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第三章

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「最後なんだったら、泊って行ったら?」という両親のすすめで、楓真は久しぶりに私の家に泊ることとなった。いつものようにリビングでゲームでテレビゲームをしたけれど……楽しい気持ち以上に、楓真が遠くに行ってしまう感覚が辛くてずっと作り笑いをしていた。
 朝の早いお父さんが寝室へ行き、お母さんも長風呂を始めた。
 私と楓真は、リビングでふたりきりに。
 前まではなんとも思っていなかったのに、やっぱり意識しちゃって大変だ。
 お風呂上りで、私も楓真も同じシャンプーやボディソープの香りに包まれていることが妙にどきどきしてしまう。普段は違う匂いに包まれているけど、今日はいっしょ。こんなこと、いつもは考えたことなかったのにな。
「波奈ってさ」
 つけっぱなしのテレビのほうを見たまま、楓真が話しかけてきた。
「え、なに……?」
「ヘンなヤツだよな」
 唐突にディスられる。なんでよ!
「どこがよー」
「だってさ、ばあちゃんが友だちってどういうこと?」
 昼間のみっちゃんのことを思い出したのか、楓真は思い出し笑いをしていた。
「それはね……」
 みっちゃんと友だちになった経緯を話す。
「へぇ。やっぱ波奈はすげーな!」
 コップにそそがれた麦茶を飲みながら、楓真は目を丸くする。
「すごくないよ。仲良くなりたいだけだから」
「クラスにも仲良しの子がたくさんいるし。うらやましいよ」
「うらやましい……?」
 楓真が、私のことをうらやましいと言うなんて。
 ウソ彼氏をお願いしてから、楓真からは軽蔑されているんじゃないかって思っていたから……。
「そんな、たいしたことじゃないよ」
 照れ隠しで言う。少しでも、楓真からうらやましいと思ってもらえる部分があって、私は救われた思いだ。
「楓真にも友だちいるし、いつも明るいし、うらやましいと思うことあるの?」
「まぁ……俺は仲良くなった少人数と騒ぐってスタイルだから」
 なるほど。私の前では明るく元気だけど、ふだんはそうでもないみたい。
 私の知らない楓真のことを知れてうれしい。
 つまり、あんまりふざけていない最近の楓真が素の楓真に近かったのかな。
 私があれこれ考えていると、楓真は声のトーンを落として言った。
「波奈のまっすぐさとか元気さとかに救われている人、いると思うよ」
「そう、かな」
 楓真が、真面目な顔で言っているから、ほんとうにほめてくれているのかな。とはいえ、目線はあいかわらずテレビだけど。
 私に救われている人なんて、いるのかな。
「俺も、そのひとり」
「え?」
 今、俺もそのひとりって言った?
 楓真が、私に救われている???
「もう一回言って!」
 そういう言葉が欲しいあまりに、私が捏造したセリフなのでは、と思ってしまった。だから、もう一回聞きたい。確信を得たい!
 でも、楓真は私を見ない。わざとらしくあくびをしはじめた。
「あー眠くなってきたな。寝よ」
「いやいやいや、まだ夜十時だけど?」
「良い子は寝る時間だろ」
「悪い子でいいから! あと十分起きていようよ」
「やだ寝る。俺はもっと身長を伸ばしたいんだ。たくさん寝て成長ホルモンを出す!」
 ほんとうかウソかわからないような話だ。塾に行ったら、十時に寝ることはできなくなるだろうに。
 正直私は、楓真がひとり立ちするという話を聞いて落ち込んでしまい、眠れる気がしなかった。だから、楓真とおしゃべりしつつ夜更かししたい気持ちだった。
 でも、楓真はゼッタイに寝るという姿勢を崩さない。
 楓真はリビングにお客さん用の布団を敷いて寝るために、テーブルをどかしはじめてしまう。
「ねー、おしゃべりしようよー」
 ソファに座って、布団を敷き始める楓真に声をかける。
「おことわりします」
「なーんでよー」
「寝るから!」
 楓真は、布団の中にもぐりこんで、すっぽりと掛け布団で自分の身体を覆った。
「もう……歯を磨かないと虫歯になるよ」
「明日磨く!」
 楓真は、これ以上話したくないみたい。てことは……あのセリフはやっぱり現実?
「わかった。じゃあ電気消すね、おやすみ」
 私は立ち上がって、リビングの電気を消した。
 言いたいこと、私も言ってみようかな。いいよね、言われっぱなしもなんかイヤだし。
 廊下の明かりが差し込むリビングに向かって、ひとりごとのように呟いた。
「私だって、楓真に救われているよ」
 ぴくり、と布団が動いたけれど、それ以上のリアクションはなかった。
 私はそのまま、リビングのドアをしめた。
 悠真くんに婚約者がいると知った日。悠真くんに、楓真とデートすると勘違いされたあの日。なんだか、心が壊れそうだった。
 でも楓真のおかげで、心が救われて。そして、楓真を好きになった。
 いつか、言いたい。ウソじゃなくて、ほんとうに私と付き合ってって。
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