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第三章
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ダイニングにつくと、すでにテーブルには皿が並んでいた。瑠々が焼いたというパン。粉チーズのかかったサラダ。水色のランチョンマットが三つ、同じ色のフォークとナイフが並べられている。
私たちに気がついた淳悟さんが顔をあげる。
「おはようございます。よくお眠りだったので、起こせませんでしたよ」
そのまま、キッチンに姿を消した。
起こせなかった、ということは、私の部屋に来て、寝顔を見たということ? ヨダレたしてなかった? イビキかいていなかった?
私は顔のまわりを手で触れて確認する。口周りはとりあえず綺麗だった。
「梨緒子、顔赤いわよ」
瑠々の冷たい視線と言葉に、私はピッと背筋を正す。
「別に動揺してないし」
「はいはい、座ってちょうだい。あなたはこっちね。淳悟、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫です。瑠々さんは座ってください」
ほかほかと、湯気のあがる大きなトレイを手に淳悟さんはキッチンから出てきた。
「これが、牛ほほ肉の赤ワイン煮です」
白いお皿に乗せられたお肉。飴色のソースがかかっていて、色々な種類の豆が添えられている。
「好き嫌いを聞くの忘れていたけれど、梨緒子なら何でも食べるでしょ、と思って作ったの。アレルギーはないって聞いておいたし」
人のことをガサツに扱うな、と思うけれど、実際そうだから言い返せない。
「あれ、アレルギーの話してないよ」
「僕がお母様とお電話した時に、お尋ねしておいたんです」
すべての給仕を終えた淳悟さんも席につく。私の前に瑠々、斜め向かいに淳悟さん。きちんと聞く辺り、この二人にぬかりとか油断という言葉はない。きっちりしているな。お母さんも一安心だな。
「どうぞ、召し上がってください」
「はい、いただきます」
テーブルマナーは知らない。見よう見まねで、テーブルの上のナイフとフォークを手にする。
ナイフを刺し込むと、ほどけるように肉が切れた。口に運ぶと、今まで食べていたのは肉ではない、というくらいに別次元の味わいだ。よく聞く「噛まなくても飲み込める」お肉だ。真夏に食べてもしつこくない。けれど旨みがある。
「美味しい。こんな食べ物、初めての遭遇」
「何その感想」
苦笑いしながらも、瑠々は満面の笑顔だった。この可愛い顔も見慣れてきた。
「私も頂くわ。お昼も食べ損ねたからお腹すいたもの」
熱中症になりかかって倒れていたとは思えない食欲旺盛さを見せ、瑠々は大きく口をあけて肉をほおばる。
「おいしー。私、天才だわ」
ご満悦で、パンをちぎって口に入れる。これも最高、と満足げに目を細める。その様子に水を差すように、小さくカットした肉を飲み込んだ淳悟さんが突っ込みを入れた。
「ま、ネットに載っていたレシピそのままですけれどね」
「言わなくていいわよ、そんなこと」
淳悟さんの暴露に、肘で小突いて反撃している。
「元気になってよかったです。焦りすぎて僕も倒れるかと思いました」
「だーかーら、ちょっとめまいがしただけで大げさ。熱中症じゃなくて、寝不足だもの」
二人は親しげに、だけど少し距離を持って会話している。
フォークでサラダのレタスを突き刺しながら、私は不思議な気持ちだった。
美味しい食事、おかしな関係の二人。
私が今まで生きてきた世界とは、まるで違う次元で進んでいるのではないかと思える。寝ても醒めても見ていられる夢、みたいな。
「どうしたの。ぼんやりして」
心配そうに、瑠々が私の様子を伺う。
「なんでも……ううん。気になることはたくさんある」
その言葉に、瑠々も淳悟さんも、ぴたり、と動きを止めた。
「そうね、言って、理解してもらえなかったらと思ってつい先延ばしにしてしまったけれど、泊まるからには色々知りたいことだらけよね」
でも、と瑠々は肉を口にしながら「食べ終わってからね」と言った。それには、私も従う。こんなに美味しい料理が冷めたらもったいないもん。
それまでは、部屋の内装についての感想を求められたり、瑠々のファッションセンスについて尋ねられたり、という他愛のない会話をして食事を進めた。
内装は、褒める以外受け付けない雰囲気だったので、褒めちぎった。素敵な部屋であることは間違いない。
瑠々のファッションセンスについては、自分のセンスではないからわからないけど可愛いことには違いない。ワンピースは、可愛い子に許されたものだ。
私の褒め言葉に、うんうん、とうなずく瑠々。当たり前に褒められた事を受け入れる姿に、私はどうリアクションを返していいかわからなくなった。自信家だな。知っているけれど。
褒めることは出来たけれど、御礼を言うことは出来なかった。なんだか、気恥ずかしい思いが勝ってしまって。
お腹が満たされた時には、外はすっかり暗くなっていた。
「ごちそうさまでした。美味しかった!」
「いえいえ、お粗末様でした」
嬉しそうに、瑠々は口元をナプキンで拭った。
食器を片付けた淳悟さんが、食後のドリンクとして麦茶を出してくれた。丸いグラスが可愛い。これが至れり尽くせりというものか。高級なベッドでお昼寝して、高級なディナーが出てくる。なんて心地よいものなんだろう。セレブになった気分。
「じゃあ、本題に入ろうかしらね」
食事を終え、ナプキンで口を拭った瑠々が口を開く。それがきっかけになり、場の雰囲気が引き締まった。私は思わず、ごくり、と喉で音をたて麦茶を飲んでしまった。
「私、中身はおばあちゃんなの」
私たちに気がついた淳悟さんが顔をあげる。
「おはようございます。よくお眠りだったので、起こせませんでしたよ」
そのまま、キッチンに姿を消した。
起こせなかった、ということは、私の部屋に来て、寝顔を見たということ? ヨダレたしてなかった? イビキかいていなかった?
