上 下
6 / 23
第一章

第五話 お土産とゴンザレス

しおりを挟む
「ではのぅ――と、忘れるところじゃった。こなた達に土産じゃ」

 そう言ってヴェレッドがアイテムバッグから取り出したのは、例の――

「「「れ、レッド・ドラゴン~ッ!!!??」」」

 の、頭部だ。鱗はキラキラと光沢を放ち、目は見開き、口からは魔物の血が滴っている。切り口は凍らせてあるので血が飛び散るようなことはない。
 解体場の職員はもう口から魂を飛ばしている。
 レッド・ドラゴンは本来、複数のSランクパーティが徒党を組んで討伐する相手だ。それなのに、たった一人、しかも少女が討伐してきたと言うのだから、驚かない者はいないだろう。

「おーい、ゴンザレス~。何だ、今のでっけぇ悲鳴はよー」
「ちょっとっ! ゴンザレスって呼ばないでって言ってるでしょっ!?」

 知らないむさ苦しい親父が現れたと思ったら、その親父が知らない奴の名前を呼んでいる。しかし、おかげでラファームは正気に戻ったようだ。

「おい、ゴンザレスって誰だ?」
「知らねぇよ」
「ひょっとして、お前か?」
「ちげぇよ! まさか、お前か?」
「なわけねぇだろ! これは俺も回すべきか?」
「なぁ……ギルマスの本名だったり……しないよな? ははっ……」
「俺は何も聞いていない。俺は何も聞いていない」

 解体場の職員も魂が口の中に戻り、“ゴンザレス”とは誰かという話に盛り上がる。

「ふむ。混沌カオスじゃな」

 ヴェレッドはポツリと呟いた。ラファームもそうだが、職員達も含めての言葉だ。
 ラファームが偽名なのは分かっていたが、ここで本名を知ることになるとは思ってもみなかった。《妖精の瞳》を使った為間違いない。

「おい、ゴンザレス。職員が混乱してんぞ」
「だから、ゴンザレスって呼ぶんじゃねぇっ!!」

 先ほどまでの優しげな声とは打って変わって、男らしい野太い声がラファームの口から飛び出す。
「うふ♡」と言っていた頃が懐かしい。

「男の部分が出てるけど、いいのかよ?」
「ハッ、やだアタシったら…コホンッ。えっと、紹介するわ。こちらは前ギルドマスターよ」
「おう。こいつの父親でもあんだぜ。気軽にゴンザレスパパって呼んでくれや」

 まさかの前ギルドマスターの登場だ。しかも、ラファームの父親とは。

「うむ。承知したのじゃ、ゴンザレスパパ」
「やめて、ヴェレッドちゃん! 切実に! アタシはラファーム! ゴンザレスなんて男クサイ名前はイヤよ!」

 イヤよと言っても、彼女――否、彼は男である。むしろ相応しいのではないだろうか。

「こなたはラファームではなく、ゴンザレスなのじゃろう? 親からもらった大事な名じゃ。大切にせい。しっかり現実を受け入れよ、ゴンザレス」
「よく言ったな、嬢ちゃん」

 ゴンザレスパパのゴツゴツとした手が、ヴェレッドの頭を乱暴にかき混ぜた。立派に成人したレディーに対してこの子供扱い。
 ムッと睨みつけてやると、ゴンザレスパパはカラカラと声を上げて笑った。

「ううぅ、ヴェレッドちゃんがイジめる……」

 解体場に、オネエのメソメソとした泣き声が響く。
 傍から見れば、幼女に説教されるオネエ。
 解体場の職員の中には必死で笑いを堪える者もいて、ラファームがキッと殺気を放って黙らせた。
 ゴンザレス――ラファームが落ち着きを取り戻してから話の続きを再開した。

