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第二章
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「よし、じゃあ色々決めないとね!」
お泊まり会って何? と言っていた割に、瑠々はてきぱきと私に指示を出してきた。
まず、私たちの関係。
これまで紹介したことのないし、学校の友達でもないのに泊まりに行くのは、ご家族に不安を与えると瑠々は言う。確かにその通り。
そこで、ストーリーを仕立てることになった。
私と瑠々は、小学五年の時、同じクラスだった子。瑠々は家庭の事情により半年で転校。久しぶりにこの街に戻ってきて再開し、短い夏休みの間にたくさん話せるよう、お泊り会をすることにした、というものに。
「昔の友達かー。それじゃあ、今の私に友達がいないことには変わりないじゃない」
私のぼやきに、瑠々は顔を歪め、新しいエピソードを追加した。
「二人きりではなく、今も同じ中学に通う子も参加予定だと言えばいい。それ以上突っ込まれないよう、適当に逃げておきなさい」
面倒そうな顔と口調で付け加えた。
「それから、ここの電話番号をきちんとお知らせして。親御さんからすればお泊りなんて一大イベントだから、絶対に連絡したがるわ」
「あ、はい。そういえば、お母さんも連絡しなきゃって言ってました」
つい敬語になってしまった。
「淳悟、あなた私の父親の役をやりなさい。設定は父子家庭でいいわ」
隣で我関せずといった様子でアイスティーを飲んでいた淳悟さんは驚いた様子もなく、はいはいと頷いた。凄いな。瑠々のやることに慣れているというか。
父子家庭の藤久保さん家。一年振りに再会して、お泊まり会。
ぼっちの夏だったはずが、可愛い女の子と、カッコいいパパと過ごす夏が瞬時に出来上がってしまった。
「日程はいつがいいかしら」
「いつでも。私、ヒマだから」
「そうね。あまりに急なのもおかしいけど、こちらものんびりはしていられないから……来週日曜からがいいわ。何泊する? 二泊くらいはする?」
二泊三日もいてケンカが起きたら嫌だな、と思いつつも『雨傘』を探すのも手伝わなくてはいけないし。
「そうだね。二泊で」
瑠々って凄いんだな。
呆気にとられたまま、気がついたら私はふじくぼの電話番号をメモした紙を手にしていた。ぼんやり流されるまま物事が決まるのは、頼もしくもあり恐怖でもある。
淳悟さんが「失礼」と席を立つ。私たちの空いた食器をキッチンまで運んでいった。
「来週までに、宿題すませておきなさいよ」
「まだ八月上旬じゃない」
「あぁ、あなた勉強より運動ってタイプだものね。どうせ月末まで手をつけずに親御さんに泣きつくんでしょうね」
ニヤニヤしながら、瑠々は泣きまねをした。バカにして!
