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11.陽乃葉のためのテディベア
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イベント会場の重いドアを開けると、涼しい空気が顔をなでる。
ホールには、同じように休憩しているイベント参加者の姿がちらほらあった。中は飲食禁止だから、置いてある自販機の飲み物を飲んで休んでいる人も。
「そんな早足で行くなって陽乃葉」
「あ、ごめん」
ホールには休憩できるイスが並んでいたので、あたしたちは並んで座った。
「えと、それで……」
あたしが、桐ケ谷の持つ袋に目をやる。
「うん、陽乃葉のためのテディベア、できたよ」
陽乃葉のためのテディベア!
どきどきしながら、袋の中に手を入れる桐ケ谷を見る。
桐ケ谷の手によって登場したテディベアは、あたしが選んだミルクティー色のカットクロスが使われている。丸い目がかわいらしく、口元はやさしくほほ笑んでいるように見える。こだわった首のリボンはネイビーで、ベロア素材で高級感があった。
愛想のない桐ケ谷から生まれたとは思えない愛らしさ!
「かわいい!」
「ほい」
桐ケ谷に渡され、テディベアを手にする。
やわらかくて、ふわふわで、かわいくて。見て触れているだけで癒される。
これこれ! これが、ぬいぐるみが大好きな理由!
「あんまり触っちゃだめだね。売り物なのに」
ほんとうは、もっとさわりたいのに~!
テディベアを返却しようとしても、桐ケ谷は受け取らなかった。
「売らないよ。陽乃葉にあげるつもりで作ったから」
平然とした様子で桐ケ谷は言う。マスコットが売れたときの涙はもうない。なんなら不機嫌そう。いやいや、もうちょっとエモい感じで言ってくれてもいいんだけど……。
とくに深い意味はないから、平然と言えているのか? わかんない!
だって……あたしは、深い意味で受け取っちゃうよ……。
「いやいや、材料費もけっこうかかっているし、悪いよ。クラゲのマスコットも貰ったし。ちゃんと買わせていただきます」
「て、言うと思った。でも、売る気になれない」
桐ケ谷は、重い扉の方を見た。
「手芸用品店に行ったとき、陽乃葉聞いたよね。『なんであたしが選んだカットクロスでテディベアを作るの?』って」
「聞いた……ね」
そのときは、「そんな理由聞く?」って言われて終わったけど……。
「ちゃんと理由はあるよ。陽乃葉への感謝の気持ちを表現したかった」
「感謝されるようなこと、あったっけ?」
思い当たる節がない。どちらかというと、あたしが桐ケ谷に頼りっぱなしなだけなのに。
「あるよ。にじいろにマスコットを置いてくれるよう言ってくれたこと、俺がマスコットを作っていることをバカにしなかったこと、こうしてイベント出店まで導いてくれたこと。俺ひとりだったら、にじいろにマスコットを置いてもらえなくて、今もひとりでマスコットを作っているだけだったかも」
「あたしはなにも。桐ケ谷の作るマスコットがすてきだからだよ」
桐ケ谷は、やさしくほほ笑みながら首を振った。
「陽乃葉に出会えてよかった」
キラキラした笑顔を、あたしに向けた。
なんてドストレートなこと言うんだ! 正気か!
あたしは、心臓が飛び出そうになるのを一生懸命こらえる。こらえようとしたところで、心臓がおとなしくなることはないんだけど!
「で、出会えてよかったって、小五から同じクラスなんですけど?」
照れ隠しで、かわいくないことを言ってしまう。
「まーまーそんな昔の話はおいておいて。陽乃葉のことを思って作ったから、受け取ってよ」
たまに見せる、桐ケ谷のやさしい表情に弱い。
「わかった。ありがとう! 大事にするね。あむちゃんのお友だちだ」
あむちゃんとくらげのクララとこの子を並べたら、めちゃくちゃかわいいだろうな。楽しみ!
「これで、委員長とかお姉ちゃん業に疲れたときは癒されてよ」
「かなり癒されちゃうな~」
想像しただけで、毎日が楽しくなりそう!
それにしても……もしかして……桐ケ谷って、あたしのこと……好き、なのかな?
そんなわけないか! 「感謝の気持ち」って今言っていたし!
