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第一章

第十五話 異変の正体

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 道中おやつに、とヴェレッドは屋台で串焼きを数十本買い込む。

「おい、人のこと言えねぇぞ?」
「何を言うのじゃ! 食料は大事じゃぞ!」

 ヴェレッドの迫力に負けたヘリオスは、「そ、そうか」とだけ返した。
 なんやかんやあったが、何とか東門まで着いた一行はそのまま森の中へ入って行く。

「手前の方は被害がないのね。もう少し奥かしら?」
「うむ、もう少し先じゃ」

 ラファームの問いにヴェレッドが端的に答える。
 奥へ進んでいると、ゴブリンが八体現れた。

「ゴブリンか。妾がヤるか?」
「いいえ。アタシ達がやるわ。これでも元Aランク冒険者ですから!」

 そう言うと、手をゴブリンに翳し、詠唱する。

「灼熱の槍よ、貫きなさい! 炎の槍ファイヤーランス!」

 詠唱とともに炎の槍が五本形成されると、それぞれ見事にゴブリンの腹に命中し、風穴を開けた。

「僕も行くよ! ハッ!」

 手甲を装備した拳でサリサがゴブリンへ一撃を入れた。驚いたことに、サリサは格闘家だったようだ。見た目とのギャップに差があり過ぎる。次々とその拳でゴブリンの心臓を狙い仕留めている。
 ラファームが五匹、サリサが三体倒して戦闘は終了。元Aランク冒険者には弱すぎたことだろう。

「皆、怪我はないわね? 怪我したらちゃんと治療してあげるから♡」
「ジェシカの《治癒魔法》の腕は僕達が保証するよ!」
「あ、ありがとうございます……」

 ジェシカも驚くことに、その筋肉は無駄では? と言いたくなる職業、治癒師だった。この三人の職業には驚かされてばかりだ。
 筋骨隆々なオカマのアピールに、二人は引いていた。ヴェレッドとしては、治してくれるなら誰でもいいのではないか? と思うのだが、そうではないらしい。

「俺達はこの人が治してくれるから大丈夫だ」

 だろ? と視線で問いかけてくるヘリオスに「任せておけ」と返事をするヴェレッド。

「あら、ヴェレッドちゃん《治癒魔法》も使えるのね」
「うむ。妾の辞書に『不可能』の文字はないのじゃ!」

 エッヘンっと、薄い胸を張るヴェレッドにその場にいた者達の笑いを誘う。

「それにしても、ヴェレッド様とラファームさんは魔法の詠唱が違うのですね」
「え? そうなの?」

 ヘリオスとセレーネは、互いの魔法とヴェレッドの魔法しか知らない。なので、ラファームの詠唱を聞いた二人は首を傾げている。
 そしてセレーネの問いに、ラファーム、サリサ、ジェシカの三人が首を傾げる。

「妾の魔法が特殊なだけじゃ。基本的にはゴンザレスの魔法が一般的じゃな」
「ちょっと、ヴェレッドちゃん。今さらっとアタシの本名を――」
「さぁ、次に進むのじゃー」

 ラファームの小言を聞きたくないヴェレッドは、ラファームの言葉を遮って、やる気のない口調で先を促した。自分の言葉を遮られたラファームは、くぅっとハンカチを噛む。
 先を歩いていると、今度はオークが三体現れた。

「思いのままに焼き尽くしなさい! 炎の弾ファイヤーバレッド!」
「ハァァッ」

 ラファームの魔法とサリサの拳が炸裂する。
 さらにドスッドスッドスッ、と足音を響かせて走って来たのは、二足歩行の大きな茶色の毛をした熊、ワイルドベア五体。

「さすがに厳しいわね……」
「確かに五体一度に、となるとね」
「何を言うておる。ただのワイルドベアじゃぞ?」

 呆れたように言うヴェレッドに、くわっとラファームが抗議する。

「ヴェレッドちゃんと一緒にしないでちょうだい! ワイルドベアはBランクなのよ!? 一体や二体ならまだしも、同時に五体も相手をするなんて、さすがに難しいわよ!」
「でも、ヴェレッドちゃんならできそうね♡ うふふ♡」

