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第三章

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 いつもの乙輝先輩とは違う、神妙な面持ちだった。あんな秘密をを聞いたら、ここぞとばかりに喜ぶと思ったのに。
「……聞かなかったフリ、するけど」
 みっちゃんの家に来てから、乙輝先輩の怖いオーラはなくなっていたけれど、こんなに私の味方をしてくれるとは。
「あ、いや……どうしよう」
「私は、あなたが楓真と付き合っていないどころか楓真を利用した悪い子って聞けただけで満足だから。光子さんの言うように、あの子たちに負担をかけることはないと思う」
 乙輝先輩は、一貫して私と楓真の関係だけを壊したいらしい。
 私は、3人の顔を思い浮かべる。小学生時代からの友だち。大切な友だちを、傷つけてまで
「そう、ですよね。私が言わなければ、みんなにイヤな思いさせずに済むなら。一生、言わない」
 私が覚悟を決めたとき。
「ごめんなさい、聞いちゃった」
 え、と思ってあたりを見ると、ふすまのかげに隠れた3人が顔を出した。
 私は驚きのあまりめまいがしそうだった。
「聞いちゃった、の?」
「そりゃ、話があるっていうから来たのにぜんぜん話さないし。意味ありげにみっちゃんとふたりで姿を消してさ。乙輝先輩もそっちに行くし何かあるのかなーって思う方が自然じゃん?」
 栞奈ちゃんが、悪びれもせず言う。
 たしかに、そうだよね。
「ちょっとさ、詳しく聞かせてもらってもいい?」
 まりなちゃんが、すっと前に出て私に言った。
 すごく真剣な表情。そうか、真実を話すということは、友だちにこういう顔をさせることにもなるんだ。みっちゃんの言ったことが正しいって、ようやく実感できたのかもしれない。

   *

 縁側に戻って、私は4人にあらためて状況を説明した。楓真とは付き合っていないこと、隣に住んでいて家族ぐるみの付き合いがあること、ウソをきっかけに本当に楓真を好きになったけれど、ゼッタイ付き合えないこと……。
 私の話を聞いているみんなの顔、怖くて見られない。視線を泳がせながら話した。
 みっちゃんは、少し離れたところで見守ってくれている。
「本当にごめんなさい」
 私が頭をさげると、一瞬の沈黙のあとにまりなちゃんが口を開いた。
「波奈ちゃんが見栄っ張りなことくらい、私たち知ってるし。ねぇ」
 その言葉に、栞奈ちゃんとメグちゃんがほほえむ。
「小学校から友だちやってれば、やりそうだなって思う」
「コンプラ的にどうかと思うけど、まぁ私たちの仲だから」
 ウソをついたことについては、あまり気にしないでくれるみたい。よかった。安心して力が抜けそう……。
「もう、ウソはつかないって約束するから」
 私の言葉に、栞奈ちゃんがガハハと笑った。
「無理っしょ、ウソつかないで生きるなんて!」
「そ、そうかもしれないけど……」
「人を傷つけたりだましたりするウソじゃなければ、グレーゾーンではないでしょうか」
 メグちゃんが、自分にも心当たりがあるかのように胸に手をあてていった。
 傷つけたりだましたりしなければ、ギリギリ許されるってこと?
 私たちはなごやかな雰囲気でしゃべっていたけど……乙輝先輩は表情を変えず、黙ったまま。
「すみません乙輝先輩。私のウソのせいで傷つけて」
 乙輝先輩は、私のウソで傷ついた人だ。
「言ったでしょ。私はあなたが楓真と付き合ってないってわかってうれしいくらい。でも、もう私には関わらないでね。お友だちと違って、あなたになんの情もないから」
 乙輝先輩は、私の方を見ずにみっちゃんに向かって「ごちそうさまでした。美味しかったです」とあいさつして帰ってしまった。
 心のどこかで、これをきっかけに仲良くなれたりして……なんて思っていた自分がばかだった。
 まりなちゃんたちが、ひそひそと話している。
「乙輝先輩、怒ってるね」
「仕方ないよ。盗撮までして波奈ちゃんを脅したのに、ウソでしたーって言われたら恥ずかしい」
「ふたりとも、いない人のことを言うのはやめましょう。まぁ、ちょっといい気味って思っちゃったけど」
 みんなは、乙輝先輩に対しては印象が悪いみたい。せいせいしたと言いたげな雰囲気だ。
 それはそうだよね。教室に来て机の上に座ったり、私のあとをつけて盗撮したり。
 でも……乙輝先輩を悪の道にいざなってしまったのは、私なんだ。私がウソをついたから、みんなに悪い印象を与えてしまった。もちろん、乙輝先輩のふるまいにも問題はあったけれど。
「私は、乙輝先輩はいい人だと思う」
「波奈ちゃん……」
「きっと、楓真を好きなあまり、ちょっと暴走しただけだよ」
 私の言葉に、3人は黙った。ヘンな奴って思われたかも。でも、私のせいで悪い印象のままになってほしくない。
 みっちゃんに視線を送る。
 今までの話を、少し離れたところで黙って聞いていたみっちゃんに、なにか言葉をもらいたかった。
「みっちゃんは、どう思う? 乙輝先輩って、悪い人じゃないと思うんだ」
「波奈ちゃんがそう思うなら、それでいいんだと思う。みんなが好きになれないのも、それも自由」
 みっちゃんは、私たち全員の顔を見ながら言った。
「昨日の敵は今日の友って言うくらい、人の心も考えもうつろいやすいものだから。自然に身を任せてもいいと思うよ」
 その言葉に、みんなの緊張がほどけた気がした。
「もし……乙輝先輩とまた話してみて、いい人って思えたら仲良くしてみる」
 まりなちゃんが、栞奈ちゃんとメグちゃんを代表するかのように言った。ふたりは小さく頷く。
「うん、そうだね」
「だめだったら、嫌いなままでいいわけですし」
 みっちゃんの言葉で、場の雰囲気が明るいものになった。
 『乙輝先輩はきっといい人』という押し付けに、みんな抵抗があったのかも。
 私のせいで悪い印象になってほしくない。私が悪いヤツになりたくない。その押し付けは……たしかにあった。
 でも、みんなが乙輝先輩と仲良くしたくないのも自由なんだよね。悪口を言うのはよくないけど、仲良くなるかどうかなんて私が決められることじゃない。
 みっちゃんは、私の気持ちもみんなの気持ちも柔らかくしてくれた。みっちゃんは、すごいや。
 私もはやく、大人になりたい。
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