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第二章
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「こういうわけなの、助けてみっちゃーん」
「あれあれ、波奈ちゃんたら。若気の至りってやつねぇ」
私が泣きついたのは「みっちゃん」こと光子さん。近所のおばあちゃんで、チワワの桜と柴犬の小梅を飼っている人なんだ。時折モフモフさせてもらいつつ、人生相談している関係なの。
みっちゃんの家は古民家って感じで、なんと縁側がある。映画のセットみたい。
「何か飲む?」
よっこいしょ、とみっちゃんが立ち上がる。
「うん、ありがとう!」
台所へ向かうみっちゃんの小さな背中を見送る。
私とみっちゃんは、桜と小梅の散歩中にちょっとずつ仲良くなったんだよ。
私の下校に使う道と、みっちゃんたちの散歩道が同じというのもあって、私から積極的に声をかけたんだ。あれからもう3年かぁ。
みっちゃん、最初は「声掛け事案で通報されるから、あんまり話しかけないで」「連れ去りだと思われるからついてこないで」って言われたんだけどね。めんどくさい世の中だよね、年の離れたお友だちが作りにくいよ……。
でも、私はみっちゃんとも、桜と小梅とも仲良くなりたかった。だから毎日少しずつ仲良くなって、お母さんにみっちゃんを紹介して、許可を得てようやくお家にお邪魔するようになれたっていうわけ。
桜と小梅をなでなで。チワワの桜の毛並みはふわふわで、柴犬の小梅はツヤツヤ。触り心地の違うモフモフに、ニヤニヤしちゃう。『どうしたの波奈ちゃん。落ち込んでいるの?』って心配してくれているような瞳で見つめられている気がして、愛おしさが増しちゃう!
なんとなく、疲れとか悩みがふわふわと消えていく感覚。これが、癒されるってことかぁ。癒されたところで、私がついたウソが帳消しになることはないんだけど……。
あーあ、悠真くんの身代わりだなんて、お願いしなきゃよかった!
でも、身代わりをしてくれなかったら、楓真のことを好きになってないかもしれない。むずかしいところ。
「お待たせ~」
「ありがとう!」
みっちゃんが、氷の入った冷たい緑茶と大福を持ってきてくれた。
桜と小梅が近寄ってくるけれど、人間の食べ物と理解しているから口にはしないよ。えらいね。『どうせもらえなさそうだし』と思ったのか、桜と小梅は庭で遊び始めた。
季節は5月。暑くて喉が渇いていたから、冷たい緑茶がおいしい。この間までは緑茶って美味しいと思わなかったんだけど、みっちゃんちで飲むようになって、好きになったんだ。中学生になったし、大人になったってことだよね。
「大福もいただきまーす」
みっちゃんはいつも和菓子を出してくれる。家ではシュークリームとかスナック菓子をよく食べていて、和菓子はほとんど食べたことがなかった。これも、みっちゃんのおかげで食べるようになったんだよ。
ふわっとした白いおもちは、手にしただけでとろけそう。白い粉が口の周りにつくことも気にせずかぶりつく。
「あ、イチゴ大福だったんだ!」
中から、鮮やかなイチゴが。酸味があって、あんこの甘さと相まってすごく美味しい!
「イチゴ大福を買えるのは5月中くらいだからね~」
私のテンションが上がったことが嬉しいのか、みっちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「イチゴって1年中買えないの?」
「イチゴは冬から春以外はほとんどお目にかかれないね。買えるとしたら冷凍ものかな」
「そうなんだ」
それを聞くと、大切に味わって食べないとな。
みっちゃんといると、いろんなことを知れるから、頭が良くなった気分になる!
「甘いものを食べて、元気出してね」
みっちゃんは、温かいお茶を飲みながら言う。
ああそうだった。私、ウソつきなのにイチゴ大福をおいしく食べてていいのかな……。
「波奈ちゃんは、どうしてお兄ちゃんの悠真くんを好きになったの?」
「えっとねぇ、優しくてかっこよくて……それに、私の話をたくさん聞いてくれるの」
悠真くんは、いつも落ち着いていて、私の話を否定せず聞いてくれていた。余裕があって、大人で、すてきなんだ。
「で、弟くんの楓真くんを好きになった理由は?」
あらためて聞かれると、パッと言葉が出てこない。なんで私はあの1日で楓真を好きになったんだろう?