 ジェシカの言葉にやれやれとため息を吐くと、ヴェレッドは妖精魔法を発動した。

「ケラ・ヘツラ――【氷の矢】」

 ワイルドベアの数と同じ五本の氷の矢を出現させると、「行け」と号令をかけ、全ての矢をワイルドベアの目に命中させた。
 中途半端な雄叫びを上げながら地面に転がると、ワイルドベアはピクピクと痙攣したあとそのまま動かなくなった。
 ――と、思ったら続いて三体のグランドベアが、目の前に重たい足音を立てて歩いてやってきた。グランドベアはワイルドベアの上位種だ。黒い毛に覆われた四mの巨体に、それに見合った鋭い牙や爪を持っている。

「こ、今度はグランドベア!?」

 グランドベアはAランクの魔物だ。それも三体。ワイルドベアで悲鳴を上げていたラファーム達には、荷が重いだろう。

「はぁ~。次から次へと忙しないのぅ。ヴァラック・アリィエ――【雷の獅子】」

 雷で象られた、グランドベアに見劣りしない大きさの獅子が三体出現した。もちろんヴェレッドの妖精魔法だ。
 獅子はグランドベアを丸呑みにし、黒い毛を焦がし、身体を痺れさせる。そのタイミングでヴェレッドは剣を片手に三体のグランドベアの急所を切り裂いた。

「ふむ。あっけないのぅ」

 ヴェレッドの魔法のすごさを目の前で見せつけられたラファーム達は、驚きを通り越して唖然としていた。

「ヴェ、ヴェレッドちゃん? 今の魔法は何?」
「冒険者をしていた僕達でも見覚えがないよ」
「本当にヴェレッドちゃんはビックリ箱みたいね♡ ワタシも聞きたいわ」

 三人が三人、妖精魔法について聞いてくるが、答えるつもりがないヴェレッドは目を眇める。

「言うたはずじゃ。妾の魔法は特殊じゃと」

 言外に、これ以上詮索するなと言うと、何か言いたそうにしているラファームを置いて、ヴェレッドはさっさと先に進んだ。

「そ、それにしても……どうしてこんな森の手前にワイルドベアとグランドベアが……」

 森の手前側には低ランクの魔物しか出ない。しかし、今目の前に現れたのはAランクとBランクの魔物だ。ラファームが狼狽するのも無理のない話だ。
 数分歩いていると、ヘリオスが何かを見つけた。

「おい、あれ……」

 あれと言って指差した先にあったのは、コボルトの死骸。昨日のぅルフと同様に毒でやられている。

「昨日はこの辺りに被害はなかったのじゃ。これは早めに手を打たねばならんのぅ」
「そうね……もう少し先に行ってみてもいいかしら?」
「うむ、構わぬぞ」

 さらに奥に入って行くと、木々は爛れ、毒でやられた魔物の死骸が続々と出てきた。さらに、巨大な魔物が地面を這った跡も。

「っ!」

 あまりに悲惨な光景に、セレーネが息を呑む。

「これね、皆が言っていたのは……すぐにでも討伐隊を組んだ方がよさそうね」
「それに魔物との遭遇率が高かったよ」
「これは明らかに異常ねぇ」

 ラファーム達が唸る。

「集めるならば上級の冒険者じゃぞ」
「もちろんよ。Bランク以上を集めるつもり」

 ヴェレッドの言葉に当然だとラファームは返す。

「ふふん。ならばDランクの妾は好きに動いてよいな」
「そ、そうね……」

 ニヤリと人の悪い笑みを浮かべるヴェレッドに、ラファームの方が引き攣る。

「ふふ。ヴェレッドちゃんが何をやらかすか、楽しみだね」
「ラファームも苦労が絶えないわねぇ」

 カラカラと笑うサリサとラファームの苦労に同情するジェシカ。本当にギルドマスターと言うのは大変だ。

「アタシ達はこれから討伐隊を組みにギルドへ戻るけれど、ヴェレッドちゃん達はどうするの?」
「もう少し森の中を見てみるのじゃ。何か手掛かりがあるやもしれぬ。巨大な魔物で、毒を使うことしか分かっておらんからな」

 ヴェレッドの言う通り、巨大な魔物で毒を使うことしか分かっていない今、情報は多いに越したことはない。

「ヴェレッドちゃんのことだから大丈夫だとは思うけど……気をつけてちょうだいね」
「分かっておる。心配は無用じゃ」

 ここでラファーム達とは別れ、先ほど言った通り森の中で他に手掛かりがないかを調べる。

「妾はもう少し奥の方へ行こうと思うておる。こなた達はどうする?」

 ヴェレッドはふっと笑った。答えは分かっていたが、念の為確認する。

「もちろんついて行く」
「私もついて行きます」
「では行くぞ!」

 ヴェレッド達は縦横無尽に森の中を駆け巡る。その間も出会った魔物は全て屠る。
 少し拓けた場所で、先ほど買った串焼きを食べ腹ごなしをした。
 それから奥に行くにつれ魔物のランクも上がっていく。ヘリオスとセレーネにとってもいい修行になる。