「失礼な。勉強もそこそこできるもん。逆に、瑠々は勉強しか出来なさそう。体育でバカにされるタイプだ」
からかうと、瑠々はなぜか笑顔を見せた。
「ようやく瑠々ちゃん、なんていう上っ面の呼び方やめてくれたのね、梨緒子」
「え、そっち?」
呼び捨てにされ、私の方が慌ててしまう。ずっと『あなた』って言っていたのに。
「瑠々ちゃん、って言いにくそうにしていたら、距離をとりたいのだと思っていたわ。よかった。お泊まり会、楽しくなりそうね」
上機嫌の瑠々は、何の料理作ろうかな、とタブレットを開いてレシピサイトを見始めた。
ついていけない。呼び捨てにしたこと、なんで喜ぶの。
ぐったりしかかっていると、席を外していた淳悟さんが私のサッカーボールを持って来た。
「今度は忘れずにね」
そうだった、これを取りにきたのだ。
受け取ろうと手を出しかけて、ひっこめた。
「私はお泊り会までに、ちゃんと宿題してくる。その代わり、瑠々はこれでサッカーしなさい」
「はい?」
私の提案に、瑠々は目を大きく広げた。
「運動不足っぽいし。ちょっとは鍛えたら?」
ぶっきらぼうに言うと、瑠々はすんなりと受け入れた。立ち上がって、淳悟さんからボールを取る。
「やってみたかったんだよね。サッカー。梨緒子、サッカー好きなんだね」
「サッカーだけじゃないよ。バスケにテニス、水泳は部活でやってる」
「そんなに部活をかけもちしているのに、暇なの?」
呆れたように言われる。自分でも呆れる。
「どれも正式な部員じゃないよ。大会に出るときに人数足りないとか、練習相手いないとか、頼まれると断れなくて」
都合よく頼まれるけれど、誰も友達にはなってくれない。
自分で言っていて悲しくなる。
「いいわ。やってみる。時間があったら一緒に体動かしましょう」
嬉しそうに、瑠々はボールを手でぽんぽんと叩いた。気に入ったのかな、汚いボールだけど。
「食事は腕によりをかけてご馳走するわ」
「いいよ、そんなに気を遣わなくても」
「私の家に泊まりたいというからには、それくらいのおもてなしは受け入れなさい」
強引に押し切られる。圧が凄い。
「わかったよ」
「早めにお肉屋さんに電話して用意してもらうのは早い方がいいわね」
ブツブツと独り言で予定を立てている。
わざわざお肉屋さんに用意してもらって、下ごしらえをするだなんて、何を出してくれるのだろう。随分細かく決めるタイプなんだなぁ。自己紹介で漢字まで把握したいのだから、この程度当たり前か。
「こっちもやることあるから、梨緒子もさっさと帰って宿題しなさい」
「よろしく……お願いします」
自分から巻き込んでおいて、なんだか巻き込まれた気分のまま、私はふじくぼを後にした。
お泊まり会って何? と言っていた割に、瑠々はてきぱきと私に指示を出してきた。
まず、私たちの関係。
これまで紹介したことのないし、学校の友達でもないのに泊まりに行くのは、ご家族に不安を与えると瑠々は言う。確かにその通り。
そこで、ストーリーを仕立てることになった。
私と瑠々は、小学五年の時、同じクラスだった子。瑠々は家庭の事情により半年で転校。久しぶりにこの街に戻ってきて再開し、短い夏休みの間にたくさん話せるよう、お泊り会をすることにした、というものに。
「昔の友達かー。それじゃあ、今の私に友達がいないことには変わりないじゃない」
私のぼやきに、瑠々は顔を歪め、新しいエピソードを追加した。
「二人きりではなく、今も同じ中学に通う子も参加予定だと言えばいい。それ以上突っ込まれないよう、適当に逃げておきなさい」
面倒そうな顔と口調で付け加えた。
「それから、ここの電話番号をきちんとお知らせして。親御さんからすればお泊りなんて一大イベントだから、絶対に連絡したがるわ」
「あ、はい。そういえば、お母さんも連絡しなきゃって言ってました」
つい敬語になってしまった。
「淳悟、あなた私の父親の役をやりなさい。設定は父子家庭でいいわ」
隣で我関せずといった様子でアイスティーを飲んでいた淳悟さんは驚いた様子もなく、はいはいと頷いた。凄いな。瑠々のやることに慣れているというか。
父子家庭の藤久保さん家。一年振りに再会して、お泊まり会。
ぼっちの夏だったはずが、可愛い女の子と、カッコいいパパと過ごす夏が瞬時に出来上がってしまった。
「日程はいつがいいかしら」
「いつでも。私、ヒマだから」
「そうね。あまりに急なのもおかしいけど、こちらものんびりはしていられないから……来週日曜からがいいわ。何泊する? 二泊くらいはする?」
二泊三日もいてケンカが起きたら嫌だな、と思いつつも『雨傘』を探すのも手伝わなくてはいけないし。
「そうだね。二泊で」
瑠々って凄いんだな。
呆気にとられたまま、気がついたら私はふじくぼの電話番号をメモした紙を手にしていた。ぼんやり流されるまま物事が決まるのは、頼もしくもあり恐怖でもある。
淳悟さんが「失礼」と席を立つ。私たちの空いた食器をキッチンまで運んでいった。
「来週までに、宿題すませておきなさいよ」
「まだ八月上旬じゃない」
「あぁ、あなた勉強より運動ってタイプだものね。どうせ月末まで手をつけずに親御さんに泣きつくんでしょうね」
ニヤニヤしながら、瑠々は泣きまねをした。バカにして!
