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8話~ギルド登録は異世界のたしなみ
しおりを挟むコウが召喚された街はホワイトキャスルという名の城で、300年以上前に勇者が召喚された場所と言われ世界でも有名だった。この地方では冒険者の活動が盛んで、それに伴い人も物も地方から流れてくる街だ。
コウはホワイトキャスルの冒険者ギルドに、ギルド登録する為に訪れていた。店の外には、冒険者ギルドの目印である狼の顔を模倣した看板が出ている。まだ地図さえない暗黒時代と言われたその昔に、先人は未開の森を開拓し狼を追い払ってきた。時代の名残りによるマークが狼だという。
初見のコウとクリスティがギルド内に入ると、20ほどの先客がいた、それら全員が腕利きの冒険者ように見えた。
数人の無遠慮な視線がコウとクリスティに向けられる。
「な、なんか落ちつかないですね」とクリスティは、自身が硬直した槍になった気分で言った。
「同感だね。初見お断りの高級なラーメン屋にでも入った気分だ」
コウは辺りを見渡して言った。
クリスティほどの緊張はないが、どうにも査定されるような眼差しを向けられ気分は良くはなかった。
四角いテーブルが6つあり、イスは冒険者と思わしき者達が全て使用している。
コウが耳を傾けてみると、ダンジョンで拾った宝箱や魔物を倒した時の素材、稀少なアイテムなどの話に花が咲いていた。
特にコウの正面にいる男が目についた。
いかに自分が優れているかを、自慢気に語る男の若者を見てコウは思った。
……どこにでもこういう手合いっているな……と。
年はコウと同じくらい若いが、冒険者稼業には手慣れている印象を受ける。
イスに背を預けてる男の若者の後ろを通ろうとすると、陽気な笑い声の反動で手にもっていた木のコップがコウにぶつかった。コップの中身はエールでコウの肩にびしゃりと液体がぶちまかれる。
「あ、すいませんね」
と若い男は上辺だけの軽い弁明。
そして反省の色を微塵も見せずに、向いの魔道士風の女と談笑に戻る。
「それでポーションて言ったのにエールの袋を差し出すんだよアイツ」
「普通それ間違える? 何でパーティー入れてるの?」
完全に相手に舐められているのが分かった。ひくひくとひきつった顔をコウは向けるが、イスを背にした相手は気づく様子もない。
ここでいきなり揉めるのも良くはないだろう。
そう結論づけて、コウは怒りを抑えため息を一つつく。
「やれやれ。水害の相でもあるのかね俺は」
「水がかかったじゃないですか。謝ってください!」
ハンカチでゴシゴシと肩を拭くコウだが、クリスが代わりに怒った。コウは意外そうな顔をクリスに向けた。温厚で他人に向けられたアクシデントに、怒るような人種には見えなかったからだ。
「ああ悪いね。この銀貨で許してくれる」
「いえ。お金とかそういう問題じゃなくてですね……」
「何よ。足りないからイチャモンつけようっていうの? だいたいそっちからぶつかってきたんじゃないの!? 」
男の相方の、女魔道士が食ってかかってきた。
いわゆる逆ギレに周囲の冒険者達の談笑も止み、コウ達は注目の的になった。
「わ……悪いのはそちらの方でしょう。よそ見をするから」
女魔道士の剣幕に押されながらも、引くことをしないクリスティ。
「あんたら初心者でしょ見たことないし。思ったより稼げないからイチャモンつけてお金得ようっていうんでしょ。浅ましいったらありゃしない、まるで乞食冒険者ね!」
「っ……私達はですね!」
「いいよクリス。ありがたく銀貨はもらっておく」
コウは銀貨を受け取ると、もう話は済んだとばかりにその場を離れた。その後をクリスの表情は不満顔だ。
「勇者様。いいんですか? 悪いのはあの人の方じゃないですか!」
「いいんだよクリス。実際俺らは初見だしな、銀貨1枚もうけたと思ってここは黙っておこう」
「勇者様って、もう少し勇敢な方だと思ってました」クリスティは弱々しく言った。
「俺はただの学生だよクリスがどう思うとな。ここで騒ぎを起こして周りに悪い印象を与えるよりはずっといい」
コウを直接召喚したクリスティは、コウに完成された英雄のような偶像を期待していた。対してコウは勇者の自覚はなく、自分を一般人だと思っているので、2人の間に齟齬があるのは当然であった。
「すいませんギルド登録したいのですが」
女性の若いギルド員は狼の紋章を施した帽子を被っており、優しく答えた。
「ありがとうございます。ギルド登録証を作りますのでまず銀貨15枚ほどいただきます」
「…………え? 金いるんですか」寝耳に水というやつだった。
「はい。最初に登録する皆様からいただいております」