「ええと……」
即答できないでいる私を、みっちゃんは急かすことなく待ってくれている。
このゆったりとした時間が、タイパ・コスパでなんだか忙しい日々の癒しになっている気がするんだ。
「楓真は、やさしくしてあげたくなる。それから……私にとって耳の痛い話もしてくれる」
服についたケチャップを一生懸命拭いたこと。「彼氏も推しもおもちゃじゃない」って叱られたことを思い出す。
「そうなのね。楓真くんは、人間として好きなんだ」
「人間……」
「自分に都合が悪い部分も含めて、好きなのね」
みっちゃんが、にっこりと笑った。
それはつまり、悠真くんは『自分に都合のいい人』だから好きだった、ってことになる。私は、悠真くんを『みんなに見せびらかしたい都合のいいおもちゃ』のように扱ってたのかな。
だとしたら申し訳ないし、私のことを好きになってくれなかったのも理解できる。
楓真のことは、人間として、対等な関係を持ちたかった。なのに、私が「見せびらかしたかった悠真くんの代わり」って言って、またおもちゃ扱いをしてしまったんだ。
あらためて、血の気が引く。
無理だ、嫌われた。ゼッタイ付き合えない。
庭で遊んでいる桜と小梅の姿が、薄暗くて見えなくなってきた……。お先真っ暗とはこのことか。
「あれあれ、波奈ちゃんたら。若気の至りってやつねぇ」
私が泣きついたのは「みっちゃん」こと光子さん。近所のおばあちゃんで、チワワの桜と柴犬の小梅を飼っている人なんだ。時折モフモフさせてもらいつつ、人生相談している関係なの。
みっちゃんの家は古民家って感じで、なんと縁側がある。映画のセットみたい。
「何か飲む?」
よっこいしょ、とみっちゃんが立ち上がる。
「うん、ありがとう!」
台所へ向かうみっちゃんの小さな背中を見送る。
私とみっちゃんは、桜と小梅の散歩中にちょっとずつ仲良くなったんだよ。
私の下校に使う道と、みっちゃんたちの散歩道が同じというのもあって、私から積極的に声をかけたんだ。あれからもう3年かぁ。
みっちゃん、最初は「声掛け事案で通報されるから、あんまり話しかけないで」「連れ去りだと思われるからついてこないで」って言われたんだけどね。めんどくさい世の中だよね、年の離れたお友だちが作りにくいよ……。
でも、私はみっちゃんとも、桜と小梅とも仲良くなりたかった。だから毎日少しずつ仲良くなって、お母さんにみっちゃんを紹介して、許可を得てようやくお家にお邪魔するようになれたっていうわけ。
桜と小梅をなでなで。チワワの桜の毛並みはふわふわで、柴犬の小梅はツヤツヤ。触り心地の違うモフモフに、ニヤニヤしちゃう。『どうしたの波奈ちゃん。落ち込んでいるの?』って心配してくれているような瞳で見つめられている気がして、愛おしさが増しちゃう!
なんとなく、疲れとか悩みがふわふわと消えていく感覚。これが、癒されるってことかぁ。癒されたところで、私がついたウソが帳消しになることはないんだけど……。
あーあ、悠真くんの身代わりだなんて、お願いしなきゃよかった!
でも、身代わりをしてくれなかったら、楓真のことを好きになってないかもしれない。むずかしいところ。
「お待たせ~」
「ありがとう!」
みっちゃんが、氷の入った冷たい緑茶と大福を持ってきてくれた。
桜と小梅が近寄ってくるけれど、人間の食べ物と理解しているから口にはしないよ。えらいね。『どうせもらえなさそうだし』と思ったのか、桜と小梅は庭で遊び始めた。
季節は5月。暑くて喉が渇いていたから、冷たい緑茶がおいしい。この間までは緑茶って美味しいと思わなかったんだけど、みっちゃんちで飲むようになって、好きになったんだ。中学生になったし、大人になったってことだよね。
「大福もいただきまーす」
みっちゃんはいつも和菓子を出してくれる。家ではシュークリームとかスナック菓子をよく食べていて、和菓子はほとんど食べたことがなかった。これも、みっちゃんのおかげで食べるようになったんだよ。
ふわっとした白いおもちは、手にしただけでとろけそう。白い粉が口の周りにつくことも気にせずかぶりつく。
「あ、イチゴ大福だったんだ!」
中から、鮮やかなイチゴが。酸味があって、あんこの甘さと相まってすごく美味しい!
「イチゴ大福を買えるのは5月中くらいだからね~」
私のテンションが上がったことが嬉しいのか、みっちゃんは顔をくしゃくしゃにして笑う。
「イチゴって1年中買えないの?」
「イチゴは冬から春以外はほとんどお目にかかれないね。買えるとしたら冷凍ものかな」
「そうなんだ」
それを聞くと、大切に味わって食べないとな。
みっちゃんといると、いろんなことを知れるから、頭が良くなった気分になる!
「甘いものを食べて、元気出してね」
みっちゃんは、温かいお茶を飲みながら言う。
ああそうだった。私、ウソつきなのにイチゴ大福をおいしく食べてていいのかな……。
「波奈ちゃんは、どうしてお兄ちゃんの悠真くんを好きになったの?」
「えっとねぇ、優しくてかっこよくて……それに、私の話をたくさん聞いてくれるの」
悠真くんは、いつも落ち着いていて、私の話を否定せず聞いてくれていた。余裕があって、大人で、すてきなんだ。
「で、弟くんの楓真くんを好きになった理由は?」
あらためて聞かれると、パッと言葉が出てこない。なんで私はあの1日で楓真を好きになったんだろう?
「ええと……」
即答できないでいる私を、みっちゃんは急かすことなく待ってくれている。
このゆったりとした時間が、タイパ・コスパでなんだか忙しい日々の癒しになっている気がするんだ。
「楓真は、やさしくしてあげたくなる。それから……私にとって耳の痛い話もしてくれる」
服についたケチャップを一生懸命拭いたこと。「彼氏も推しもおもちゃじゃない」って叱られたことを思い出す。
「そうなのね。楓真くんは、人間として好きなんだ」
「人間……」
「自分に都合が悪い部分も含めて、好きなのね」
みっちゃんが、にっこりと笑った。
それはつまり、悠真くんは『自分に都合のいい人』だから好きだった、ってことになる。私は、悠真くんを『みんなに見せびらかしたい都合のいいおもちゃ』のように扱ってたのかな。
だとしたら申し訳ないし、私のことを好きになってくれなかったのも理解できる。
楓真のことは、人間として、対等な関係を持ちたかった。なのに、私が「見せびらかしたかった悠真くんの代わり」って言って、またおもちゃ扱いをしてしまったんだ。
あらためて、血の気が引く。
無理だ、嫌われた。ゼッタイ付き合えない。
庭で遊んでいる桜と小梅の姿が、薄暗くて見えなくなってきた……。お先真っ暗とはこのことか。
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