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第一章

第九話 冒険者だって女の子なんですから

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 奴隷商を後にしたヴェレッド達はこれからの行動について話すことにした。
 ヴェレッドとしては、まずは昼食を済ませること。それから服の調達と、ヘリオスとセレーネの冒険者登録をしたかった。
 しかし、二人にもどこか寄りたい所があるかもしれない為、一応意見を聞くことにする。

「こなた達、行きたい所はあるかの?」
「いや、特にない」
「え、えっと……」

 ヘリオスはバッサリとヴェレッドの言葉を切り捨てるが、セレーネは戸惑うだけ。一般的に、奴隷に意見を求めること自体が珍しいのだ。セレーネが戸惑うのも無理はない。

「妾としてはもう昼も過ぎておるし、どこかで昼食を済ませようと思うのじゃ。それからの行動はそこで決めるとするかのぅ」
「分かった」
「分かりました」

 返されるのは必要最低限の言葉。まだ出逢ったばかり。どう接したらいいのか分からないのかもしれない。もしくは距離感を掴みかねている、とかだろう。

「店はどこでもよいか?」
「ああ」
「は、はい。もちろんです」

 近くに丁度喫茶店があったので、そこで遅めの昼食を摂ることにした。
 セレーネが扉を開けると、すぐにウエイトレスが来て「何名様ですか?」と聞かれる。それに「三人だ」と告げると、すぐに席へ案内された。奴隷紋がある二人を見て一瞬だけ戸惑ったような表情を見せたが、すぐに営業スマイルに戻った。
 案内された席にヴェレッドは腰を下ろすが、二人は一向に座ろうとしない。

「なぜ座らんのじゃ?」
「そ、それは……私達は奴隷、ですから」

 これにはヴェレッドも溜息を吐いた。面倒な刷り込みだ。この点については根気よく慣れてもらうしかない。ヴェレッドは仲間を作る為に奴隷を買ったのだから。仲間といえば、対等な関係のはずだ。

「妾がよいと言うておる。ひとまずは座ってくれぬか?」

 そう言うと、二人は驚いた顔をしている。まぁ、最初はこんなものなのかもしれないと思うことにした。

「あんた、変わってるな」
「そんなことはないと思うのじゃが……妾は、主人と奴隷としてこなた達と接するつもりはない。ほれ、注文を決めぬか」

 困惑した顔をする二人にメニュー表を押しつけ注文させた。

「主人と奴隷として接するつもりはないって……だったら俺達はどうすればいいんだ?」
「ふむ、そうじゃのぅ」

 どうすればいいかと聞かれれば、身の回りの世話をしてくれと答える。けれど、ヘリオスが聞いているのはそういうことではないのだろう。

「今すぐとに、とはいかぬじゃろうが――妾の仲間になってはくれまいか?」

 そう、素直に打ち明けることにした。自分が求めているのは仲間であると。

「仲間……ですか?」
「うむ、妾はずっと一人じゃったからのぅ。それとな、大事な相手との約束なのじゃ。“仲間を作る”、とな」
「約束……」

 ポツリと、セレーネがヴェレッドの言葉を反芻した。

「まぁ、この話は追々していこうかの。食事を済ませたら服を買いに行くぞ」

 突然の話題の転換に、二人はキョトンとしたが、それ以上は突っ込んでこなかった。

「服、ですか?」
「うむ。二人ともそれしか持っておらんじゃろう?」

 そう言うとヘリオスは平然としているが、セレーネが恥ずかし気に縮こまる。

「そう恥じることはない。妾も持っておるのはこの服だけじゃ」
「? 何でだ? 白金貨も持っていただろ」

 ポンと白金貨を出せるものが服を一着しか持っていない、などと言ったら疑問に思うのも当然だ。

「ヘリオス、もう少し言葉遣いを……」
「この人はそれくらい気にしない、と俺は判断した」

 そうだろう? と言うようにヘリオスは視線をヴェレッドに送る。

「うむ。話しやすいように話せばよい。妾はそれくらい気にせんよ」
「そう、ですか……」

 ヴェレッドは自分への言葉遣いや呼び方にこだわりを持っていない。それは前世からそうだった。
 そもそもヴェレッドは滅多なことでは怒らない。まぁ、昨日は短気を起こしてしまったが。今朝の夢もそうだが、前世では裏切りや暗殺は日常茶飯事。「あぁ、またか」で済まされる程度には多かったのだ。そのことにいちいち腹を立てていては、こちらの身が保たない。