「分かりました。銀貨15枚ですね」
「はい。ではこちらの書類に名前と住所を記入してください」
「じゅ……住所ぉ!?」
住所と聞いてコウの声は裏返った。なぜなら、冒険者といえば住所不定で渡り鳥のような生活をしているという思い込みがあったからだ。それに住所は日本と書くワケにもいかずコウは少々考える。
「特定住所がないのなら、だいたい根城にしてるエリア又は宿屋などでもいいですよ」
「ああ、それなら……」
よくよく考えたら提供された教会の住所と部屋も分からず、クリスに記入してもらった。
「あっ勇者様。向こうのテーブルの人が手招きしてます、お知り合いですか?」
コウが振り返ると、見ず知らずの男が一人コウに手招きしていた。
まったく記憶にない人間だったので首を横に振る。
「俺、召喚されて来たばかりなんだが……」
「それもそうでしたね」と苦笑いを浮かべるクリス。
クリスは天然かもしれないと思いながら、手招きされた方へ向かう。
コウが向かう先には、恰幅が良く坊主頭で黒いクローク(袖のないマントのような服)を纏った男が一人で静かにワインを飲んでいた。
「初めまして私はヴァイス=ピーター」
急に名乗られたので、コウは自分も礼儀として名乗るべきかしばし考えていると。
「いきなり鎧も武器も持たない中年に挨拶されたら警戒もするでしょう。特に初めてギルドに入ってきたと者とあらば」
「ギルドに初めて来たって、分かるものなんですか」とコウ。
「ええ。ここで飲んだくれていることも多いのでね」
見た目の割にヴァイスの声は中性的で、冒険者の身体つきには見えずヴァイスの指摘するとおり、コウは警戒をしていた。
「警戒するのは当然。冒険者を目指す者なら必要なことです。己の実力に溺れる者は自らを過信します、あそこのフォボスのようにね」
と言いヴァイスの視線は、コウの肩にエールをかけた者に向けられる。
どうやらフォボスという名らしい。向かいの魔導士の女と料理を楽しみ談笑しているようだ。
「冒険者ランクCの19歳、フォボス=レトリック、剣と風魔法を得意としています。今売り出し中の冒険者ですよフォボスは。ああこれは失礼、こちらのイスに座られては?」
「いえ、けっこうです」コウは申し出を断った。話だけでお腹いっぱいなのに、見知らぬ上に胡散臭い者と、食卓まで共にしようとは思わないのは当然のこと。
「彼には注意なさった方がいい。表向きの態度もギルドでの評判もいいのですが、パーティーを離脱する者が今年だけでもう4人もいます」
「ご忠告感謝しますよ。ところで貴方は冒険者ですか?」
コウとしては聞きたいことはこれだけだったが、よくしゃべるヴァイスのおかげでえらく遠回りをした。
「私はここいら、キャスルホワイトを根城にしてる、しがない油商人です。オリーブ油など扱っています。それから冒険者向けの商品も少々扱っております。是非ともご入りようの際はごひいきに」
なんのことはない内容はただの宣伝。
確かに冒険者ギルドに出入りするのが、冒険者とは限らない。特におしゃべりが好きな商人には話しかけないように注意しよう。コウは学習したのだった。
「それで勇者殿。何かご入りようはございますか?」
「……どうして勇者だと?」
「私、商品の他に少々情報も扱っていましてね。噂というのは人間の足よりも速いものです、街から街へと3日もあれば百里を駆けるものです。勇者殿が王子アーレスと再戦をするということもね」
こう言われれば、コウの警戒心はさらに増すというもの。
「さて。前置きが長くなりましたな、本題に入りましょう、私は今後活躍される勇者殿に是非とも投資させていただきたいのです」
「申し出はありがたいけどさ」
どうにも話が出来過ぎていて、コウの疑心は増すばかり。
「良い武器や防具はお持ちですか? それにギルドの登録金に冒険に必要なランタンや水筒にレインハッカ(ドマカエルの油を練り込んだ撥水のマント)に馬も必要になってくることでしょう。日持ちのする食料に新鮮な水もいるでしょう。王から支援金などは?」
「一応もらったよ。それなりの額をね」
「お金があって困るということはないものですよ。私とて無限の富を持っているのではないので、まずは金貨1枚どうでしょうか?」
「え、いいの? つまりくれるってことだよね」
「はい。これは投資です、勇者殿にごひいきにしていただけるだけで、商会の株も上がろうというもの」
「……気持ちだけもらっておきますよ。それより商品とか見せて欲しいな、外を見て回った後で良かったらね」
「分かりました」
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