想い出キャンディの作り方

花梨

文字の大きさ
上 下
40 / 46
第五章

6

しおりを挟む
 帰ったらのんびりしよう、と思っていたが、屋敷に戻ったら休む間もなく「一緒にカレーを作るわよ」と言いだした。
 ずっとおもてなしされてきたから、それには違和感がある。今日も高級ディナーが食べられると思ったのに。
 怪訝な表情を見て、瑠々は恥ずかしそうにうつむいた。
「誰かと楽しんで料理を作ることなんてなかったから、やってみたくて。それに、私の味を誰かが覚えて、死んだ後に味を受け継いでくれたら。そう思って。カレーくらい、梨緒子でも作れるでしょ」
「それを言われると弱いなぁ。ずるいよ瑠々は」
 死んだ後に、と言うのは、一生のお願いだ。もう何度も使えないお願い。
「ありがと。使えるものは何でも使わないとね」
 意地悪く笑い、エプロンを渡してきた。これも先ほど買った、タグのついた新品。紺色の生地に大きなひまわりの絵がプリントされていた。
 私は料理をしない。お母さんの手伝いはいつもお姉ちゃんに任せていているから。料理上手な瑠々からしたら、きっととんでもなくヘタに見えるんだろう。
 でも、瑠々は何も言わなかった。手取り足取り、包丁の持ち方から教えてくれる。じゃがいもの皮むきをして一回り小さくなろうが、少し鍋を焦がそうが、優しく見守ってくれていた。
 使うカレールーは偶然にもウチでも使っているものだった。瑠々はそれを、甘口と中辛でブレンドして使うことが好きだと言う。
「梨緒子はおうちでどのくらい辛いカレーを食べているの?」
「私にあわせて甘口なんだ。でも、もう少し辛くてもいいと思ってるよ」
 甘口を食べているって、小学生みたいで嫌だな。私はちょっと背伸びして辛口も食べてみたかった。
「私は中辛甘口を三対一の比率で入れるの。今日はそれで試してみる?」
「うん。大人への階段だ!」
「小さい階段だけど、躓かないようにね」
 踏み台を使っているので、今の瑠々は私より少し背が高い。見上げるのは新鮮な気分だ。
「隠し味はにんにくよ。淳悟とまともに話せない梨緒子には、バツとして今日は口を臭くさせてあげるわ。まったく、行きも帰りもだんまりって馬鹿なの?」
 意地悪く、にんにくをすりおろしながら笑う。毒薬を入れる魔女みたい……。
「いいよ、淳悟さんも瑠々も、みんなで臭くなればわからなもん。隠し味かぁ。お母さんは何入れているんだろう」
「今度、聞いてみなさい。きっと喜ぶわ」
 自分の味を教えることが、そんなに嬉しいことなんだろうか。私はにんにくのおろしたての刺激に顔をしかめながら思った。
「レシピっていうから、もっと凄い作り方をするのだと思った」
「梨緒子がマネしやすい料理を選んだからね。これならメモしなくても覚えられるでしょう」
「さすがの私でも、平気」
「よし、あとは少し煮込むだけね。梨緒子は部屋で少し休んだら? 夜は長いわよ」
「あぁ、パジャマパーティーか」
 ちょっとうんざりした言葉が出た。さっきの、フワモコで可愛い服を着るのか……。
「私も残りは淳悟に任せて少し休むわ。年取るとすぐ座りたくなるから嫌ねぇ」
 甘くて可愛らしい声から、古めかしく落ち着いた話し声が聞こえるのも慣れてしまい、なんとも思わなくなってきている。
「体は若いんだから元気でしょ」
「休みたいって気持ちは残っているのよ」
 瑠々は、顔をしかめながら笑った。その表情はやっぱり、子どもではない。その度に、鼻の奥が痛くなった。
 なんだろう、この痛みは。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

混浴温泉宿にて

花村いずみ
青春
熟女好きのたかしが経験したおばさん3人との出会い

切り札の男

古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。 ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。 理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。 そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。 その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。 彼はその挑発に乗ってしまうが…… 小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。

処理中です...