想い出キャンディの作り方

花梨

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第一章

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 カフェオレを飲み終え、屋敷を出た。
 夕方になって、少し風が涼しく感じられる。
 淳悟さんが、元のキャンプ場跡まで送ってくれる。歩きながらも気を遣って、いつもどんなテレビ見るの? 最近どんな遊びが流行ってるの? と、他愛の無い話で場を繋いでくれた。
 救われる気持ちで、私はそれなりに明るい気持ちに戻ったような気がした。空元気かもしれないけれど。
 淳悟さんは、良く冷えたペットボトルのスポーツドリンクを渡してくれた。
「それじゃ、まだまだ暑いですから。熱中症には気をつけて」
 セミの鳴き声が大音量で響く中涼やかな表情で、淳悟さんは私に別れの言葉をかける。
「ありがとうございました。カフェオレとスポドリ、ありがとうございます」
 そういう私に、笑顔で小さく手を振ると、淳悟さんは背中を向けてあのお屋敷に帰っていった。 
 それを見送ると、私もキャンプ場を囲うフェンスを抜けた。鍵もかけず置きっぱなしにしていた自転車にまたがる。これから、また三十分かけて家に帰らなければ。
 夕焼け空にはまだ遠いけれど、真っ青だった空はだいぶ薄くなって柔らかい光に代わってきている。
 自転車で、舗装されていない砂利道を下っていく。足元を小石が飛びかう。
 それにしても、不思議な場所だった。
 時折もらったスポーツドリンクを飲みつつ、元気よくペダルを踏む。
 山道を抜け、大通りが見えてきた。たくさんの車、信号機を見ると、さっきまでの浮世離れした空間は本当にあったのか、と思ってしまう。
 家の近くに来るとコンビニがあって、お花屋さんがあって、ドラッグストアがあって。物心付いたときから見慣れた風景を通り抜けていく。
 自分の家は、同じ建物が並ぶ建売の一戸建て。
 小さな駐車スペースには、お母さんとお姉ちゃんの自転車が止まっていた。お父さんの車はまだ帰ってきていない。
 自転車を止めて風を浴びなくなると、途端に暑さを感じる。
 ウンザリした思いで自転車に鍵を閉めて、玄関を開ける。独り言のように「ただいま」と呟いて、棚の上に鍵を置いた。
「おかえり。なんだか元気ないね」
 ちょうど、二階から降りてきたお姉ちゃんと鉢合わせた。
「そんなことないよ。暑くて。喉渇いた!」
 元気を装い、私とお姉ちゃんはリビングに入っていった。エアコンが効いていることを期待していたけれど、どうやらつけたばかりのようで、西日に照らされた部屋は蒸し暑かった。がっかりしながら、残りのスポーツドリンクを飲み干した。
 台所で夕食の準備を始めていたお母さんにもただいま、と告げ、冷蔵庫から麦茶を取り出しコップに注いでリビングのソファに腰掛けた。
 一番エアコンの風があたるところに座る。
 いつも通り、テレビのリモコンを手にして画面をつけた。夕方のニュースでは、行列の出来るカキ氷店の紹介をしている。
 ふわふわの氷の上に、たっぷりのフルーツ。美味しそうだけど、私は原色で甘いだけのシロップが乗った昔ながらのカキ氷の方が好きかも。安いし並ばなくていいし。
「梨緒子、熱中症になったらいけないから、せめて飲み物を買うお金くらいは持っていってよ。今日も、なんにも持っていかなかったの?」
「あー、うん」
 お母さんの忠告に、私は生返事をした。
「あ、でもスポーツドリンクを買ったのね。良かった」
 テーブルの上にあるペットボトルを見て、お母さんが安心したように呟く。
 荷物があるのは好きじゃない。だから、いつも手ぶらだ。それを心配されたんだろうけど……。
 手ぶら?
 そういえば! 持って行ったサッカーボール、忘れていた。どこに置いていったんだろう、と頭を巡らせる。
 キャンプ場跡で蹴って拾って、ふじくぼに行くまでは手にしていたのに、帰りにはすっかり忘れて持っていなかった。なんていうことだ。
 いつからサッカーボールのことを忘れていたっけ、と考えていると、今度はお母さんの手伝いをしているお姉ちゃんから声がかかった。
「梨緒子、今日も一人で遊んでたの?」
「そうだよ」
「一人でいるほうが好きなの?」
 ぼっちを疑っているのか。なんの意味もなく、ただ興味として聞いているのか。どちらにせよ、今の私にとってはドキッとする話だ。もう八月に入っているのに、夏休みに誰とも遊んでいない。探りを入れられている。
「ひとりが好きだよ。でも友達もいるよ。私、社交的だし」
 スラスラと口をついて出る嘘。
 お姉ちゃんより社交的なつもり。
 おしゃべりが得意なつもり。
 ……実際は、優しくて穏やかなお姉ちゃんの方が友達は多い。高校生の今も、小学校、中学校時代の友達が遊びに来るくらい。お泊まり会は何度も行われて、我が家にもお姉ちゃんの友達が来た。私も可愛がってもらったものだ。
 ソロ活っていう言葉もあるし、イマドキひとり行動はおかしいことじゃない。
 でもそれは「友だちもいるし学校でいろんな子と楽しく話せるけど、あえてひとりで行動している」なら良い。そうじゃなくて、ただみんなに嫌われて避けられて仕方なしにひとりで行動しているのはやっぱりイヤだ。
 でも……家族には、本当のことは言えない。
「心配はしてないよ。梨緒子は明るくてとってもいい子だもん。私の友達もみんな、可愛いって褒めてたよ」
 お皿を並べながら、お姉ちゃんは微笑んだ。淳悟さんを思い出させる、優しい笑顔。
「今度、お泊まり会もあるしね。大丈夫」
 つい、大嘘を。何が大丈夫なんだ。
「そうなの?」
 お母さんも話に入ってきた。そんな予定は一切ないし、相手もいない。頭で考えるより先に口に出てしまった。
 自分が、こんな嘘を平然とつけることに驚いてしまった。私はとんでもない悪党なんじゃないか、と錯覚しそうになる。
 嬉しそうに顔を輝かせるお母さんとお姉ちゃんの顔を、半ば呆然としながら見つめ返す。
 やはり心配されていたのだろうか。こんな嘘で、笑顔になってくれるなんて。
「ウチにくるなら、早めに言ってよ。準備あるんだから」
 お母さんが、沸騰した鍋の火を止めて話を進めた。
「い、いや、そのー。相手のおうちにお邪魔するの」
 この時、頭に浮かんだのは瑠々だった。勝手に話題にあげるな、と怒っている顔が想像できる。
「だったら、そちらのご家庭にお世話になる前に、連絡したりお土産買ったりしなきゃ」
「ま、まだいいよ。もうちょい先の話だから。決まったら言うね!」
 とんでもないことになってきた。
 焦るな。
 目の前のテーブルに置いてあるうちわを手にして、顔をばっさばっさと扇いだ。
 大丈夫。後で、この予定はなくなったと言えばいい。この場は取り繕って、安心してもらえれば。
 麦茶を口にしながら、サッカーボールと、お泊まり会の事を考えていた。
 また明日、ふじくぼに行ってみようかな。サッカーボール、取りに行かなきゃだし。 
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