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第26話 「お前も来い、省吾」

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 一応体中を清めて、省吾は以前自分が居室として使っていた部屋へと向かう。今の省吾の部屋はというと、既に兵士宿舎近くの部屋に移動済みだった。こちらの部屋は豪華さはないが、以前住んでいたアパートに似た大きさで省吾は気に入っている。

 廊下には既に兵士が待機していた。仰々しい雰囲気に気圧されそうになる。ミロは、と探すがこの中にはいないようで安心した。代わりに以前鍛錬で一緒になっていた兵士の姿を数名見つけ、気まずくて視線をそらす。
 中に入ると、着替えた蓮がベッドの上で省吾を待っていた。省吾は蓮の方へ向かう。彼は省吾の手を引くと顔を近づけた。

「大丈夫か? お前、脅されてるんじゃないのか?」

 真顔でそんな事を聞いてくる。昔から蓮は兄貴分として省吾を心配してくれていた。
 まさか蓮にフラれて死にたいと思っていたからこちらの世界に来たとは言えない。

「脅されてないし、俺は納得した上でここにいるんだ」
「本当か? あの王って奴に強制されてんじゃないのか?」

 確かに今日、王の一声で省吾は蓮の待つこの部屋へと来る羽目になった。

「まぁ、それは、刻みつけられた体育系の性っていうか……」
「ああ……、お前、あっちの世界でも先輩には逆らえなかったもんな」

 蓮は遠い目をする。

「蓮こそ、一体どうしたんだ? 殴られた跡とか、手を縛られていたよな!?」
「俺は……、組の奴につかまって」
「組!?」

 省吾は目を丸くする。

「一体なんでそんなことになったんだよ!? お前、暴力団と繋がりがあったのか!?」
「……組員の女に手を出したんだよ。で、バレてボコられてたんだ」

 省吾は呆れて半眼になる。それで死んでしまっては馬鹿みたいだ。

「なんでそんな……」

 そんなに好きだったのだろうか。
 蓮は良くも悪くも女に執着をしない男だった。来るもの拒まず、去る者拒まず。それは女だけでなく友人関係もそうだったので、何歳になっても自分を気にかけてくれる蓮に省吾は思いあがっていたのだった。

「仕方ねぇだろ。世界で一番イイ女だったんだよ。……本当に好きだった」
「……蓮」

 蓮の苦しそうな顔に、同情する気持ちが沸き上がる。蓮は頭を振った。

「そんな事より! 本当に戻れないのか? アイツが隠しているだけじゃなくて?」
「アイツって、ノアの事か?」
「そう。不可逆的な召喚って本当にあるのか? やった事と同じ事をすればいいんじゃないのか?」

 そう言われても、省吾は召喚についてはわからない。ノア曰く、高度な術式と膨大な魔力が必要になるらしいが、戻る事については聞かなかった。興味がなかったのだ。あちらの世界に戻りたくなかったから。

「俺は知らない……、悪い」
「じゃあ、お前はずっとここで性奴隷みたいな生活を続けて行くのかよ!? 戻りたいと思わないのか?」
「……思わない」
「沙友里さんが悲しむぞ!?」

 ぐ、と喉の奥が引きつれたような気がした。

「母さん、本当に悲しんでいたのか?」

 なんとなく、信じられなくて尋ねる。

「当たり前だろ!? たった一人の息子なんだから」

 母を思い出そうとすると、彼女の背中ばかりを思い浮かべる。滅多に省吾の家に帰らず、恋人のところへ行く彼女を見送ってばかりいた。
 けれど、そんな彼女も子供のころは優しい時もあった。風邪を引いた省吾につきっきりで看病してくれていた。
 こんな時に母の若かった頃の笑顔を思い出してしまい、省吾は鼻の付け根がつんとした。

「……なぁ、戻ろう? そうだ、あの部屋にいってあの魔法陣の上に乗ったら戻れるかもしれない!」
「そんな……」
「試したわけじゃないんだろ!? 俺らがいなくなってもアイツらはまた新しいほかの誰かを召喚すればいい」
「でも、外には兵士が……」

 省吾は扉に目を向ける。蓮もそちらを見て舌打ちをした。

「逃げ出さないように見張るって事は、逃げる手段があるって事なんじゃねぇの?」

 蓮の言葉に彼のほうを見る。
 考えてもみなかった。

「あっちの扉に人がいるって事なんだよな?」
「あ、ああ……」
「よし、こっちだ」

 言うと蓮はローブを脱ぎ捨て、持ってきていた服を着た。歩きづらいと判断したのだろう。そのまま窓のほうへ向かう。

「おい、蓮!」
「お前も来い、省吾」
「でも」
「帰って沙友里さんに会いたくないのか?」

 省吾は数度口をパクパクと動かした。すぐに答えるには優しい記憶が邪魔をする。
 何より、蓮を放っておけなかった。
 


 
 蓮は外に出るとバルコニーを伝い隣の部屋へと移る。省吾も恐る恐るついていった。こちらに来て鍛錬を欠かしたことはない。体力としては窓の桟を飛び移ることは出来てもローブを着た今の格好でどこまで行けるか不安だった。

「おい、あの部屋は確かこっちのほうだったよな!?」

 蓮はバルコニーがなくなったものだから雨どいを伝って行こうとしていた。
 その時だった。

 クキェエエエ。

 甲高い声とともに近くを何かが通り過ぎる。黒い塊は接触しそこねたのか、上空で旋回し、再びこちらにとびかかってきた。

 グリフォンだ。

 こんなに近くに来ているだなんて、と省吾は驚く。これまで城下町の空を飛ぶことはあっても、城の近くまで寄ってきていることはなかった。それだけ省吾の力が弱まっていたのだろう。
 グリフォンの第二撃が来る。クリスや崩れた街の事を思い出した。蓮がいないとまたあんな事になるかもしれない。そう思うと省吾は蓮をかばうようにグリフォンの前に飛び出ていた。グリフォンのかぎ爪が省吾の体を掴んだ瞬間のことだった。

 何本もの炎の矢がグリフォンの体に向かって降り注ぐ。炎に焼かれたグリフォンはバランスを崩してよろよろと飛んだ。
 
「行け!」

 号令とともに、うわぁあ、と複数の兵士の叫び声がする。グリフォンに捕まれたまま、省吾はそちらのほうを見た。グリフォンを焼く炎で兵士たちが落下してくるのが見える。城の、さらに上の階から飛び降りているようだった。
 
 バサ、と機械で出来た翼のようなものが広がる。翼は白く発光していた。バルコニーからノアが頭上に光を集めている所が見える。彼の魔法の一種なのだろう。

「省吾!」

 声のしたほうを振り向くとミロがいた。足を切り落とし、省吾を救出する。グリフォンのほうはというと、羽を焼かれ、串刺しにされて城の塀の中へと落ちて行っていた。すでに落下予測地点に兵士が数名待機している。そのままミロ達は省吾を抱きかかえたままふわふわとヒジリの部屋のバルコニーへと降り立っていた。

 どうやら無事に助かったようだ。ホッとしたと同時に意識が遠のく。
 グリフォンにやられた背中が妙に熱かった。
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