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第一章
第六話 オネエの友達はオカマ?
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地図を頼りに道を歩いていく。宿の名前は“ジェシカのお宿♡”らしい。
街灯があるので視界は充分に明るいが、ヴェレッドは《妖精の瞳》のおかげで夜目が利くのであまり関係ない。
ラファームに紹介された宿は遠目からでもすぐに分かった。夜の闇の中でも眩く光る看板に、“ジェシカのお宿♡”と大きく店名が掲げられていたからだ。
ヴェレッドは思った。ラファームの同類だろうか、と。
「まぁ、よいか」
泊まれれば何でもいいと、ヴェレッドは宿の扉を開け、中へと入っていくのだった。
扉を開くと、“カランカラン”とベルの音が鳴る。最初に目に入ったのはスキンヘッドの、二メートルを超える、筋骨隆々のマッチョな――
「は~い、いらっしゃぁ~い♡」
“オカマ”だった。
ラファームとこのぅカマの違うところは見た目。ラファームはパッと見は女性だった為、“オネエ”と表現した。しかし、目の前の人物は明らかに“男”の“オカマ”だ。
ぴっちりとしたTシャツとジーンズの出で立ちで、筋肉がとても際立っている。
「あらあら~、可愛らしいお客様ねぇ♡ ようこそ、『ジェシカのお宿♡』へ! ワタシがオーナーのジェシカよ♡ うふっ♡」
「妾はヴェレッドじゃ」
宿のオーナー、ジェシカは自己紹介すると同時に、つけまつ毛をバッチリ付けた目でパチンとウィンクをする。気のせいか、ハートが飛んできたような気がした。つるりとしたスキンヘッドがきらりと光る。
「ヨロシクネ♡ うふふ、アナタがラファームの言っていたヴェレッドちゃんね。朝食と夕食の食事付きで十日、って聞いているけれど、それでよかったかしらん?」
この街にどのくらい滞在するか決めていないので、とりあえず十日で頼んでいた。しっかり伝わっていたようだ。
一泊で小銀貨七枚。朝食は六時から九時までの間、夕食は十八時から二十一時の間。お風呂付の部屋を用意していると言われた。その分料金が少し上がると言われたが、全く問題ない。
料金は前払いとのことなので、ヴェレッドはアイテムバッグから十日分のお金を出した。
「食事はすぐにもらえるのかのぅ?」
「大丈夫よ! 食堂は右の扉の先にあるわ。部屋は二階の二十二号室よ♡ コレがカギね」
手渡されたのは、『22』と数字が書いてあるハートのキーホルダー付きの鍵だった。
「うむ。では十日間、世話になるのじゃ」
ヴェレッドは言われた先にある食堂で食事を済ませ、二階に上がり、『22』と書かれた扉を開け部屋に入る。防犯の為、すぐに《結界》を張った。前世で散々奇襲を仕掛けられたからだ。
部屋の中はオーナーの見た目に反して、ベッドと小さな机、椅子が置いてあるだけのシンプルな作りだった。一人部屋の為それほど広さはないが、ヴェレッドには《空間収納》もアイテムバッグもあるので、風呂があってふかふかのベッドがあれば充分だ。あと美味しい食事。
「ふぅ~、やっと一息吐けるのぅ」
ベッドへ腰かけると注文した通りふかふかだった。
ヴェレッドは妖精の姿に戻り、大きく伸びをする。人から妖精の姿に戻ったおかげで、身体が軽くなった。
「やはりこちらの姿の方がよいのぅ。妾も完璧に妖精として馴染んだというわけか」
今日は冒険者登録や魔物の買取でゴタゴタして、気づいていなかったが疲れているようだった。風呂に入って疲れを取りたいところだが、ヴェレッドは一人で風呂に入られない。とは言っても、髪を洗ったり身体を擦ったりすることはできないが、湯船に浸かるくらいならできる。