「胴体はないのかしら?」
「胴体の方は、十メートルはくだらぬぞ」
「そ、そんなに? ここじゃ入りきらないわね……」

 困ったと言いたげなラファームに、ゴンザレスパパが提案する。

「おい、だったらこの時間だし、一旦ギルド締め切って、このガキの獲物出させりゃいいじゃねぇか」
「そんな簡単に言わないでちょうだい!」

 途中で口を挟んできたゴンザレスパパに唾を飛ばすゴンザレス、いやラファーム。見ていてとても面白い光景だ。

「のぅ、ゴンザレスよ」
「ヴェレッドちゃん、それはもう定着しちゃったの?」

 悲しげな声で聞かれるが、ヴェレッドは今後これで行くつもりだ。なので――

「うむ!」

 とだけ返事しておいた。妖精は本来悪戯好き。その部分が少し顔を出してしまったのだ。

「にしても、こいつぁ見事だな」
「……ええ」

 ゴンザレスパパとラファームは、改めて感嘆の息を吐く。
 冒険者ギルドへの手土産にレッド・ドラゴンを狩ってくる者など、この世でヴェレッドただ一人だろう。

「おい、ゴンザレス。見てみろよ、この切断面を! どうやって斬ったら、こんな滑らかな斬り口になるんだろうなぁ」
「……そ、そうね」

 ラファームはレッド・ドラゴンに見入り、ゴンザレスと呼ばれたことにも反応しない。

「……で、どうじゃ? よい土産になったかの?」

 所詮レッド・ドラゴンなのだが、今のヴェレッドが狩れる最高の魔物だ。喜んでもらえただろうか。ヴェレッドは気になった。

「土産なんてとんでもないわ! しっかり買い取らせてもらうから!」
「そ、そうかの?」

 ラファームの気迫に押され、ヴェレッドは一歩下がって返事をした。
 ゴンザレスパパとラファームは、レッド・ドラゴンの頭部を色んな角度から眺めあれやこれやと話している。ヴェレッド達は置いてけぼりだ。

「ゴンザレスパパとゴンザレスよ。そろそろ妾のことを思い出して欲しいのじゃが……」
「あらっ、ヴェレッドちゃん。ごめんなさいね」
「おう、悪いな、嬢ちゃん!」

 どうやらこちらに二人の意識を戻せたようだ。

「で、いくらで買い取るつもりだ、ゴンザレス?」
「いいかげんにしろよ、クソジジイ! アタシャ、ラファームだッ!」
「おい、化けの皮が剥がれてんぞ。ゴンザレスゥ~」

 ヒューヒューと口笛を吹き、ラファームの周りをぐるぐると回り、色んな角度からゴンザレスパパが茶化す。

「ああ゛んっ!?」
「ゴンザレスパパ……あまりからかってやるでない。話が進まぬのじゃ」

 見ている分には面白いのだが、このままでは日が暮れてしまう。そう思ったヴェレッドは二人の間に口を挟んだ。

「おー、悪い悪い! おい、正気に戻れ。話が進まないらしい」
「アイタッ!」

 バシバシとラファームの背中を叩き、少々荒っぽいが正気に戻した。

「痛いわよ、もう! アタシったら……ごめんなさいね、つい……」

 しっかり父親に苦言を言いつつ、ヴェレッドに謝った。真っ赤なマニキュアがされた指を頬に当てる。

「ええっと、何の話だったかしら…………ああ、値段だったわね」

 顎にごつごつとした手を当て、しばし思考すると、キラリと目を光らせ口を開く。

「……白金貨二百枚でどう!?」
「「「し、白金貨二百枚~!?」」」

 ヴェレッドではなく、解体場の職員が声を揃えて叫ぶ。

「妾はいくらでもよいのじゃが……」
「何言っているの! Aランクの魔物もそうだけど、ドラゴンは全身がお宝なのよ! 無駄な部位なしと言われてるんだからぁ~」

 ラファームは浮かれているのか、両頬に手を当てどこかの世界に旅立ってしまっている。

「しかしのぅ。ドラゴンなどそれほど珍しくはなかろぅ。ただのレッド・ドラゴンじゃぞ?」

 ヴェレッドの言葉に、ラファームの顔が何とも言えない表情になった。

「……ヴェレッドちゃん。それ、他所ではあまり言わない方がいいわよ? いい? 普通、ドラゴンはそうそう現れないし、一人で討伐できないの」

 人差し指を立て、真剣な表情でそんなことを言ってくるラファームに、ヴェレッドは首を傾げる。

「そうかのぅ?」
「そ・う・な・のっ!」

 あまりに真剣に言ってくるので、とりあえず頷いておく。

「……で、金額は白金貨二百枚でよかったかしら?」
「うむ、構わぬよ」

 交渉成立だ。
 すぐに支払いはできない為、ギルドにあるという口座に振り込まれる形となった。預け入れや引き出しは、先ほど手続きして受け取ったギルドカードでできるとのこと。便利なことだ。
 箱型のアイテムボックスを職員に持ってこさせ、レッド・ドラゴンの胴体を移す。これで、レッド・ドラゴンの件は解決だ。