「妾は里を追われた身じゃ。服など持っておるはずがないじゃろう? この街に着いたのも昨日じゃしな」
「里を追われた、って……あんた何をしたんだ?」
「へ、ヘリオス! もう少し言葉を選んでっ……」
「色々あってのぅ。説明は追々しようと思うておる」

 ヴェレッドの生い立ちはややこしい。説明には時間がかかるだろうことは目に見えている。

「それと、最初に言うておったように、妾は冒険者じゃ」
「つまり、俺達も登録するってことか」
「話が早いのぅ」

 中々ヘリオスは頭の回転が速いようだ。頬杖を付き、嬉しそうにヴェレッドは笑む。

「で、未だに信じられないんだが……あんた、本当に冒険者なのか?」
「ちょ、ちょっと、ヘリオスっ。いくら何でもそれは失礼よっ」
「構わぬ。ほれ、冒険者カードじゃ」

 ヴェレッドはアイテムバッグから冒険者カードを取り出し二人に見せる。

「ふ~ん。本当だったんだな」

 ヘリオスはそれだけ? と言いたくなるような返事をするだけだった。
 全員が食べ終わったのを確認し、支払いを済ませる。その際にセレーネが申し訳なさそうにしていた。

「これくらいで気にするでない。これから服も買うのじゃぞ?」
「は、はい……」

 店員におすすめの服屋がないかを尋ねると、店名と地図を丁寧に書いてくれた。
 ヴェレッドもそうだが、ヘリオスとセレーネもこの地の土地勘はない。奴隷商に連れて来られただけなのだそうだ。その為、行きたい店があれば誰かに聞くしかないらしい。

「ここじゃな」

 地図の通りに歩いて辿り着いた店は年頃の子が好みそうな、男女の服を置いている店だった。ヴェレッドのサイズの服も置いてあるとのことだ。

「いらっしゃいませ。本日はどのような服をお探しでしょうか」

 店に入ると二十代半ばの女性が笑顔で出迎えてくれた。

「ふむ。服を少々な。妾達は冒険者をしておる。故に動きやすい服を頼む。そうじゃな……三着程あればよかろう」

 ヴェレッドの話し方に一瞬笑顔が崩れかけるが、すぐに笑顔で頷いてくれる。

「かしこまりました」
「服は着て帰る。この二人の服は、二人の意見を聞きながら見繕ってくれるかの?」
「はい、承知致しました」

 ヘリオスとセレーネはそれぞれ男女で売り場が違う為別々の店員に連れて行かれる。ヴェレッドもセレーネと同じで女性なのだが、服のサイズが違い過ぎるのでこれまた別の店員に連れて行かれた。
 二人がどうなっているのかは分からないが、ヴェレッドは今着せ替え人形と化していた。

「これもいいですね。あら、こちらも」

 “冒険者の為動きやすい服”を頼んだはずなのだが、店員が選ぶのはなぜか、ふりふりのレースがあしらわれたものや、スカートが幾重にも重ねられたふわふわのものばかり。
 色はヴェレッドの髪に合わせてか、赤や紫など。というより可愛らしい色はヴェレッドが却下し赤や紫がよいと言ったのだ。つまりはヴェレッドの好きな色。
 選ばれる服がそういった物ばかりなのは、諦めている。ヴェレッドは基本的に武器が扱えないわけではないが、魔法専門。その為、動きやすい服に拘る必要もないか、と思い始めた。
 最終的に決まったのは絞りに絞って五着。当初の予定よりも増えてしまった。
 来て帰ることにした服は赤を基調としたワンピース。ウエストはリボンを後ろで結び、キュッと締まる仕様。スカートは赤と黒が交互に重ねられ、フワッとした仕上がりになっている。靴は何にでも合わせられそうな茶色のブーツを自力で選んだ。
 これで冒険者とは笑わせてくれる、というか、他の冒険者に怒られそうだ。

