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〇〇がビッグダディ

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 翌日―美桜学園 教室内

 あれから一日が経った現在、あの以降私は親と会話をしていない。いや、できなかったが正しい。
「……思い出せば出すほど死にたくなるわ……。まるで堅あげポテトね……ふふ……」
 美紀がトイレに行っており、ちょうど教室で一人うなだれていると、隣の藍が気さくに話しかけてきた。
「あれ、姫華元気ないね? どうしたの」
 何も知らない藍が訝しげに問いかける。
 ちなみに藍とは親交を深め、名前で呼び合うほどの仲になった。もちろん美紀とも仲が良い。
 そんな出来たばかりの友に、こんな恥ずかしい話を出来るだろうか。
 否、無理だろう。私ならドン引きする自信がある。
「いえ、少しばかり自責の念に苛まれているだけよ……」
 上手い事誤魔化しを試みる私。
「な、何か大変そうだね……。よっぽど恥ずかしい事でもしたの?」
 的確過ぎる藍の問いかけに、思わずドキッとする。
「今、身体がビクッてしたけど……もしかして図星?」
「そ、そんな事ないわ。私がそんな……自分の精神が追い込まれるような、恥ずかしい事なんてするわけ……」
「………」
 じーっとこちらを黙ったまま見つめてくる藍。凄く、見透かされそうな気がしてならない。
「……やめましょう。この流れだと絶対言ってしまうじゃない、私は言わないわよ!」
「惜しかったなぁーあともう少しで聞き出せたのに」
 悔しがる藍と冷や汗の私。そんな中、美紀がトイレから帰ってくる。
「あれ、なになにー! なんの話ー?」
「いやぁー何か姫華がブルーなんだけどさ、理由を教えてくれないんだよね」
「あーあれでしょ? 母親に全裸で発狂してるとこを見られたってやつ! いやぁ流石にあれはねー」

 一瞬にして、辺りが沈黙する。唐突な暴露に、教室内の空気が固まった。

 うっかり……では済まされないレベルのうっかりをしてしまった美紀。
 藍の表情が、未だ硬直したままだった。
「あ……えーっと今のは……軽いジョーク……って事で……ハハハ」
 そんな美紀の下手すぎる言い訳のような誤魔化しも、一切意味を為さない。
「い、いやぁ……まさか姫華がそんな、ねぇ……」
「ち、違うわ藍! これは誤解よ!! 私がそんな変態みたいな事をするはずないでしょう!? 美紀の渾身の冗談よ冗談!」
 ……私の必死な弁明も、誰一人信じてはくれなかった。
 ああ……信用がないって辛いわね……。
 周りでぼそぼそと、変態とか、見かけによらずハイだとか、今日から姫華信者になるとか、数々の言葉が飛び交っていた。
 終わった……私の華やかな学園生活……。
「ふふ……ちょっと、風に当たりに屋上へ行ってくるわ……フフフ……」
「ちょっ! ちょっと待って嘘だって! 信じてる信じてる! 流石に姫華がそんな事するわけないって知ってるから!」
 割と本気で藍から止められた。本当にそう思っているのかは知らないが、まあそれでもそう思ってくれているのならいいか……藍には申し訳ないが。
 周りのクラスメイトも、今の事で何だやっぱり冗談かと、一部を除いて納得してくれたようだ。
 学園生活が終焉オシャカにならないと安堵した瞬間、途端に美紀への憎悪がこみ上げ始める。

「ふふ……ちょっと美紀……屋上でおっとっとをしましょ。おっとっと」

「そんな魚介類の形したスナック菓子の名前出されても、場所が場所だけに嫌な想像しかできないよ!!」
「大人しく捕まりなさい……それか、今すぐここで一発ギャグをしてみなさい」
 腕を組み、軽く美紀を睨みながらそう命令する。
「そんな芸人みたいな無茶ぶりしないでよ! すぐ浮かぶわけないよ流石に!」
「じゃあ……おっとっとの刑ね。あの高さからおっとっとは流石に命が危ういんじゃないかしらー……それでも良いのかしらねぇ?」
「わ、分かったよ……! やります、一発芸やります! むしろやらせて!」
 そう言いながら、一息おいて、姿勢を立て直す美紀。
「――では、不肖ふしょう七瀬美紀、行きます!」
 クラス中の視線が美紀に集まる中威勢よく手をあげ、怖じ気づく事無く一発芸を披露し始める……。