「失礼な。勉強もそこそこできるもん。逆に、瑠々は勉強しか出来なさそう。体育でバカにされるタイプだ」
からかうと、瑠々はなぜか笑顔を見せた。
「ようやく瑠々ちゃん、なんていう上っ面の呼び方やめてくれたのね、梨緒子」
「え、そっち?」
呼び捨てにされ、私の方が慌ててしまう。ずっと『あなた』って言っていたのに。
「瑠々ちゃん、って言いにくそうにしていたら、距離をとりたいのだと思っていたわ。よかった。お泊まり会、楽しくなりそうね」
上機嫌の瑠々は、何の料理作ろうかな、とタブレットを開いてレシピサイトを見始めた。
ついていけない。呼び捨てにしたこと、なんで喜ぶの。
ぐったりしかかっていると、席を外していた淳悟さんが私のサッカーボールを持って来た。
「今度は忘れずにね」
そうだった、これを取りにきたのだ。
受け取ろうと手を出しかけて、ひっこめた。
「私はお泊り会までに、ちゃんと宿題してくる。その代わり、瑠々はこれでサッカーしなさい」
「はい?」
私の提案に、瑠々は目を大きく広げた。
「運動不足っぽいし。ちょっとは鍛えたら?」
ぶっきらぼうに言うと、瑠々はすんなりと受け入れた。立ち上がって、淳悟さんからボールを取る。
「やってみたかったんだよね。サッカー。梨緒子、サッカー好きなんだね」
「サッカーだけじゃないよ。バスケにテニス、水泳は部活でやってる」
「そんなに部活をかけもちしているのに、暇なの?」
呆れたように言われる。自分でも呆れる。
「どれも正式な部員じゃないよ。大会に出るときに人数足りないとか、練習相手いないとか、頼まれると断れなくて」
都合よく頼まれるけれど、誰も友達にはなってくれない。
自分で言っていて悲しくなる。
「いいわ。やってみる。時間があったら一緒に体動かしましょう」
嬉しそうに、瑠々はボールを手でぽんぽんと叩いた。気に入ったのかな、汚いボールだけど。
「食事は腕によりをかけてご馳走するわ」
「いいよ、そんなに気を遣わなくても」
「私の家に泊まりたいというからには、それくらいのおもてなしは受け入れなさい」
強引に押し切られる。圧が凄い。
「わかったよ」
「早めにお肉屋さんに電話して用意してもらうのは早い方がいいわね」
ブツブツと独り言で予定を立てている。
わざわざお肉屋さんに用意してもらって、下ごしらえをするだなんて、何を出してくれるのだろう。随分細かく決めるタイプなんだなぁ。自己紹介で漢字まで把握したいのだから、この程度当たり前か。
「こっちもやることあるから、梨緒子もさっさと帰って宿題しなさい」
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※1 本作は、「ラムネ色した空は今日も赤く染まる」という以前書いた短編を元にしています。
※2 以下の作品について、本作の性質上、物語の核心、結末に触れているものがあります。
〈参考〉
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ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(ハヤカワepi文庫)
堀辰雄『風立ちぬ/菜穂子』(小学館文庫)
三田誠広『いちご同盟』(集英社文庫)
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村上春樹『ノルウェイの森』(講談社文庫)
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