風呂の沸かし方が分からなかった為、ジェシカを呼んで沸かしてもらい、湯船に浸かった。
特に洋服を脱ぐのは大変だった。ボタンは上手く外れてくれないし、変に引っ張ったせいで、服のどこかからビリッと破れる音までする。またこれを着なければならないのかと思うと億劫だ。
「むぅ……早めに何とかせねばのぅ」
今日は疲れたので、寝るのは裸でもいいか。服を着ることに関しては明日考えよう。
風呂から上がったヴェレッドは、濡れた髪を魔法で乾かそうとし、来る途中で丸焦げになった肉を思い出した。頭が丸焦げになっては困る。
まぁ、濡れた髪のまま寝たからといって、死ぬわけではないか。
ヴェレッドは髪を乾かすのは諦め、布団に入って休むことにした。
* * * * *
およそ千を超える魔物の氾濫。今代の国王から命じられたのは、それらの魔物の殲滅だ。
駆けつけた時には幾人もの兵士達が傷だらけで横たわっていた。
「あ……だ、“大魔女”様」
平伏しようとする兵士に「そのままでよい」と告げる。
「負傷者が多いようじゃな」
「申し訳ありません。何分にも大型の魔物が多く……」
兵士の言葉に「そうか」とだけ返すと、彼女は声を大にして叫ぶ。
「兵を下がらせよ!」
「え? あ、は、はい! おい、全員退避だ!!」
兵士の叫びに最初は皆混乱するが、“大魔女”が来ているのを知ると、素直に退避していった。
「――あとは妾が相手する」
そう言って“大魔女”は戦場の渦中へと入っていった。
“大魔女”が剣を横に一閃するだけで、魔法を一つ放つだけで、魔物は沈黙していった。
彼女が戦場を闊歩する。それだけで、魔物が次から次に死へと導かれていく。
彼女が通った後には魔物の死骸が積み上げられていった。剣からは血が滴り落ち、服は魔物の血で真っ赤に染まっている。
魔物の氾濫を沈めるのにかかった時間は、およそ一時間。たったそれだけの時間で、彼女は千を超える魔物を屠ったのだった。
戦場を離れ、兵士達の元へ戻った先に待っていたのは――兵士達の怯えと畏怖。
圧倒的な力は、時に人に恐怖を抱かせる。
治療をしようと、怪我をした兵士に手を伸ばすと……
「ヒィッ! ……あ、も、もうしわけ……ありません……!」
怯えて身体を竦ませる兵士に、彼女は悲しげに瞳を揺らした。しかし、それも一瞬のこと。
――大丈夫、いつものことじゃ。そう、いつもの……。
彼女は静かに兵士から離れる。そして、怪我をしている兵士達を包み込むように、広範囲の《治癒魔法》を放つと、無言でその場を後にした。
* * * * *
――昔の夢を見た。
戦場での記憶はヴェレッドにとって、あまりいいものではない。ヴェレッドの圧倒的な力は見る者に恐怖を与えてしまう。だから、戦場でのヴェレッドはいつも孤独だったのだ。
しかし、久しぶり――およそ五十年ぶりにふかふかのベッドで眠ることができたおかげで、夢見こそ悪かったがよく眠れた。ヴェレッドは身体を起こし、グッと背伸びをして目を覚まさせる。
時計を見てみると、八時四十分。よく眠れた、というより寝過ぎてしまったようだが、朝食にはまだ間に合いそうだ。
「……ひとまずは飯じゃな」
何とか自力で服を着て、人の姿になり一階へ下りると、カウンターにはジェシカが頬杖をついていて、こちらに向かってウィンクを飛ばしてきた。
「おはよう! お寝坊さんね♡ 昨夜はよく眠れたかしらん?」
「うむ。久しぶりに布団で寝たせいか、よく眠れたのじゃ」
「あら、そうなの? 大変ねぇ」