「股間がビッグダディ!!」

 ――最低だった。ただの下ネタだった。更に言えば、時期外れだった。
 辺りは完全に沈黙し、やがて、何事もなかったかのように美紀をスルーする。
 藍も、まるで何も聞かなかったかのように、次の授業の支度を始める。
 しかし、唯一大爆笑している男が居た。たまにうるさいクラスの男子の一人だった。
 確か名前は……伊田俊樹とか言ったかしら。
 完全にドツボにはまっているみたいだ。
 しかし、こいつは私と笑いの沸点が同じなのかもしれない。少しだけそいつと友達になれるような気がした。
 
 もちろん、これからしばらく美紀がビッグダディと呼ばれ続けたのは言うまでもない。
 まあ確かに、美紀の胸は他の人よりビッグダ……コホン。

 そんな波乱を終え、無事放課後を迎えた私達。
 いつもの並木道を歩きながら、美紀がぼやく。
「おっかしいなぁ……絶対ウケると思ったのに……」
「まあ、正直私はドツボだったわ。一人空気に関係なく、爆笑していた人も居たけど」
「いや、本当あの人には救われた感じがあるよ……あれなかったらジョーのように真っ白だったよ私」
「……正直、ああいう場所であのネタはダメだと思うわ、私」
 流石の私も、あんな冒険はしないだろう。身内だけに留めるべきね、下ネタは。良い教訓になったわ。
「ただ皆して、私の胸を見ながらビッグダディ言うのはセクハラだと思うけどね!!」
「……それはしょうがないわ。はちきれんばかりの巨乳である美紀が悪いのよ」
「えー……それは何か理不尽な気がするよ……」
「さて、今日は気晴らしにカラオケでもいくわよ! 十五の夜を歌いたくて仕方ないのよ昨日から」
 不満ありげな美紀をよそに、強引にカラオケの話を振る私。
「だからネタが古いって……尾崎豊とか知らないよ私達の年代……」
 相変わらずジト目でこちらをみつめる美紀。
「待って、古いと何が悪いのよ! 古き良き曲を歌ってもいいじゃない」
「いやだって……仮にも女子高生二人のカラオケルームからさ、ぬーすんだばーいくではーしりーだすーとか、聞こえてくるってどう?」
「別に良いじゃない、気にし過ぎよ。私ならこの人分かってるなーぐらいで終わるわ」
 どんな曲を歌ってようが、別に誰も気にしないと私は思う。
「……百歩譲って十五の夜がアリだとしても。それでも、流石に男の勲章は駄目だと思う私」
 両手を交差しあからさまにバツを表しながらそういう美紀。
 何と……『突っ張る事が男のー』で有名な嶋大輔の名曲を否定するというの!?

「それは違うよ!」

「いや、ダ○ガ○ロンパ風に言ってもダメ」

「……どうしても?」
「ダメ」

「薬物は?」

「ダメ、ゼッタイ」
 ……流石だった。完璧なるツッコミ。やはり美紀は芸人だと私は思う。
「しょうがないわね……そのノリに免じて今日は歌わないであげるわ……それよりも『最初から今まで』を歌いたいのよ、実は」
「今日だけなんだ……。そして急な冬〇ナ主題歌……相変わらず趣味がごちゃごちゃだよ姫華……」
「ふふ……今日は歌いまくるわよ! 朝までコースよー!」
 ――半ば、昨日の事を忘れたいというやけくそでそう叫びながら走る私。完全にキャラが壊れてると言われてもおかしくはないだろう。
 まあだけど、こんな悩みなんて、世界で見たら凄くちっぽけで大したことのない悩みなのよね。
 もっと深い悩みに追い詰められている人だっているし、逆に私より悩みが浅くお気楽な人だっている。

 世界は広い、それ故に狭い。誰かがそんな事を言っていた。

 生きている、それは凄く尊い。そして何よりの幸せである。
 罪も、愛も、花も、穢れも、生きているからこそ重く深く感じられる。
 生きていなければ、何も感じる事すら出来ないのだから。
 だからこそ、今を噛みしめるべきである。

「自由になれた気がしたー十五のよーるー!」

「だから尾崎豊ネタはもういいよ!! 相変わらず終わり方が酷いよ姫華っ!!」
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