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第三十六話 曖昧
しおりを挟む夜も更け、二十二時を過ぎた頃。現在は武藤さんと店内で二人きりの状況。
時間も遅かったことから、沢崎さんは弟である怜さんを連れて、一足先に帰宅したのだ。
普段なら二十二時でお店を閉めるのだが、武藤さんから少し話をしたいと言われ現在に至る。
「でも、良かったー真夜ちゃんが元気そうで」
「そうですね……まさか、捜す前にあっちから来てくれるとは思いませんでしたけど」
「ホントね! あと、怜ちゃんがまさか男で、真夜ちゃんの弟だっていうのもびっくり……」
「このお店を知っていたのと、ナポリタンを食べた時にまさかとは思いましたが、沢崎さんから聞いていたのは弟だったので……予想外でした」
「沢崎家、恐るべし個性の塊……」
「……それはそうと、どうしたんですか? 少し話がしたいというのは」
「ん? ああ、ちょっと思ったことがあってね」
そう前置きして、武藤さんは真面目なトーンで話し始める。
「真夜ちゃんのお父さんのこと、何か知ってる?」
「以前、沢崎さんは父親はいない……とは言ってました。それが死別なのか、離婚なのかは分かりませんが」
「なるほどねー。さっき、聞こうとしたけどあえて止めたんだ。何ていうか、父親という存在をわざと消してるような感じがしたから」
「確かに……話題を避けてるような雰囲気はありますね」
あれは、死別して悲しいから話を避けてるのだろうか? それとも……。
流石にこんなデリケートな話題、本人へ直接聞くわけにもいかない。
「あんまり詮索するのも良くないんだけどね、つい気になっちゃって。どうしても今が大変なら、まずは父親に頼ればいいのでは? って思うのが普通じゃん?」
「それは……そうかもしれません」
「うーん、家庭の問題か……難しい話だね……」
「ちなみに武藤さんは、両親と仲が良いんですか?」
「え? ああ、まあ……ぼちぼち?」
乾いた笑いと共に返ってきたのは、そんな曖昧な返事。
「ぼちぼち……?」
「いやーしばらく実家に帰ってないからさ。何とも言えないっていうか……あはは」
「まあ、武藤さんもいい年齢ですし。きっと、帰ったら結婚がどうとか言われるんじゃないですか?」
「まあねー私も気づいたら二十後半だからさ……っておい! 誰が行き遅れじゃ! 私に結婚の話をしたら死ぬって言わなかったっけ!?」
私の発言にノリツッコミをいれてくれる武藤さん。これが本当に怒ってるのかどうかは、もちろん不明である。
「そんな物騒なことを言われた覚えはないです」
「じゃあ今日から、結婚の話を振ったら市中引き回しの刑ね」
満面の笑みで、そんなことを言ってくる武藤さん。まずい、目が笑っていない。
「えっと、罪が重すぎませんかね……」
思わず口を滑らせでもしたら、命にかかわるなんて恐ろしすぎる。
「ふふん! ボクは可愛いからね!」
唐突に豊満な胸を張り、怜さんの物真似をする武藤さん。この人が怜さんの物真似をすると、視覚的な攻撃力が凄い。
「あの、いきなり怜さんの真似をされましても」
「いやー怜ちゃん、めっちゃ可愛かったなーって! 今度一緒にお買い物行かなきゃ!」
「はぁ……どことなく犯罪の香りがするので止めてください」
ミニドリップの常連から、犯罪者が出るのだけは勘弁してほしいものだ。
「何でよー! 街で歩いてても、きっと姉妹くらいにしか思われないって!」
「姉妹……。武藤さんの場合、百歩譲って親——」
そこまで言いかけて、私は止める。無意識的に、嫌な予感がしたからだ。
「危なかったねはるちゃん。その台詞を最後まで言っていたら、ゴスロリで市中連れ回しの刑だったよ」
「よ、良かったです……」
危なかった……あと少しで、喫茶ミニドリップがゴスロリ喫茶になるところだった。
「……さて、話したかったことは話せたし、私もそろそろ帰ろうかな」
「明日も仕事ですもんね。お疲れ様です」
気持ちを切り替えて、身支度を始める武藤さんに労いの言葉を向ける。
「仕事、頑張らないとなー」
そう言いながら、伝票をこちらに差し出す武藤さん。
「……あ、それともう一つだけ言いたかったことがあったんだ」
「……? 何でしょう?」
「さっきのはるちゃん、めっちゃかっこよかったよ」
急に真面目な声色で、そんなことを言ってくる武藤さん。不意打ちは止めてほしい。
「……からかわないでください」
照れを隠すように私はそう返し、伝票を受け取る。
「私も出来る限り応援するから、頑張ってね」
「……ありがとうございます」
こちらにひらひらと手を振りながら、退店する武藤さん。
そんな彼女を見送りながら……私は、改めて強く決心するのだった。
自分に出来る限りのことをしよう。それが僅かでも、沢崎さんの助けになるのなら。
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