「妾は冒険者なのじゃが……」
「いえいえ。冒険者だって女の子なんですから、このくらいオシャレをしませんとっ!」

 店員の迫力に押され、もうどうにでもしてくれ状態になってしまった。「さあ、さあ」と迫ってくる気迫に気圧され、店員にゴリ押しされた服で決まってしまった。
 ヘリオスは白いTシャツに真紅のスラックス、それに上から黒い長めの袖なしの上着を着ていた。
 セレーネは白いTシャツに薄紅色の短パン、上からはこれまた袖なしの上着を着用。二人ともシンプルにまとめられ、動きやすそうで羨ましい。
 しかし、さすが双子と言うべきか、選んだ服がとても似ていた。
 他の二着は袋に詰められ店員が持っている。
「ふむ、二人ともよいではないか。セレーネは髪を結ったのじゃな」
「あ、ありがとうございます……」

 褒められたのが嬉しいのか、セレーネは頬に手を当て照れている。ヴェレッドも言ったように、セレーネは動きやすいようにか、長い黒髪を緩くお下げにしている。服と一緒に髪ゴムも選んだらしい。
 一方のヘリオスの反応は――

「あんた、冒険者じゃなかったのか……?」

 コレだ。眉を寄せ怪訝な顔をしている。だが、ヴェレッドがヘリオスの立場なら同じ顔をしただろう。

「妾の力不足じゃ……」

 視線をヘリオス達から逸らし、ポツリと呟く。

「そ、そうか」

 ホクホク顔の店員と、げっそりと疲れた顔をし、肩を落としたヴェレッドを見比べて察してくれたようだ。
 選んだ服は全て買い上げ、いい笑顔をした店員達に見送られる。買った服はもちろんアイテムバッグいきだ。

「はぁぁ……やっと、解放されたのじゃ。次はギルドじゃな」

 背中を曲げ、深く息を吐き出す。

「ああ、登録するって言ってたな」
「うむ。二人は魔法と武器、どちらが得意じゃ?」
「俺は影魔法が得意だ。武器は影魔法で作った剣を使ってる」
「私も剣を。得意な魔法は、その……血を操る魔法、です……」

 セレーネは自分の魔法を気にしているのか尻すぼみに話し、俯いてしまった。他の者達から誹謗や中傷を受けたことがあるのだろう。だからこそ、俯いた。しかし、ヴェレッドは誇るべき力だと思う。

「セレーネよ、なぜ俯く。その力はこなたやヘリオスを守る力になるだろう。誇りこそすれ、下を向く必要はない」
「……っ、はい!」

 涙を浮かべながら、セレーネはどこか吹っ切ったように頷いた。
 二人の過去は軽くサリサから聞いている。
 どちらの親とも似つかない髪と瞳の色を気味悪がられ、奴隷商に売られたのだとか。
 だが、もう少し詳細な情報が欲しい。これから仲間として共に過ごすのだ。もっと二人について知っていてもいいだろう。そう思ったヴェレッドはデリカシーの欠片もなく、率直に二人に尋ねた。

「こなた達は、どういう経緯であそこに来たのじゃ?」

 あそこ、というのが奴隷商だということはすぐに理解できたようだった。二人の肩がピクリと反応する。

「それは……」

 言いにくそうにするセレーネに代わって、ヘリオスが口を開いた。

「簡単な話だ。髪と瞳の色がどっちとも違うから売られたんだよ」
「それは知っておる。もう少し具体的に聞かせてくれぬか?」

 ヴェレッドがそう聞くと、一つため息を吐き、ヘリオスが説明してくれた。

「生まれてすぐに売られなかったのは、父親が体裁を気にしたからだ。基本的に使用人として扱われてたけど、給料なんてもらえなかった。で、その父親が死んだ途端すぐに母親に売られた。元々髪とか瞳の色が違うのは母親が浮気をしたからじゃないかって、責められてたからな。その腹いせに母親からは毎日のようにボコられてたよ」

 涙を浮かべているセレーネの頭を、ヘリオスが優しい顔をしてくしゃっと撫でる。

「……そうか。すまぬな、嫌な話をさせた」
「気にするな」

 聞き方はストレートだったが、話の内容を聞き、悪いことを聞いたと感じたヴェレッドは素直に謝った。
 そうこうしている内に冒険者ギルドに到着した。
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