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ミロ✕省吾番外編
ミロ✕省吾番外編1
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ミロには城外において個人的なハザードマップが存在する。
中隊長まで昇格した彼は見目がよく、さらには金を持っていると推測出来るために娼窟を通るとカモにしようという人間が群がってくる。そこで、城の外にいくつかある娼婦街は歩かない。ミロが出世したことは界隈の連中はみな知っていた。ミロ自身が言わなくても彼の部下が喋るからだ。
次に飲み屋街。こちらも上記理由でカモにしようとする昔なじみが寄ってくる。
最後に学校の近く。特に士官学校は仕事でない限り近づかないようにしている。
というのも。
「あの、前に訓練でいらっしゃった時にかっこいいな、と思っていて……」
女子生徒が頬を真っ赤にして手紙を渡そうとしている。手が震えていて、以前の自分ならもらうだけならばもらっていたところだった。
年の頃は十六かそこら。たくましい筋肉からして士官学校の生徒だろう。
現在ミロは士官学校から少し離れたある美容専門医院の正面に立っていた。よりにもよってここで、と内心で冷や汗が流れる。
「えっと……、俺、恋人がいるから」
「知っています! でも、気持ちだけでも知っておいてほしくて」
震える女生徒の背後に、この光景を見られたくない人間の姿が見えた。省吾である。
省吾はミロと女生徒を交互に見比べ、眉尻を下げる。目をそらされてミロは慌てた。
「ごめん、俺、本当にそういうつもりはないから……。これも受け取れない」
「……っ」
手紙を拒絶された女生徒は涙をこぼし、それでもいつか上官になるであろう相手に強く出られないのだろう、ありがとうございました! と頭を下げて走り去った。
彼女の姿が見えなくなり、足を止めて見物していたギャラリーもいなくなる。通行人以外は省吾が残っているだけとなった。
「……久しぶり」
ミロは笑顔を作る。実際に二ヶ月ぶりだった。見ない間に省吾はすっかり街に馴染み、服も以前のようなローブではなく、よく市民が着ている質素なズボンとシャツになっていた。
とくん、とくんと心臓が高鳴っていく。片思い期間を含めてももう3年近い付き合いになるのに、未だに新鮮にミロの心臓は省吾を前にすると恋の音色を奏でる。
「……うん、久しぶり」
省吾ははにかんで返した。式典の準備などで先月、先々月と忙しかったが、合間を縫って手紙は送り合っていたから近況は知っている。けれど、姿が見えるのと見えないのではこんなにも違うのだな、とミロは実感していた。
小走りに省吾へ近寄る。
「ミロは、よくああやって告白されるのか?」
嫌なところを見られたものだ、と思う。
ミロはできるだけ何でもないように答えた。
「まさか。滅多にないよ」
嘘である。
省吾と付き合う前は外を歩けば確実に一人は女性に声をかけられ、告白されることもあった。
けれど恋人の前でそのような事を言って不安に思わせたくない。
「でも、リゼもマリーもヘレンもシャーロットもミロに告白してフラれたって……」
「それ、本人から直接聞いたのか……?」
事前情報有りだとは思わなかった。省吾は皆お得意さんだから……と目を伏せた。
省吾は現在サイの病院で事務仕事をしながら自分の研究を進めている。電力という、石から発されるエネルギーを魔力の代わりにするらしいが、正直ミロにはよくわかっていない。サイいわく、「もしかしたらノアを倒せるかも知れない素晴らしい研究」とのことだが。
省吾が頷く。
ミロは頭を抱えた。
「なんでよりにもよってお前に……」
「いや、別に俺から聞いたんじゃなくて、全員勝手に話し始めたっていうか……。イケメンの騎士特集みたいな雑誌が出てて、頻繁にミロの絵も乗っているし」
「なんだそれ……」
少なくともミロは把握していなかった。
詳しく聞くと、ミロの似顔絵と共にプロフィールについても記述されているらしい。悪口は一切書かれておらず、好意的な意見ばかりなのだとか。それを元に乙女達が自分と騎士との恋愛妄想を繰り広げるのだとか。
省吾は困ったように笑う。
「ミロはモテるんだな」
「いや……、そんなことは」
「それより、ご飯行こうぜ! 俺、腹減ったし」
ミロの隣をすり抜け、省吾は飲み屋街へと歩き出す。以前、男性の患者の一人に紹介されたという居酒屋はミロの脳内ハザードマップの中に入っていたが、あえて口には出さない。楽しい時間を過ごしたかったからだ。
けれど。
「あら、ミロじゃない。ちょっと、なんで最近店に顔を出してくれないの? 私ずっと待ってたんだから」