冒険者は依頼によっては野営も当たり前なので、「久しぶりに布団で寝た」などと言っても、「大変ね」くらいの反応になる
「まだ朝食には間に合うかのぅ?」
「大丈夫よ♡ でもちょっと待って」
「む?」
ちょっと待って、と言ってジェシカが取り出したのは櫛だった。
「ヴェレッドちゃんってば、髪がぼさぼさよ~。ボタンも掛け違えてるし。女の子なんだから、身だしなみは大事にしなきゃ」
そう言ってジェシカは髪を丁寧に梳き、ボタンを留め直してくれた。
「はい、いいわよ♡」
「うむ、すまぬな」
スキンヘッドのジェシカが、なぜ櫛を持っているのかは聞かないことにした。
ギリギリ間に合った朝食をモリモリと味わいつつ、これからのことを考える。
最初の目的である冒険者登録は済ませた。ならば、次は“仲間”を作る、もしくは見つけるのが目標だ。そこでヴェレッドはふと、この街には行った時に見かけた奴隷商のことを思い出す。
「奴隷、か。奴隷ならば――……妾を裏切らぬよな?」
果たして、奴隷を仲間と呼んでいいのかは別として、ヴェレッドの今日の行き先は決まった。
食堂を出たヴェレッドは、再びジェシカのいるカウンターへと向かった。ジェシカに聞きたいことがあるのだ。
「あらん? ヴェレッドちゃん、どうしたの? 早く行かないと、いい依頼がなくなっちゃうわよ」
カウンターへ戻ってきたヴェレッドにジェシカが太い首を傾げる。
「こなたに聞きたいことがあるのじゃ」
「ワタシに? うふ、何かしらん? 何でも聞いてちょうだい。好みの男性のタイプからスリーサイズまで♡」
そんなことを聞くつもりはないし、知りたいとも思わない。
しかし、何でも聞いていいというのはありがたかった。
「こなたおすすめの奴隷商を紹介してもらいたいのじゃ。心当たりはあるかの?」
奴隷商の言葉を出した途端、ヴェレッドとジェシカの間の温度が急激に下がった
「……理由を聞いてもいいかしら?」
ジェシカの今までの態度ががらりと変わる。表情を消し、低めのトーンで話すジェシカに対し、静かに頷いた。
「もちろんじゃ。妾は少々訳ありでの。身の回りのことがろくにできぬのじゃ」
「なるほどね♡ それで奴隷を買おう、ってことなのね」
この大陸の奴隷は、仕事として認められた奴隷商のみが取り扱うことができる。その為、奴隷が酷い扱いを受けることは少ない。ただし、買われた先の主人によっては扱いに差が出てしまうが。
「ごめんなさいね、警戒しちゃって。人によっては奴隷に対して酷い扱いをする子もいるから、つい♡」
ジェシカは困ったように笑うが、声音にはまだどこか固さが含まれている。
けれど、本人は通常通りの振る舞いをしようとしてくれているのだろうと思い、ヴェレッドも指摘はしないでおくことにした。
「よいよい。いきなり聞かれたのじゃから当然のことよ。して、知らぬか?」
ヴェレッドはあえて聞かなかったが、主人に酷い扱いを受けた奴隷を知っていたのだろう。
「ええ、知っているわ♡ 今地図を書くから、ちょっと待っててね~」
カウンターに置かれていた紙とペンで、ジェシカはサラサラと奴隷商の地図を書いていく。
「はい、コレ♡ お店の名前は“メランコリア”、店主はサリサちゃんっていうの。可愛い子よ♡」
本当に可愛い子が店主なのかは分からないが、渡されたメモをありがたく頂く。
「今から行くの?」
「善は急げじゃ。戻る頃には人数が増えておるじゃろうから、部屋を大部屋に替えておいてくれぬかの?」
ヴェレッドはそう頼むと、追加の銀貨をカウンターに置いた。
「分かったわ♡ 気をつけていってらっしゃい♡」
