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第一章

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 水族館を満喫し、お土産を買い、私たちは解散することになった。日が暮れる前に、水族館は閉まる。
 電車で最寄り駅まで一緒に帰り、駅前で解散することに。
「今日はありがとう」
「こちらこそ、楽しかったよねー」
 私は3人に手を振る。
「帰り道もデートだね!」
 からかうように言われたけど。「デートじゃないし!」という反発した気持ちはあまり湧いてこなかった。デート、でいいよね。
 みんなは自転車で帰るんだって。みんなを見送った私は楓真と2人きりで、バス停のベンチに座る。
 ……1日一緒にいたから、もう話す事がない。
 無言の時間が続くけれど、でも居心地が悪いわけでもなく。
 けれど無言の私に、楓真は気遣って「疲れたか?」と聞いてくれた。私は小さく首を振る。
「疲れてないよ」
「今日、楽しかったか?」
「うん! 楓真のおかげだよ!」
 その言葉に、楓真はにこっと笑ってくれた。素直な笑顔を見るとなんだかドキドキしてしまう。
「ウソの彼氏も終わりだな」
 その言葉に、心が冷え込む。
 そういう約束だ。だから何も問題ないはずなんだけど……。
 そう思っていたのに、今はそれで納得できる気はしない。
「最初、年上彼氏を見せびらかすって言われた時はムカついたよ」
 楓真は、すねたように少しだけ唇を尖らせた。
 私の心は、思わずひゅっと冷える。そうだよね、不愉快だよね……。
「ごめん。でも、みんな好きなものを見せびらかしてくるんだもん」
 言い訳が口をつく。みんな、彼氏の自慢をしたり推しのアイドルと2ショットチェキを撮ったり、いろいろと見せびらかしてくる。悔しくて、つい言ってしまっただけなんだ。
 彼氏もいないし、推しもいない。
「中1の恋愛なんてそんなもんか」
 あきれたような言い方。なんだか、現実を突きつけられたみたいで気分が重くなってきた。
「ほんとに、ごめんなさい」
 楓真は、別に怒ってないけどー、と軽い口調で言った後に、私を見た。
「2歳年上の俺からのアドバイス。彼氏も推しのアイドルもおもちゃじゃない、人間なんだ。ちゃんと尊重しなくちゃダメなんだよ」
 突き放した言葉だった。言われていることは、もっともなことなんだけど……。
 私は、楓真をおもちゃのように扱っていると思われたのがショックだった。そんなつもりはなかったけれど、楓真がそう感じているならそうなのだろう。
「ま、今日一緒にいて、そんなに見せびらかしてやろうって気持ちは感じなかったけどな」
 私の暗い顔を見て、フォローするように言う。
 楓真を見せびらかしたくないって、1日一緒にいて考えが変わった。
 見せびらかすための、ウソ彼氏じゃない。そうじゃなくて……今は?
 今の私の気持ちは、なんだろう?
「ま、俺なんかのアドバイスがなくても、波奈には素敵な彼氏ができるよ。多分な」
 いつか、誰かが私の彼氏になる。
 それはイヤだ、と思った。
 まだ出会っていない誰かじゃなくて、楓真に彼氏になってほしいって、思っちゃった。これが私の、いつわりのない本当の気持ち。
 でも、この気持ちに整理がつかなくて、私は黙り込んでしまう。
 悠真くんが好きだったんじゃないの? 楓真のこと、本当に好きになったの?
 急激な自分の感情の変化に、ついていけない。
「どうした。へそ曲げたか?」
 私の頭をぐりぐり撫でまわす。子ども扱い。2歳しか変わらないのに。
 違う、私がして欲しいのは、こういう愛され方じゃない。
 親にされるようなことを、楓真にしてほしくない。
 ……悠真くんになら、頭を撫でられても嬉しかったんだけどね。
「楓真!」
 私の大きな声に、楓真は手を引いた。私を覗き込み、首を小さく傾げた。
「どうした」
 駅前のロータリーは人がたくさんいるのに、まるで私たちしかいないみたいな空気感だ。
 楓真に言いたい事はたくさんあった。うまくまとまらないし、感情が抑えられない。
 私はしばらく奥歯を噛みしめた。勢いよく顔を上げると、楓真と近距離で目が合う。
 ひるんでしまいそうだけど、負けない。
 この気持ちを、伝えたい。
「私……っ!」
 ほんとうに、付き合ってほしい。ほんとうの彼氏になってほしい。
 って、言うつもりだったけど……言えなかった。
『彼氏も推しのアイドルも、おもちゃじゃない。人間なんだ。ちゃんと尊重しなくちゃダメなんだよ』
 さっき言われた言葉が、頭の中によみがえる。
 悲しそうな顔をしていた楓真に、そんなこと言えない。
 楓真を傷つけてしまった。
 それに、もし今好きになったことを伝えたところで、またウソをついていると思われちゃうだろう。
「何? どうした?」
「……ううん。なんでもない」
 楓真のことを好きになった途端に、ゼッタイ付き合えないことになってしまった。
 悪いのは、ぜーんぶ私……。
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