「あんた、魔物に目星はついてんのか?」
「いや、手掛かりが少な過ぎてのぅ、候補が多すぎるのじゃ」

 《気配察知》と《魔力察知》を全開にし探ってみる。すると、《魔力察知》の方に何かが引っ掛かった。気配は殺しているということだろう。しかし、魔力は隠せていない。

「何者かがおる。二人とも気をつけよ」

 コクリと頷くのを確認し、慎重に気配の方へ向かう。と、沼地が見えてきた。

「沼地か……まさかのぅ……?」

 他の場所に比べて周りの木々は酷く荒れており、地面も所々毒で抉れている。

「ここに何かあるんですか?」

 沼地をじっと見つめていると、セレーネから問いかけられた。

「むぅ? うむ、おそらくここじゃ」
「ここって……どういうことですか?」

 不安げにセレーネの瞳が揺れる。

「おい、まさかここが巨大な魔物の棲み処ってことか?」
「そういうことじゃ」
「「っ!」」

 ヴェレッドが肯定すると、二人が息を呑む。が、すぐに《影魔法》と《血液操作》で武器を形成し構える。修行のたまものだ。

「――来るぞ!」

 ――キシャアァアァァアァァッッ!!

 沼地から現れたのは、九匹もの蛇が絡み合った、大蛇――ヒュドラだ。首だけで三m、体長は十mもある。

「ヒュドラか……」
「おい、何かやべぇのが出てきたぞッ!」
「お、大きい……ですね」

 ヴェレッドはとっさに《結界》を自分達三人の身体に沿わせて張った。ヒュドラの吐く息から守る為だ。突然現れたヒュドラに目を奪われた二人は、《結界》を張られたことに気がついていない。

「散れ!」

 ヴェレッドの声に我に返ったようだ。突進してきたヒュドラの首を避けるべく、三人は後方へと飛んで避けた。

「ヒュドラは真ん中の首のみ不死じゃ! それ以外の首を刎ねてもすぐに再生する! 血も毒じゃ! なるべく浴びるでないぞ!」
「んな、無茶言うんじゃねぇ!」
「どう攻撃すれば……」

 せっかく説明したのに、文句が飛んできてしまった。本当のことを言っただけだというのに。
 それでもヴェレッドはヒュドラについてほとんど知らないであろう二人に、ヒュドラについて早口で説明する。

「二人ともよく聞け。身体に《結界》を張っておるから、毒はこなたたちには効かぬ。噛みつかれても大丈夫じゃとは思うが……油断するな」

 それにしても、今のヴェレッドでは確実におされてしまう。ヴェレッドは一旦妖精になることにした。

「何を急に……」
「こちらの方が動きやすいのじゃ」

 これでも劣勢なのに変わりはない。――ヴェレッド一人では。
 いい案を思いつき、ヴェレッドは嗤った。

「よいか、二人とも。こやつを妾一人で相手取るのは無理じゃ」
「「っ!」」

 レッド・ドラゴンときは隙をついたから上手くいったが、ヒュドラはすでに臨戦態勢に入っており、自分達を獲物として狙ってきている。

「こなたらの力が必要じゃ。力を貸してくれるか?」

 二人の瞳が真剣さを増し、同時に返事をした。

「「当然です!」」

 仲間がいるとは、これほど頼もしいものなのか。自然と口元が緩む。

「グフィ・ヘルズィゴッド――【身体強化】」

 《身体強化》をヘリオスとセレーネにかけ、立て続けに二人の剣に“切れ味上昇”を《付与》した。
 他の者の魔法の上に自分の魔法を重ねがけする。他者の魔法への干渉は超高等技術だ。下手をすれば拒絶反応を起こし、両者の魔法が無効となることもある。それを事もなげに行うとは、さすが“大魔女”と呼ばれたヴェレッドである。

「何だ、これ。力が湧き出てくる」
「本当に。自分の身体じゃないみたいです」

 さすがの二人も自分達の身体の変化に気づいたようだ。

「こなた達に《身体強化》をかけた。それと、剣には“切れ味上昇”を《付与》しておる。ヒュドラの首くらいなら斬れるはずじゃ。あやつらは首一匹ずつならAランクじゃからな」
「Aランク、ですか……」
「本当に斬れるのか?」

