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第五章
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いまいちピンとこなくて私が眉をひそめると、瑠々は少し考えた。
「たとえばね、梨緒子がお母さんとケンカして、もうお母さん嫌い! って思うじゃない。でも、風邪を引いたときに寝ずに看病してくれたとか、お弁当作ってもらったとか。そういういい想い出があれば嫌い、って気持ちは消えていく。そうでしょ。そういう積み重ねは今しか出来ない。だから、今回は私の青春を取り戻すと同時に、梨緒子にたくさん想い出を作ってほしかったの。将来挫折したり、嫌な思いをしたりした時に役立ててもらえたらって」
そんな思いがあったなんて。瑠々は自分のことばかり考えている人だと思っていた。
余計なお世話だったかしら、とくしゃっと顔をしかめ、でも笑顔で言った。思ってないくせに、と私の鼻の奥がまた痛んだ。
「なんで、そんな気遣いを私にしてくれるの。なりゆきでこうなったとはいえ」
「さぁね。年寄りの気まぐれよ。長くはない人生の……なんていうの、こういう余った時間、サッカーで言うじゃない。ロスタイムから名前変わって……ええと」
「アディショナルタイム。この前も教えたじゃん」
「そうそう。言いにくいったらないわね」
何回かアディショナルタイム、と繰り返し、瑠々は天井を見上げた。
「そのアディショナルタイムに出てきたのは、真っ黒に日焼けしてはつらつとした、素直な感情表現をする私と反対の女の子。でも友達がいないっていう共通点。人生で一度も出来なかった友達の作り方なんて私にはよくわからないけど、この子は面白いなって思った」
ベッドに横になっているから、長し目のような表情で私を見つめる。偉そうに言っているけど、内容はなんだか悲惨な気がする。
「瑠々って、六十九年間友達いないんだよね」
つい可哀想な顔になってしまう。瑠々は私の表情を見て眉をしかめた。
「悪かったわね。勉強ができて、人を見下していたら出来ないわね。そうそう。梨緒子に憧れた部分はそこにもあるかもね」
「どういうこと?」
私に憧れる部分なんてあるんだろうか? ちょっと期待してしまう。なんでもやってのける瑠々に羨ましいと思ってもらえることが一つでもあるなんて。
「昔は女の子がボールを蹴っていたらはしたないって時代だったの」
「へぇー。なんだか面倒な時代だね」
スポーツ好きとしては、性別で出来るものが減るというのは納得できない。私の顔を見て、瑠々は少し微笑んだ。
「今もテレビで見ていて、女の子がサッカーだけじゃなくてラグビーやボクシングなんかで戦っているのを見ると、怖いって思うわ。でも、彼女たちはとってもキラキラしている。今でも、古い考えやしがらみはあるでしょう。その中で、やりたいことを貫ける人たち。そういうパワーを梨緒子にも感じたの。部活を何個も掛け持ちして、やりたいことやって。私の何が悪いのって偉そうな顔して」
私は慌てて顔を押さえる。最初からそんな顔をしていたのだろうか。
「そうね。友達が欲しいなら、梨緒子はそういう表情を直すべきね。私がちょっと嫌なこと言うと、すんごいムッとした顔するもの。何か言い返してやろう、って思ってるとわかる。そういう表情を見たら、敬遠してしまう子も多いはず。優しさよ、人間は」
「……わかった」
なんだかお説教タイムになってしまった。面白くないなぁ。自分だって友達できなかったくせに。今もその不満が顔に出ているだろうけど、瑠々の前ならいいや。
「私、梨緒子とサッカーしたかった。今時の女の子の遊びをしたかったの。具合が悪くならなければね」
悔しそうに、唇を噛んだ。そんなにやってみたかったんだ、と私は頬が緩む。無理して練習しようとしていたのも、その為か。
「だったら、今日やればよかったのに」
「そうしたら、花火をしたりお買い物をしたり、可愛いパジャマでおしゃべりできないじゃない。私には計画があるのよ」
「頑固!」
お互い様、と笑いあう。計画を崩したくないって、瑠々らしい。
「明日、帰る前にやろうよ」
朝練で慣れてるから朝から動けるし、と顔を向けるが、瑠々は天井を見たまま。
「そうだね。明日、ね」
あんまり気のない返事。やりたいのか、朝から運動したくないのか、どっちなんだ。
私は起き上がり、パーカーをはおった。さすがに冷えてきた。瑠々もベッドから起き上がると、間接照明をつけ、部屋の電気を消してから窓の前に立った。
「もう寝るの?」
んー、と生返事が返ってきた。ぼんやりとオレンジ色の明かりの中、瑠々は外を眺める。
「この街は、星が見えないわね」
「そうだね。私、満天の星空って見たことない」
瑠々は目を丸くして振り返った。それから肩を落としてまた窓の外を見る。
「昔は、満天とまではいかないけど星が見えたの」
昔は結構な田舎だったから、キャンプ場やホテルがあった。でも、都市部のベッドタウンとなって駅ができ、人口が増えたとお母さんが言っていたのを思い出す。
「そうだ、怖い話をしてあげる」
いたずらっ子の顔になり、瑠々はベッドに乗り上げて私の顔を間近から見上げる。
「怖い話を聞くのは平気だよ。信じてないから」
平然と答えると、瑠々は疑う様子もなく頷いた。
「梨緒子って、目に見えないことは信じません、ってタイプね。でもこれは、今怖いと思う話じゃないの。将来怖い思いをするかも」
「何よ」
思わせぶりな話し方に、私はつい後ずさる。瑠々の顔は、ホラー作品に出てくるキャラクターのように目を大きく見開いていた。
