委員長はかわいいものに癒されたい!

花梨

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7.目をきらきらさせて語る桐ケ谷

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 桐ケ谷は軽い足取りで、ひょいとショッピングモール内のエスカレーターに乗る。あたしもそれに続いた。
「陽乃葉にとっても、俺が理解者になれてたら嬉しいけど」
 エスカレーターの上の段に立っているから、桐ケ谷はいつもより背が大きく見えてしまい、けっこうドキドキする。あたし自身、女子の中では背が高い方だし、見降ろされることに慣れてないっていうのもある。
「陽乃葉?」
 いけない、黙ってしまっていた!
「え? あ、理解者ね。なってくれてるよ! うん!」
 やだもー、いつもの調子が出ない! はずかしい!
 エスカレーターを何度も乗り継ぎ、ようやく五階の手芸用品のお店まで来た。とにかく広いショッピングモールは、賑わいを見せていた。
「お、ついた。こっちこっち」
 フロアを歩くと、広大なエリアの手芸用品店が現れた。
 出入りしているお客さんは、中高年の女性が多いみたい。その次に若い女性や、あたしたちより小さい子を連れたママさん。女性ばかりで、男性は家族連れのパパが少しいるくらい。男子は桐ケ谷しかいなかった。
「ここ来るの初めて?」
「あ、うん。手芸用品がほしかったら、百均に行っちゃうから」
「百均は少量で買えるからムダになりにくいのがいいよね。でも、本格的に作るなら手芸用品店が一番」
 桐ケ谷は目的のエリアに向かって歩きながら解説してくれる。
「品揃えの良さは、アイデアに直結するからね。たとえば」
 ふわふわの生地がたくさん置かれたコーナーで、桐ケ谷は立ち止まった。たたまれた色とりどりの布が、ラックに並べられている。桐ケ谷は「ぬいぐるみ・ドール用ファブリック 45cm×30cm」と書いてある紙の巻かれた生地を指さした。茶色で、ふわふわした毛足の布だ。
「このカットクロスにしても、色がたくさんあるでしょ。頭の中では、白とか茶色とか大雑把な選択肢しかないけど、実際見てみると、『茶色』といってもミルクティーみたいな茶色、オレンジっぽい茶色、コーヒー牛乳みたいな茶色……いろいろあるでしょ。こういうのを見てるとどんどんイメージが湧いてくるんだ」
 イキイキとした目をして、カットクロスを見ている。
 茶色以外にも、さまざまな色がモザイク画のように均等に並べられていた。
 たしかに……このコーヒー牛乳みたいな茶色のカットクロスはあむちゃんっぽい。いつもは「茶色のクマ」としか思ってなかったことが恥ずかしい。
「今は、フエルトのマスコットを作っているんだっけ」
 あたしは、五色セットで二百円ほどのフエルトセットを手に取る。百均にも同じようなセットはあるけど、手芸用品店は色のバリエーションが豊富だ。フエルトは飼いやすい値段だけど、ぬいぐるみ用のカットクロスは五百円以上する。たしかに、小学生ともなると少しビビる価格差だ。
「ぬいぐるみ用の毛足の長いカットクロスはフエルトにくらべて扱いも難しいし、失敗したら……って思うとなかなかね。でも、挑戦してみるつもり」
 桐ケ谷はやる気満々の様子でカットクロスを見ていた。
 ぬいぐるみ用のカットクロスは、手で触れるとほわほわ柔らかくてあたたかい。触っているだけで癒される。
 あむちゃんの毛並みは、長年愛用してきたからだいぶヘタってきている。それはそれで愛着が増してかわいいけど、新しい布の手触りもすごく良い!
「陽乃葉、それ気に入った?」
 桐ケ谷はあたしがずーっと撫でていた一枚のカットクロスを見る。