ジェシカに見送られ、ヴェレッとシャハルは宿を出て奴隷商へと向かった。新たな出逢いを求めて――。
街灯があるので視界は充分に明るいが、ヴェレッドは《妖精の瞳》のおかげで夜目が利くのであまり関係ない。
ラファームに紹介された宿は遠目からでもすぐに分かった。夜の闇の中でも眩く光る看板に、“ジェシカのお宿♡”と大きく店名が掲げられていたからだ。
ヴェレッドは思った。ラファームの同類だろうか、と。
「まぁ、よいか」
泊まれれば何でもいいと、ヴェレッドは宿の扉を開け、中へと入っていくのだった。
扉を開くと、“カランカラン”とベルの音が鳴る。最初に目に入ったのはスキンヘッドの、二メートルを超える、筋骨隆々のマッチョな――
「は~い、いらっしゃぁ~い♡」
“オカマ”だった。
ラファームとこのぅカマの違うところは見た目。ラファームはパッと見は女性だった為、“オネエ”と表現した。しかし、目の前の人物は明らかに“男”の“オカマ”だ。
ぴっちりとしたTシャツとジーンズの出で立ちで、筋肉がとても際立っている。
「あらあら~、可愛らしいお客様ねぇ♡ ようこそ、『ジェシカのお宿♡』へ! ワタシがオーナーのジェシカよ♡ うふっ♡」
「妾はヴェレッドじゃ」
宿のオーナー、ジェシカは自己紹介すると同時に、つけまつ毛をバッチリ付けた目でパチンとウィンクをする。気のせいか、ハートが飛んできたような気がした。つるりとしたスキンヘッドがきらりと光る。
「ヨロシクネ♡ うふふ、アナタがラファームの言っていたヴェレッドちゃんね。朝食と夕食の食事付きで十日、って聞いているけれど、それでよかったかしらん?」
この街にどのくらい滞在するか決めていないので、とりあえず十日で頼んでいた。しっかり伝わっていたようだ。
一泊で小銀貨七枚。朝食は六時から九時までの間、夕食は十八時から二十一時の間。お風呂付の部屋を用意していると言われた。その分料金が少し上がると言われたが、全く問題ない。
料金は前払いとのことなので、ヴェレッドはアイテムバッグから十日分のお金を出した。
「食事はすぐにもらえるのかのぅ?」
「大丈夫よ! 食堂は右の扉の先にあるわ。部屋は二階の二十二号室よ♡ コレがカギね」
手渡されたのは、『22』と数字が書いてあるハートのキーホルダー付きの鍵だった。
「うむ。では十日間、世話になるのじゃ」
ヴェレッドは言われた先にある食堂で食事を済ませ、二階に上がり、『22』と書かれた扉を開け部屋に入る。防犯の為、すぐに《結界》を張った。前世で散々奇襲を仕掛けられたからだ。
部屋の中はオーナーの見た目に反して、ベッドと小さな机、椅子が置いてあるだけのシンプルな作りだった。一人部屋の為それほど広さはないが、ヴェレッドには《空間収納》もアイテムバッグもあるので、風呂があってふかふかのベッドがあれば充分だ。あと美味しい食事。
「ふぅ~、やっと一息吐けるのぅ」
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ヴェレッドは妖精の姿に戻り、大きく伸びをする。人から妖精の姿に戻ったおかげで、身体が軽くなった。
「やはりこちらの姿の方がよいのぅ。妾も完璧に妖精として馴染んだというわけか」
今日は冒険者登録や魔物の買取でゴタゴタして、気づいていなかったが疲れているようだった。風呂に入って疲れを取りたいところだが、ヴェレッドは一人で風呂に入られない。とは言っても、髪を洗ったり身体を擦ったりすることはできないが、湯船に浸かるくらいならできる。
風呂の沸かし方が分からなかった為、ジェシカを呼んで沸かしてもらい、湯船に浸かった。
