想い出キャンディの作り方

花梨

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第三章

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 同じ商品はあっても、買いなおして済むものではない。
 大切なものを無くして「どこにでも売っているからいいじゃない」と言われても、納得できない。
「でも、もういいわ」
「え?」
 私が反省していることを見越してか、瑠々は明るい声でまっすぐな瞳を向けてきた。
「こうして、私の想い出を聞いてくれただけで、少しは成仏できた気がするわ。想い出って、共有できたらそれでいいのかもね」
 成仏なんて、まだ言わないでよ。
 私は泣き出したくなった。本当は、また『雨傘』を見たいはず。けれど、きっと私に気を遣って。淳悟さんにも心配かけさせないように。残っている時間を考えてのことかもしれない。
「ダメだよ、そんなの」
 搾り出すように、私は言う。手に、自然と力がこもっていた。
「私、協力するから。『雨傘』見つけようよ」
 なぜだか私がお願いするように、瑠々を見つめた。驚いたように、瑠々は大きな瞳を見開いている。それから、自然な笑顔で私を見つめ返した。
「ありがとう、梨緒子」
 この笑顔は、もしかしたら本物の瑠々からは見ることが出来ないのかもしれない。
 今こうして笑って、私と話しているのは妙さんだ。見た目は同じでも、心は違う。
 信じられなかったけど、信じるしかなくなってしまった。
「下調べしてくれたのならわかるでしょ。模造品を見つけるなんて途方もないことなのよ」
 諦めたような口調に、なぜか私は苛立ってしまう。
「誰かが持っていったのか、捨てたのか、しまいこんで無くしたのか。どうやって無くしてしまったのかわかっているの? 少しはヒントがあるはずだよ」
「わからないわ。紛失したのは夫が亡くなる少し前。四年前ね。誰も知らない間に消えてしまったの。私が見に来た次の日、管理人から連絡があってね。つまり、最後の目撃者は私だったの」
「その一日の間に盗まれたのかな」
「ここから誰かが持っていった、というのもあまり考えられないわ」
「どうして? 美しい絵なら、欲しがる人もいるはずだよ」
 畳み掛けるような質問に、瑠々は困ったように眉をひそめた。
「盗むほど価値があるものではないわ。それに、かなり大きいから、持ち運びも大変でしょうし、それに見合う対価はないわね」
 瑠々は、両手を広げて絵の大きさを表した。瑠々が一人では持てない大きさのようだ。うっかり落としたというには無理がある。
「それにここに出入りしている人ならば、あの絵を私がどれほど愛していたか知っている。管理人を含めてね。知っていて盗んだとしたら」
 そこで言葉を切り、瑠々は淳悟さんの顔をちらりと見た。唐突な視線に、淳悟さんはうろたえた。
「な、なんですか」
「私に恨みがあって、腹いせに絵を燃やしてやった、というのが、一番ありえる話」
「そんな」
 僕はしません、と言わんばかりに首をぶんぶん振った。
「淳悟を疑っているわけじゃない。だってあなたはホテルの跡継ぎは兄弟にまかせる向上心の無さだし、私とさして面識もない。ただ漠然と生きているだけで私に恨みを持つようなエネルギーもないでしょう? だからこの企みの共犯者にしたの」
 酷い言われようだけど、淳悟さんは安心したように顔をほころばせた。
「そんなにまで恨みをかうようなことをしていたの?」
「これだけ生きて大きな旅館の女将っていう立場でいれば、誰でもいくらでもあるんじゃない? とはいえ、殺してやるとまでは恨まれていないだけでも、上手く生きることが出来たと思うわ」
 ふふっ、と柔らかい笑みをする。見た目は子どもだから無邪気なものだけど、話を聞いてしまった以上、笑えない。
「蔵を含め、この屋敷を探して無かった以上、『雨傘』を見つけることは非常に困難だ、ということね」
「それじゃあ、私はどうしたら」
 心細いような気持ちになる。最初から、瑠々は『雨傘』を見つけることを諦めているんだ。だったら、なぜ私にこの話をしたのだろう。
 なぜ、孫の姿を借りてまでここに留まっているのに、簡単に諦めるの。
「ごめんなさいね。やる気を持って来てくれたのに。でも嬉しかった。梨緒子が下調べをしてここに来てくれたこと」
 瑠々は残りの麦茶をぐいっと飲み干す。まるで子どもらしさのない仕草だった。うちのお父さんっぽい。
「お風呂に入ったら? お湯ははっておいたからすぐに入れるわ。今日は早く寝ましょう。本当は夜更かしして、梨緒子と遊びたかったんだけど」
 淳悟さんを睨む。淳悟さんは当然だ、と口を真一文字に閉じて頷いた。
「当たり前です。瑠々さんも梨緒子さんも、今日は早く寝てくださいね」
 本当のお父さんみたいだ。私も瑠々も、その渋い表情を見て噴き出した。
「淳悟も、いつの間にかおじさんっぽくなったわねぇ」
「淳悟さん、隠居、ってあだ名されていたくらいですもんね」
「梨緒子ちゃん、それは瑠々さんには秘密で……」
 しー、と唇に人差し指をあてる淳悟さんに私は慌てるけれど、もう遅かった。
「隠居って、その年でそんなあだ名つけられていたの? 本当に覇気がない子ね。どうしてそんなやる気のない子になったのかしら!」
 怒り出した瑠々を見て、淳悟さんは私にちょっと恨みがましい顔をした。まさか、言っちゃいけない事だと思っていなかった。
「あ、えーと、お風呂の準備しよっかな。ご馳走様でした!」
 私は白々しい態度でダイニングを出た。
 ふふ、と笑みがこぼれる。
 淳悟さんには悪いけど、こういうの、とっても楽しい。人の家の事情を垣間見るのは初めてだ。お泊まり会、って感じ!
「梨緒子さん、お風呂の場所、教えてないですよ」
 すぐ飛び出してきた淳悟さんも、瑠々から逃げてきたのだろう。困ったようにちらちら後ろを振り返りながらダイニングから出てきた。
「あ、そっか。後先考えず、とりあえず逃げてきちゃった」
「僕もです」
「すみません、言ったらダメだって思わなくて」
「どうも僕のそういう部分が気に入らないみたいですけど、そうは言っても直りませんから。いつも聞き流してます」
 淳悟さんと、優しい視線を交わした。
 私はこんな時間があることを初めて知った。言葉がなくても通じて、同じ思いを視線で交わして。家族だったら出来たけど、他人の、男の人と出来るなんて。
 好きって、こういうことなんだろうな。でも、淳悟さんは中一の子どもには興味ないだろう。あったら、それはそれでちょっと引くし。
 憧れの、遠い存在くらいが良い。
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