「私もよ! ひどいじゃない、放置なんて……」
右からは金髪美女に腕を取られ絡まれ、左からは首に手を回されている。二人共体のラインが出た服装をしており、一目見ただけで夜の仕事に従事しているのだと窺い知れる。胸を押し付けるように触れるものだから始末に悪い。省吾の目が完全に死んでしまっており、ハイライトが抜けていた。
「店って、夜間警備の時に明かりを薄暗くしろって忠告しに行っただけだろ!? 最近はヒジリ様がちゃんと働いてくれていて魔獣が来ないから行く必要がないだけだ!」
きっちりと誤解を問いておく。
まるで通っているみたいに思われてしまっては敵わない。
女たちはからかい終えたのか、また今度プライベートでも店に来てね、と返し自分たちの席に戻っていった。
はぁ、と特大のため息をついて恋人の方を見る。彼は唇を尖らせてコップしか置かれていない机の木目を凝視していた。
「あー、悪い、省吾。あいつら、酔ってるから……」
「別に……、気にしてないし」
その割には目をあわせようとしない。
省吾は笑顔を作ってミロの手の辺りに視線を向けた。
「蓮、ちゃんと頑張ってるんだな」
現在のヒジリは省吾の幼馴染みの蓮である。ミロは首を縦に振った。
「ああ。ノアが張り切ってくれてる」
「え? ノアが相手してるのか?」
意外だったのか、省吾は目を丸くする。
「普段は蓮はいろんなメイドや女性兵士を口説いているみたいなんだが、お勤めの時だけはノアが部屋に行っているみたいなんだよな。とはいえノアは、自分は何もしていないとか、ちょっとけしかけたらハマっちゃったみたい、とか訳分からんこと言ってるんだけどな」
その辺りは詳しく聞いていない。
ノアの飼っている召喚獣のレパートリーに夜の店で扱われている性獣が増えていると本人から聞いて、詮索しないでいようと思ったのだ。一応蓮の顔は自分と一緒なのである。あまり変な想像はしたくない。
「ふーん……。まぁ、蓮はキレイな女性をよく連れ回していたし、ノアも顔はいいんだし、相性は悪くないのかもしれないな」
「……そうか?」
普段の二人の様子を思い出す。
蓮はノアがいると途端に大人しくなるし、怯えてすらいるようだった。
それからも雑談を続けるが、省吾の目はミロのことを見ようとしなかった。徹底して視線をそらし続けている。
もどかしく思っていたら食事を終え、ミロは省吾の部屋へと行った。
中隊長まで昇格した彼は見目がよく、さらには金を持っていると推測出来るために娼窟を通るとカモにしようという人間が群がってくる。そこで、城の外にいくつかある娼婦街は歩かない。ミロが出世したことは界隈の連中はみな知っていた。ミロ自身が言わなくても彼の部下が喋るからだ。
次に飲み屋街。こちらも上記理由でカモにしようとする昔なじみが寄ってくる。
最後に学校の近く。特に士官学校は仕事でない限り近づかないようにしている。
というのも。
「あの、前に訓練でいらっしゃった時にかっこいいな、と思っていて……」
女子生徒が頬を真っ赤にして手紙を渡そうとしている。手が震えていて、以前の自分ならもらうだけならばもらっていたところだった。
年の頃は十六かそこら。たくましい筋肉からして士官学校の生徒だろう。
現在ミロは士官学校から少し離れたある美容専門医院の正面に立っていた。よりにもよってここで、と内心で冷や汗が流れる。
「えっと……、俺、恋人がいるから」
「知っています! でも、気持ちだけでも知っておいてほしくて」
震える女生徒の背後に、この光景を見られたくない人間の姿が見えた。省吾である。
省吾はミロと女生徒を交互に見比べ、眉尻を下げる。目をそらされてミロは慌てた。
「ごめん、俺、本当にそういうつもりはないから……。これも受け取れない」
「……っ」
手紙を拒絶された女生徒は涙をこぼし、それでもいつか上官になるであろう相手に強く出られないのだろう、ありがとうございました! と頭を下げて走り去った。
彼女の姿が見えなくなり、足を止めて見物していたギャラリーもいなくなる。通行人以外は省吾が残っているだけとなった。
「……久しぶり」
ミロは笑顔を作る。実際に二ヶ月ぶりだった。見ない間に省吾はすっかり街に馴染み、服も以前のようなローブではなく、よく市民が着ている質素なズボンとシャツになっていた。
とくん、とくんと心臓が高鳴っていく。片思い期間を含めてももう3年近い付き合いになるのに、未だに新鮮にミロの心臓は省吾を前にすると恋の音色を奏でる。
「……うん、久しぶり」