勘違い、やめよう。
もし違っていたらはずかしい。
あたしは、受け取ったクマのぬいぐるみの頭を撫でる。やわらかくてふわふわしてかわいい手触りに、心が軽くなる。
でもぬいぐるみって、かわいくて癒されるだけじゃない。ぬいぐるみキッカケで友だちもできた。
桐ケ谷や鈴蘭みたいにあたしの大変さを理解して、寄り添ってくれて、応援してくれる人がいる。そして、あたしたちを遠くから見守ってくれる大人がいる。
ずっと、ひとりでがんばっているつもりだったけど、そうじゃなかった。
ぬいぐるみが好きなことで、それを知ることができた。
それに……あたしも桐ケ谷に出会えてよかった。そう言いたいけど、なかなか口に出せなくて。
「じゃ、鈴蘭んとこ戻るか」
桐ケ谷が、立ち上がってしまった。
仕方ない。この気持ちは、またいつか話せたらいいな。
「そうだね!」
疲れることはたくさんあるけど、癒しがあれば乗り越えていけるよね。
あたしは、桐ケ谷にもらったテディベアをぎゅっと抱きしめた。
ぬいぐるみはいつでも、やわらかくて、ふわふわしていて、かわいい!
了
ホールには、同じように休憩しているイベント参加者の姿がちらほらあった。中は飲食禁止だから、置いてある自販機の飲み物を飲んで休んでいる人も。
「そんな早足で行くなって陽乃葉」
「あ、ごめん」
ホールには休憩できるイスが並んでいたので、あたしたちは並んで座った。
「えと、それで……」
あたしが、桐ケ谷の持つ袋に目をやる。
「うん、陽乃葉のためのテディベア、できたよ」
陽乃葉のためのテディベア!
どきどきしながら、袋の中に手を入れる桐ケ谷を見る。
桐ケ谷の手によって登場したテディベアは、あたしが選んだミルクティー色のカットクロスが使われている。丸い目がかわいらしく、口元はやさしくほほ笑んでいるように見える。こだわった首のリボンはネイビーで、ベロア素材で高級感があった。
愛想のない桐ケ谷から生まれたとは思えない愛らしさ!
「かわいい!」
「ほい」
桐ケ谷に渡され、テディベアを手にする。
やわらかくて、ふわふわで、かわいくて。見て触れているだけで癒される。
これこれ! これが、ぬいぐるみが大好きな理由!
「あんまり触っちゃだめだね。売り物なのに」
ほんとうは、もっとさわりたいのに~!
テディベアを返却しようとしても、桐ケ谷は受け取らなかった。
「売らないよ。陽乃葉にあげるつもりで作ったから」
平然とした様子で桐ケ谷は言う。マスコットが売れたときの涙はもうない。なんなら不機嫌そう。いやいや、もうちょっとエモい感じで言ってくれてもいいんだけど……。
とくに深い意味はないから、平然と言えているのか? わかんない!
だって……あたしは、深い意味で受け取っちゃうよ……。
「いやいや、材料費もけっこうかかっているし、悪いよ。クラゲのマスコットも貰ったし。ちゃんと買わせていただきます」
「て、言うと思った。でも、売る気になれない」
桐ケ谷は、重い扉の方を見た。
「手芸用品店に行ったとき、陽乃葉聞いたよね。『なんであたしが選んだカットクロスでテディベアを作るの?』って」
「聞いた……ね」
そのときは、「そんな理由聞く?」って言われて終わったけど……。
「ちゃんと理由はあるよ。陽乃葉への感謝の気持ちを表現したかった」
「感謝されるようなこと、あったっけ?」
思い当たる節がない。どちらかというと、あたしが桐ケ谷に頼りっぱなしなだけなのに。
「あるよ。にじいろにマスコットを置いてくれるよう言ってくれたこと、俺がマスコットを作っていることをバカにしなかったこと、こうしてイベント出店まで導いてくれたこと。俺ひとりだったら、にじいろにマスコットを置いてもらえなくて、今もひとりでマスコットを作っているだけだったかも」
「あたしはなにも。桐ケ谷の作るマスコットがすてきだからだよ」
桐ケ谷は、やさしくほほ笑みながら首を振った。
「陽乃葉に出会えてよかった」
キラキラした笑顔を、あたしに向けた。
なんてドストレートなこと言うんだ! 正気か!
