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スピンオフ「クリス✕リィト編」
スピンオフ「クリス✕リィト編」第4話
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リィトは好きな人と好きな人の初めての相手が楽しそうに語り合うのをテーブルの下に置いた手で拳を握りながら見つめていた。
貼り付けるのに慣れていない笑顔は一時間たった今でも口の端の方に残っている。
三人で居酒屋に行き、酒を飲みながら談笑していたが、話題はクリスが以前所属していた騎士団の人間が今何をしているかになっており、共通の知人の話題に花を咲かせていた。
「それで、ヨハンが……」
「はははっ、変わっていないですね」
リィトのやせ我慢に気をとめていないようで二人は楽しそうに語り合っていた。テーブルの上には様々な料理が所狭しと並べられ、どの皿も半分ほどなくなっている。省吾もクリスも酒が舌を滑らかにしているのか、先程から会話が途切れることがなかった。
心はぐるぐると嫉妬で渦巻いている。省吾が嫌味のない善人というのも余計に心を波打たせる原因となっていた。
クリスに満足出来なかったくせに。
悶々と二人の関係性を知っているからこそ考えてしまう。
普通、以前セックスしたことのある相手とこんなに笑って酒が飲めるだろうか。思うが、省吾が気にしていないのならば、クリスなら出来るだろうと思った。それほどまでに彼はお人好しなのだ。きっと自分のことを騙した相手の事すら心配するし、騙された上で礼を言われても役に立てて良かったと返しかねない。
「そういえば、ミロ様もお元気ですか?」
クリスは一瞬瞳を曇らせてから尋ねる。
省吾はわかりやすく頬を染めた。
「あ……、うん……。忙しくて中々会えないけど、二週間に一度は会いに来てくれるよ」
その様子にピンとくる。
「省吾、君、そのミロって人と恋人同士なのかい?」
つい尋ねてしまった。ぶわりと省吾は更に首まで赤くする。20歳を過ぎているとは思えないほどに純情な反応だった。
「えっと……、うん、その……」
「そうだよ。省吾様とミロ様は城にいた頃からお付き合いをなされているんだ」
省吾の代わりにクリスが答えた。彼の笑顔はよく見るもので、感情が伺えない。
「……そうなんだ」
もしも自分が省吾なら絶対にクリスを手放さないのに。
そんな事を考えながら恨みがましい目でクリスを見るが、彼は何事もなかったかのようにビールを飲み干していた。
夕食がお開きになり、各々が解散する。
クリスはせっかくだから、と二人を送ってくれるようだった。省吾もリィトも幼い子供ではない。けれど、未だ離れがたいのか、クリスは相手がリィト一人の時には送るなど言ってくれないくせに家までついてきた。
クリスは杖がないとうまく歩けない。リィトとしてはクリスに長い間歩かせることは不安だったが、彼は頑なに一緒に行くと言いはったのだ。
省吾が部屋に入ったのを見届け、リィトはクリスの手を掴み部屋の中に入る。腕を組むと、小声で聞いた。
「クリス、まだ省吾のこと好きなのかい?」
このアパートは壁が薄く声が漏れやすい。
隣に聞こえないように配慮してのことだった。
クリスは意外だったようで目を丸くする。
「え!? 俺が!?」
不思議そうな声音に首を傾げる。クリスは大きな声を出してしまったことを恥じるかのように口を手で押さえた。クリスは何度もリィトの部屋に来ている。壁の薄さはわかっていた。
クリスも小声で返す。
「そんなことはないよ。ただ単に、俺が省吾様のことを放っておけないだけ」
「それって……」
リィトは目を細めた。
好きなんじゃん。喉まででかかった言葉をすんでのところで止めた。
「初めて出会った時の省吾様が、まるで迷子の子供のようだったからかな。ほら、ヒジリ様って過酷な境遇だろ? だからつい心配してしまうっていうか」
クリスは頬をかく。
リィトは納得していないまま頬の裏の肉を噛んだ。
「そっか……。クリスは優しいんだね」
それはリィトにとってクリスを好きなポイントの一つである。
けれど今は辛い。
それに、とクリスが続けた。
「俺が無理に省吾様を誘ってご飯に行っちゃったから、リィトに申し訳ないことしちゃったなぁって。ほら、リィトはあまり仲良くない人と食事するのは好きじゃないだろう? 二人きりになって気まずくないか心配だったんだ」
ぐぅ、とリィトは唇を引き結んだ。
そうなのだ。初対面の人とは頑張って社交的に話そうとするのだが、本当は知らない人と話すのは好きじゃない。できれば放っておいてほしいと思うが、社会人である以上そんなことは言っていられない。がんばって話をして、あとでぐったりと疲れるのだった。
「ごめんね、俺のわがままで。今度なにか美味しいご飯でもおごるよ」
ふわりとクリスが笑う。
ずるい、とリィトは思った。だからクリスのことを嫌いになれないし、諦められない。
「いらない」
リィトはそっぽを向く。クリスの暮らしが良くないことくらいわかっていた。クリスは残念そうな顔をする。
「かわりに、今度ご飯作りに来て。俺、クリスの作ったクリームシチューが食べたい。小麦はラーリィ印のところので、バターはヤギのもの。中にたくさんキノコが入ってないとダメだから」