特に洋服を脱ぐのは大変だった。ボタンは上手く外れてくれないし、変に引っ張ったせいで、服のどこかからビリッと破れる音までする。またこれを着なければならないのかと思うと億劫だ。
「むぅ……早めに何とかせねばのぅ」
今日は疲れたので、寝るのは裸でもいいか。服を着ることに関しては明日考えよう。
風呂から上がったヴェレッドは、濡れた髪を魔法で乾かそうとし、来る途中で丸焦げになった肉を思い出した。頭が丸焦げになっては困る。
まぁ、濡れた髪のまま寝たからといって、死ぬわけではないか。
ヴェレッドは髪を乾かすのは諦め、布団に入って休むことにした。
* * * * *
およそ千を超える魔物の氾濫。今代の国王から命じられたのは、それらの魔物の殲滅だ。
駆けつけた時には幾人もの兵士達が傷だらけで横たわっていた。
「あ……だ、“大魔女”様」
平伏しようとする兵士に「そのままでよい」と告げる。
「負傷者が多いようじゃな」
「申し訳ありません。何分にも大型の魔物が多く……」
兵士の言葉に「そうか」とだけ返すと、彼女は声を大にして叫ぶ。
「兵を下がらせよ!」
「え? あ、は、はい! おい、全員退避だ!!」
兵士の叫びに最初は皆混乱するが、“大魔女”が来ているのを知ると、素直に退避していった。
「――あとは妾が相手する」
そう言って“大魔女”は戦場の渦中へと入っていった。
“大魔女”が剣を横に一閃するだけで、魔法を一つ放つだけで、魔物は沈黙していった。
彼女が戦場を闊歩する。それだけで、魔物が次から次に死へと導かれていく。
彼女が通った後には魔物の死骸が積み上げられていった。剣からは血が滴り落ち、服は魔物の血で真っ赤に染まっている。
魔物の氾濫を沈めるのにかかった時間は、およそ一時間。たったそれだけの時間で、彼女は千を超える魔物を屠ったのだった。
戦場を離れ、兵士達の元へ戻った先に待っていたのは――兵士達の怯えと畏怖。
圧倒的な力は、時に人に恐怖を抱かせる。
治療をしようと、怪我をした兵士に手を伸ばすと……
「ヒィッ! ……あ、も、もうしわけ……ありません……!」
怯えて身体を竦ませる兵士に、彼女は悲しげに瞳を揺らした。しかし、それも一瞬のこと。
――大丈夫、いつものことじゃ。そう、いつもの……。
彼女は静かに兵士から離れる。そして、怪我をしている兵士達を包み込むように、広範囲の《治癒魔法》を放つと、無言でその場を後にした。
* * * * *
――昔の夢を見た。
戦場での記憶はヴェレッドにとって、あまりいいものではない。ヴェレッドの圧倒的な力は見る者に恐怖を与えてしまう。だから、戦場でのヴェレッドはいつも孤独だったのだ。
しかし、久しぶり――およそ五十年ぶりにふかふかのベッドで眠ることができたおかげで、夢見こそ悪かったがよく眠れた。ヴェレッドは身体を起こし、グッと背伸びをして目を覚まさせる。
時計を見てみると、八時四十分。よく眠れた、というより寝過ぎてしまったようだが、朝食にはまだ間に合いそうだ。
「……ひとまずは飯じゃな」
何とか自力で服を着て、人の姿になり一階へ下りると、カウンターにはジェシカが頬杖をついていて、こちらに向かってウィンクを飛ばしてきた。
「おはよう! お寝坊さんね♡ 昨夜はよく眠れたかしらん?」
「うむ。久しぶりに布団で寝たせいか、よく眠れたのじゃ」
「あら、そうなの? 大変ねぇ」
冒険者は依頼によっては野営も当たり前なので、「久しぶりに布団で寝た」などと言っても、「大変ね」くらいの反応になる
「まだ朝食には間に合うかのぅ?」
「大丈夫よ♡ でもちょっと待って」