省吾ははにかんで返した。式典の準備などで先月、先々月と忙しかったが、合間を縫って手紙は送り合っていたから近況は知っている。けれど、姿が見えるのと見えないのではこんなにも違うのだな、とミロは実感していた。
小走りに省吾へ近寄る。
「ミロは、よくああやって告白されるのか?」
嫌なところを見られたものだ、と思う。
ミロはできるだけ何でもないように答えた。
「まさか。滅多にないよ」
嘘である。
省吾と付き合う前は外を歩けば確実に一人は女性に声をかけられ、告白されることもあった。
けれど恋人の前でそのような事を言って不安に思わせたくない。
「でも、リゼもマリーもヘレンもシャーロットもミロに告白してフラれたって……」
「それ、本人から直接聞いたのか……?」
事前情報有りだとは思わなかった。省吾は皆お得意さんだから……と目を伏せた。
省吾は現在サイの病院で事務仕事をしながら自分の研究を進めている。電力という、石から発されるエネルギーを魔力の代わりにするらしいが、正直ミロにはよくわかっていない。サイいわく、「もしかしたらノアを倒せるかも知れない素晴らしい研究」とのことだが。
省吾が頷く。
ミロは頭を抱えた。
「なんでよりにもよってお前に……」
「いや、別に俺から聞いたんじゃなくて、全員勝手に話し始めたっていうか……。イケメンの騎士特集みたいな雑誌が出てて、頻繁にミロの絵も乗っているし」
「なんだそれ……」
少なくともミロは把握していなかった。
詳しく聞くと、ミロの似顔絵と共にプロフィールについても記述されているらしい。悪口は一切書かれておらず、好意的な意見ばかりなのだとか。それを元に乙女達が自分と騎士との恋愛妄想を繰り広げるのだとか。
省吾は困ったように笑う。
「ミロはモテるんだな」
「いや……、そんなことは」
「それより、ご飯行こうぜ! 俺、腹減ったし」
ミロの隣をすり抜け、省吾は飲み屋街へと歩き出す。以前、男性の患者の一人に紹介されたという居酒屋はミロの脳内ハザードマップの中に入っていたが、あえて口には出さない。楽しい時間を過ごしたかったからだ。
けれど。
「あら、ミロじゃない。ちょっと、なんで最近店に顔を出してくれないの? 私ずっと待ってたんだから」
「私もよ! ひどいじゃない、放置なんて……」
右からは金髪美女に腕を取られ絡まれ、左からは首に手を回されている。二人共体のラインが出た服装をしており、一目見ただけで夜の仕事に従事しているのだと窺い知れる。胸を押し付けるように触れるものだから始末に悪い。省吾の目が完全に死んでしまっており、ハイライトが抜けていた。
「店って、夜間警備の時に明かりを薄暗くしろって忠告しに行っただけだろ!? 最近はヒジリ様がちゃんと働いてくれていて魔獣が来ないから行く必要がないだけだ!」
きっちりと誤解を問いておく。
まるで通っているみたいに思われてしまっては敵わない。
女たちはからかい終えたのか、また今度プライベートでも店に来てね、と返し自分たちの席に戻っていった。
はぁ、と特大のため息をついて恋人の方を見る。彼は唇を尖らせてコップしか置かれていない机の木目を凝視していた。
「あー、悪い、省吾。あいつら、酔ってるから……」
「別に……、気にしてないし」
その割には目をあわせようとしない。
省吾は笑顔を作ってミロの手の辺りに視線を向けた。
「蓮、ちゃんと頑張ってるんだな」
現在のヒジリは省吾の幼馴染みの蓮である。ミロは首を縦に振った。
「ああ。ノアが張り切ってくれてる」
「え? ノアが相手してるのか?」
意外だったのか、省吾は目を丸くする。
「普段は蓮はいろんなメイドや女性兵士を口説いているみたいなんだが、お勤めの時だけはノアが部屋に行っているみたいなんだよな。とはいえノアは、自分は何もしていないとか、ちょっとけしかけたらハマっちゃったみたい、とか訳分からんこと言ってるんだけどな」
その辺りは詳しく聞いていない。
ノアの飼っている召喚獣のレパートリーに夜の店で扱われている性獣が増えていると本人から聞いて、詮索しないでいようと思ったのだ。一応蓮の顔は自分と一緒なのである。あまり変な想像はしたくない。
「ふーん……。まぁ、蓮はキレイな女性をよく連れ回していたし、ノアも顔はいいんだし、相性は悪くないのかもしれないな」
「……そうか?」
普段の二人の様子を思い出す。
蓮はノアがいると途端に大人しくなるし、怯えてすらいるようだった。
それからも雑談を続けるが、省吾の目はミロのことを見ようとしなかった。徹底して視線をそらし続けている。
もどかしく思っていたら食事を終え、ミロは省吾の部屋へと行った。
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