大好きなのにゼッタイ付き合えない

花梨

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第三章

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 久しぶりにみっちゃんの家に行く。
 5月なのにすでに真夏の暑さの中でおこなった体育の疲れを引きずりながら、よろよろと歩いていた。
 暑いのもそうだけど……昨日の楓真の意思表示が、思いのほかダメージだった。
 いつまでも、お隣同士で仲良くできると思っていた。ほかの人にはない絆があって、家族のように育ってきたっていう自負が、心のどこかにあった。
 でも実際は、家族でも恋人でもなく、ただの他人だってことを、突きつけられたみたい。
 陸上の大会で優勝したこと、陸上部をやめたこと、料理を覚えたこと、進学塾に通って勉強すること……。なにも知らないまま、いつの間にか楓真が決断して、どんどん前に進んでいっている。
 私はまだ中1だけど、楓真との2学年差に埋められない何かがあると実感してしまった。
 何も決断しないまま、流されるままに生きてきた。これからも、適当に見栄を張って、何も選ぶことなくぼんやりと生きていくんだろうかと思うと、早くも人生に絶望しそう。
 人生の先輩であるみっちゃんに話を聞いてもらいたくなって、放課後にやってきた。
「いらっしゃい、波奈ちゃん」
 いつも通り迎えてくれるみっちゃん。それだけで、なぜか泣きそうになった。
 庭で遊びまわる桜と小梅を見ながら、涼やかな夕方の風に吹かれていると少し気持ちが落ち着いてくる。
「今日は、生クリーム入りのどら焼きよ」
「おいしそう!」
 あんこと生クリームの組み合わせって、最高だよね! 聞いただけで元気出てくる組み合わせ!
 口にしてみると、あんこの甘さと生クリームの甘さが口の中に広がる。でも和菓子だから、しつこくなくて食べやすい。
 冷たい麦茶と、栗と生クリーム入りのどら焼きを食べつつ、みっちゃんにことの経緯を話す。
「楓真がすごく大人に見えてしまって。きっと悠真くんも、いろいろな決断をして、若いのに婚約したんだと思う。そう考えると、やっぱり私って幼いなって実感しちゃって」
 相手にされるわけもなかったんだ、という自虐めいた言葉が、吐息のようにもれ出る。
 悠真くんを好きな時は、単に「年上ってかっこいい!」っていう気持ちしかなかったんだけど、向こうからしたら「大人に憧れる子ども」でしかなかった。すっごく、はずかしい……。
「怖くないのかな、いろんな決断をして。今まで通り楽しくごはんを食べて、家の近くの高校に入学して、それなりに幸せに生活すればいいのに」
 お弁当を持って行って、夜遅くまで勉強するだなんて。大変だよ。
 もちろん、がんばって人生を切り開く人がたくさんいるのも知っているけれど、楓真はそうではないと勝手に思っていた。でも、違った。私は楓真のことを何も知らない。
「波奈ちゃん、人生ってね、選ばないと幸せにも不幸にもならないの」
 みっちゃんが、なぞなぞみたいなことを言い出す。私は、軽く首をひねった。
「たとえばね。『頭のいい人しか入れないA高校に進学したい!』って思ったとするでしょ。それで、がんばって勉強して入学出来たらどう?」
「すっごく嬉しい」
「もし点数が足りなくて落ちちゃったら」
「すっごく悔しい」
「そうね。じゃあランクをさげて、まったく勉強しなくても入れるB高校に入学したら?」
「うーん、まあまあ嬉しい、かな。でも……」
 すっごく嬉しくはないだろうなって、想像できた。
「でも、落ちることはないから傷つくこともない。けど、すごく幸せでもない。楓真くんは、たとえ傷ついてもすごく幸せになれる方を選んだってこと」
 みっちゃんは、目を細めて遠くを見つめた。
「人生って、がんばらないとダメなんだ……」
 なんだか、気が重くなってきた。私、人生がんばれる気がしない。
「それは人それぞれだからいいのよ。リスクを追って夢を叶えたい人ばかりじゃ、世の中回っていかないからね」
「そう、なの?」
「うん。いろんな人がいるから、ちょうどいいの。無理しなくていい。でも、好きな人のやりたい夢は応援してあげてほしいと思うよ」
 みっちゃんの言葉に、私の肩はすっと軽くなる。
 人それぞれ。そっか。ちょっと安心した。
「応援、できるかな」
 今みたいにひんぱんに会うことができなくなっても、楓真の夢を応援してあげられるかな。
「できるよ、波奈ちゃんなら」
 みっちゃんが、にっこりと答えた。みっちゃんは、いつも私に自信をくれる。
「できそうな気がする。楓真が幸せなら、私もきっと幸せ」
 楓真が辛い思いをしているのを想像すると、胸が痛くなる。
 楓真が嬉しそうにしていると、心があったかくなる。
「まぁ、おばあちゃんとしては、ふたりがうまくいってくれると幸せなんだけどね」
 みっちゃんは、手でハートマークを作っていった。若者~!
「応援してくれてうれしいけど、しばらくは、楓真にそんなヒマなさそう」
 楓真の受験が終わるまで、そういう話に進展はないよね。
 心をまどわせるようなことを言ってはいけないもん。
「人間万事塞翁が馬っていうから。きっと良いことに繋がるはずよ」
 またみっちゃんが難しいことを言い出した。
「人間ばん……?」
「不幸に思っていたことが実は幸運なことに繋がることもあるっていう意味のことわざ。これがきっと、良いことに繋がると信じてみてもいいんじゃないかしら」
 みっちゃんは、人間万事塞翁が馬にんげんばんじさいおうがうまの意味を教えてくれた。馬から落ちてけがをした青年はひどく落ち込んでいたけれど、そのおかげで戦争に行かずに済んだ……というお話だった。
「けがをしたほうがよかった、なんてことあるんだ」
 世の中には、希望をくれる言葉がたくさんあるんだな。みっちゃんといると、勉強になる!
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