 疑う二人にもう一度大丈夫だと念を押し、作戦を伝える。

「よいか。こなた達が斬った首の切り口を、妾が空中から炎で焼いて塞ぐ。これの繰り返しじゃ。ただし、最初に刎ねるのは真ん中の不死の首じゃ。そやつを倒さぬ限り他の首も再生する。妾が相手するからこなた達には、他の首の相手をしてほしいのじゃ」

 しっかり頷いた二人を見て、ヴェレッドも頷く。妖精の羽と《身体強化》、《風魔法》で加速し、ヒュドラの懐に真っ直ぐ突っ込む。
 二人は言われた通り、ヴェレッドに絡んでくる首を近づけないよう捌く。
 ヘリオスは影で作った剣の切っ先を当ててヒュドラの首を弾き、セレーネは血で固めた剣で無数の突きを放ち、牽制する。強敵であるヒュドラに対して加減をするといのは、かなり難しいだろう。二人は眉間に深く皺を刻み、表情を歪めていた。

「ちぃっ! 鬱陶しいのぅ!」
「まったくだッ」
「ヴェレッド様、お早く……っ!」

 Cランクの魔物をやっと倒せるようになったばかりの二人には、Aランク相当のヒュドラの首八匹を相手にするには負担が大き過ぎるようだ。
 「分かっておる!」と言うと、ようやく他の首を掻い潜り、辿り着いた不死の首を目掛けて、根元から横一閃に薙ぐ。首がストンと落ちるのを見ると、すぐさま業火で切り口を焼く。さらに、それだけではまだ再生する可能性がある為、魔法で作り出した大きな岩を不死の首の切り口にズドォンッと深くまで落とし込み、再生できないようにした。

「やったな!」
「ヴェレッド様、さすがです!」

 作戦通りにいったことを喜ぶ二人を、ヴェレッドは叱責する。

「まだ八匹残っておる。油断するでない!」

 不死の首を失った他の八匹のヒュドラが狼狽え、首が彷徨っている。その隙を見逃すはずもなく、ヴェレッドは剣を振るう。すると、再びストンと首が落ち、切り口を業火で焼き尽くす。切り口を焼くのは止血の為でもある。何せ、その血も猛毒だからだ。
 作戦通りにヴェレッドが不死の首を落とし、ヘリオスとセレーネの戦い方に勢いがついた。
 猛毒の牙を剥き出しにして迫るヒュドラの攻撃をギリギリで躱していたヘリオスが、背面の木まで追いつめられる。

「っち」

 止めを刺そうとさらに大きく口を開いて噛みつこうとしたヒュドラだったが、ヘリオスは身を翻した。思わず木に噛みついてしまったヒュドラの首へ、ヘリオスが大きく剣を振り下ろした。

「おらっ」

 セレーネも負けていない。ヘリオス同様、身のこなしはヴェレッドとホーンラビットを狩ったときとは見違えていた。身体捌きは軽やかで、攻撃の手数も多い。苛立って突進してきたヒュドラの首を跳躍して躱し、セレーネはその頭を踏みつけ、赤い剣で脳天から貫いた。

「っ!」

 さらに、怯んだヒュドラの首を両手で握りしめた剣で切断した。

「マジか!」
「本当にすごい切れ味です……」

 その切れ味に驚き、自身の剣をまじまじと見つめる。改めてヴェレッドの《付与》のすごさを実感したようだ。
 感動に浸っている二人に、ヒュドラが毒のブレスを吐いた。

「きゃぁっ」
「うおッ!」

 不意を突かれたいきなりの攻撃に二人が動揺し、動きが止まる。しかし、毒のブレスはヴェレッドの《結界》によって無効化された。

「何をボヤッとしておる! そのくらいの毒、妾の《結界》の前では無力も同然! 狼狽えるでない!」
「は、はい!」
「分かってるよッ!」

 ヘリオスが右側を、セレーネが左側の首に向かって駆け出す。しかし、次々首を落とされたヒュドラは混乱し、不規則な動きをする為、中々懐に飛び込めない。下手に飛び込めば、猛毒の牙が迫ってくる。
 残りはあと五匹。さて、どうするか。