あたしは、心臓が飛び出そうになるのを一生懸命こらえる。こらえようとしたところで、心臓がおとなしくなることはないんだけど!
「で、出会えてよかったって、小五から同じクラスなんですけど?」
照れ隠しで、かわいくないことを言ってしまう。
「まーまーそんな昔の話はおいておいて。陽乃葉のことを思って作ったから、受け取ってよ」
たまに見せる、桐ケ谷のやさしい表情に弱い。
「わかった。ありがとう! 大事にするね。あむちゃんのお友だちだ」
あむちゃんとくらげのクララとこの子を並べたら、めちゃくちゃかわいいだろうな。楽しみ!
「これで、委員長とかお姉ちゃん業に疲れたときは癒されてよ」
「かなり癒されちゃうな~」
想像しただけで、毎日が楽しくなりそう!
それにしても……もしかして……桐ケ谷って、あたしのこと……好き、なのかな?
そんなわけないか! 「感謝の気持ち」って今言っていたし!
勘違い、やめよう。
もし違っていたらはずかしい。
あたしは、受け取ったクマのぬいぐるみの頭を撫でる。やわらかくてふわふわしてかわいい手触りに、心が軽くなる。
でもぬいぐるみって、かわいくて癒されるだけじゃない。ぬいぐるみキッカケで友だちもできた。
桐ケ谷や鈴蘭みたいにあたしの大変さを理解して、寄り添ってくれて、応援してくれる人がいる。そして、あたしたちを遠くから見守ってくれる大人がいる。
ずっと、ひとりでがんばっているつもりだったけど、そうじゃなかった。
ぬいぐるみが好きなことで、それを知ることができた。
それに……あたしも桐ケ谷に出会えてよかった。そう言いたいけど、なかなか口に出せなくて。
「じゃ、鈴蘭んとこ戻るか」
桐ケ谷が、立ち上がってしまった。
仕方ない。この気持ちは、またいつか話せたらいいな。
「そうだね!」
疲れることはたくさんあるけど、癒しがあれば乗り越えていけるよね。
あたしは、桐ケ谷にもらったテディベアをぎゅっと抱きしめた。
ぬいぐるみはいつでも、やわらかくて、ふわふわしていて、かわいい!
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感想ありがとうございます!!
すごく嬉しいです。
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「子どもなりにストレス溜まってたよなぁ」と自分の小学生時代を思い返しつつ、大人が読んでも「わかる」と共感してもらえる内容にしたかったので、共感してくださり嬉しいです!みんな頑張って生きてる!!
この度は、読んで感想を書いて下さりありがとうございました!
みなづき よつばさん
最後までお読みいただきありがとうございました!
すごくうれしいです。
子どもはもちろん、大人もふかふかのぬいぐるみに癒されてほしいな~と思って書いたので、「癒される」と言ってくださって何よりです。
あと、がんばってきゅんきゅんシーンも入れたので、きゅんきゅんしてくださって安心しました!
感想、本当にありがとうございました!
とっても面白かったです!
陽乃葉ちゃんも、桐ケ谷くんも、お話に出てくる登場人物すべてが活き活きしていました。
「委員長」と「お姉ちゃん」をして、疲れてしまうけれど、それでも周囲の役に立ちたいから頑張りたい
、そんな陽乃葉ちゃんの健気さが最高にかわいかったです!
私も子どもの頃から、ずっとぬいぐるみが好きなので、みんなに共感できました。
それにしても、ぬいぐるみが作れちゃうのすごいですよね。
私も桐ケ谷くんのぬいぐるみが欲しいです。
お話全体が、優しい世界で、最高に癒されました。
ありがとうございます。
連載、お疲れ様でした!
感想ありがとうございます!!!!
ぬいぐるみはいいですよね……。
読んでくださった人が日頃の疲れを忘れて、優しく柔らかな世界に浸ってくれたら嬉しいなぁと思っていたので、癒されると言ってくださってめちゃくちゃ嬉しいです。
読んでくださり、本当に嬉しいです!ありがとうございました!