私は顔のまわりを手で触れて確認する。口周りはとりあえず綺麗だった。
「梨緒子、顔赤いわよ」
瑠々の冷たい視線と言葉に、私はピッと背筋を正す。
「別に動揺してないし」
「はいはい、座ってちょうだい。あなたはこっちね。淳悟、ひとりで大丈夫?」
「大丈夫です。瑠々さんは座ってください」
ほかほかと、湯気のあがる大きなトレイを手に淳悟さんはキッチンから出てきた。
「これが、牛ほほ肉の赤ワイン煮です」
白いお皿に乗せられたお肉。飴色のソースがかかっていて、色々な種類の豆が添えられている。
「好き嫌いを聞くの忘れていたけれど、梨緒子なら何でも食べるでしょ、と思って作ったの。アレルギーはないって聞いておいたし」
人のことをガサツに扱うな、と思うけれど、実際そうだから言い返せない。
「あれ、アレルギーの話してないよ」
「僕がお母様とお電話した時に、お尋ねしておいたんです」
すべての給仕を終えた淳悟さんも席につく。私の前に瑠々、斜め向かいに淳悟さん。きちんと聞く辺り、この二人にぬかりとか油断という言葉はない。きっちりしているな。お母さんも一安心だな。
「どうぞ、召し上がってください」
「はい、いただきます」
テーブルマナーは知らない。見よう見まねで、テーブルの上のナイフとフォークを手にする。
ナイフを刺し込むと、ほどけるように肉が切れた。口に運ぶと、今まで食べていたのは肉ではない、というくらいに別次元の味わいだ。よく聞く「噛まなくても飲み込める」お肉だ。真夏に食べてもしつこくない。けれど旨みがある。
「美味しい。こんな食べ物、初めての遭遇」
「何その感想」
苦笑いしながらも、瑠々は満面の笑顔だった。この可愛い顔も見慣れてきた。
「私も頂くわ。お昼も食べ損ねたからお腹すいたもの」
熱中症になりかかって倒れていたとは思えない食欲旺盛さを見せ、瑠々は大きく口をあけて肉をほおばる。
「おいしー。私、天才だわ」
ご満悦で、パンをちぎって口に入れる。これも最高、と満足げに目を細める。その様子に水を差すように、小さくカットした肉を飲み込んだ淳悟さんが突っ込みを入れた。
「ま、ネットに載っていたレシピそのままですけれどね」
「言わなくていいわよ、そんなこと」
淳悟さんの暴露に、肘で小突いて反撃している。
「元気になってよかったです。焦りすぎて僕も倒れるかと思いました」
「だーかーら、ちょっとめまいがしただけで大げさ。熱中症じゃなくて、寝不足だもの」
二人は親しげに、だけど少し距離を持って会話している。
フォークでサラダのレタスを突き刺しながら、私は不思議な気持ちだった。
美味しい食事、おかしな関係の二人。
私が今まで生きてきた世界とは、まるで違う次元で進んでいるのではないかと思える。寝ても醒めても見ていられる夢、みたいな。
「どうしたの。ぼんやりして」
心配そうに、瑠々が私の様子を伺う。
「なんでも……ううん。気になることはたくさんある」
その言葉に、瑠々も淳悟さんも、ぴたり、と動きを止めた。
「そうね、言って、理解してもらえなかったらと思ってつい先延ばしにしてしまったけれど、泊まるからには色々知りたいことだらけよね」
でも、と瑠々は肉を口にしながら「食べ終わってからね」と言った。それには、私も従う。こんなに美味しい料理が冷めたらもったいないもん。
それまでは、部屋の内装についての感想を求められたり、瑠々のファッションセンスについて尋ねられたり、という他愛のない会話をして食事を進めた。
内装は、褒める以外受け付けない雰囲気だったので、褒めちぎった。素敵な部屋であることは間違いない。
瑠々のファッションセンスについては、自分のセンスではないからわからないけど可愛いことには違いない。ワンピースは、可愛い子に許されたものだ。
私の褒め言葉に、うんうん、とうなずく瑠々。当たり前に褒められた事を受け入れる姿に、私はどうリアクションを返していいかわからなくなった。自信家だな。知っているけれど。
褒めることは出来たけれど、御礼を言うことは出来なかった。なんだか、気恥ずかしい思いが勝ってしまって。
お腹が満たされた時には、外はすっかり暗くなっていた。
「ごちそうさまでした。美味しかった!」
「いえいえ、お粗末様でした」
嬉しそうに、瑠々は口元をナプキンで拭った。
食器を片付けた淳悟さんが、食後のドリンクとして麦茶を出してくれた。丸いグラスが可愛い。これが至れり尽くせりというものか。高級なベッドでお昼寝して、高級なディナーが出てくる。なんて心地よいものなんだろう。セレブになった気分。
「じゃあ、本題に入ろうかしらね」
食事を終え、ナプキンで口を拭った瑠々が口を開く。それがきっかけになり、場の雰囲気が引き締まった。私は思わず、ごくり、と喉で音をたて麦茶を飲んでしまった。
「私、中身はおばあちゃんなの」
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