想い出キャンディの作り方

花梨

文字の大きさ
上 下
31 / 46
第四章

1

しおりを挟む
 ちゃぷん、とお湯の滴る音を聞きながら、私はようやくひと心地ついた。
 体を洗い、広々とした浴槽に浸かりながら自分の準備の甘さを嘆く。
 ぼんやりと窓を見上げる。
 浴槽にはジャグジーのボタンもついているし、とても高級なお風呂だ。異次元の世界だなぁ。バラを浮かべても違和感なさそう。
 セレブな妄想をしていると、脱衣所で物音がした。
 顔を向けると同時にがしゃん、と荒い音をたてて瑠々がドアを開けて入ってきた。
「梨緒子、体洗い終わった?」
「びっくりした!」
 女の子同士ではあるけれど、私は自分の腕で体の前を隠す。しかし、瑠々はそのまんま、裸を私の前にさらけ出していた。
 気が弱いという本物の瑠々ちゃんが「おばあちゃま、やめて~」と恥ずかしがっているのではないかと思い、とっさに目を反らした。
「裸の付き合いをしようじゃないの! ほら、冷たいサイダー持って来たよ」
 氷がたっぷりのグラスと、ペットボトルのサイダーをトレイに乗せ、浴槽の縁に置いた。
 縁もちょっとしたテーブルくらい広いから、置いても落ちる気配はない。
 慌しくかけ湯をすると、飛び込むように浴槽に入ってきた。顔にお湯がかかり、私は眉をひそめる。
「何、なんなの」
 不審者でも見るような気分で瑠々を見た。
「あのさ、体は小学生の瑠々ちゃんでしょ。勝手に裸を私に見せていいの」
 しかし、その言葉はまるで腑に落ちない様子だった。
「減るもんじゃないし、これから友達になるんだからいいじゃない。梨緒子が言いふらさなければ誰も知らないわ」
 そういう問題か、と思ったけれど、瑠々に口答えしたところで適当に正論めいたことを言われて終わりだろう。生まれた時代が違いすぎる。
 諦めて私はサイダーをコップに注いだ。
「本物の瑠々ちゃんも、瑠々みたいな強引さがあれば友達できたかもね」
「あら、私みたいな人でも友達は出来ないわよ」
「そうなの?」
 サイダーちょうだい、と瑠々は手で催促した。
 私はもう一つのコップを手渡し、サイダーを注いだ。
 勢い良く注いでしまったせいで、シュワシュワ溢れた泡が、お湯に落ちてすぐに消えた。
 人魚みたいに、瑠々も近いうちに消えてしまうんだろうか。
「おっとっと。入れすぎよ。あー日本酒なら最高なのにな」
 冷酒をくいっと、と手であおるマネをする。
「体はか弱い瑠々ちゃんなんだから、お酒は飲んじゃダメだよ」
「わかってるわよ。あー死ぬ前に一杯したかったわぁ」
 乾杯、とグラスを合わせてくる。何に乾杯だかわからないけれど、調子を合わせた。冷たいサイダーは、お風呂で温まった体を冷やし、喉を潤してくれた。
「最高! お風呂場でサイダーなんて飲んだら親に怒られるもんね」
「今日は何もかも特別よ」
 瑠々はグラスを持ち上げ、妖艶とも言える笑みを浮かべる。手にしているのはサイダーではなく、本当に日本酒なのでは、と思ってしまう。くりくりと大きな黒い瞳にボブの髪の幼い少女なのに。
「瑠々にも友達はいないけど、私にもいないのよ。いらないものだと思っていたし、気がつけば自分以外の事で大忙しだったしね。私の自慢は友達が少ないこと、って豪語していた位よ。煩わしい人間関係に悩むくらいなら、自分のペースで生きていたいもの」
 そんな自慢があるのか、と私は少し呆れてしまう。強がりにしか見えない。
「瑠々ちゃんも、その血を受け継いだわけか。かわいそうに」
「あなた、嫌な物言いするわね。だから友達できないのよ」
 言われなくても、と思いつつ、確かにそうだ。普段相槌しか打たないのに、いざ口を開けばイヤなことを言うから場の空気が悪くなっていたのだろう。自覚はなかったけれど。
「瑠々のため、といいつつ、結局自分のためかもね。私も、本当ならこうして友達とお泊まり会をしていたかもしれない。年をとってもお友達同士で泊まりに来るお客様はたくさんいたわ。それが心底羨ましかった。幼なじみで、五十年の付き合いとか。カラオケサークルの仲間とか。嫉妬を隠して心からもてなすことには慣れていたけど、心のどこかで羨ましかったんだと思うわ」
 やっぱり強がりだったのか。悔しそうに想い出を語っていた。
「人生に後悔していない、って言ったけど、本当はしているの?」
 ためらいながらも口を開いた私に、瑠々は眉をくいっとあげた。その仕草は、外国の映画に出てきそうなものだ。
「していると言ってしまうと、私の六十九年を自分で否定してしまうからね。そこはご想像にお任せします」
「私、大人の空気とかそういうの、察してと言われてもわからないよ。六十九年の重みもわからない」
 余計なことを言って、傷つけてしまったら。
 同学年ですらあまり状況を読めていないというのに、難しい問題だ。顔をさげた私に、瑠々は明るい声をあげた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

僕らの10パーセントは無限大

華子
青春
 10%の確率でしか未来を生きられない少女と  過去に辛い経験をしたことがある幼ななじみと  やたらとポジティブなホームレス 「あり得ない今を生きてるんだったら、あり得ない未来だってあるんじゃねえの?」 「そうやって、信じたいものを信じて生きる人生って、楽しいもんだよ」    もし、あたなら。  10パーセントの確率で訪れる幸せな未来と  90パーセントの確率で訪れる悲惨な未来。  そのどちらを信じますか。 ***  心臓に病を患う和子(わこ)は、医者からアメリカでの手術を勧められるが、成功率10パーセントというあまりにも酷な現実に打ちひしがれ、渡米する勇気が出ずにいる。しかしこのまま日本にいても、死を待つだけ。  追い詰められた和子は、誰に何をされても気に食わない日々が続くが、そんな時出逢ったやたらとポジティブなホームレスに、段々と影響を受けていく。  幼ななじみの裕一にも支えられながら、彼女が前を向くまでの物語。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

ガラスの世代

大西啓太
ライト文芸
日常生活の中で思うがままに書いた詩集。ギタリストがギターのリフやギターソロのフレーズやメロディを思いつくように。

握手会にハマったバツいちオジ

加藤 佑一
青春
握手会とはビジュアル国内トップクラスの女性が、自分の為だけに笑顔を向けてくれる最高の時間である。 ルックスも性格も経歴も何もかも凡人のバツイチのおじさんが、女性アイドルの握手会にハマってしまう。 推しが人気者になるのは嬉しいけど、どんどん遠くなっていく推しに寂しさを覚えてしまう。 寂しさをを覚えながらも握手会を通して推しの成長を見守るお話です。 現在国民的アイドルグループになったグループを結成初期からヲタ活を続けた方をモチーフにしてます。 真実が7割、記憶があやふやなので創作したが3割ほどと思って楽しんで頂けたら幸いです。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

僕たち

知人さん
青春
主人公の男子高校生が幼い頃、 亡くなったはずの兄弟と再会するが、 再会できた場所は心、精神の中で 自由に自分の身体に兄弟を呼び出す事が 可能。 だけど身体を使わせるたびに体調が 悪化していき、主人公の男性は ある日、学校で倒れてしまう。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...