食材は用意しておこう。リィトは頭の中で買い物の算段をつける。
クリスは眉尻を下げ、けれど嬉しそうに笑ったのだった。
貼り付けるのに慣れていない笑顔は一時間たった今でも口の端の方に残っている。
三人で居酒屋に行き、酒を飲みながら談笑していたが、話題はクリスが以前所属していた騎士団の人間が今何をしているかになっており、共通の知人の話題に花を咲かせていた。
「それで、ヨハンが……」
「はははっ、変わっていないですね」
リィトのやせ我慢に気をとめていないようで二人は楽しそうに語り合っていた。テーブルの上には様々な料理が所狭しと並べられ、どの皿も半分ほどなくなっている。省吾もクリスも酒が舌を滑らかにしているのか、先程から会話が途切れることがなかった。
心はぐるぐると嫉妬で渦巻いている。省吾が嫌味のない善人というのも余計に心を波打たせる原因となっていた。
クリスに満足出来なかったくせに。
悶々と二人の関係性を知っているからこそ考えてしまう。
普通、以前セックスしたことのある相手とこんなに笑って酒が飲めるだろうか。思うが、省吾が気にしていないのならば、クリスなら出来るだろうと思った。それほどまでに彼はお人好しなのだ。きっと自分のことを騙した相手の事すら心配するし、騙された上で礼を言われても役に立てて良かったと返しかねない。
「そういえば、ミロ様もお元気ですか?」
クリスは一瞬瞳を曇らせてから尋ねる。
省吾はわかりやすく頬を染めた。
「あ……、うん……。忙しくて中々会えないけど、二週間に一度は会いに来てくれるよ」
その様子にピンとくる。
「省吾、君、そのミロって人と恋人同士なのかい?」
つい尋ねてしまった。ぶわりと省吾は更に首まで赤くする。20歳を過ぎているとは思えないほどに純情な反応だった。
「えっと……、うん、その……」
「そうだよ。省吾様とミロ様は城にいた頃からお付き合いをなされているんだ」
省吾の代わりにクリスが答えた。彼の笑顔はよく見るもので、感情が伺えない。
「……そうなんだ」
もしも自分が省吾なら絶対にクリスを手放さないのに。
そんな事を考えながら恨みがましい目でクリスを見るが、彼は何事もなかったかのようにビールを飲み干していた。
夕食がお開きになり、各々が解散する。
クリスはせっかくだから、と二人を送ってくれるようだった。省吾もリィトも幼い子供ではない。けれど、未だ離れがたいのか、クリスは相手がリィト一人の時には送るなど言ってくれないくせに家までついてきた。
クリスは杖がないとうまく歩けない。リィトとしてはクリスに長い間歩かせることは不安だったが、彼は頑なに一緒に行くと言いはったのだ。
省吾が部屋に入ったのを見届け、リィトはクリスの手を掴み部屋の中に入る。腕を組むと、小声で聞いた。
「クリス、まだ省吾のこと好きなのかい?」
このアパートは壁が薄く声が漏れやすい。
隣に聞こえないように配慮してのことだった。
クリスは意外だったようで目を丸くする。
「え!? 俺が!?」
不思議そうな声音に首を傾げる。クリスは大きな声を出してしまったことを恥じるかのように口を手で押さえた。クリスは何度もリィトの部屋に来ている。壁の薄さはわかっていた。
クリスも小声で返す。
「そんなことはないよ。ただ単に、俺が省吾様のことを放っておけないだけ」
「それって……」
リィトは目を細めた。
好きなんじゃん。喉まででかかった言葉をすんでのところで止めた。
「初めて出会った時の省吾様が、まるで迷子の子供のようだったからかな。ほら、ヒジリ様って過酷な境遇だろ? だからつい心配してしまうっていうか」
クリスは頬をかく。
リィトは納得していないまま頬の裏の肉を噛んだ。
「そっか……。クリスは優しいんだね」
それはリィトにとってクリスを好きなポイントの一つである。
けれど今は辛い。
それに、とクリスが続けた。
「俺が無理に省吾様を誘ってご飯に行っちゃったから、リィトに申し訳ないことしちゃったなぁって。ほら、リィトはあまり仲良くない人と食事するのは好きじゃないだろう? 二人きりになって気まずくないか心配だったんだ」
ぐぅ、とリィトは唇を引き結んだ。
そうなのだ。初対面の人とは頑張って社交的に話そうとするのだが、本当は知らない人と話すのは好きじゃない。できれば放っておいてほしいと思うが、社会人である以上そんなことは言っていられない。がんばって話をして、あとでぐったりと疲れるのだった。
「ごめんね、俺のわがままで。今度なにか美味しいご飯でもおごるよ」
ふわりとクリスが笑う。
ずるい、とリィトは思った。だからクリスのことを嫌いになれないし、諦められない。
「いらない」
リィトはそっぽを向く。クリスの暮らしが良くないことくらいわかっていた。クリスは残念そうな顔をする。
「かわりに、今度ご飯作りに来て。俺、クリスの作ったクリームシチューが食べたい。小麦はラーリィ印のところので、バターはヤギのもの。中にたくさんキノコが入ってないとダメだから」
食材は用意しておこう。リィトは頭の中で買い物の算段をつける。
クリスは眉尻を下げ、けれど嬉しそうに笑ったのだった。
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