「死んだ人は、星になるって言うわね。なんでか知ってる?」
「たとえばね、梨緒子がお母さんとケンカして、もうお母さん嫌い! って思うじゃない。でも、風邪を引いたときに寝ずに看病してくれたとか、お弁当作ってもらったとか。そういういい想い出があれば嫌い、って気持ちは消えていく。そうでしょ。そういう積み重ねは今しか出来ない。だから、今回は私の青春を取り戻すと同時に、梨緒子にたくさん想い出を作ってほしかったの。将来挫折したり、嫌な思いをしたりした時に役立ててもらえたらって」
そんな思いがあったなんて。瑠々は自分のことばかり考えている人だと思っていた。
余計なお世話だったかしら、とくしゃっと顔をしかめ、でも笑顔で言った。思ってないくせに、と私の鼻の奥がまた痛んだ。
「なんで、そんな気遣いを私にしてくれるの。なりゆきでこうなったとはいえ」
「さぁね。年寄りの気まぐれよ。長くはない人生の……なんていうの、こういう余った時間、サッカーで言うじゃない。ロスタイムから名前変わって……ええと」
「アディショナルタイム。この前も教えたじゃん」
「そうそう。言いにくいったらないわね」
何回かアディショナルタイム、と繰り返し、瑠々は天井を見上げた。
「そのアディショナルタイムに出てきたのは、真っ黒に日焼けしてはつらつとした、素直な感情表現をする私と反対の女の子。でも友達がいないっていう共通点。人生で一度も出来なかった友達の作り方なんて私にはよくわからないけど、この子は面白いなって思った」
ベッドに横になっているから、長し目のような表情で私を見つめる。偉そうに言っているけど、内容はなんだか悲惨な気がする。
「瑠々って、六十九年間友達いないんだよね」
つい可哀想な顔になってしまう。瑠々は私の表情を見て眉をしかめた。
「悪かったわね。勉強ができて、人を見下していたら出来ないわね。そうそう。梨緒子に憧れた部分はそこにもあるかもね」
「どういうこと?」
私に憧れる部分なんてあるんだろうか? ちょっと期待してしまう。なんでもやってのける瑠々に羨ましいと思ってもらえることが一つでもあるなんて。
「昔は女の子がボールを蹴っていたらはしたないって時代だったの」
「へぇー。なんだか面倒な時代だね」
スポーツ好きとしては、性別で出来るものが減るというのは納得できない。私の顔を見て、瑠々は少し微笑んだ。
「今もテレビで見ていて、女の子がサッカーだけじゃなくてラグビーやボクシングなんかで戦っているのを見ると、怖いって思うわ。でも、彼女たちはとってもキラキラしている。今でも、古い考えやしがらみはあるでしょう。その中で、やりたいことを貫ける人たち。そういうパワーを梨緒子にも感じたの。部活を何個も掛け持ちして、やりたいことやって。私の何が悪いのって偉そうな顔して」
私は慌てて顔を押さえる。最初からそんな顔をしていたのだろうか。
「そうね。友達が欲しいなら、梨緒子はそういう表情を直すべきね。私がちょっと嫌なこと言うと、すんごいムッとした顔するもの。何か言い返してやろう、って思ってるとわかる。そういう表情を見たら、敬遠してしまう子も多いはず。優しさよ、人間は」
「……わかった」
なんだかお説教タイムになってしまった。面白くないなぁ。自分だって友達できなかったくせに。今もその不満が顔に出ているだろうけど、瑠々の前ならいいや。
「私、梨緒子とサッカーしたかった。今時の女の子の遊びをしたかったの。具合が悪くならなければね」
悔しそうに、唇を噛んだ。そんなにやってみたかったんだ、と私は頬が緩む。無理して練習しようとしていたのも、その為か。
「だったら、今日やればよかったのに」
「そうしたら、花火をしたりお買い物をしたり、可愛いパジャマでおしゃべりできないじゃない。私には計画があるのよ」
「頑固!」
お互い様、と笑いあう。計画を崩したくないって、瑠々らしい。
「明日、帰る前にやろうよ」
朝練で慣れてるから朝から動けるし、と顔を向けるが、瑠々は天井を見たまま。
「そうだね。明日、ね」
あんまり気のない返事。やりたいのか、朝から運動したくないのか、どっちなんだ。
私は起き上がり、パーカーをはおった。さすがに冷えてきた。瑠々もベッドから起き上がると、間接照明をつけ、部屋の電気を消してから窓の前に立った。
「もう寝るの?」
んー、と生返事が返ってきた。ぼんやりとオレンジ色の明かりの中、瑠々は外を眺める。
「この街は、星が見えないわね」
「そうだね。私、満天の星空って見たことない」
瑠々は目を丸くして振り返った。それから肩を落としてまた窓の外を見る。
「昔は、満天とまではいかないけど星が見えたの」
昔は結構な田舎だったから、キャンプ場やホテルがあった。でも、都市部のベッドタウンとなって駅ができ、人口が増えたとお母さんが言っていたのを思い出す。
「そうだ、怖い話をしてあげる」
いたずらっ子の顔になり、瑠々はベッドに乗り上げて私の顔を間近から見上げる。
「怖い話を聞くのは平気だよ。信じてないから」
平然と答えると、瑠々は疑う様子もなく頷いた。
「梨緒子って、目に見えないことは信じません、ってタイプね。でもこれは、今怖いと思う話じゃないの。将来怖い思いをするかも」
「何よ」
思わせぶりな話し方に、私はつい後ずさる。瑠々の顔は、ホラー作品に出てくるキャラクターのように目を大きく見開いていた。
「死んだ人は、星になるって言うわね。なんでか知ってる?」
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