「む?」
ちょっと待って、と言ってジェシカが取り出したのは櫛だった。
「ヴェレッドちゃんってば、髪がぼさぼさよ~。ボタンも掛け違えてるし。女の子なんだから、身だしなみは大事にしなきゃ」
そう言ってジェシカは髪を丁寧に梳き、ボタンを留め直してくれた。
「はい、いいわよ♡」
「うむ、すまぬな」
スキンヘッドのジェシカが、なぜ櫛を持っているのかは聞かないことにした。
ギリギリ間に合った朝食をモリモリと味わいつつ、これからのことを考える。
最初の目的である冒険者登録は済ませた。ならば、次は“仲間”を作る、もしくは見つけるのが目標だ。そこでヴェレッドはふと、この街には行った時に見かけた奴隷商のことを思い出す。
「奴隷、か。奴隷ならば――……妾を裏切らぬよな?」
果たして、奴隷を仲間と呼んでいいのかは別として、ヴェレッドの今日の行き先は決まった。
食堂を出たヴェレッドは、再びジェシカのいるカウンターへと向かった。ジェシカに聞きたいことがあるのだ。
「あらん? ヴェレッドちゃん、どうしたの? 早く行かないと、いい依頼がなくなっちゃうわよ」
カウンターへ戻ってきたヴェレッドにジェシカが太い首を傾げる。
「こなたに聞きたいことがあるのじゃ」
「ワタシに? うふ、何かしらん? 何でも聞いてちょうだい。好みの男性のタイプからスリーサイズまで♡」
そんなことを聞くつもりはないし、知りたいとも思わない。
しかし、何でも聞いていいというのはありがたかった。
「こなたおすすめの奴隷商を紹介してもらいたいのじゃ。心当たりはあるかの?」
奴隷商の言葉を出した途端、ヴェレッドとジェシカの間の温度が急激に下がった
「……理由を聞いてもいいかしら?」
ジェシカの今までの態度ががらりと変わる。表情を消し、低めのトーンで話すジェシカに対し、静かに頷いた。
「もちろんじゃ。妾は少々訳ありでの。身の回りのことがろくにできぬのじゃ」
「なるほどね♡ それで奴隷を買おう、ってことなのね」
この大陸の奴隷は、仕事として認められた奴隷商のみが取り扱うことができる。その為、奴隷が酷い扱いを受けることは少ない。ただし、買われた先の主人によっては扱いに差が出てしまうが。
「ごめんなさいね、警戒しちゃって。人によっては奴隷に対して酷い扱いをする子もいるから、つい♡」
ジェシカは困ったように笑うが、声音にはまだどこか固さが含まれている。
けれど、本人は通常通りの振る舞いをしようとしてくれているのだろうと思い、ヴェレッドも指摘はしないでおくことにした。
「よいよい。いきなり聞かれたのじゃから当然のことよ。して、知らぬか?」
ヴェレッドはあえて聞かなかったが、主人に酷い扱いを受けた奴隷を知っていたのだろう。
「ええ、知っているわ♡ 今地図を書くから、ちょっと待っててね~」
カウンターに置かれていた紙とペンで、ジェシカはサラサラと奴隷商の地図を書いていく。
「はい、コレ♡ お店の名前は“メランコリア”、店主はサリサちゃんっていうの。可愛い子よ♡」
本当に可愛い子が店主なのかは分からないが、渡されたメモをありがたく頂く。
「今から行くの?」
「善は急げじゃ。戻る頃には人数が増えておるじゃろうから、部屋を大部屋に替えておいてくれぬかの?」
ヴェレッドはそう頼むと、追加の銀貨をカウンターに置いた。
「分かったわ♡ 気をつけていってらっしゃい♡」
ジェシカに見送られ、ヴェレッとシャハルは宿を出て奴隷商へと向かった。新たな出逢いを求めて――。
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