「えっと……手触りがいいなって」
 ふわふわで、ミルクティー色のカットクロス。あむちゃんよりも淡い色合いだ。
 桐ケ谷はあたしが手にしているカットクロスをひょいと手に取り、価格やサイズを見てから手にしていたカゴに入れた。
「最初のクマのぬいぐるみはこれで作るよ」
 桐ケ谷が、あたしの気に入ったカットクロスでぬいぐるみを作ると。
「な、なんで?」
 驚いて、理由を尋ねてしまう。
「え、理由を聞く?」
 照れたように、桐ケ谷は頬をかいた。
「聞くでしょ、理由。どうして?」
「……陽乃葉、わざと聞いてる?」
「わざと???」
 桐ケ谷がなにを言っているかわからなくて、あたしはただ首をひねった。
「……まぁいいや。ほかに必要なものを見に行こう!」
 桐ケ谷はスキップでもしかねない動きで、お店の中を移動する。桐ケ谷、すっごくたのしそう。リボンやフエルト、目や鼻に使うパーツなどを見て、頭の中でイメージを膨らませていっているのかな。
 でも、それだけじゃなかった。
「陽乃葉の好きな色はどれ?」
「陽乃葉ならどれが好み?」
 めちゃくちゃあたしの好みを聞いてくる。自分で決めるのは難しいのかな?
 広い店内を動き回り、マスコットやクマのぬいぐるみ作りに必要なアイテムを次々にカゴに投入していく。
 手芸用品店での買い物なんて、数十分で終わるでしょって思ってた。でも実際は、二時間以上もかけて選んでいる。お店も広いし、あっちにいったりこっちに行ったりしているうちにけっこう疲れてきた。
「こんなもんかな。会計してくる」
 スマホの時計を見ると、午後一時を過ぎていた。
「買ってくるから待ってて。お昼も食べよう」
 桐ケ谷はレジの行列に並んだ。大混雑している。
 みんな、手芸が好きなんだなぁ。
 あたしはお店のすぐ外の、ショッピングモールの通路にあるベンチに座ることにした。買い物に付き合わされているパパたちが、疲れ切った表情で座っていることに定評があるベンチ。
 ヒマだから、行き交う人たちを眺める。
 これだけいたら、同じクラスの子もいるかも。桐ケ谷といるところを見られたらどうしよう……。からかわれたくないけど、否定することで「桐ケ谷といっしょにいることが恥ずかしい」って、桐ケ谷にまた勘違いさせたくない。
 からかわれても、恥ずかしがらないようにしないと! やましいことなんて何もない!
 ひとり決意を固めていると……同世代の女の子が手芸用品店の中から出てくるのを見つけた。
 顔を見ると、鈴蘭だった。手には手芸用品店のショップ袋を持っていて、隣にはお母さんと思われる女性。楽しそうに会話しながら、エスカレーターに乗って降りていった。
 あたしには気付いていないみたい。
 あのレジの行列にいたんだね。手芸好きだなんて、知らなかったよ。
 鈴蘭、あんな顔で笑うんだ……去年から同じクラスだけど、あんな笑顔見たことない気がする。
 やっぱり、学校は息苦しいんだろうか。
 それから数分たち、桐ケ谷も戻ってきた。
 桐ケ谷は、大きなショップ袋を持っている。
「これだけお金を使ったら、しばらくはにじいろのクレープ食べられないな」
 残念そうな、でも満ち足りた表情で桐ケ谷はいう。
「桐ケ谷、クレープ好きなんだね」
「まぁね」
 桐ケ谷の意外な面が次々見つかる。甘党なんだなぁ。
「お腹すいたし、お昼食べよう! 陽乃葉、ファミレスでいい?」
「もちろん、ドリンクバーでお腹をふくらませよう!」
「そうしよう!」
 おー、と意気込んで、ショッピングモール内のファミレスへ向かった。
 すごい、普通のデートみたいなことしてる。
 でも、その間もずっと鈴蘭の笑顔が頭に残っていた。
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