「妾が道を作る! 二人はそれぞれ首を狙え! パルルハ・クダン・ガズーラ! ――【花びらの舞い】」

 妖精魔法《花びらの舞い》で、ヒュドラの視界を奪う。
 ヴェレッドは剣と妖精魔法を駆使し、三匹を相手にすると、二人それぞれの狙いやすい首までの道を作る。ヒュドラの攻撃をいなし、躱し、近くに立つ木も利用して踊るように捌く。

「これなら……」
「いけます!」

 二人はその手に持つ剣を大きく振りかぶって跳躍し、ヒュドラの首を一匹ずつ叩き斬った。

「あと三匹じゃな……」

 一人一匹ずつ屠れれば討伐完了だ。けれど、そう上手くいくかどうか……。
 ヴェレッドはまだ大丈夫だが、ヘリオスとセレーネはそろそろ限界だろう。現に息が上がり、肩で息をしている。かと言って、二人を守りながらあと三匹を相手するのも難しい。守りながら戦うというのは、ヴェレッドにはあまり経験がなく、確実に守れる保証はない。こうなればイチかバチかだ。

「二人ともよく聞け。首はあと三匹。しかし、こなた達の体力も限界が近いじゃろう」

 そこで、とヴェレッドは人差し指を立てた。

「一撃……今の首が減ったヒュドラであれば、一撃で屠れる策がある。この策に乗るか?」

 ヘリオスとセレーネは互いに顔を見合わせ、コクリと頷いた。

「まだヤれる……って言いたいところだが……正直、そろそろ限界なのは確かだ」
「その案を聞かせて下さい」

 セレーネは素直に頷くが、ヘリオスは悔しそうに言葉を吐き出す。

「うむ。それはじゃな――心臓を狙うのじゃ」

 そう。わざわざあと三匹首を落とさずとも、心臓を狙えば一撃で終わる。もちろん、それには二人の協力が必要だが。

「妾が心臓を狙う。首を落とさずともよい。そこに行くまでの道を、こなたら二人で作れるか?」

 しばし二人は黙ったあと、キッとヴェレッドを見据え答えた。

「ああ、ここまできたんだ。ヤってやる」
「分かりました。お任せ下さい」

 ヘリオスとセレーネはキリッと表情を切り替え、剣を構え直す。

「――《影分身》!」

 分身したヘリオスは、あらゆる角度からヒュドラの首を狙う。しかし、首を次々落とされたヒュドラが怒り狂い、がむしゃらに蠢き、分身したヘリオスを消し去ってしまった。

「クソッ! 動くんじゃねぇ! ――《影縛り》!」

 影でヒュドラの首を絞め、動きを止めようとするが、それも振り解かれた。そして、その勢いでヘリオスは近くにあった木まで吹き飛ばされてしまう。

「かはッ」
「ヘリオス! ……っ、私だって!」

 ヒュドラと相対し、セレーネ特有の魔法を発動する。

「――《花吹雪》!」

 自分の血を刃状にし、ヒュドラに飛ばすが威力が足りず、弾かれる。

「そんな……」

 二人はやっとCランクを倒せるようになったばかり。Aランク相当のヒュドラの首を相手にするには、まだまだ経験も力も足りていない。

「ぅあっ」

 ヘリオスに続き、セレーネまで弾き飛ばされた。

「ヘリオス! セレーネ!」

 二人が吹き飛ばされたのを見て、ヴェレッドの中で何かが音を立てて切れた。
 ヘリオスとセレーネは痛みに顔を顰め、額でも切ったのか、頭から血を流している。
 赤――赤い、血。それがヴェレッドの記憶の蓋を開けた。

「……よく、も……」


――『来世ではあなたが憧れていた冒険者になって――……』


 前世で、最も信頼していた侍女の願いにより、ヴェレッドは転生し、冒険者となった。

「妾の……」


 ――『仲間を作って下さい。信頼できる、大切な仲間を』


 ヘリオスとセレーネ。二人の仲間ができた。
 異質な色をした妖精の姿を見ても、気味悪がることはなく。
 強すぎるヴェレッドの力を前にして臆することもなく、「強くなりたい」と言ってくれた。
 ヴェレッドは拳を握りしめる。
 自分の中に生じた感情は――『怒り』だ。