「ところで、ヴェレッドちゃん。レッド・ドラゴンはどうやって討伐したの?」
「ぅむ? ふむ。剣で首をチョンパしただけじゃ」

 状況などは端折って、仕留め方を答えればそれだけになってしまう。

「…………え? はあああああっ!? …………そう、なの?」
「うむ、そうじゃ」

 もちろん、レッド・ドラゴンが食事に夢中になっていたからこそできたことだが。

「ハーッハッハッハッ! 首をチョンパか、いいねぇ!」

 ゴンザレスパパには余程ウケたらしい。腹を抱えて笑っている。

「妾の用事は仕舞いじゃが、こなた達はどうじゃ?」
「そうね、アタシ達の方も大丈夫よ。解体は明日中には終わらせておくから」

 窓の外を見ると、もう陽が沈み、薄紫色に染まりきっていた。

「もう陽が沈んでいるのね。こんな時間になっちゃって、ごめんなさい。宿まで送っていきましょうか?」
「いや、それには及ばぬ。地図ももらっておるし、問題ないのじゃ」

 独りの方が落ち着くから……とはもちろん言わない。

「そう。確かに、レッド・ドラゴンを倒せるヴェレッドちゃんに付き添いはいらないわね」
「そういうことじゃ」

 冗談混じりに言ってくるラファームに、軽く笑って返す。

「ではの」
「またね、ヴェレッドちゃん」

 扉の外まで見送りに来たラファームに手を上げ、ヴェレッドは冒険者ギルドを後にした。

* * * * *

 ヴェレッドを見送ったラファームはギルドの中へ入り、扉を閉めてほくそ笑む。

「……ふふ。すごい新人が来たものね」
「……ふっ、違ぇねぇ」

 そこにはゴンザレスパパもいた。
 従業員達のほとんどは帰宅しており、ギルド内に残っているのは解体組とこの二人だけ。

「注意しとけよ。ありゃ、敵に回したらやばいヤツだ」
「分かってるわ。それにあの子……」

「「――人間じゃない・・・・・・」」

 二人は見抜いていた。ヴェレッドが人間じゃないことを。しかし、妖精であることまでは見抜けていない。二人はエルフ辺りだろうと考えていた。
 そもそも妖精はお伽噺の中の存在で、実在していいないと思われているのだから、見抜くなど無理な話だ。

「でも、いきなりドラゴンを持ってこられたからびっくりしちゃったわ」
「ああ、オレもドラゴンなんて見たのは何年ぶりか忘れちまったよ」

 遠い昔を思い出すようにゴンザレスパパが言う。

「忙しくなるわね」
「だろうな。ま、せいぜい頑張れよ、現・ギルドマスター殿」
「うるさいわよ。前・ギルドマスター殿」

 茶化すように互いをギルドマスターと呼ぶ。すると、ゴンザレスパパが腰に付けていたアイテムバッグから酒を一本取り出した。

「ククッ、うめぇ酒が手に入ったが飲むか?」
「はぁ……頂くわ」

 きっと、今日の酒の肴はヴェレッドの話になることだろう。
 こうして、ギルドマスター達の夜は更けていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

「お前のような役立たずは不要だ」と追放された三男の前世は世界最強の賢者でした~今世ではダラダラ生きたいのでスローライフを送ります~

平山和人
ファンタジー
主人公のアベルは転生者だ。一度目の人生は剣聖、二度目は賢者として活躍していた。 三度目の人生はのんびり過ごしたいため、アベルは今までの人生で得たスキルを封印し、貴族として生きることにした。 そして、15歳の誕生日でスキル鑑定によって何のスキルも持ってないためアベルは追放されることになった。 アベルは追放された土地でスローライフを楽しもうとするが、そこは凶悪な魔物が跋扈する魔境であった。 襲い掛かってくる魔物を討伐したことでアベルの実力が明らかになると、領民たちはアベルを救世主と崇め、貴族たちはアベルを取り戻そうと追いかけてくる。 果たしてアベルは夢であるスローライフを送ることが出来るのだろうか。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

元侯爵令嬢は冷遇を満喫する

cyaru
恋愛
第三王子の不貞による婚約解消で王様に拝み倒され、渋々嫁いだ侯爵令嬢のエレイン。 しかし教会で結婚式を挙げた後、夫の口から開口一番に出た言葉は 「王命だから君を娶っただけだ。愛してもらえるとは思わないでくれ」 夫となったパトリックの側には長年の恋人であるリリシア。 自分もだけど、向こうだってわたくしの事は見たくも無いはず!っと早々の別居宣言。 お互いで交わす契約書にほっとするパトリックとエレイン。ほくそ笑む愛人リリシア。 本宅からは屋根すら見えない別邸に引きこもりお1人様生活を満喫する予定が・・。 ※専門用語は出来るだけ注釈をつけますが、作者が専門用語だと思ってない専門用語がある場合があります ※作者都合のご都合主義です。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

処理中です...