」
彼女は話を戻すと、お茶を飲み干し立ち上がった。
小さく手を振り帰っていく。嵐のような一時だったな、と僕は冷えた定食を口に入れたのだった。
この日以来、レオン君の代わりに彼女が話しかけて来てくれるようになり、合同授業の際に彼女が僕の隣に座ろうとするものだから、またレオン君やフィリップ君も近くに腰を下ろすようになっていた。
僕とレオン君の間にはまだ少しぎこちなさが残っていたが、彼も普通に話しかけてくれるようになり、僕はエミリアさんに心の中で大いに感謝を捧げたのだった。
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