「よくも……妾の弟妹を傷つけたな――――ッ!」

 ぶわっと鋭く冷たい空気が広がる。ざわざわと揺れる木々は、まるでヴェレッドの中の怒りを表すように大きく揺れていた。

「てい、まい……?」

 痛みに顔を顰めつつ、ふらふらとした動作でヘリオスがヴェレッドへ視線を向ける。

「ヴェレッド様……私を妹と……私達を弟妹だと思って下さっているのですか……?」

 ゆらりと身体を起こしたセレーネの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 微かに届いた二人の声に《妖精の瞳》を使い、二人の命に別状がないのを確認したヴェレッドは、ひとまずほっと息を吐く。しかし、それでヴェレッドの怒りが鎮まったわけではない。
 ヴェレッドの怒りに呼応し、内包されていた魔力が吹き荒れる。そこかしこから薔薇の蔓が伸びていき、ヒュドラの動きを封じる。もがき、何とか薔薇の蔓から逃れようとヒュドラは暴れるが、それを許すヴェレッドではない。
 心臓を狙って一撃で終わらせようと思っていたが、それではヴェレッドの気が治まらない。首を三匹とも落としてやるつもりでいる。

「簡単に終わらせてなどやるものか……まずは――」

 ヒュドラに這わせている薔薇の蔓に魔力を流し、魔法を施す。

「ケセム・カルイェ――【魔力吸収】」

 ヴェレッドが薔薇の蔓に施したのは、相手の魔力を根こそぎ奪うという恐ろしい魔法だ。魔力が切れると意識がなくなり、最悪の場合は死に至る。
 薔薇の蔓はヒュドラの魔力をぐんぐん吸っていき、至るところに蕾がつき始めた。
 その頃にはヒュドラの動きも鈍くなっていき、逃れようとする力も失われつつある。
 徐々に徐々にその蕾は膨らんでいき、見事な黒い薔薇を咲かせた。辺りには薔薇の香りが充満している。そして最後に、ヒュドラは動かなくなりこと切れた。

「この匂い……薔薇か?」
「素敵な香り……」

 そうじゃろう、そうじゃろうと、ヴェレッドは腕を組みうむうむと頷く。しかし、それでも気が鎮まらないヴェレッドは、残ったヒュドラの首を、腹立ちまぎれに「ふんじゃ!」と言いながら三匹とも刎ねた。

「ふんじゃって、おいおい……」

 ヘリオスが呆れたように呟いた。

「ヴェレッド様、切り口を焼きませんと……」
「おお、そうじゃったな」

 セレーネに言われ思い出したヴェレッドは、たった今刎ねた首の切り口を業火で焼いていく。

「して、二人とも怪我はないか?」

 《結界》を張っていたおかげで外傷はないだろうが、万が一ということもあり、ヴェレッドは尋ねた。

「ああ。まだ少しフラフラするが、怪我はしていない」
「私も大丈夫です」

 ヒュドラの攻撃をもろに食らったのだ。フラフラする程度で収まっていること自体奇跡だと言っていい。

「それより、俺達のことを弟妹って呼んでたが?」
「むぅ? うむ。昔の話じゃ。弟妹が生まれる瞬間に立ち会ったことがあってのぅ。こなた達の修行をつけ終わったときに、そのことを思い出したのじゃ」

 ずいぶん昔、それこそ千年以上前の話。話をしながら遠くを見つめるヴェレッドの瞳は、どこか寂しげだ。弟妹は前世でもいたが、ほとんど会うことは叶わなかった。
 ずっと牢に繋がれていたはずのヴェレッドが、そんな瞬間に立ち会ったことがあるという辻褄の合わない部分に、二人からは突っ込まれなかった。あえて触れていないのだろう。

「あ、あの……では、ヴェレッド様のことを……その、お姉様と、お呼びしてもよろしいのですか?」

 おずおずと、ヴェレッドの顔を窺いながらセレーネが尋ねてきた。
 クスッと笑い、ヴェレッドは答える。

「では、こなた達は今日から妾の“弟妹”じゃな」
「おい、俺も巻き込むのかよ!」

 一人抗議するヘリオスに、ヴェレッドとセレーネは詰め寄った。

「何じゃ? 不満か?」
「不満なの?」

 二人から見上げられ、ヘリオスはついに音ねを上げた。

「…………ぁあぁぁああ、もう! 分かった、分かったよ! だが、俺はお姉様とは呼ばねぇぞ! 姉貴ッ!」

 これで満足か、と“姉貴”の部分を強調してヘリオスは叫んだ。

「くふふっ」

 ヤケクソ気味のヘリオスに、ヴェレッドはおかしくて笑ってしまった。
 前世では手に入れられなかったものを、同時に二つも手に入れることができた。

 ――“仲間”と“弟妹”。

 これからの冒険者生活は、楽しいものになりそうだ。
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

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